とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

新型コロナウイルスの垂直感染例

2020-03-27 09:33:11 | 新型コロナウイルス(疫学他)
SARS-CoV-2の母子垂直感染(胎内感染)については、過去にLancetに否定的な論文が出ましたが(Chen et al., Lancet. 2020 Mar 7;395(10226):809-815)、今回は2つのグループから垂直感染を示唆する症例報告がJAMAにLetterという形で発表されました(Dong et al., JAMA. Published online March 26, 2020. doi:10.1001/jama.2020.4621; Zeng et al., JAMA. Published online March 26, 2020. doi:10.1001/jama.2020.4861)。ウイルスの子宮内感染は、可能性として考える必要はあると思いますが、同じ号に発表されたDavid W. KimberlinとSergio StagnoによるEditorialでは①感染の検出が児におけるIgM抗体の検出によるものである点(IgM抗体はPCRなどに比べると感度・特異度に劣る)、②Dongの論文ではIgM抗体値が生後急速に低下している点(真の感染か疑わしい)、③使用されているキットの感度・特異度の根拠が中国の雑誌に発表された抄録であったり、検査キット作成会社のデータであったりするため、どの程度正確なのかが不明である点、などから慎重な検証が必要としています。

腸内細菌とダイエットと抗菌薬

2020-03-26 15:29:58 | 感染症
以前にも書きましたが、なんでもかんでも腸内細菌のせい、という研究はいかがなものかと思いますが、食事からの栄養吸収に腸内環境が重要だ、といわれると「そうだろうな」と納得してしまいます。食事のうちどのくらいをエネルギーとして利用できるかには個人差があるようで、便へのエネルギーロスは2-9%と結構ばらつきがあることが知られていますが、その理由はよくわかっていません。著者らはこの論文で便へのエネルギーロスにおける腸内細菌の役割を検討しました。調べたのはPhase I: 過剰エネルギー食(通常食の1.5倍=overfeeding diet, OF)および過少エネルギー食(通常食の0.5倍=underfeeding diet, UF)の影響、そしてPhase II: バンコマイシン(VCM)投与の影響です。
Phase Iでは27人の被験者にOF, UFを3日間のwash-out期間を設けて3日ずつ投与しました。その結果、OFの方が便中へのカロリー排出(エネルギーロス)は多かったのですが、摂取カロリーあたりの割合にすると、むしろOFよりUFの方がエネルギーロスは大きいという結果でした(5.8% vs 8.9%)。Phase IIで同じ被験者をVCM投与群とプラセボ投与群に分けて検討したところ、VCM投与群では有意にエネルギーロスが多いという結果でした(8.4% vs 5.8%)。
次にこれらの違いが腸内細菌叢の変化によってもたらされるかを検討しました。UFとVCM投与群で腸内細菌叢のパターンに似た傾向があれば大変面白い!という訳ですが、実際はUF, OFによる腸内細菌叢の変化はVCM投与による劇的な変化と比較するとわずかなものでした。その中ではUFおよびVCM投与で共通してAkkermansia muciniphilaの腸内細菌叢に占める割合が増加していました。この細菌はムチン分解菌であり、腸管の炎症に対して抑制的に働くことが知られています。また肥満者では割合が減少していることも報告されています。したがってUF, VCMはAkkermansia muciniphilaの割合を増加させることで便へのカロリーの排出を促進しているのかもしれません。とはいえダイエットでVCMを内服するヒトはいないと思いますが。。
Basolo, A., Hohenadel, M., Ang, Q.Y. et al. Effects of underfeeding and oral vancomycin on gut microbiome and nutrient absorption in humans. Nat Med (2020). https://doi.org/10.1038/s41591-020-0801-z


コロナ時代の臨床研究のあり方

2020-03-26 11:40:54 | 新型コロナウイルス(疫学他)
コロナウイルス禍が世界的な広がりを見せる中で、従来から行ってきた臨床試験をどのように進めていくかが問題になっています。特に欧米のように都市がlock downになっているような場所では難しい対応を迫られています。本来臨床研究(特にRCTなど)は、現在研究に参加している患者のためというよりは、未来の患者や社会に役に立つために行っているという意味合いが少なくないので、拙速な中止などによって試験全体を台無しにすることはなるべく避けるべきです。このJAMAのViewpointでは、コロナ時代の臨床研究の進め方についての有益なアドバイスが挙げられています。例えば①アウトカムに優先順位をつけて重要なprimary outcomeにしぼる、②対面でアウトカムを収集できない場合には代替方法を準備する、③遠隔でも電話や郵送で収集できるアウトカムは継続する等々です。特に③については自宅隔離されている場合には連絡がつきやすいというメリット(?)もありそうです。いずれにしても被験者やスタッフの安全を確保しつつ、浮足立つことなく未来に向けた臨床試験の形を模索していく必要があると思います。

SARS-CoV-2のゲノム配列

2020-03-25 17:47:15 | 新型コロナウイルス(疫学他)
2月28日にドイツのChristian Drosten教授らがSARS-CoV-2のゲノム配列を初めて発表してからこれまでに1500以上の配列が報告され、online platform GISAIDでshareされています。このウイルスにおいても他のウイルス同様に色々な変異が出現していますが、変異出現速度はインフルエンザウイルスより遅いようです。まだまだ検体数も少ないため、例えばどこで流行しているウイルスがどこ由来である、などというような推定は難しいにもかかわらず「ミュンヘンの流行がヨーロッパ中に広まった」というような不確かな情報が拡散していることには懸念が示されています。また変異がウイルスの性質を変えることは考えにくいにもかかわらず、北京大学の Lu Jian教授らによる「LタイプとSタイプがあってLタイプがより重症化する」というような確たる証拠のない発表内容があたかも事実であるかのごとくに広まっていることに対しても、多くの研究者が遺憾の意(というか怒り)を示しています(実際この論文については多くの研究者から論文取り下げ願いも出されています)。このような状況で、少なくとも自分たちは不確かな情報を広げることで、いたずらに周囲に不安をあおることも、またむやみに楽観を広げることもすべきではないと考えています。
Mutations can reveal how the coronavirus moves—but they’re easy to overinterpret
By Kai Kupferschmidt
doi:10.1126/science.abb6526 https://www.sciencemag.org/news/2020/03/mutations-can-reveal-how-coronavirus-moves-they-re-easy-overinterpret

アポトーシス細胞のメタボライトは抗炎症作用を示す

2020-03-25 08:38:07 | 免疫・リウマチ
アポトーシスは、線虫の発生過程やT細胞のポジティブ・ネガティブな選択過程で見られるように、決まった場所で決まった時間にプログラムされたように生じる細胞死(プログラム細胞死)です。細胞内ではカスパーゼによるDNAの切断などが見られますが、ネクローシスとは異なり周囲の組織に炎症を誘導することのない細胞死という特徴があり、「静かな」細胞死と呼ばれています。このようなアポトーシスの非炎症惹起性(抗炎症性)は、マクロファージによるアポトーシス細胞の速やかな貪食によるものと考えられていますが、この論文で著者らはアポトーシス細胞が能動的に抗炎症性メタボライトを分泌することを報告しています。
まずヒトT細胞性白血病由来のJurkatt細胞分泌物質のメタボロミクスによって、アポトーシス時に特異的に分泌される低分子メタボライト(代謝産物)を同定しました。このうちいくつかのメタボライトは胸腺細胞やマクロファージのアポトーシス時にも同様に分泌されていました。またメタボライト産生にはアポトーシス細胞においても保たれているポリアミン経路が重要な役割を果たしていました。阻害薬やノックアウトマウスを用いた検討から、これらのメタボライトの分泌には、非選択的チャネルであるパネキシン1(PANX1)が関与していることが示されました。PANX1依存性にアポトーシスを生じたJurkatt細胞から分泌されるメタボライトは、マクロファージ系の細胞であるLR73細胞におい抗炎症作用を有するNr4a1, Pbx1、創傷治癒に関与するAreg, Ptgs2, そして代謝に関係する Slc14a1, Sgk1, Uap1などの遺伝子発現を制御することも明らかになりました。著者らはこれらのメタボライトのうち、6種類(Memix-6: spermidine, fructose-1,6-bisphosphate (FBP), dihydroxyacetone phosphate (DHAP), UDP-glucose, GMP. inosine-5′-monophosphate (IMP))、あるいは3種類(Memix-3: spermidine, GMP,  IMP)に注目しこれらを抗体誘導性関節炎モデル、あるいは肺移植拒絶モデルに投与した結果、顕著な抗炎症作用・治療効果を示しました。これらの結果は、アポトーシス細胞は決して受動的に貪食されて取り除かれるだけではなく、能動的に周囲細胞に働きかけて抗炎症作用を誘導することを明らかにしたという点で、極めて興味深く、新しい切り口の抗炎症薬開発につながるものと期待されます。
Medina, C.B., Mehrotra, P., Arandjelovic, S. et al. Metabolites released from apoptotic cells act as tissue messengers. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2121-3