新型コロナウイルスに感染したミンクを殺す、殺さないというニュースに注目していますが、デンマークには人間の約3倍のミンクがいるそうですね。デンマークにおけるミンク感染の広がりは中々止めることができず、6月以来200以上の農場で感染が確認されたそうです。問題になっているのはミンクの中でSARS-CoV-2が変異していることで、これまでにヒトで確認されたウイルスのうち300の変異体がミンク由来であると考えられています。特にCluster-5と呼ばれている変異体は感染に重要なSpikeタンパクに3つのアミノ酸変異と2つの欠損を有するもので、この変異型ウイルスは抗体やワクチンに対する反応性が低い可能性が指摘されています。またY453Fという変異体はデンマークではヒトにも広がっていますが、市販のモノクローナル抗体に反応せず、したがって抗原検査が偽陰性になってしまうという問題があります。事ここに及んでデンマークでは1700万頭のミンクの殺傷処分が検討されているのですが、これまでミンクで見つかった変異体が必ずしも高い感染性や強毒性を示さないこともあり、大きな議論を呼んでいます。最後に筆者らは他の動物でもこのような例があるのではないかとしています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によって「体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation, ECMO)」という超専門的な言葉が市民権を得たようで、コンビニ前にたむろしている高校生からECMOなんていう言葉が出ると、思い切り引いてしまいます(゜ロ゜;)。最近ではあまり話題にのぼりませんが、春先は重症患者が増えて日本のECMOが足りなくなるのでは、などというような話がワイドショーまで賑わせていたのは記憶に新しいところです。
実際に重症な患者さんでECMO装着が必要な方は一定数おられ、海外ではECMO装着患者の死亡率が90%、などという報告もあって皆戦々恐々としていた訳です(Henry et al. J Crit Care 2020; 58: 27–28など)。この論文はExtracorporeal Life Support Organization(ELSO)の国際レジストリーに登録されているECMO装着COVID-19患者の予後を検討したものです。Primary outcomeはECMO開始から90日の時点における院内死亡を解析したものです。
2020年1月16日から5月1日までにELSOレジストリーに登録されたECMO装着COVID-19患者のうち、データがそろっていない患者をのぞいた1035名について解析を行っています。年齢の中央値は49歳(IQR 41-57)、男性が764人(74%)で、70%に何らかの併存症がありました。患者のうち819人(79%)はARDSの状態、301人(29%)は急性腎障害、50人(5%)は急性心不全、22人(2%)は心筋炎を呈しました。合併感染387人(37%)に見られ、黄色ブドウ球菌が最も多いものでした。ECMO開始時(6時間以内)のPaO2:FiO2の中央値は72 mmHgでした。978人(94%)がvenousvenous(VV) ECMOでした。
結果ですが、588人(57%)は生存退院し、うち311人(30%)が自宅あるいはリハビリ施設に退院でした。死亡例は380人(39%)で、ECMO開始から90日の時点での累積在院死亡率は37.4%(95% CI 34·4-40·4)でした。このうちARDSと診断された患者の死亡率は38.0%(95% CI 34·6–41·5)でした。死亡率に有意な地域差はありませんでした(p=0.18)。層別解析では高齢者(16-39歳に対する70歳以上のhazard ratioは3.07)、急性腎障害(HR 1.38)、免疫不全状態(HR 2.04)、ECMO前の心停止(HR 1.92)などが有意なリスク因子でした。一方性別、BMI、人種などは死亡率と有意な相関を示しませんでした。
ということで以前報告があったよりは死亡率は低いようですε-(´∀`*)ホッ。興味があるのは非COVID-19のARDS、急性呼吸不全のECMO装着患者における死亡率と比較してどうか、なのですが、ECMO to Rescue Lung Injury in Severe ARDS(EOLIA)trialではECMOグループで60日死亡率が35%、非ECMO群で46%とのデータが報告されています(Combes et al., N Engl J Med 2018; 378: 1965–75)。このことから考えると、本国際レジストリーからは、COVID-19患者でECMO後の予後が特別に高いというわけではなさそうです。春先の異常に高い死亡率の報告は何だったのでしょうか。。
この"Sweden's gamble"というScienceのリポートは読みごたえがありました。日本の中でもSwedenの「緩やかな制限」という方針を称賛する声は少なくありません。主としていわゆる「集団免疫」が速やかに達成されるのではないかという理由、そして経済的なダメージを少なくできるという理由です。Swedenのパンデミック対策を担っているのは日本の厚生労働省にあたるFolkhälsomyndigheten (FoHM)であり、それを率いる国家疫学官のAnders Tegnell氏です。FoHMはパンデミック当初から一貫して"stay home"を推奨せず、マスク着用さえ(パニックを起こすという理由から)否定しています。マスク着用を主張した医師が譴責を受けた、あるいはクビになったという驚くべき事例もあるようです。またイタリアで感染爆発が生じていた2月に入っても海外への休暇旅行を禁止せず、数万人規模のコンサートなどの大規模な集会も許可していました。その結果、デンマークなど他の北欧国と比較して多数の感染者、そして死者が出ました。6月に入って感染の波は落ち着いており、一見「集団免疫」が達成されたかのように見え、経済的なダメージも比較的少なかったため「新型コロナウイルス感染症対策の成功例」ともてはやす人もいます。
この記事はそのような意見に疑問を呈します。Nursing homeで多くの死者(ストックホルムの14000人のnursing home入所者の7%が亡くなっています)でるなど、結果的に他の国よりも多数の死者が出た戦略を成功としてよいのか、ということです。Swedenではイタリアに見られたような医療崩壊は見られませんでしたが、これは80歳以上の高齢者やBMI40以上の肥満者はICUに入ることを禁止したり、若年者は重症であっても救急病棟から出されたり(その結果多くの死者がでた)という方針によるところが大きかったとしています。また抗ウイルス抗体を有しているのはSweden全体では6-8%であり、「集団免疫」には程遠い状況です。
筆者はこのようなFoHMの政策が、それでも大多数の国民から支持されている大きな理由は、Swedenに見られる" the taboo on open disagreement"という国民性によるものではないかとしています。日本でいうところの「同調圧力」でしょうか。当然このような政策に反対する医療者や科学者もいたのですが、反対意見に対する世間のバッシングは厳しく、“troublemaker”あるいは “a danger to society”というような批判をうけて、Swedenを去ることを余儀なくされた科学者も少なからずいるようです。
今回のSwedenの政策が成功だったかどうかを決めるのは次期尚早ですが、医学を含めたサイエンスの発展のためには健全な議論が不可欠であり、Swedenの強すぎる同調圧力がそのような議論を抑制するものであってはいけないだろうと思います。
コロナウイルスは遺伝子変異を自分で修復する"proofreading"の仕組みを持っているため、HIVやインフルエンザウイルスなど他のRNAウイルスと比較して変異が起こりにくいことが知られており、SARS-CoV-2も例外ではありません。それでも変異自体はこれまで多数報告されているのですが、アミノ酸の置換を伴わないなど、あまり意味のない変異がほとんどです。しかしKorberとMontefioriらが報告した614番目のアミノ酸がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に変異したD614G変異型ウイルスは2月以降拡大し、6月には世界のほとんどのウイルスをこの変異型ウイルスが占めるようになりました。Korberらはこの理由がD614Gウイルスの感染力が高いためではないかと考察しました。以来D614G変異については様々な研究報告がなされていますが、それを肯定するもの、否定するものなど様々で、いまだに結論はでていません(最近ではTexas Medical Branch in Galvestonからの報告で、実際に変異型ウイルスを作成し、そのヒト肺細胞やハムスターへの感染力が高いことを報告していますhttps://doi.org/10.1101/2020.09.01.278689)。またCOVID-19 Genomics UK Consortiumにおける約25,000のウイルスサンプルの検討では、D614G変異によってCOVID-19の臨床像は変わらないが、わずかに感染力が強い(早く拡散する)可能性はあるとしています(https://doi.org/10.1101/2020.07.31.20166082)。またこの変異自体は抗ウイルス抗体に影響を与えるものではなく、むしろこの変異はワクチンの標的になりやすい可能性もあるようです。しかし今後抗体の認識部位に変異が入ったウイルスが出現する確率は、極めて少ないもののゼロではないと考えられます。
https://www.nature.com/articles/d41586-020-02544-6
オランダのNeteaらは以前から"自然免疫記憶(trained immunity)"に着目して研究を行っています。Trained immunityとは、ウイルス感染などの記憶が自然免疫細胞においてヒストン修飾変化やDNAメチル化などのepigeneticな変化を誘導し、その結果再感染に対してT細胞とB細胞に依存せず自然免疫系の応答をもたらすという現象で、獲得免疫のような非可逆的な変異や組み換えには依存しない現象であるとされています(Netea et al., Nat Rev Immunol. 2020 Mar 4. doi: 10.1038/s41577-020-0285-6)。
彼らはBCGにはtrained immunityを刺激する効果があり、そのために他の感染症を抑制する可能性があるとの仮説から、65歳以上で何らかの理由で入院していた高齢者に対するBCGとプラセボ投与の感染症予防効果を検証するRCTを行っています。ACTIVATE(A randomized Clinical trial for enhanced Trained Immune responses through Bacillus Calmette-Guérin VAccination to prevenT infections of the Elderly)と名付けられたこの臨床研究は2017年から開始されたもので、当然COVID-19の予防を目的として行われたものではありませんでした。しかしBCGがCOVID-19に有効ではないか、というような都市伝説があったため、その結果に期待が集まり、今回前倒しで中間解析が行われました。
組み入れられた患者はプラセボ群78人、BCG群72人で平均年齢はそれぞれ79.6歳、79.9歳です。基礎疾患や併存症におおむね群間差はありませんでした。投与後12カ月までで何らかの感染症を新たに生じたのはプラセボ群42.3%、BCG群25.0(hazard ratio 0.55, 95% CI 0.31-0.91, P=0.039)と有意差があり、特に呼吸器系のウイルス感染症は17.9% vs 4.2%(HR 0.21, 95% CI 0.06-0.72, P=0.013)と大きな差を認めました。この理由としてはBCGワクチン投与によってTNF-αやIL-6などの遺伝子の制御領域にepigeneticな変化が生じてこれらの遺伝子発現が上昇していたことから、BCGによってtrained immunityが活性化されたのではないかと考察しています。
研究途中での解析になったため、解析できていない被験者がかなりの数いること、COVID-19を予防できるという保証はないことなどの問題はありますが、BCGワクチンの感染予防効果をRCTで示したという点では重要な研究結果かと思います。こんな結果がでると、またBCGワクチン投与を希望する成人が増えそうで、それはそれで問題になりそうです。。あと蛇足ながら子供の時にうけたBCGの効果が示された訳ではありませんので、誤解なきよう。
Giamarellos-Bourboulis et al., CELL DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.051
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31139-9