アイカム不動産専務のブログ

OCNブログ人が無くなったので引っ越してきました。

ポンプが故障

2022-05-30 09:30:58 | 日記
「今日のお昼くらいからマンションの水が出んのよ」と電話が入った。慌てて愛車(ブリヂストン)に飛び乗り現場に向かった。移動しながらグルグル頭を働かせる。その部屋だけの問題か?そうなら蛇口のパッキン関係か?。もしかしてマンション全体の問題か?受水槽の容量を一時的に超えたのか?ポンプ系の故障か?

現場に到着すると数人が外に出てきて「水が出んよね」と井戸端会議を始めている。井戸水を使っているだけに・・・ 

冗談言ってる場合でなく、マンション全戸で水が使えなくなってるじゃないか。水が使えんのではトイレも流れないので早く何とかしなくてはならない。どの専門業者を呼ぶか判断するためにも自分で見るしかない。

まずは電気系が集まってるところの扉を開けてディレイの点灯を調べます。なんか前に赤く点灯していたとこが数か所消えてるような気がするが、よく分からない。次に各ブレーカーが落ちてないかチェック。汲み上げポンプが怪しいと判断し手動スイッチを押してみる。するとポンプが作動し少量だが地下水を引っ張れている。「よし!これで一時的にはしのげるかも」と思った瞬間、「大将、煙が出よる!」と大きな声が聞こえた。スイッチから手を放しポンプを見ると白煙と焦げ臭いにおいがしていた。

これはらちがあかんぞ。電気系と給排水系の業者さんに至急来てもらうよう連絡する。ところが皆それぞれ各現場に行ってるものだから1時間は待たないといけない。最初に来てくれたのは電気屋さん。テスターで電圧を測って異常個所を探っていきますが発見できない。それもそのはず。この人が施工した訳でもないし昭和50年代の設備だから。

私が手動スイッチを押せば回るから電気系は問題ないのでは?と言うと、そうですかと言いながら手動スイッチでポンプを作動させた。「ボッ!」という音がしてモーター部から火の粉があがった。

これはポンプが原因だから給排水業者を待ちましょうとなり、一同しばらく待つことに。

ほんとあれは地獄の戦いであった。

(専務)

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野球の練習

2022-05-12 17:21:44 | 日記
親戚の子が「両親と一緒に野球の練習をしてるんだけど手が足りないから来て下さい」と言うので、面白そうだからグランドに向かった。中学生と言っても本格的にやってる子で、身長は170cmくらいあり体もガッシリしてます。

 野球なんて何年ぶりだろう?最後にやったのは小学校のソフトボール大会以来か?

 主たるお手伝いは球拾いです。お父さんがトスを上げる、その子がカキーンと打つ。どんどん打つ。それを外野で球を拾って真ん中のカゴに集める。あっもちろん硬球ですよ。よそ見して頭に当たったりしたら大ごと大ごと。

 次にお父さんがバッティングピッチャー役で、なにやらネットを引きずってきてその後ろから投げます。それをまたカキーンと打ちます。時々打ち損じのピッチャー返しがきてそのネットに球が突き刺さります。「そのためにあるのね」

 スピードがある球を打つと作用反作用の法則で飛ぶわ飛ぶわ。グランドのネット上を越えて隣の幼稚園に入ってしまいます。ブロック塀を乗り越えて園内まで侵入しての球拾い。

 次は守備練習。お父さんがノックを打ってそれを見事にさばく。取れなかったボールをまた外野で球拾い。

 最後に私に気を遣ったか?「近藤さんもやってみんけん」ときた。

 「よ~しやってやろうじゃないのよ!」 そしたらこうなった ↓

https://twitter.com/aikamufudousann/status/1516680032386646019?cxt=HHwWhoCshYWdqowqAAAA

               (アイカム不動産 ツイッター ) 


(専務)
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永納山城跡

2022-04-02 14:19:19 | 日記
あれは小学6年生くらいの頃だったか、「東予市(現西条市)にもお城があったんだって」という話を聞いていた。それ以降、車で通るたびに河原津へんから山を見上げていた。遠目に見ても周辺の山々とは少し違って、岩や山肌が剝き出しになっている部分があったりして人の手が加わっているように見えた。

あれからウン十年。久々に現地にぶっこんでまいりました。そしたら随分と調査・整備が進んでおり遊歩道や各表示などがしっかりありました。
西条市教育委員会の方々、発掘調査に協力された方々ありがとうございました。先にお礼を言っておきます。

調査結果によると、昭和52年頃に一発目の発見があり、なぜだかすぐに調査は行われず平成14年からの3年間と、平成18年からの6年間の2回で調査を終わっているようです。「平成24年から今治道が着工になったからそれに合わせたのか?」

お城と言うと松山城や大阪城、姫路城などを連想してしまいますが、これらより約900年も前のものであり、名称も「古代山城」と呼んで区別しています。例えば松山城がある時代の生活背景はある程度実感として想像できますがそこから900年も前のことなど想像することすらできません。

これを読み解くには当時の東アジア情勢を見る必要があるようです。唐と新羅の連合軍が百済を攻めてきて日本が援軍として参加し大敗した白村江の会戦。これで東アジアからの侵攻を防ぐため山城が九州北部から瀬戸内海沿岸に築城されたのが有力な説だそうです。
そこで生活しながら鉄器の製造もやっていた跡も発見されています。別の考え方として「神籠石」(こうごいし)とも呼ばれ、城ではなく聖域であったという説もあります。

古い時代のものだからか、まだ統一見解がなされておらずとにかく謎めいているのです。


でここからは完全な私見・想像ですが・・・

東アジアに初めて出兵した日本は、大陸の覇権主義を目の当たりにしてこれは日本もヤバイと思った。敵がもし攻めてくるとするなら当然船でやってくる。朝鮮半島から出航し、九州北部から瀬戸内海を通って奈良まで来るに違いない。途中で着岸し物資も補給・略奪しながらやってくるだろう。もちろん偵察部隊をさきに送り込んで状況を調べるだろう。

そこで日本は考えた。今の国力では早急に戦力を増強するのは難しい。敵がやって来そうな航路沿岸にハッタリの張りぼて城を築くのだ。交代で兵がたくさん詰めているように見せかけたり、武器を製造しているように煙をあげたりした。

ある日敵国の偵察隊がこっそりやってきた。九州北部に近づくとたくさんの大きな山城を確認し、これは着岸したらひとたまりもないと思った。物資の補給もできず、ほうほうの体で瀬戸内海まで進むとまだまだ山城が続いた。

本国へ帰還し王様へこう報告した。「日本は東アジアからの侵入に備え、多くの城を構え多くの兵士が武装している。長い航海のあとに戦ってもとても勝ち目がない」。


蘇る歴史絵巻。「永納山城跡」(えいのうさんじょうあと)を題材にした小説でも書いてくれる作家はいないかな。

(専務)
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調停委員小噺

2022-03-22 11:41:06 | 日記
「いや~今日も調停が成立してよかったですね~」

F先生「ところでK先生、あなたまだ若いんだから家事調停も兼務してやられたらどうですか」

K先生「家事ですか~ ちょっと家庭裁判所と考え方に違いがあるんですよね~」

F「あら!怖いことおっしゃる。どういうことですか?」

K「ひとことで言うのは難しいんですよね。よく歌にもあるでしょ。♫別れたら~ 次の人~♫ って」

F「それは ♫別れても~ 好きな人~♫ でしょ!」

K「そうとも言う。そこなんですよ」

F「ハア・・・」

K「別れとるのに、ま・だ・好・き・な・ん・で・す・か~!!」


(解説)
調停は成立させないといけないことも無いんですが、やはり双方が納得して成立すると委員としても気持ちがいいものです。裁判所内にある調停委員控室で雑談をして帰るのが常です。調停委員の中でも家庭裁判所の家事調停も兼務している人が多く、一緒に組んでやることがあります。地裁と家裁では事件の性質上の違いから進め方も若干違ってくるのかなと思います。そのためか?委員の適性や考え方にも差があるように思えます。そんなところをもじって小噺にしました。
コロナが明けて懇親会ができるようになったら披露してみようかな。果たして受けるだろうか?


(専務)
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思い出の塩江温泉

2022-02-17 09:42:25 | 日記
 年末年始には、「日ごろの疲れを癒しに温泉旅行でも行きたいな~」。でもオミクロン様が蔓延してきてるから遠くにも行けない。そこでふと思いついたのが香川の塩江温泉。お湯も良く環境もいいとこにあるが、愛媛ではあまり知られていない。

 ここには、ヴィラ塩江という温泉ホテルがあって思い出深いところなんです。穴吹工務店勤務時代には、何度もここで泊りでの研修があった。講師から面白くもない机上の空論を延々聞かされ、時には個人的に・事業所別に詰められたり、まさに地獄の合宿でした。でも夜になると仲間と温泉に入り宴会へと突入しメチャクチャ盛り上がったもんです。ドヨーンと嫌な気持と、はじける楽しさが織り交ざった場所なんです。

 さて当日。徳島自動車道脇町インターから193号をズンズン山の中に入っていきます。過去に何度も通った道なのに初めて来たような感覚に陥りました。「こんなにクネクネ曲がって入っていったかな~?」。ただ物忘れが激しいだけか?内場ダムが見えてくると少しづつ昔の記憶が蘇り、カーナビも見ずにスムースに到着。ぐるりが山に囲まれつつ湖畔に佇むいいホテルなんですよ。

 ホテルに入ると内部は昔とほとんど変わってなくてなんだか懐かしい。温泉に来たのだからまずは何をさておいてもお風呂ですね。浴衣に着替えて直行します。「さあゆっくり湯船につかろうか!」。ところが「ギャー!熱い」。いつもキスケや星乃岡温泉のぬる~い炭酸泉につかっているもんだから熱くて熱くて入れません。ふと横を見るとサウナ用の水風呂があったんで、両手に洗面器をもってザブザブ水で埋めていきます。局地的に少しぬるまった所へドプンとつかる。しかしすぐ熱い湯が押し寄せてきてまた「アツ~!」。せっかく温泉地に来たのに湯船に入ったのは、ものの10分でした。

 食事の時にホテルの人と話してみると、既に穴吹の所有ではなく運営者は変わっているとのことでした。次の朝、地獄の研修棟を見たり、湖畔を散歩したり思い出に浸りながら塩江を後にしました。

 「なんかひとつ区切りが付いたな~」と意味なく思った。

(専務)
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