場所と人にまつわる物語

時間と空間のはざまに浮き沈みする場所の記憶をたどる旅

裏切り

2021-11-15 19:10:12 | 場所の記憶
 
男女の心理の襞をさりげなく見事に描いている。
「人間てえやつは、思うようにいかねえもんだな」と幸吉は思った。幸吉はおつやという女と裏店に所帯を持っていたが、ある日、家に戻ると、女房の姿が消えていた。
数日後、殺されている女房を発見する。女房が自分の知らない世界に突然消えていってしまったと思った。それは深く朧な世界だった。おつやと過ごした、幸せな日々が終わった実感がどっと胸に流れこんできた。
後日、おつやには男がいて、その男に殺されたのだ、という噂が幸吉の耳に入ってきた。その男とはどんな男か、幸吉は突き止めたく思った。女房はその男に騙されて、こんなことになったのだ、と。その男の正体をつかみたい、幸吉はそう思い、あちこち探索した。するとひとりの男の姿が浮かび上がった。それは家にしばしば出入りしていた知り合いの長次郎という男だった。長次郎を疑うとすべてが合点できた。「ぎりぎりと歯を噛み締めながら、幸吉は夜の町を走った」長次郎の家に行き、事の顛末を聞きだすと、おつやの方が長次郎を好いていたということを知った。「そういうことだったのだ」と幸吉は思った。男と女って、いろいろなことがある、ということを今深く知ることになった。
「夜の橋」より 

・奥川町まで来て、そこから対岸の松村町にわたる橋の上に立つと、幸吉は茫然として橋の下を流れる暗い掘割を見おろした。

・二人は馬道通りを八幡宮の前を通りすぎ、三十三間堂の横に入って行った。

小説の舞台:深川 地図:国会図書館デジタルコレクション「江戸切絵図深川」 タイトル写真:黒江町モニュメント