砺波平野の南端にある井波という街は、「井波彫刻」で知られる木彫りの里である。その井波彫刻の粋を見たいと思い、1日そこを訪ねてみた。
北陸新幹線、新高岡駅からJR城端線で城端駅下車。さらにバスに揺られること20分ほどで井波に着く。
バスを降りると、どこからともなく木槌の音と木の香りがただよってきた。さっそく、古い街並みが左右に連なる八日町の通りへと歩を進める。まっすぐに連なる、風趣ある通りの尽きるところに、大伽藍を備えて控える大寺が見えた。それがこの街の発展の礎になった瑞泉寺であることはすぐに知れた。この街は門前町でもあるのだ。
八日町の石畳の美しく敷かれた通りをゆっくりと歩いてゆく。古い町家が散見されるなか、酒林を下げた酒屋があったり、風格ある老舗旅館があったりする。
家々の軒先に当主の干支を彫り込んだ表札がかかっている。それがいかにも彫刻の街らしい。歴史を感じさせる街並みは、歩くほどにわけもなく心がやすらぐのである。
やはり、通りには彫刻師の工房が多い。中を覗いてみると、制作中の仏像や欄干、獅子頭、あるいはお土産用の木彫りの額や装飾品が木の香りを放って所狭しと置かれている。今まさに鑿さばきもあざやかに手仕事中の職人がいる。
この井波の街が、「宮大工の鑿一丁から生まれた木彫彫刻美術館」として「日本遺産」に登録されたのは最近のことだ。
八日町の通りが尽きると石垣(大楼閣)を廻らした瑞泉寺が現れた。石段をあがり、高岡門をくぐると禅宗様式からなる二層二階建て、総欅造り、入母屋屋根の豪壮な山門(大門)が立ちはだかった。その高さ17.4メートルと、まさに見上げるような威容なのである。
この山門は幾たびかの火災により焼失したが、今見る山門は18世紀後半に再建されたものという。
この地が彫刻の里になったのは、この再建時に、京都から派遣された御用彫刻師の技を、地元の宮大工たちが受け継いで以来のことだとされる。
この山門に施された彫刻装飾は見るほどに精緻を極めていて、思わず感嘆の声をあげてしまう。この山門のほかにも、本堂、勅使門、太子堂などの建物の各部位に見る彫刻もどれも見事というほかない。いずれも歴史的名品ばかりである。
井波彫刻の粋を堪能したあと、八日町通りの一角にある井波美術館に立ち寄ってみた。元北陸銀行のギリシャ建築風の建物を改造して美術館にしたものだが、そこには地元の井波彫刻作家たちによる版画、工芸、絵画などの作品が展示されていた。
作品をひとつずつ鑑賞しながら、私は、井波彫刻の伝統の技というものが、現在もこうして脈々と引き継がれ生きていることを確認できたような気がしたのである。
北陸新幹線、新高岡駅からJR城端線で城端駅下車。さらにバスに揺られること20分ほどで井波に着く。
バスを降りると、どこからともなく木槌の音と木の香りがただよってきた。さっそく、古い街並みが左右に連なる八日町の通りへと歩を進める。まっすぐに連なる、風趣ある通りの尽きるところに、大伽藍を備えて控える大寺が見えた。それがこの街の発展の礎になった瑞泉寺であることはすぐに知れた。この街は門前町でもあるのだ。
八日町の石畳の美しく敷かれた通りをゆっくりと歩いてゆく。古い町家が散見されるなか、酒林を下げた酒屋があったり、風格ある老舗旅館があったりする。
家々の軒先に当主の干支を彫り込んだ表札がかかっている。それがいかにも彫刻の街らしい。歴史を感じさせる街並みは、歩くほどにわけもなく心がやすらぐのである。
やはり、通りには彫刻師の工房が多い。中を覗いてみると、制作中の仏像や欄干、獅子頭、あるいはお土産用の木彫りの額や装飾品が木の香りを放って所狭しと置かれている。今まさに鑿さばきもあざやかに手仕事中の職人がいる。
この井波の街が、「宮大工の鑿一丁から生まれた木彫彫刻美術館」として「日本遺産」に登録されたのは最近のことだ。
八日町の通りが尽きると石垣(大楼閣)を廻らした瑞泉寺が現れた。石段をあがり、高岡門をくぐると禅宗様式からなる二層二階建て、総欅造り、入母屋屋根の豪壮な山門(大門)が立ちはだかった。その高さ17.4メートルと、まさに見上げるような威容なのである。
この山門は幾たびかの火災により焼失したが、今見る山門は18世紀後半に再建されたものという。
この地が彫刻の里になったのは、この再建時に、京都から派遣された御用彫刻師の技を、地元の宮大工たちが受け継いで以来のことだとされる。
この山門に施された彫刻装飾は見るほどに精緻を極めていて、思わず感嘆の声をあげてしまう。この山門のほかにも、本堂、勅使門、太子堂などの建物の各部位に見る彫刻もどれも見事というほかない。いずれも歴史的名品ばかりである。
井波彫刻の粋を堪能したあと、八日町通りの一角にある井波美術館に立ち寄ってみた。元北陸銀行のギリシャ建築風の建物を改造して美術館にしたものだが、そこには地元の井波彫刻作家たちによる版画、工芸、絵画などの作品が展示されていた。
作品をひとつずつ鑑賞しながら、私は、井波彫刻の伝統の技というものが、現在もこうして脈々と引き継がれ生きていることを確認できたような気がしたのである。