リーチ君のお散歩日記

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かるの氏による歴史講座 前回感想と開催のお知らせ

2012年05月22日 | numazoo ごきげんパラソル

 先月の25日に、弊社で歴史講座「伊勢盛時 その志、雲の如く」が開催されました。これは3回連続講座の第1弾で、はらにゆかりの深い北条早雲の人生、生き様をお話し頂きました。ご参加いただけた皆様、ありがとうございました。
 
 かるの(岩崎敦史)さんの広い知識から多面的に解説された北条早雲という人物像は、いわゆる素浪人「伊勢新九郎」の下剋上を体現した梟雄(残忍で強く荒々しい人。悪者の首領)ではなく、名家の出身で、大義名分のある戦いの中で勝利し、民衆からの信頼も厚い名君だったということがわかりました。
 
 その一部を触れると、質実剛健を表現したような早雲が定めたとされる家訓「早雲寺殿廿一箇条」は、早雲の人物像を想像できる内容になっています。この家訓もあってか、明治時代まで北条家は絶えることなく存続し続けることになります。このような家訓を作った早雲の人生観は青年時に禅寺「大徳寺」で修業をしていたことで生まれたのではと講座の中で解説されました。ゴールデンウィークに大徳寺を拝観し、枯山水の庭園やワビ・サビの世界観を感じ、実際にそうではないかと想像できました。大徳寺といえば一休さんこと一休宗純で有名ですが、実は一休と早雲の在籍時期が一緒だったという説もあり、彼らが交友していたと想像すると早雲人物像がさらに厚みを増すように感じました。

 ここで疑問なのが、こんな素晴らしい人物である北条早雲がなぜ梟雄扱いをされているかということです。最後にかるのさんの見解を教えていただき、この歴史講座は終わりました。
 
 次回の講座は5月23日、早雲のルーツにあたる「平家一門 時代を切り開く一族」です。お時間がございましたら、ぜひご参加下さい。余談ですが、前回の講座日は壇ノ浦の戦いの日でした。次回の歴史講座に因果を感じました。


第2回「平家一門 時代を切り開く一族」

 旧い体制がほころび新しい時代が人々に望まれた時、その礎を築いたのが平家の一門であった。
しかし彼らの多くが新しい時代に関わる事無く、歴史の表舞台から去って行った。
歴史の転換点に平家の人物が関わった点と、その一門を代表する「桓武天皇」「将門」「清盛」「信長」らに焦点を当てます。

日時:5月23日(水)18:30~20:30
場所:トップ・ワークス
受講料:700円
定員:10名
問合せ先:トップ・ワークス
または 090‐9890‐9102(飯田まで)
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講師紹介:かるの氏(岩崎敦史氏)

 静岡県内で50回を越える歴史講座を開講。地域を知るという行為を通して、自らが周りを見つめる事で「情報」を掴み取る力を取り戻して行きたい。そして「役に立つ」というよりも「面白い」という行動原理で行きたい。一方的に知識を伝えるよりも、参加する人と一緒にお茶を片手に雑談するような気軽さで、自分が面白いと思った事を伝えられればというスタイルで行われています。
 タイトルの「世間士(ショケンシ・セケンシとも)」とは、民俗学の言葉で「各地で見聞きしたことを故郷に伝え、役に立てる人」という意味です。本来は「世間師」が正しいですが、自分で「師」というのもおこがましいので、「士」としました、とのことです。


次々回予定講座内容 6月27日(水)

駿東地域の三国志

 戦国時代、武田氏・今川氏・北条氏が覇権を巡った静岡県東部地方。目まぐるしく変わる国境線を中心に、それぞれの大名は何を考えていたのか。そして、大勢力に挟まれた地侍たちはどのように生き延びたのか?どんな合従連衡があったかを語ります。


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