三億円事件犯人に至る道

三億円事件について考察いたします。

第五回多磨農協脅迫事件詳細図(1)

2016-12-27 03:51:25 | 日記
ということで、第五回多磨農協脅迫事件と多摩駅周辺怪文書事件を振り返ってみる。
甲州街道北側、三億円事件犯人から脅迫電話のかかってきた民家、および、脅迫状の置き場、どういう場所だったのだろう。
まず、甲州街道道路際、脅迫状の置き場から。
甲州街道に沿って、西に進むと、すぐに、甲州街道南側に抜ける、トンネルがある。
通りの南側へ。今度は、東に進むと、多磨農協脅迫状ルートになるのだ。
いったい、なぜ、多磨農協脅迫状ルートと、第五回多磨農協脅迫状事件の脅迫状、その置き場所が、このような関係なのだろうか。
今度は、三億円事件犯人から脅迫電話のかかってきた民家と、多磨駅周辺怪文書事件について。
なお、もう一度、触れておくが、三億円事件犯人から脅迫電話のかかってきた民家、現在は、ほかの民家の間になっていて、いかにも、なぜ、三億円事件犯人が、この民家を選んだのか、特殊な理由を、考えたくなるかもしれないが、三億円事件当時、この民家の南側、甲州街道までは、なにもなかったのだ。
甲州街道から、もっとも、近い民家といえば、この民家しかなく、選択の余地はない。
さて、多磨駅周辺怪文書事件についてだが、三億円事件犯人から脅迫電話のかかってきた民家沿いの道を、北へ北へと、歩いていくと、多磨駅周辺、多磨駅の東側に出る。しかも、三億円事件当時、ほかに、そのような道路は、開通していないのだ。
つまり、この道しか、多磨駅東側へ出ることができなかったのだ。
(2013年9月記)
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