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華氷~はなごおり~

氷上に咲く花・・・フィギュアスケート。
ここは、そんなスケーター達にエールを送るブログです。(でも、時々脱線話もアリ)

ピート・バーンズ考 1982~1985

2009-05-27 23:32:20 | ピート・バーンズ
あれから毎日ずっーーーとピート様のDVDを観ていたら、
当時のアルバムに収録されている他の曲もまた聴きたくなってきてしまったので、amazonでCDを4枚買ってしまった。

なんつー衝動買い


いや~~、だってね、

大輔くんの演技もたいがいそうなんだけど、DOAのあのサウンドとピート様のあの声は中毒になるんですよ~~~。
(ちなみにピート様の普段の声も早口のバリトンでクセになります


――ということで、

前回のエントリーでは、ピート・バーンズのおおよそのプロフィールと、
Dead Or Aliveがブレイクしたその当時の私の時代背景を書きました。

そこで、今回はそれを踏まえて彼の活動した時期をおおよそ4つの時代に分け、
その時代ごとのリリース曲のコンセプトと感想、ピートの顔とファッションの変貌ぶりを暴いていきたいと思います(笑)

って言っても前にも書きましたが、あくまで私の主観と思い入れのみの文なので
例のごとく興味のない方はスルーしてくださいね~(^_^)



ピートがDead Or Alive(以下DOA)としてメジャー・デビューしたのは、1983年。

その前身はアルバムのライナー・ノーツや音楽サイトの記事によって書いてあることがビミョーに違うんですが、19歳の頃にはいくつかのバンドを転々としていて、その中の一つが『ミステリー・ガールズ』というバンドだったらしいです。
他にも『Nightmares in Wax』なる怪しい!?(笑)名前のバンドも経ているそうですが、この時のメンバーはピートが当時勤めていたレコード店の仕事仲間と同じく当時通っていたクラブの常連。
途中メンバー交代があったようで、最終的には同じリバプール育ち、同じ学校に通っていた、マイク(ドラムス)とティム(サックス、キーボード)とピートがジョイントし、後に彼の長年の恋人となるスティーブ(パーカッション)が参加します。

そして、インディーズから計3枚の(4枚と書いてあるところもあり)シングルを出し、この時バンド名をピート自ら変更。

DOAとしてのスタートがここから始まります。

でも、バンドの方向性としては当時まだパンクから派生して流行していたゴス系バンドとしての色合いの方が強く、この頃から既にユニセックスなメイクとファッションで目立っていたそう。


ただ、その目立ち方が・・・

YOUTUBEではおそらく『ミステリー・ガールズ』の頃のであろう動画も何曲かUPされていて、かなーり興味深く観たんですけど、
これ、彼の一番綺麗な時期しか見たことがない人にはちとショッキングかも知れません。
とゆーか、にわかには信じがたかった。
(ピート様、よくこのPVをDVDに収めたなぁ。そうでなかったら、未だに私は“これはピートぢゃない!!!”って否定してたと思う

『Flowers』という曲なんですがね。
(あえてUPはしないので、興味がある方は検索してみて!
多分別人だと思うでしょう

私も最初これを見た時は、初めの方だけ見てストップかけてしまった。



だって、そこに映っていたのは、ほら、ディズニー映画の『ノートルダムのせむし男』に出て来るあの有名なカジモド???(苦笑)
にそっくりな容貌とズタ袋のよーな地味~~な衣装を着て歌っているピート様の原型があったんですから





――う~~~~ん。


あれは・・・、よーするに・・・

ひとえにヘアスタイルとメイクと歯並びの悪さが諸悪の根源だったように思います。

ゴス系バンドだったから当然なんでしょうが、
この時のピートはおめめの周りをアイシャドウでパンダのごとく真っ黒に塗りたくっておりまして、おまけにこれまた真っ黒の縮れて使い古したモップのよーな髪を頭のてっぺんからつぶして乗せたよーなおかっぱスタイル

それに、これがなんと言っても致命的だった!


ピート様、歯並びすっげー悪かったんですねーーー。

向かって左前歯が右前歯より長めだし、顎が狭いからか両犬歯が大きくてガタガタな印象なんですよ。
(唇自体の形はいいのに~~)
本来欧米諸国は歯並びの綺麗さにこだわるから、ちゃんとしたとこの家なら歯にお金かけるのは当然のこと。
けれど、ピートが当時20歳前後(?)くらいであの状態まで来てしまったのは、まぁ、彼の家庭環境と早くに家出したことを考えれば仕方無かったのかも知れません。


でも、それにしても、あれはシャレにならんよ~~!!!

ゴス系だからって、あれじゃ、マジでホラー



そして、その人の声質と音の聞こえ方というのは、顎周辺の骨格と歯並びがかなり影響するんでしょうね。
この時のピートの声は野太いところはおんなじなんですけど、口の開きが悪いせいかややくぐもって聞こえます。
(思うにデビュー当初からしばらく、写真上で見るピートの表情がいつも口をつぐんだ仏頂面ばかりだったのはその性格もさることながら、人前で歯並びの悪さを見せたくなかったからかも)


・・・だからねー。

正直な話、元々の顔立ちは整っていたのかも知れないけど、
自伝やいろんな音楽サイトに書いてあったよーに、当時からユニセックスな風貌だっただの男に声をかけられただの読んでも、アレ見たらホントにそーだったのか!?
と、にわかには信じられなくなっちゃって(苦笑)



あ、でも!

目だけは変わってないかなぁ。

あの、人を射抜くような鋭い眼光と目の形の綺麗さ

ピートもそこだけはお気に入りだったんじゃないでしょうか。
今でも目はいじってないですもんね。


そして、この時代の彼のファッションや前述の容貌を一瞥出来るのがこれ。

Pete Burns Picture 1982-1984


素人さんの作成したスライドショーで、曲は『That's the Way(I like it)』

この方は1982~1984までを一区切りにして、他にも1985年バージョンと1986~1989バージョンを作っていますが、私的には1985年までを最初の一区切りとしたい。

何故なら、ピートが初めて整形したと公言しているのがこの年、'85年であり、
ここを境に彼の容貌や面相、ファッションが一度一息ついてるから。


以下、1986~1987、1988~1990、1991~

ってゆーのが、私の中の区分けかな。


とゆーことで、

ひとまず仮に、上記最初の時代をDOAの黎明期とでも命名しましょうか。

サブタイトルは“男性性の残り香”
(と言いつつ、性的には既にリンと出会った頃から正反対の方向に向かってたらしいですが

そして、DOAとしての初アルバムが『SOPHISTICATED BOOM BOOM』
邦題『美醜の館』(なんじゃそりゃ)


                  

このアルバムにはゴス系の曲はあまり含まれておらず、カテゴリーとしてはダンス・ミュージックになってます。

シングルカットされた曲でPVが残ってるのは、カット順に
①Misty circles
②I'd do anything
③That's the way(I like it)

PV的に面白かったのが、3番の『That's the way(I like it)』ですね。

曲自体は有名なKC&ザ・サンシャイン・バンドとゆーバンドのカバー曲で、知っている人も多い筈。
(多分スポーツクラブが舞台であろう)浴室の中で見事に鍛え上げられた肉体を披露する女性ボディビルダー陣の中に混じって、メイクしたあまりにも華奢な男性ヴォーカリスト=ピートが彼女らの間をぬうように徘徊し、自らもベンチプレスを持ち上げるとゆー、ちょっとシニカルでユーモアたっぷりのビデオでしたが、これはリンのアイディアが入ってるんだとか。

へぇ~~ですよね。

でもピートは、DVDの自ら書いたライナー・ノーツの中で今までのPVについて「『I'd do anything』以外は僕というアーチストが一体“誰”で“何”なのかをうまく描写していない」とのたまっていますけど、そーでもないよーな!?
現にこのPVを改めて観て、当時から(女性も含めた)性的マイノリティに対して擁護的な発言をしていた彼なので、この作りはさもありなんと思ってしまいましたから。

むしろ『I'd do~』の方が私的にはピートがただ歌っているだけなので、“誰”で“何”なのかわかりにくい(汗)


まー、彼の感性はふつーの人とは相容れない部分があるので、私ごときパンピーにはわかろう筈もありませんがねー(苦笑)

(余談ですが、最初から最後までころころ見かけが変わるピートに比べて、もしかしたら彼と並ばずDuran Duran辺りにいたら、自身も美形ミュージシャンとしてけっこー人気が出ていたかも知れないスティーブの、これまた最初から最後まで変わらないあの無表情っぷりに思いっ切り笑えてしまったのはこのPVです。
いや~~、スティーブって、昔からああだったのネ


そして、彼の最大の魅力の一つであるヴォーカルは、この時期はまだ男性的な低音を利かせた、ちょっと荒削りで泥臭いのが特徴的。

声質的にはディペッシュ・モードのデヴィッド・ガーンにも似てるけど、ピートの方がパンチが利いてるとゆーか、攻撃的、野性的かつパワフルかなー。

あと、何と言っても目力の強さ!!


これに尽きると思う。


時代が下るにつれてその目つきは段々女性らしく妖艶になってくるんだけども、
この時期は見せつけてやろう、目立ってやろうっていう上昇志向の表れか、ギラギラしてて猟奇的でまるで触れるもの全てに喰らいつきそうなぐらいとんがってて怖いくらい。
きっと、一度見たら絶対忘れられないだろうなーって思うほど、そんな強烈な目をしてます。

そして、ファッションに関して特筆すべきは『Misty circles』の中のピート様で、
この時の彼のファッションがどこかで見たことあると思ったらなんと、Culture Clubのボーイ・ジョージ!

               

この、彼のファッションの代名詞とも言える、大きなチューリップ型??(とでもゆーのだろーか)こーゆー帽子を常にかぶって、リボンを編み込んだドレッドヘアを揺らし、無国籍風なロングシャツにダボパンスタイルでがっつりメイク、
わたしゃーずっとボーイの専売特許だと思ってたんですが、
なんとこのPVの中ではピートもほぼ同じよーーな格好をしているのです!


これってパクリなんじゃ・・・。

そう思っても仕方がないくらいのかぶりっぷり
(ただし、肌の露出度は最初からピートの方が高い)

で、こっから先はあくまで憶測なんですが、一つの仮説を上げるとすると、
ピートが『You spin me round』で一躍UKポップス界のスターになってから、彼は常にマスコミにボーイと比べられるのをすごく嫌がっていました。

それって、多分、当時から自己のセクシャリティについて赤裸々に語っていたピートに比べてボーイはつい最近まで自分がゲイだってことを隠してたっいうエピソードからも推測出来るように、彼の信念とか信条からくるボーイとの違いをはっきりさせたかったってのもあると思うんですけど(私はこの頃リアルタイムではそんなピートに好感を持っていた)
もう一つ、この時期既に『君は完璧さ』などのヒットを飛ばしてその奇抜なスタイルと共に知名度を固めつつあったCulture Clubの後追いって感じで似たようなファッションに身を包んでいた自分が許せなかったってゆーのもあるのかなーーと。

ま、あくまで推測ですけどネ。

そうじゃなくても、彼の言動はいつも誤解と確執を生んでしまうほどストレートでナナメ上をいってましたから。


でも、上の動画を観ただけでもおおよそのスタイルはわかるとは思いますが、
この頃のピート様は(初動時のバンドにはありがちながらも)はっきり言ってまだ自己のイメージが確立してないのか、ビジュアル的にすごーーーく迷走してるんです。

上であれだけこじつけた(笑)ボーイ風のカッコをしてたのも実は『Misty~』の時だけ、
後は初期の頃のライヴ映像でゴスロリ風!?!?とも取れるフリルつきの白いAラインの短いワンピを着てたり、
(しかしこれは激しく似合ってなかったなーー
『That's the way』の時はまたがらっと髪型から変えてワンレンライオンヘアーにジャンプスーツのようなものや迷彩服やサングラスにランパン姿と、ここら辺りはちょっと男性寄り、
かと思えばふつーのスーツスタイルだったりして、まーー、とめどなく変化していきます。

メイクも常にしてるんだけど、これもゴス系メイクからいかにもの'80年代風メイクにアイラインだけちょっときつめな感じを経て、口紅だけ白っぽいものを塗ったりといろいろイロイロ。

ちなみにこの時期まではまだ歯並び悪いです(^_^;)
(でも、『That's the~』のPVでは前歯が綺麗に整ってたような気もするし、多分一本づつ矯正してってたんでしょう。『You spin~』の頃は見事に直ってました)

85年に整形したとゆーおでこのしわも『I'd do~』ではしっかり映っていて、
何だか少しづつ違和感あった自分の顔に手を入れ出してきてるのがこの時期ですねー。

対外的にはやっとクラブで盛り上がってたのがTVで取り上げられるようになり、アメリカツアーをし出した頃だから、本人的にも方向性が定まってなかったんでしょうなぁ。


とにかく、混沌(^_^;)


でも、彼自身はそんな自分の外見よりも、いいレコードを作って認識されたかったらしいので、案外固定したイメージはいらなかったのかも知れませんね。



知れば知るほど奥が深いピート様。


さて、次はいよいよ彼を一躍スターダムにのし上げた『You spin me round』の入ったアルバム、『Youthquake』について語ります。