RC-NET(レイプクライシス・ネットワーク) BLOG.

RC-NET STAFFによる、日常の些細な出来事から、お知らせまでいろいろなぶろぐ。

LGBTはみんな性暴力被害者、という、ファンタジー。

2017-12-28 02:23:03 | スタッフ雑感

性暴力被害とLGBTIQAを紐づけて話す、ということをRC-NETでは活動の中のかなりの割合を割いて行ってきた。

それは、SOGIESC(性的指向、性自認、性表現、性的特徴)によって、適切なサポートを受けることが出来ない、し辛い人たちがそこにいる、と思ったから。

基本的に、活動をするに際しては、「よりサポートが届きにくい層」に向けたものを実施していくことにしている。

その人達こそを、よりハイリスクな人々だと私たちは捉えている。リスクとは、「助けを求められない」「求めても拒否されることがある」「そもそも想定されていない」等によって起こる、より重篤な状況悪化が見込まれる、ということだ。

LGBTIQAの性暴力被害経験率が高い、というのは事実としてある。

国内外のデータがそれらについては証明するところであるし、そもそも、性暴力は特別な事柄ではない。様々な暴力被害や差別経験の割合が高いことと並列で、被害は起きやすく、また、支援システムの不足から、声を上げる機会も少なく、事柄としては見えにくい。その中で、当事者たちは、関係性を拗らせたり、精神的に、また、身体的問題としての危機を迎えるリスクも高くなる。

要は、リスクを与えるのは概ね社会の側であるということ。これを前提として持っていてほしい。

 

さて、最近一部において、「性暴力被害経験者は性的マイノリティになる」という暴論が飛び出しているそうだ。

LGBTIQAと性暴力についての活動をしてきた中で、まぁ、こういうことを言う人が出てくるというのはある程度、「ありそうなこと」と思って来た。

それについて、私には否定も肯定もすることが出来ない。

例えば、性暴力被害を受けたことによって、性自認や性的指向、性表現にゆらぎを感じる人、またそれらが固定化され、「性的マイノリティ」として生きるという人がいるというのは事実である。性暴力被害の影響として、特段珍しいことではない。「そうなんだね」と、受け入れられることだと思う。

例えば、一人の女性が、男性から被害にあった後に男性への恐怖心を持つようになり、性的にも嫌悪を感じる、という状態になったとする。その人はバイセクシュアルを自認していたけれども、被害後、レズビアンと名乗るようになった。別におかしなことではない。その人が、被害後から自らの身体に違和感を感じだし、「女性性」というものを嫌悪することもあるかもしれない。トランス男性として生きることを選ぶかもしれない。それだけのことだ。何かおかしいだろうか?

ただ、そうなる人は全体の中の一部でしかない。性暴力被害にあっている人は皆さんが思っているよりも多い。人口比で言えば、性的マイノリティと言われる人口層よりも、多いことは各種調査で見ても明確であろうと思うが、それだけをもってしても、「性暴力被害にあうと性的マイノリティになる」というのがイコールで繋がるものではないということはわかってもらえるのではないだろうか。

そして、性的マイノリティの性暴力被害率についてだが、概ね性別違和の無い異性愛者に対する調査からすると各国で比較的多いデータが出るが、全体のパーセンテージで4割程度が最高値ではないだろうか(もちろん、性暴力の定義を何とするかということによって、各データのパーセンテージはかなり変わり、“言動”等を含むものについては7割を超えるということもあるが、それは性的マイノリティのみならず性暴力被害の調査全体の話である)。女性の4人に一人、男性の6人に一人が大学生年齢までに性暴力被害経験を持つと言われるこの社会の中で、多い少ないを言うのも、私としては下らないことのようにも思うが、多少多いと思う。だが、そこでの問題は、被害にあう数以上に、サポート体制の無さ、である。

また、こういう時に絶対に出てくるのが「同性間での性暴力被害によって」という言葉だ。閉口してしまう。性暴力といえば、男性から女性に対するものであり、それは異性愛者の話、と、この言葉を言う人たちは思っているのであろう。性的マイノリティが被害にあう、というと、決まって「同性間での被害」と勝手に妄想する。そのファンタジーを頭からまず追い払う作業をしたらいかがと私などは思う。もちろん、被害にあった人の性別や性的指向等に関係なく、加害者の属性は様々である。全体として男性による加害が多い事実はあるが、加害者の性別等は固定化したものではない。また、性的マイノリティが同性からの被害により多くあっているというデータを私はまだ見たことはない。各ジェンダー、セクシュアリティ毎に違いは出てくるだろうが、当会に来る相談として言えることは、加害者の属性図というものが、性別違和の無い異性愛女性のそれと、かけ離れたことは一度も無い。同じ様な被害にあっている、というのが実感だ。家族や親戚、パートナー、友人知人、職場の人、それぞれに、大きく変わる所は現状見当たらない。

性的マイノリティは同性からの被害にあったからそうなったんだ、となんの証拠も出さずに全てを決めつけるなんて「同性に性的に迫られて何かが開花したんじゃないの」とかいうセクハラ発言レベルである。

 

今回、明確に言いたいことは、人のセクシュアリティがどのように形成されたかということに理付けをしたい人たちは、興味本位で人のプライバシーを暴こうとする、趣味の悪い人たちだということだ。

そして、「性暴力被害などにあったから性的マイノリティという“異常”な状態になるのだ」という結論付けを社会がするとしたら、それは性的マイノリティに対しての差別、そして、性暴力サバイバーへの差別に繋がるということを覚えておいてもらいたい。

今年のインパクトワードの一つだが、ある自治労がUPしていた記事の中に、「性暴力被害にあうということは、何か欠けるということだ」という意味の言葉があったが、まさに、これであろう。性暴力被害にあうことによって、「“通常”“常識的な”性別や性的指向」が、欠けてしまった、とでも言うのだろうか。

私たちは、自分たちで、理解している。

性暴力被害にあったということ。

そして、今、生きているということ。

そして、生き抜く為に、どう今を生きるかということ。

本来、「性」とは「いろいろある」ものでしかない。他人のジャッジを必要とはしていない。様々な性別の自認がある。好きになる人もそれぞれであるし、好きな性表現をしたらいい。身体の性だって、本当にいろいろなのだ。「多様性」という言葉が分かりにくくしているのではないかと最近思うことがあるのだが、とにかく、「性は、いろいろな形があるもの」であり、それらを社会側が強制したり、マジョリティとされる側に合致しないからといって差別的な扱いをされるようなことがあってはならない、というだけだ。それが、人権だからだ。

 

例えば、私の人生をテーブルの上にすべて広げて、「あなたがこういった生き方をしたのは性暴力被害が理由ですね」と誰かに言われたとして、「だから何でしょうか」と私は言うと思う。

それぞれに、様々な経験をする。その経験に自分の人生は紐づけられる。だからといって、私の人生は性暴力そのものでもない。願わくば、理由探しよりも先に、性暴力に対抗する社会を作って欲しい。性暴力にNOと言える社会を。被害にあうかもしれない人ではなく、私が、あなたが、あなたたちが、考えるべきことなのだ。

ただ、一つ、残念だと思うことがある。

こうした暴論を前に、LGBTコミュニティの多くの人が、「性別や性的指向は生まれついてのもの」ということを声高に言い出すことだ。

もし、生まれついてのものじゃなかったとしても、尊重されなければいけないのが、「性」であり、「人権」では無いのだろうか。私はそう思っている。


AOMORI性的マイノリティ当事者アンケート

2017-12-26 13:00:00 | 事務局からのお知らせ

2017年9月〜10月下旬まで、皆様にご協力いただき実施したアンケート調査の結果をお知らせします。

クロス統計による詳細なデータについてはまだ完成していないのですが、アンケート、また県内の当事者インタビュー(実施10名、今回の掲載は3名)、用語解説などを載せたリーフレットを作成中でして、そのデータを今回こちらに掲載します。

RC-NETは、性暴力サバイバーによる、性暴力サバイバーのための団体として2008年より活動を始め、その中でも、よりハイリスクな人口層についての特化した取り組みを進めてきました。ハイリスクというのは、「被害に遭いやすい」ということではなく、被害にあっても、被害を訴え出たり、助けを求めたり、当たり前の権利侵害への声を出しにくい人たち、ということです。

2014年から青森に拠点を移し、地方におけるサバイバーやLGBTIQAの居場所づくりをしてきて、特に、LGBTIQAに関して、実体を踏まえた適切な社会システムの構築が必要であると考え、実践してきました。その中で、今回、200人を超える青森の当事者からの協力をいただき、こうした調査報告をまとめられたこと、ご協力いただいた青森のLGBTIQA当事者の皆様に、心から感謝を申し上げます。

また、こうした、それぞれの勇気の一歩が、社会を変革し、より「生きやすいまちづくり」に活かされることを、心から願っています。

 

<調査概要>

実施期間:2017年9〜10

対象

「青森出身/青森在住」「青森出身/他都道府県在住」「他都道府県出身

 青森在住」の性的マイノリティ当事者

回答数:

216(内、有効回答数200

アンケート内容:

出身・居住区分/年代/性別/性的指向/差別・偏見・生き辛さの経験値/差別・偏見・生き辛さの内容/カミングアウトの有無/カミングアウト対象者の属性/青森への想い・望む事

調査実施団体:

レイプクライシス・ネットワーク(青森市安方1-3-24-2F 担当者:岡田、宇佐美)

実施事業:

トヨタ財団 国内助成プログラム

 

 

 

このまちにいきる にじいろのなかまたち<クリックして大きな画像でご覧下さい>

 

 

 

 

ウェブ調査ということもあり、20代の回答が最も多くなっています。しかし、10代から60代、インタビュー調査も含めると70代までの方から回答をいただいています。

回答は青森出身/在住の方が117人と最も多く、続いて、青森出身/他都道府県等在住、他党道府県等出身/青森在住と続きます。

そうした中で、「差別・偏見、生き辛さを感じる、不安に思う」人は175人と、全体の9割に上りました。

わからない、ない、と回答いただいた方の中にも半数近くは具体的な不安や経験についてを記載項目で書いており、且つ「これを差別と言っていいかわからないので」であるとか、「差別というより、区別はあって仕方ないから」などという形で記載をいただいているものもありました。

カミングアウトについて、一切カミングアウトをしていないという方は全体の18%。カミングアウトをした相手として最も多いのは「友人」そして、設定項目の中で最も低いのは「教員」でした。また、教員に関しては、差別経験の具体例の中で5件ほど差別の加害者として記されているものがあり、「ジェンダー/セクシュアリティへの理解を深める」ことも大切ですが、教職員による差別行為を無くすための取り組みがより能動的に行われる必要についてを実感するものでもありました。

 

上記のデータに関しては、年明けには最終データとして入稿し、リーフレットを作成、関係各所に送付させていただきます。

また、印刷用のデータをご入用の方は、 rc-net@goo.jp まで、「青森SOGIESCデータPDF希望」とお知らせください。データに関しては、出典を必ずご記入いただくことを条件に、各所においてご自由に使用いただければと思います。使用時にはお知らせいただければ、より嬉しいです。

 

記載欄への記入が大変多く、ほんの一部しかリーフレット上には掲載することが出来ませんでした。

以下に、差別経験や、青森への想いについて、これまた一部にはなりますが、掲載させていただきます。

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差別・偏見、生き辛さを感じた具体例

・パートナーの親の死に病院側からの明確な指示で立ち会うことが出来なかった
居ない物扱いや病気扱いされる
結婚適齢期なのに結婚しないのはなぜかと問い詰められる。恋人はいるのか、性経験があるの、当たり前のように聞かれる
16同性のパートナーと暮らしていますが、制度保障が何もなく、相手は親にカミングアウトしていないため、もし相手の身に何かあった時、病院で面会できるのかとか、亡くなったらどうなるのかなど不安です
就活の際地元銀行の面接で卒業研究内容がセクシャルマイノリティーである理由を聞かれ、当事者だからと答えたら面接官皆んな固まり、当然落ちた。あの時の面接官の顔は忘れない
オカマ野郎といじめられていた
高校の卒業式に希望の性別の制服で参加することを拒否された
カマは人間じゃないと父親に言われた。すごく傷ついて自殺を考えた
学校で性的マイノリティに対しての心無い声を聞いてしまい、それを教員に相談たらあなたは見た目から当事者だと思われないから大丈夫だ」、「性的マイノリティかどうかは身に着けている下着でわかる」などよくわからないアドバイスをされた

クラス内でのホモ、オカマネタのいじめや、教師による「同性愛=異常」をネタにした雑談などは普通にあった
見知らぬ人からの望まない性的触り、合意していない性行為の経験があります。女性相談に話したいと考えたこともありましたが、自分のセクシュアリティに触れてもよいものか、それから、やっぱり自分のせいだったのではないかと考えたりして、相談しなかったことがありました
・教員に相談したら逆にいじめられた。


青森に望む事、青森への想い

青森に帰る度に保守的だなあと感じることが多々あるので、もう少しみんな寛容になってくれたらなあと思います。パートナーシップ制度などが制定されたら恋人と一緒に移住しようかな

GIDに対応する病院を作ってほしかった

ダジャレやオヤジギャグを考えさせたら全国1位かもしれない県民性を生かして、面白いキャッチコピーで同性婚やパートナーシップ法を成立させて、いち早く性の多様性を広める県になって欲しい

存在や生きづらさを知れば、当事者への安易な差別や発言は減ると思う

多様性に対して敬意を払う地域になってほしい

セクシュアリティに限らず、差別や偏見なく生活できること

・せめて、どんな性別でも、どんな服を着て、誰をパートナーにしてても、ほっといてほしい

青森に住んでいたのはだいぶ前のことなのですが、学校でも親戚の間でもとにかく男尊女卑がひどいと感じていました。小さい頃はおかまといじめられ、高校まで「男は男らしくしろ!」とか「男だったら我慢しろ!」と怒鳴られっぱなしだったように感じています。ここではとても生きていけない、とにかく都会の大学に行かなければと思い、逃げるように故郷を後にしました。東京に来て本当によかった。ここでは自由に息ができます。帰る気は全くありません。青森では生きていけないと、今でも思っています。