もの言わぬ母

すっかり『もの言わぬ人』になってしまった実家母。
会話はすべて、YES（うん）・NO（ううん）で済ますことが多くなって。
意志表示もしない。何を考えてるのか。何を感じてるのか。
父もあたしも、もう母の気持ちは計れない。
父だけがべらべら喋りまくり、
母がそれを聞いてか聞かずか…まったく反応無し。
起きて食べて寝て。
排泄して（今はオムツ生活）。
服を着せてもらって。
幼女のように、自分ひとりでは何もできなくなった母。
父は甲斐甲斐しく世話をしているが、
時々、寂しくて空しくて仕方が無いようだ。

父が昔のアルバムを出してきた。
４～５年くらい前の写真。
近場に家族でドライブに行った時のものだ。
海の見える展望台に立った両親。２人とも、いい笑顔。
こんな表情も最近ではもう見られない。

父はまだあきらめきれないでいる。
『母さんと２人、車でいろんなところに旅行したい』という、ささやかな夢。
あの頃にはもう戻れないんだよ、父さん。
あたしだって、ホントは思ってる。
ある日、母が起きてきて、こう言ってくれたらどんなに嬉しいか。
「あああ！ゆっくり休んだらスッキリした！もう大丈夫。」

今年の春、夫が鬱になった時、母がふとつぶやいた事があった。
「K君、かわいそう…」
あのときはびっくりしたな。
まさか、そんな感情があるなんて思わなかったから。
母は感情が無くなってしまったのではなく、
『表現すること』ができなくなってしまっただけなのだ、と
その時気がついた。