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唐史話三眛

唐初功臣傳を掲載中、約80人の予定。全掲載後PDFで一覧を作る。
その後隋末・唐初群雄傳に移行するつもりです。

起死回生 [李義府の挑戦]

2025-04-05 10:00:00 | Weblog

起死回生 [李義府の挑戦]
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「ああもうだめだ。俺の今までの努力はなんだったんだろう」

中書舎人李義府は門下省からきた人事案をみて落胆していた。
そこには義府を山西の壁州司馬に左遷すると書かれていた。

義府はそんな左遷されるほどの失態を犯したわけではない。ささいなミスだ。
しかし義府のような進士あがりの成り上がりを嫌悪する門閥派にとっては理由になるのだ。義府は太尉長孫無忌の己への冷たい視線を感じていた。

ど田舎よりひたすら学問に打ち込んで、少しずつ昇進してきたのに、これですべて元の木阿弥である。再チャレンジなどはありえない。

「どうした、そんな青い顔をして、どこか悪いのか?」と同僚の王德儉が心配して聞いてきた。

「俺はもう終わりだ。明日僻地へ左遷になるんだ」
「うーん、これはひどいな、ひどすぎるな」
「無忌様もひどいことをする」

「おまえ、危険を犯す気があるか、一発逆転をねらって」気の毒に思った德儉が聞く
義府は「なんでもする。その逆転策を教えてくれ」とすがった。
「失敗したら左遷どころではすまないぞ」
「失敗しても恨まないし、君の名も絶対出さない、教えてくれ」

「陛下は武貴妃を皇后にしたがっている。しかし宰相達は同意せず、無忌様を懼れる誰も上奏しようとはしない。君が率先して提案したら陛下は君を守るだろう。しかし無忌派の敵意はもろに受けるぞ」

「もう後が無い身だ。無忌にはもう憎まれている。怖いものはない、やる」

その夜の当直を代わってもらった義府は、夜間になると「緊急の上奏があります」と申し出た。

緊急と聞いてあわてて高宗皇帝は臨御し上奏文を読んだ。そしてすぐ宦官を派した。
まもなく背後の御簾の陰に女が立った。高宗はその女に上奏文を見せた。

なにやら高宗と女の間にやりとりがつづいた。

やがて高宗は「なぜ昼間に上奏せず、今夜なのだ」と下問した。

義府「貴妃立后の意見は多くの者がもっています。しかし無忌様達を懼れて誰も言い出しません。無忌様は私がこの意見なのを知り、僻地への左遷を決めました。明朝には陛下のもとに左遷人事案が参ります。私には今夜しか上奏する機会がないのです。」

高宗は満面の笑みをみせ「わかった。左遷は絶対させない、昇進をさせてやろう」
「無忌を懼れる必要はないことを皆に示す」

義府が退出すると、高宗・貴妃より莫大な賜物が届いていた。

翌日義府は中書舎人から中書侍郎に昇進した。

*******背景*******

高宗は太尉長孫無忌や門閥貴族の傀儡でした。その要求する王皇后と皇太子忠を押しつけられ、宰相陣はすべて無忌の息がかかっているもので占められていました。

無忌は高宗が太宗の側女であった武氏にまで手をだしたのには呆れていました。しかし鮮卑族などの伝統では父の女を息子が引き継ぐことはあり、たかが女のことと大目にみていたのです。

そして武氏は貴妃となり皇后をねらいました。

それは無忌のゆるすところではありませんでした。
提案は宰相全員の反対をうけ高宗は撤回するしかありません。

その時この事件がおきたのです。永徽五年のことです。

官僚達の中に支持勢力[許敬宗.崔義玄、袁公瑜等]があると知った高宗は、貴妃とともに無忌排除を進めていきます。



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