1957年
八連敗と破竹? の連敗街道をたどってきた大洋も、秋山の右腕でやっとこの汚名にピリオドを打った。五回椙本を二塁において左中間三塁打して先制点をあげたのもこの秋山。九回田宮をシュートで投ゴロにうちとった秋山は、しばらくグローブを入れたまま、推しそうにゆっくりと一塁へ投げた。ダッグ・アウトをとびだして迎えた迫畑監督に肩をたたかれた秋山は「あまり調子がよくなかったんです。走者が出れば力を入れていましたが、一球目をカーブで、二球目を内角に思いきりシュートでついたのがよかったのでしょう。しかし後半はゆるめてしまったので打たれ出しました。力を抜くのはいけないんですが・・。前の巨人戦(十日茅ヶ崎)で三振15をとったときが一ばんよかったんですが、あのとき川上さんに右親指のつけ根に当てられてまた調子が狂ってしまった。きょうははじめから投げていて勝てるとは思っていなかった。五回の先取点がききましたよ」という。その五回の先取点については「渡辺(省)さんの外角球にヤマをかけて体を前にのり出していたんです。ところが逆に内角へ直球がきた。体を開いて手首だけで打ったんですよ。二塁ベースを回るころは体が前にいっても足がついていけない。息切れしてその裏あんなピンチを招いてしまった。もうちょっとで元も子もなくなるところでしたよ」かたわらの土井は「全力投球はしていません。ただ手もとで伸びてはいましたが、調子はけっしていい方ではなかった」とこの日の秋山を評していた。これで大洋全部の白星である三勝を記録。それも巨人に1阪神に2と上位ばかりの星である。「やっと三勝です。この調子なら今年は二十勝も危ないかもしれない」とはいうものの、さすがにうれしさはかくしきれないようだった。二十三歳。
八連敗と破竹? の連敗街道をたどってきた大洋も、秋山の右腕でやっとこの汚名にピリオドを打った。五回椙本を二塁において左中間三塁打して先制点をあげたのもこの秋山。九回田宮をシュートで投ゴロにうちとった秋山は、しばらくグローブを入れたまま、推しそうにゆっくりと一塁へ投げた。ダッグ・アウトをとびだして迎えた迫畑監督に肩をたたかれた秋山は「あまり調子がよくなかったんです。走者が出れば力を入れていましたが、一球目をカーブで、二球目を内角に思いきりシュートでついたのがよかったのでしょう。しかし後半はゆるめてしまったので打たれ出しました。力を抜くのはいけないんですが・・。前の巨人戦(十日茅ヶ崎)で三振15をとったときが一ばんよかったんですが、あのとき川上さんに右親指のつけ根に当てられてまた調子が狂ってしまった。きょうははじめから投げていて勝てるとは思っていなかった。五回の先取点がききましたよ」という。その五回の先取点については「渡辺(省)さんの外角球にヤマをかけて体を前にのり出していたんです。ところが逆に内角へ直球がきた。体を開いて手首だけで打ったんですよ。二塁ベースを回るころは体が前にいっても足がついていけない。息切れしてその裏あんなピンチを招いてしまった。もうちょっとで元も子もなくなるところでしたよ」かたわらの土井は「全力投球はしていません。ただ手もとで伸びてはいましたが、調子はけっしていい方ではなかった」とこの日の秋山を評していた。これで大洋全部の白星である三勝を記録。それも巨人に1阪神に2と上位ばかりの星である。「やっと三勝です。この調子なら今年は二十勝も危ないかもしれない」とはいうものの、さすがにうれしさはかくしきれないようだった。二十三歳。