第一章
もうひとつのアメリカ、「オルト・アメリカ」とは?
アメリカは2020年代に分裂する!
2017年の1月、世界を席巻するグローバリゼーションの波に乗ることができず、没落してしまった中間層の怨念を勢いにして、ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領に就任した。それからというもの、伝えられてくるのはトランプ政権の混乱とトランプが引き起こす問題ばかりである。
トランプは就任早々、イスラム7カ国からの入国禁止や、メキシコとの国境の壁の建設、石油や石炭、天然ガスの環境規制の撤廃など、本来であれば長時間の議会の審議を経て実施されるべき過激な政策を、39の大統領令だけで実行しようとしたり、その場その場の感情を赤裸々にツイッターに書き込んでは、自ら外交問題まで引き起こしている。
さらにCIAやFBIなどの情報機関と敵対し、CNNを筆頭にアメリカの主要メディアを〝フェイクニュース〟と指弾するトランプに対し、ワシントンの政界では擁護する勢力も一定程度存在するものの、最近ではトランプは政権運営能力がまったくないということで、近い将来弾劾されるのではないかという観測さえある。
昨年の大統領選において、ウィキリークスはロシアが民主党全国委員会(DNC)のサーバをハッキングしたとされる情報を公開した。それらの情報には、クリントンと民主党の〝闇の部分〟を暴露する情報が多く含まれていたので、クリントンの選挙キャンペーンが失速したと言われている。
トランプ陣営はロシアの政府関係者と頻繁に会っていたので、トランプはロシアと共謀することによって大統領選に勝利したのだと信じられていることから、民主党や共和党の主流派の一部、そして情報機関や主要メディアでは、そのことを材料にトランプを弾劾裁判にかけようとする動きがある。
弾劾に向けて動いているのは、民主党のアル・グリーンとブラッド・シャーマンというふたりの上院議員だ。7月23日、シャーマン議員は、トランプ大統領がロシアの選挙介入疑惑の捜査を妨害したとして、上院に弾劾決議を審議するように要請した。一方、多数派を占める共和党からは、クリントンのメール問題を先に捜査すべきだとの反対意見も出ている。
また、弾劾を目指す動きは市民運動としても活発に行なわれており、弾劾を要求するサイト『Impeach Donald Trump Now』には、12月16日現在で1300万人を超える署名が集まっている。
このようなトランプ政権下の混乱ぶりを見るにつけ、アメリカという国の将来はいったいどうなってしまうのかと、大きな不安を感じずにはいられないだろう。
今、アメリカの将来に対する見通しが大きくふたつに分かれている。
民主党・共和党の両党でも比較的に楽観的な人々は、アメリカはこれまでも政治的な混乱を何度も繰り返してきたが、必ず民主主義と多様性の原則を掲げるリベラルなアメリカに戻っている、だから今回も、しばらくすれば安定するのだ、という意見だ。
一方、アメリカの将来を悲観する人々は、トランプ政権の出現で発生した政治的分裂は、歴史的に前例がないほど深く、これからはもう誰も予想することができない混乱期に突入すると見ているのだ。
本書の結論を先取りして言えば、アメリカ国家は2020年代に南北戦争以来の大混乱期に入り、国家としての体をなさなくなる可能性があるということだ。アメリカの分裂である。
アメリカを引き裂く力は、アメリカをふたつの方向へと分裂させる。ひとつは、自由と多様性を重んじる既存の「リベラルなアメリカ」であり、もうひとつは昨年の大統領選挙でトランプを通して覚醒した、陰謀論的で超保守的な「オルト・アメリカ(もうひとつのアメリカ=オルタナティブ・アメリカ)」である。このふたつの勢力は、それぞれがまったく異なった世界観と現実認識を持っているがゆえに、両者の対立は極めて深刻だ。
さらにこの図式は、既存のワシントン政界と、「アメリカ第2革命」へと蜂起するオルト・アメリカとの対立でもある。ワシントン政界はトランプの追放を諦めないだろうし、オルト・アメリカもワシントン政界への攻撃を激化させ、暴力的な反乱に発展する可能性すらある。
はっきりしている点がひとつだけある。それは、たとえどのような極端な状況になったとしても、政治的な混乱や矛盾をコントロールできなくなるギリギリの状態にならない限り、われわれはその状況を認識することすらできないであろうということだ。アメリカ国内でも、日本のような外国であっても、トランプの勝利を予測できた者はほとんどいなかった。トランプの勝利はまさに寝耳に水だったのだ。それと同じようにアメリカの分裂も、政治的な矛盾が爆発する寸前まで、おそらく誰も予測することができないだろう。
日本のような外部からアメリカを見ているからわからないということではない。一般のアメリカ人やアメリカ国内の主要メディアでさえも、分裂の動きを事前に察知することは非常に困難なのである。なぜなら、特に主要メディアは、国家の分裂をもたらす政治的対立の原動力となっている重要な〝要素〟を完全に見落としているからだ。
この要素こそは、トランプを大統領に引き上げたものと同一だが、大統領選挙という文脈だけで理解すると本質が見えなくなる。
トランプは、生産拠点の海外移転の激増で没落した〝ラストベルト〟と呼ばれる地域が重要な支持基盤となった。ラストベルトはミシガンやオハイオ、ペンシルベニアなど、本来は民主党が比較的強い白人労働者層の多い地域だが、彼らがトランプ支持へと寝返ったのだ。
トランプとクリントンがわずか数パーセントの支持率で争っているとき、ラストベルトのトランプ支持への寝返りは、トランプを大統領へと押し上げる決定打となった。
しかし、ラストベルト、ブルーステーツ、レッドステーツといったような地域性の枠組や、「オルト・ライト」(オルタナ右翼=主要保守以外の過激な右翼)というような政治運動の枠組みだけで理解すると、アメリカ国家を分裂させるほどの大きな力の正体を見極めることはできない。
ナチスが台頭しつあった1920年代のドイツでは、ナチスはミュンヘンを中心とした南ドイツやババリア地方の地方的な民族運動か、もしくは社会に不適応なゴロツキが引き起こしている単なる周辺的な政治運動と見られていた。
この運動がやがてはドイツ国民全体の心を捉え、ドイツ国家を根本から作り替えるとは誰も予想していなかったのである。同じように、現在のアメリカで起きている政治的な対立と分裂の状況を、単なる地域性の問題や一部の政治運動として限定された枠組みの中で理解してはならない。アメリカ国家を分裂へと引き込んでいる主要な力とは、アメリカ人たちの〝集合的な感情の流れ〟なのである。
それは、まさに表面には見えない深層海流のようであり、特定の地域や政治運動に限定されるものではない。ニューヨークのようなリベラルな大都市圏にも、荒廃したラストベルトの諸州にも、またウォール街の銀行で働く証券ブローカーにも、製造業の海外移転で職を失った労働者にも、地域や社会階層に関係なく、広く存在している感情の集合的な動きなのである。
この集合的な感情の流れは感情だけにとどまらず、価値観や現実認識などの世界観をも内包している。
主要メディアが代表している既存のリベラル層が、グローバリゼーションは世界的なトレンドであり、アメリカがこのトレンドを主導してこそ経済成長が加速し、みなが豊かになると信じているのに対し、トランプの勝利で垣間見えてきたもう一方の層は、グローバリゼーションは格差の拡大による貧困しかもたらさないので、アメリカ国民の利益を第一に考えて保護貿易政策をとり、世界からは孤立すべきだと信じている。
この両者の基本的な世界観の対立は、あらゆる分野に及び、もはや架橋できないほどの相違が生まれている。
前者が、国際関係は主権国家の集合体がアメリカ覇権の国際秩序をベースにして、国益を最大化するために相互に関係する戦略的な世界だと見ているのに対し、後者は、世界はロックフェラーやロスチャイルド、またはフリーメイソンのような主権国家を超えた力を持つ秘密結社の計画によって決まると考えている。
また、前者がアメリカはときとして機能不全に陥りながらも、憲法の規定にしたがって国民が選挙で選んだ政府、議会、司法のそれぞれ相互に独立した三者によって、政治の方向性が決定される民主主義国家であると理解しているのに対し、後者は〝ディープステーツ〟と呼ばれる政府の監督の及ばない情報機関や、国務省を中心にした影の政府、そして肥大化した軍産複合体など、政府を圧倒的に凌駕する力を持つ機関によって大半の政策が決定されていると見ている。
また、前者がアメリカは自由を求めてやってきた人々の移民国家であり、言論の自由と宗教や人種の多様性を維持することこそ国是であると考えているのに対し、後者はアメリカの宗教的な多様性はテロリストを生む源泉であり、基本的にアメリカ国家は、白人を中心としたユダヤ・キリスト教の価値観をもとに再編成しなければならないと考えている。
また、前者が地球温暖化はアメリカも責任の一端を担わなければならない地球的な脅威であり、温暖化ガス抑制のパリ協定締結こそ重要だと見ているのに対し、後者は地球温暖化は実際には存在せず、太陽の活動周期から見ても地球は寒冷化に向かっており、パリ協定から早期に脱退すべきだと考えている。
また、前者が国防省が実施しているプロジェクトは政府と議会の監督下にあり、政府の方針にしたがって運営されているはずだと理解しているのに対し、後者は国防省は国家予算を上回る使途不明金で運営される影の政府の一部であり、この組織は現代の科学技術よりもはるかに進んだテクノロジーを持ち、すでに遠い惑星の宇宙開発にさえ乗り出しており、地球外生物との接触も日常的に行なわれていると見ている。
このように見ると、後者の世界観は、少数のオタクが共有するサブカルの陰謀論にしか見えない。フリーメイソンや影の政府、そして地球外生物まで出てくるとなると、完全にアングラ系の文化でしかなく、まじめに取り扱う気すら起こらなくなってしまうかもしれない。
しかし、これら後者の世界観の支持者は、おそらくトランプを支持している約40%のアメリカ国民と重なっているのである。
アメリカには『Coast to Coast AM』という全米最大の深夜ラジオ番組があり、4時間のプログラムを毎日放送している。聴視者は優に300万人を超えているが、この番組の世界観こそがまさに後者の世界観であり、トランプの支持者たちが好んで聞いているのである。
後者を代表する政治的な主張の数々は、これまではラストベルトやレッドステーツなどの地域や、オルト・ライトのような政治集団に限定されたものとして見られてきたし、フリーメイソンや影の政府、そして地球外生物などに連なる世界観は、サブカル、アングラ、オカルトとしてオタク系の裏文化の一部としてみなされてきた。
しかし今では、アメリカにおける後者の規模は、地域性や政治運動、サブカルなどという言葉で限定される規模をはるかに超えてしまっているのだ。日本ではほとんど知られていないようなもうひとつのアメリカ、つまり「オルト・アメリカ」が存在しているのである。
先ほどの前者が、われわれがよく知っている既存のリベラルなアメリカだが、それを「表のアメリカ」だとすれば、後者のアメリカは「裏のアメリカ」ということになる。
本書では、この「もうひとつのアメリカ」「裏のアメリカ」を「オルト・アメリカ」と呼ぶことにする。
まったく報道されないオルト・アメリカ
オルト・アメリカは、日本のような外国のみならず、アメリカ本国の主要メディアでもほとんど報じられることはない。「表のアメリカ」のほとんどの住民たちは、すでにアメリカ国民の約40%がオルト・アメリカに巻き込まれているというのに、オルト・アメリカの存在すら知らないのである。
「私は信じている。ドナルド・トランプ氏は大統領にはならないとね。ならないと確信する理由はこうだ。私はアメリカ国民を信じているからだ。国民は気づくだろう。大統領の仕事は重大なものであり、トーク番組やリアリティー番組のホストとはわけが違うのだと」
右は、アメリカ国民の良識を信じ、トランプのような人物を大統領に選ぶことはないだろうと期待する第44代アメリカ大統領オバマの言葉だ。
しかし問題は、オバマが信頼をおくアメリカ人たちに共通していた良識は、もはやアメリカには存在していないという事実なのである。すでにオルト・アメリカというまったく別の領域が生まれており、それはオバマの考えるような良識とは異なる良識を持つアメリカなのだ。
こうした陰謀論的でオカルト的、そしてキリスト教の原理主義を容認し、ときとして人種差別主義的な言動を見せるオルト・アメリカの存在は、既存の良識しか持ち合わせていない表のアメリカの住民たちにとっては、どうしても認めることができないことなのかもしれない。
どんな人間であっても、自分の認識能力を超える現実に直面すると、その現実がまったく存在していないかのような態度を取ることがある。現実否認である。しかし現実否認が難しいことがわかると、今度はその現実を矮小化し、取るに足らないものとして扱うようになる。
たとえば、数日以内に首都直下型の地震が起こる可能性が高いと、信頼できるネットの多くの地震予報サイトで警告されたとしよう。明日にも現在の自分の生活が根底から崩れるかもしれないのだが、そのような現実は認めたくないので、どうせ「ネット」の情報だからアテにならないと自分を安心させ、本当に大地震が迫っているかもしれないという現実から逃避してまう。
「ラストベルト」や「オルト・ライト」といったカテゴリー化は、こうした現実否認の態度の一環なのだ。
もちろんラストベルトやオルト・ライトは、特定の政治的傾向を持つ地域として、また極端なイデオロギーを主張する政治運動として現実に存在している。筆者はそうした現実を否定しようとしているわけではない。筆者が言いたいのは、オルト・アメリカは、そのようなカテゴリーにはもはや収まらないほど、地域の規模も広がっており、その影響下にある運動体の数も圧倒的に多く、すさまじい勢いで巨大化しているということなのだ。
オルト・アメリカには非常にアクティブな領域があり、そこには表のアメリカとは異なった視点から現実を報道する、独自のニュースサイトやジャーナリズムが存在する。また、国民の意思とは関係のない影の政府の支配からアメリカを解放するために結集した、数多くの政治運動や社会運動の組織体も存在する。今、こうしたエネルギーに満ちた活動から、アメリカの未来を決定する動きがはじまる可能性が高まっているのである。
しかしアメリカでは、今起きている事態が報道されることはほとんどない。われわれは、混乱が手のつけられないほど拡大して初めて、事態を知ることになるのだ。大統領選におけるトランプの勝利を予測できなかった現実否認のメカニズムは、今なお生きているのである。
本書は、こうしたオルト・アメリカの領域で拡散しているふたつのイメージに焦点をあて、オルト・アメリカに渦巻く集合的な意識が、どちらの方向に向かっていくのか検証していく。
ふたつのイメージとはすなわち、ユダヤ・キリスト教の価値を前提にしてアメリカを作り替える「終末論的革命」と、共生的な民主主義の新時代を拓く「アメリカ第2革命」だ。
「終末論的革命」は、グローバリゼーションの拡大によって没落した中間層の怨念を背景に形成される概念で、既存のシステムを破壊するとともに、ホワイト・ナショナリストや白人至上主義者などの極右グループを巻き込んで、ヨハネの黙示録のハルマゲドンの実現へと突き進むという、もっとも過激な暴力革命のことだ。
一方、「アメリカ第2革命」は、やはり行きすぎたグローバリゼーションが生み出した経済格差に疑念を抱き、かつての自由、平等、人権、民主主義など、18世紀のアメリカ建国時の理念を取り戻すために既存のシステムを変革し、国民の合意・協調のもとに新生アメリカを創造しようとする革命のことである。
そうした概念は、多くのアメリカ人の集合意識に地下水脈のように流れており、明確な形はとらないものの、サブカルやオカルト。スピリチュアリズムなど、アメリカのポップカルチャーを扱うメディアなどでは、これまでもコンテンツとして頻出してきた概念なのである。
今、それらのコンテンツは、主要メディアとは一線を画する「オルト・メディア」に結集し、その支持率や発信力はマスメディアを脅かす存在となっている。
いずれにしても、両革命の中核となる人々の集合意識に潜在していた怨念は、2016年の大統領選挙を通じて、とうとうトランプ大統領を誕生させたが、現在のトランプ政権の混乱・迷走を見ると、「終末論的革命」への道を歩み出している可能性が極めて高いと言える。
その道は必ず、非人道的な暴力を呼び、破壊をもたらし、アメリカを分裂させ、アメリカ国家の存亡にかかわる内乱へと発展するだろう。しかも、その混乱はアメリカ国内のみならず、ヨーロッパ全土に拡大する可能性すらあるのだ。その理由をこれから詳しく検証していくことにしよう。
本書では、ユダヤ・キリスト教の価値を前提にした白人至上主義的な暴力革命について触れる場合は、「終末論的革命」と呼ぶことにする。そのほか特定の文脈以外では、アメリカ全体の再生・再創造を表わす革命という意味で、「アメリカ第2革命」と呼ぶ。
以上