もともとそれでよかった♡

すべては自分の中にある

楽しいこと探しの旅に出ないで。あなたの好きなこと・楽しいことは、あなたがいつもしていること(ゴロゴロしてる・ドラマ・何もしない)ア

2017-02-09 | 覚書

今日のアシュタールからのメッセージをお伝えしますね^^

「こんにちは こうしてお話しできることに感謝します。

楽しいこと探しの旅に出ないでくださいね。

私はいつも楽しいことをしていてください、とお伝えしています。

そうすると、あなた達は楽しいことを探しはじめる傾向にあります。

言っていることが伝わっていますんでしょうか?


何か特別な楽しいことがある・・それを探さなければいけない、と思ってしまい

楽しいこと探しの旅をはじめてしまうのです。

楽しいことは何ですか?とあちこちたずね歩き、これも違う、あれも違うと迷子に

なってしまい、何が何だか分からなくなって途方に暮れてしまうのです。


楽しいことはもうすでにあなたの足元にあるのです。

もうすでにあなたはそれをしているのです。

そんなことはありません、いまの私には楽しいことなどないのです・・と言いますが、

気がついていない、意識していないだけなのです。


お休みなどで、時間があるときあなたは何をしていますか?

ゴロゴロしてる? ドラマをみてる? 本を読んでる? 散歩しながら写真を撮ってる?

料理を作ってる? 編み物をしてる? ストレッチをしてる? 釣りに行く?・・・

それが、あなたの楽しいことなのです。

そんなの日常の出来事です・・と思うかもしれませんが、楽しいことは日常にあるのです。

特別に何か探して、見つけ出して、はじめる必要はないのです


時間があるとき、やりたいなと思うこと・・それがあなたの好きなこと、楽しいことです。

日向ぼっこしてゴロゴロしているのが好きなら、それを楽しんでください。

それがあなたがご機嫌さんになれることなのです


教育で、いつも何かをしていなければいけないと教えられてきていますので、ゴロゴロする

ことはいけないことだと思ってしまっているのです。

教育で、生産的なことをしなければいけないと教えられているので、趣味程度のことを

していても仕方がない・・と趣味?好きなことをしているときも、少し罪悪感を感じて

落ち着かなくなってしまうのです。

本を読んでても収入にはならない、編み物をしてもそれはただの時間つぶし・・・

プロのようにお金にならないような趣味は、しても時間のムダにしか過ぎないんだから、

もっと生産的なことをしなければいけない・・ゴロゴロするなんてもっての他だ。

って考えてしまうくせがあるので、楽しいことも何か特別なことで、それが後々収入に

繋がることでなければいけない的な考えになってしまって、楽しいこと探しをはじめて

しまうのです。


私がお伝えしている楽しいことは、特別なことではありません

ましてや、収入につながる?もしくは成長出来る?自分を磨く?

そんなものではありません。


ただ、好きなこと、楽しいことです

何も成果がなくていいんです。

ただ、夢中になれる、気持ちいい、身体が緩む、頭が休まる・・

それだけのことでいいんです。

日向ぼっこが好きなら、気が済むまで日向ぼっこしていてください。

ゴロゴロするのが好きなら、気が済むまでゴロゴロしていてください。

本が好きなら、気が済むまで本を読んでいてください。


結果?成果?成長?自分磨き?・・そんな考えはパッと手放してください。

だってやりたんだもん、だって面白いんだもん、だって好きなんだもん・・そう思えること、

それがあなたの好きなことで、楽しいことなのです


特別な楽しいことを探す必要はありません。

あなたの好きなこと、楽しいことは、あなたがいつもしていることです。

楽しいこと探しをはじめると、砂漠の蜃気楼を追い求める旅人になってしまいます。


な~~ンにもしないこと・・それも豊かで楽しいことなのです。


あなたに愛をこめてお伝えいたします」



ありがとう アシュタール! 感謝します。

物質的ゼロと無限のゼロ。意識が作り、意識がそれらを継続させている。意識が変化したりなくなれば簡単に姿を消してしまう(170205MI)

2017-02-09 | 覚書

マドモアゼル・愛公式ブログさんより http://www.love-ai.com/diary/diary.cgi

ゼロが無限 2017年02月05日(SUN)

  フリーエネルギーの根本原理は、ゼロにしか無限はなく、あらゆるエネルギーはそこから訪れるということだと思います。

しかし私達は多くの場合、そうは考えません。どこかにあったものがなくなった場合を、私達はゼロと思いやすく、そうしたゼロしか考えようとしません。

10万円を使ってしまって、貯金がゼロになったら、ゼロ円、、というゼロです。

火事で家が焼ければ、家がゼロになります。

地球資源が使い過ぎてなくなれば、やがて、石油も資源もゼロになると試算したりします。

こうなると、さあ大変とばかり、あれをしてはダメ、これをしてはダメと、政治がしゃしゃり出やすくなっていきます。

人生設計もいくつまでいくら貯めて、、、というゼロにならない計画が重視されるようになっていきます。

こうした物的ゼロをゼロとして捉えがちな私達は、つい、この世的な価値観に従うようになっていきます。

勉強しなくては良い将来がない、、、良い学校にはいらなければ未来は暗い、、、30歳までに結婚しないと女性は不利、、、家くらいもたなくては、、、定年後はいくらかかる、、、保険に入らなくては不安、、、

こうしたことが悪いわけではなく、私達の安心として働く場合はもちろんあると思います。

問題があるとしたら、それらの不安や常識や価値観は、物質のゼロを避けようとする、物質主義のところにあるのです。

物質主義が悪いわけではありませんが、事実でないとしたら、事実から立脚しない価値感も考えも、私達を幸福にするとは思えません。

ゼロが実は無限と同居していることが事実だとしたら、物資的なゼロにばかり意識を向けることは、不自由そのものになりはしないでしょうか。

物は意識から、ゼロから生じた物だとすれば、それらはすべて結果物であって、何の力も有していないのです。

電車にのってどこかに行った場合、物質の考えでは、電車で行けた、、、となりますが、ゼロの視点では、行こうと思ったから行けた、ということになります。

そして、すべてはまず先に意思と、その前に存在する意識によって行動が生まれますので、質量のないゼロにしか、本当は私達を動かす力は存在しません。

ただ、電車に乗って行った、、、と物理的に考えた方が分かりやすい考えがあり、そちらの物理的な側面をつい重視してしまうのです。

しかし、電車で来ようが、歩いて来ようが、飛行機で来ようが、それが大した問題になることは実際には少ないのです。

そんなことより、おばあちゃん、、、会いたくて来たよ、、、という思いが人生や生き方や今後の人生に大きな影響を与えることは明白です。

しかし、そんなゼロを忘れ、電車で来たとか、飛行機が良いとか、どの会社はどうだとか、人は外面上のことばかり、あきもせずに話し続けます。

ゼロがそんなに怖いのでしょうか。いつしか私達は、肉体という質量のある存在を、自分だと勘違いするまでに至ってしまったわけです。

ゼロがすべてを作っているのに、ゼロ以外からは喜びは訪れないというのに。

会社に飼いならされた男性の心の固さが問題になることがありますが、それはゼロよりも、会社組織やどこの大学を卒業したとかいう、外見の物質的なものにとらわれ、ゼロを失ったつまらぬ表現のためです。

企業も政治も、このゼロから遠ざかるほど、儲からなくなりますが、それは人の心を打たなくなるからです。

今はまさにそれがピークに至っていますので、この社会はこのままはいかなくなると思います。すでにあるものにしか価値と力を認めない人が上に立っていますので、ゼロからの政策も魅力ある訴えもないことになるからです。

あった物がゼロになれば、一瞬は誰でも落ち込み、再起不能になると思われるかもしれません。人はそれを恐れて、物質的なゼロを遠ざけようと自己保身的になります。

本来なら、物質的ゼロに陥った際にも通用する教育や哲学が必要なのですが、それが残念なことにありません。人の魂を救済する宗教でさえ、現世利益に傾き、あの神様を信じると金が入る、この神様を信じると権力が入る、です。

ゼロに至った人間をいかに、それがゼロではなく、無限のゼロの入り口に導くかが大切なのです。

それが教育や哲学や場合によっては経済でなくてはなりません。

ずるい金儲けを考えても、ゼロから言わせれば、非常に危険であり、儲かるわけがない、、、との視点がないのです。

物質的ゼロが無限のゼロと同居することを理解すれば逆境や不幸と思える事柄が、本当のプレゼントであることを私達は理解します

本来の宗教や教えもそれがメインに来なくてはならないと思うのですが、要するに落ちぶれてしまったのです。

あらゆる物質的ゼロ状態のお取り上げは、本物のゼロ、無限のゼロ、すべてを生み出すゼロに至る道であり、道というより、そのものです。

なので、不幸とは、すでにある物質的な視点で物事をとらえ、考え、それ以外に道はないと思う意識に他なりません。

幸福とは、ゼロを受け入れ、物質的なゼロが大きな世界であることを受け入れた、本当の安心感を言うのです。

イエスが最低の物資的ルームである、馬小屋で生まれた、、、

カエルが一番豊かになったというような昔話し、物質的ゼロになって考えを変えたことから、今の自分がある、、、という成功体験など、質的な進歩は、ゼロの受け入れ以外はからは起こりません。

なぜなら、それが事実だからです。

身体が全て、、、果たして本当でしょうか。その体を生み出しているものは、本当に栄養や遺伝子なのでしょうか。本当はあなたの意識ではないでしょうか

自分は無の存在なのか、肉体の存在なのか、、、肉体を持つ以上は後者であることも事実ですが、それを維持運営しているものは、やはり無の意識なのです

金が欲しい、、、地位が欲しい、、、私もそう思います。ですが、だからと言って金を得るために貯金したり、何年計画で貯金しても、本当に貯まるでしょうか。

計画は現実的で立派に見えても、その通りに行くものでしょうか。

私達を取り巻く物質的なものには、本当は実態がないのではないでしょうか。それらは、かつての、それを作り出す意識が作り出した抜け殻に過ぎないのです。

それを作り出した意識が変化したりなくなれば、糸も簡単にこの世から姿を消してしまうのではないでしょうか

だから、この世に残っているもっとも古いものは石などであって、建造物などは、心もとないものであり、これからも残るものは、石などはかなり残りそうですが、銀座も浅草も、ロンドンも、どうなるか分かったものではありません。

意識が作り、意識がそれらを継続させているだけです。

会社も先代の社長の考えが残されているうちはうまく行くかもしれませんが、金儲けだけに走ったら、ゼロを失い、つぶれるに決まっているのです。

しかし、勉強だけができる二代目、三代目は、そのことが分からず、合理的と言って、物質意識一辺倒となり、あえなくその姿を消していくのです。

ゼロ、、、それは身近であり、いつでもどこでも、あなたに寄り添い、どんな状況や運命からも、あなたを永遠に守り通してくれているのです

ただ、そのことに私達が気づかない、、、ただそれだけなのです。

輪廻転生が実在することが量子論で判明できる。物質ではなく意識こそ現実理解のための基礎的な要素(170208)

2017-02-09 | 教材

輪廻転生が実在することが量子論で判明! 専門医「死後、あなたの意識は次の人の脳に張り付く」


意識は前世の記憶を引き継いでいる

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タッカー博士「Wikipedia」より引用

 今回のニュースを報じた英紙「Express」(2月4日付)によると、米ヴァージニア大学医学部精神科のジム・タッカー博士の研究により、前世の記憶を持つ子どもの存在が決定的になったという。

タッカー博士は、前世の記憶を持つ子どもたちに15年にわたりインタビューを続けてきた、少々変わり者の研究者として知られる。その成果は、経験したはずもない出来事の記憶や、前世の傷や痣などを持つ、輪廻転生したと思しき2500人もの子どもたちの記録を収録した著書『Life Before Life: A Scientific Investigation of Children’s Memories of Previous Lives』にまとめられている。

 タッカー博士によると、意識は量子レベルのエネルギーであるため、輪廻転生の説明は科学的に可能であるという。これまでトカナでも報じてきた通り、現代の多くの科学者が、意識の謎を解く鍵は量子力学が握っていると信じている。例えば、米「タイム」誌の「世界で最も影響力がある100人(2014年度)」にも選ばれた、再生医療の専門家ロバート・ランザ博士は、「生命中心主義(biocentrism)」を標榜し、物質ではなく生命と意識こそ現実理解のための基礎的な要素であると断言意識は肉体的な死とは別物である上、脳が意識を生み出しているわけではないと主張している。

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画像は「Express」より引用

 博士も「生命中心主義」のテーゼを受け入れ、意識は肉体の死後も生き残り、次の宿主の意識として活動すると語っている。

量子論の創始者であるマックス・プランクなど、一流の科学者は物質よりも意識が基本的であると語りました。つまり、意識は脳が生み出したのではないのです。脳や肉体の死後も意識は生き残り続けます」(タッカー博士)
「ですから、意識は前世の記憶を保ったまま、次の人の脳に張り付くのです」(同)


前世記憶を持つ少年

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ジェームズ・レイニンガーくん「Daily Mail」より引用

 輪廻転生の証拠として博士は、前世の記憶を持つジェームズ・レイニンガーくん(当時2歳)をあげている。ジェームズくんは、おもちゃの飛行機に異常なまでの執着を持ち、飛行機事故の悪夢を見るという不思議な経験を繰り返していた。そこで、タッカー博士はジェームズくんに悪夢について尋ねたところ、「自身はパイロットで、とある船から飛び立った」と語ったという。さらに父親が詳細を尋ねると、Natomaと呼ばれる船から出撃したこと、硫黄島で日本軍に撃墜されたこと、ジャック・ラーセンという友人がいたことまで克明に記憶していたという。

 その後、第二次世界大戦当時の記録を調査すると、当時たしかにUSS Natoma Bayと呼ばれる航空母艦が配置されており、硫黄島の戦闘にかかわっていたことが判明。その上、ジェームズ・ヒューストンという男の戦闘機が、ちょうどジェームズくんが描写した通りに撃墜されていたことまで記録されていたというのだ! まさに、前世の存在を決定づける証言であるが、ジェームズくんの記憶は5~7歳ごろまでにすっかり消えてしまい、現在は全く覚えていないという。タッカー博士によると、この年頃で前世の記憶が消えるのは典型的だそうだ。

 輪廻転生が存在するとすれば、前世の因縁や人間関係が現在の生に影響を及ぼしていることもあるかもしれない。実際、長いスパンを持った生命観は数千年前から仏教やヒンドゥー教で受け入れられてきた“事実”である。ついに現代科学も狭い殻を抜け出し、広大なオカルトの世界へ足を踏み入れる準備が整ってきたようだ。
(編集部)