Doll of Deserting

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月に舞う風。:後編(ギンイヅ。15000HIT御礼フリー小説)

2005-09-24 20:59:41 | 過去作品(BLEACH)
 宵闇が、朧に見える。窓の外には白い月がぽっかりと浮かび上がり、まるであの日のギンの肌の色のようだと思った。明日から二日、非番を取ってある。通常ならばこんな時に非番を取るなどということは許されないが、普段の功労や三席のはからいから、それも可能となった。全ては今のギンから逃げるためだと思うと気が引けるが、明日から知らぬふりをされるよりは…と考え直した。しかしそんな時だ。三席からある提案をされたのは。
「三席…もう一度言ってくれないか?」
「ですから、今日は市丸隊長と過ごされては如何ですか…と。」
「私がなぜこの日に非番を取ったのか、分からないわけではないだろう?」
「ええ、それはもう。しかし、私はどうしても貴方がご無理をなさっているように思えてならない。それならばいっそ市丸隊長が一日も早く記憶を取り戻されるようにはからわれるべきです。今日一日共に過ごされれば、その可能性も高くなるのではありませんか?」
「しかし…共に過ごすといっても、何をすれば?」
「市丸隊長には現世の記憶がおありになるのでしょう?それならばお二人で隊長の故郷にでも帰られたら如何ですか?」
 至って真面目な面持ちで、三席が言う。市丸隊長の故郷といえば、京の都だ。いつだったか、本人が話してくれたことがある。そこへ行けば何か思い出すのではないかと言った。なかなか良い考えかもしれない。記憶のないギンと行動を共にし、息が詰まるのではないかという懸念さえ除けば。
 三席はそのためにあらかじめ色々と手配してくれていたらしい。何の理由もなく現世に行くのは体裁が悪いからと、総隊長に許可を申請するなどしてくれたのだ。それを無下にするわけにもいかず、イヅルはギンの私室の扉を叩いた。するすると慣れた手つきで上品に襖を開けると、ギンが所在なげに座り込んでいるのが見える。
「失礼致します。」
「ああイヅルさん…何やの?」
「ええと…その、今日はお暇でしょうか?」
「見ての通り何しようもないから暇しとるけど。」
「それならば宜しければ…本当に宜しければ、なのですが…お出かけしませんか?」
「お出かけ、て…イヅルさんと?」
「ええ、ちょっと、京都にでも…。」
「京都!?」
 記憶のあった頃よりも落ち着いた印象のあったギンが、途端に子供のように無邪気に笑った。イヅルはそれにいささか頬を赤らめつつも、すぐに笑みを取り戻した。
「気に入られましたか?」
「当たり前やん、ボクの故郷やもん。格好はこのままでええかな?」
「本当は向こうの衣服を着られた方が宜しいのですが…。」
「せっかくの里帰りや。慣れた格好がええ。」
 あちらでも着物というのは特におかしな格好ではないが、それでもやはり目立つだろう。しかし、どうせ街の方には出ないだろうし、京都の雰囲気に任せてしまえばいいだろうか。そんなことを思いながら、着物のままで行くことを渋々許可した。
「では、私も少々用意して参ります。」
「ああ、ちょお待って。」
 これ着てくれへんかなあ。そう言いながらギンが取り出したのは、鮮やかな萌黄色の着物だった。綺麗な着物だとは思うが、それは明らかに女物だ。確かに死覆装は男女兼用の見た目をしているが、まさかギンが自分のことを女だと思っていようとは露程にも考えていなかった。
「あの、これは…。」
 女性が着るものでは、という声を遮るようにして、ギンが言葉を発する。イヅルはそれを聞き、何も言えなくなった。
「ああ、それなあ。ボクの母親がよう着とった着物に似とったから、つい買うてしもたんよ。でもボク奥さんとかおらんやろ?そんならイヅルさんに貰うてもらおか、て思うとったん。…何や、お母ちゃんっ子みたいで恥ずかしなあ。」
 でもきっとよお似合うで。ギンから与えられる言葉一つ一つに目頭が熱くなる。そんなことを言われてしまっては、ありがとうございますと答えるしかなかった。イヅルは着物を握り締めたまま、何度も何度も御礼を言った。
「そない言わんでええって。て、ああ、ボクがここにいたら着替えられへんよな。」
「いいえ、そんなことは…。」
 男と分かってしまったら多大な羞恥を覚えるけれども。そう思いながらも否定しようとすると、既にギンは扉の外に出てしまったらしい。少しばかり有難く思いつつ、イヅルは死覆装を畳の上にぱさりと落とした。女性用の着物の着付けは、一通り知っている。幼い頃はよく母に手伝わされたからだ。


「市丸さん、行きましょうか。」
 ギンの私室から出てきたイヅルに、ギンは微笑む。着物に手提げも付属されていたため、財布などは全てその中に入れてある。どうか解錠するまでに誰とも出会いませんように、そう思いながらイヅルは手提げ袋の紐をきつく握り締めた。
「綺麗やなあ…。」
「お着物が素敵ですからね。」
「何言うてんの。こないな別嬪さん連れ歩けて嬉しいわ。」
 ふふ、と笑いながらも、とにかくさっさと解錠してしまいたいと思っていた。この姿を誰かに見られるととにかくまずい。とりわけ恋次や桃などに見られるわけにはいかない。そう思いながらギンの濃紺の着物の袖を軽く引くと、ギンは幸せそうな顔をして笑った。



 無事に瀞霊廷を後にし、暫く京の地を散策する。秋といってもまだ着流しで出歩けるほどの気候だ。周囲からは珍しいのか、着物をじろじろと眺める姿が見られる。京都といえど、特殊な職業に就いていない限りは、十代か二十代かそこらの年齢の人間が着物で出歩くことは少ない。しかしギンは何とも思っていない風にしているので、イヅルもあまり気にしないことにした。何か事情があると思ってもらえばいいではないか。どうせ今日が終われば、誰も自分達のことなど分からないだろう、と。
 雰囲気の良い店が並ぶ通りを特に何も思わず眺めていると、興味を惹かれるものがたまに見つかる。イヅルは外に並べてある時期外れの風鈴を手に取り、そっと表面をなぞるように見た。
「…珍しいですね、陶器の風鈴ですか。」
 ギンに問いかけると、ギンはうん、と頷いた。その風鈴は、白く焼いた陶器に淡い青で装飾がしてあり、イヅルにはえらく珍しいもののように感じられた。しかし丸く焼かれた純白の風鈴に、一色のみで色を付けられたそれはひどく上品で、魅力的なものに思えた。
「お越しやす。それ、長崎から仕入れたもんですけどね、京都もんに飽きてしもうたこちらさんにはよう売れとりましたよ。」
「長崎から…。」
 店の奥から顔を出したのは、品のある老婦人だった。柔らかなその口調は、長く京都に住まっていた証拠だ。老婦人ははんなりと微笑んで、イヅルの手に馴染んだ風鈴を見つめた。
「白い手やねえ。壊れもんがよう似合いなさるわ。」
「そ…そうですか?」
「白い手は儚げに見えますからねえ、永遠やないもんが、よお似合うんよ。えらい色の薄いお人やから、尚更や。」
「はあ…。」
「綺麗、いうことやろ。褒め言葉やて。」
「あら、お二人さんお江戸から下ってきはったかと思うたら、こちらさん、京都のお人ですの?」
 老婦人が、やんわりとギンに向かって言う。ギンはそれが嬉しいのか、同じように柔らかく笑って肯定した。老婦人がそのままの表情で続ける。
「ほんなら、東京からお姫さん貰うてきはったんですねえ。」
「ちゃいますよ。ボクが向こうでお世話になっとるんです。」
「あらあ、お婿さんやったんか。あかんやないの、折れてもうたら。」
 けらけらと笑う老婦人を、二人が微笑ましげに見つめる。イヅルは「お姫さん」という言葉を否定しようとしたが、ギンと老婦人があまりにも自然に笑い合うので、黙っていた。ギンの伴侶と思われたのを、少しばかり嬉しく思ったのもある。
「すみません、この風鈴を頂けますか?」
 イヅルが先程の風鈴をふわりと手で包み込むように持ちながら言う。老婦人は、その言葉にいささか驚いたようだった。しかしイヅルは、何らおかしなことを言ったつもりはない。
「ええんですか?風鈴やなんて、もう時期外れやのに。うちももう新しゅう仕入れたんを出そう思てたとこですねん。」
「いいんですよ、どうしても気に入ってしまったんです。―…」
 お幾らですか?という言葉を発しようとしたその時のことだ。イヅルの前に腕が伸び、イヅルが財布に手をかけようとするのを遮った。
「お幾らですか?」
 そう言ったのはイヅルではなかった。イヅルの傍らにいた人間といえば一人しかいない。他でもない、市丸 ギンだ。イヅルは目を丸くしながらも、「おおきに」と嬉しそうに微笑みながら勘定をする老婦人を見ていた。
「市丸さん、大丈夫です。私が払いますから…。」
「ええの、ここでイヅルさんに払わしたらあかんやろ。何かよう分からんけど財布にぎょうさん入っとったし…丁度ええわ。」
「でも…。」
「ええよホンマに。連れて来て貰うた御礼や。黙って受け取っとき。」
「…ありがとうございます。」
 記憶を失くす前も、イヅルに関しての支払いはギンがしてくれたものだ。とかくイヅルには金を払わせたくはないらしかった。女扱いされるのは頂けなかったが、確かに嬉しかったのは覚えている。そんなところは変わっていないのだなと思い、イヅルは頬を緩めた。


「またご夫婦でどうぞ。」
 最後にぺこりと頭を下げた老婦人に微笑み返しながら、その店を後にする。先程の風鈴は繊細な箱に入れられ、薄い袋の中にある。そしてそのままイヅルの腕に提げられた。イヅルはその袋を見つめ、ふともう一度笑みを浮かべた。
「そないに気に入ったんか?」
 傍らでギンが苦笑する。しかしイヅルは、それに曖昧な返事をするだけで、確かな答えは出さなかった。そして思案した後、言った。
「どちらかと言えば、あなたが買って下さったことの方が嬉しいんですよ。」
 ふふ、と呟くように言うと、ギンは愛しそうな顔をして笑みを返した。ギンの中で確かに何かが変わりかけていたが、それが何なのかはよく分からなかった。ギンはふと思い出したようにはっとしたような表情を見せると、突如としてイヅルに問いかけた。
「イヅルさん、ちょお行きたいとこあんねんけど、付き合うてくれはる?」
「勿論です。どこですか?」
「ボクのご先祖の―…墓や。」
 イヅルの眉が、不安げにひそめられた。



 それは、街から大分離れたところにひっそりと佇んでいた。石の表面には、「市丸家之墓」と文字が彫り込まれている。元は黄金色に輝いていたであろう文字は、今や既に色が剥げ、痛々しい姿へと変貌していた。ギンはそれを見て、上げていた口唇をそっと下げる。
「まだ、ここにあったんやなあ…。」
 ギンが死んだのは、まだ幼い頃であった。もう何年前かも分からないが、確かに遠い昔であったといえる。それなのにも関わらずまだ墓が移動もせず、消えてもいないというのは奇跡に近かった。ギンは、切なげに閉じていた目を開き、そのまま細める。
「ボクが死んだ時はな、まだ父親も母親も生きとったんよ。でも多分、みーんなこん中に入ってしもたんやろうなあ。」
「…お寂しい、のですか?」
「生きとった頃は、こん中に入れてもらうんが一番の夢やった…。」
 ギンの過去は、聞いていた。神鎗から聞いた話ではあるが、ひどく悲痛で、残酷な一生であったと説明され、今のギンの状態を理解することが出来たと同時に、目頭が熱くなったのを覚えている。両親から虐げられることは、どんなにか恐ろしいものだっただろうかと。
「家族と一緒の墓に入りたい思うとった…けどなあ…。」
 結局最終的には、ギンが共に一族の墓に入ることはなかった。市丸 ギンという人間は、誰からも看取られることなく、孤独に死んでいったのだ。連れる者もなく、連れられる者もなく。
「市丸…さん…?」
 この墓に来るのが、恐ろしかった。結局ギンは自分と共に同じ世界で生きるべき人間なのではなく、他に故郷を持つ人間なのだと自覚させられたくはなかった。ギンはどこまで共に歩こうと、最期までイヅルのものにはならないのだと言われているようで。ギンを生み出したこの地に束縛されているようで、ひどく虚しかった。
「なあイヅルさん、聞いてくれはる?」
「はい…。」
「今はな、イヅルさんと…同じ墓に入りたい思うんよ。」
 風が止んだ。静かに慟哭していた風が、ギンの言葉によって妨げられた。イヅルは自分の涙腺の緩さを呪った。誰が自分のものにならないなどと言ったのだろう。否、正しくそれは自分だ。彼は、市丸隊長は、いつでも自分のものになってくれていたではないか、と恥ずかしく思った。
「市丸さ…市丸隊長。僕も、同じお墓に連れ立って下さいませ…。」
 

あなたと、同じ生を共にし、同じ場所で死に、同じ場所へ行きたいのです。


 搾り出した声が、果たしてギンに正しく届いたのかは定かではない。ギンは袖で顔を隠したかと思うと、イヅルに背を向けた。何をしているのかは分かっていた。泣く姿を見せたがらないところも全く変わっていない。そう思い名を呼ぼうとしたその時のことだ。
「イヅルはホンマに唐突やなあ。…殺し文句やで、それ。」
 耳がおかしくなってしまったのかと思った。しかし、それは確かに自分の奥底に届いている。自分を呼ぶ言葉も、声も、全く変わりはしない。そこにはかつての、市丸 ギンが存在していた。イヅルはまた嗚咽を鳴らしそうになり、歯をきつく食いしばった。
「市丸、隊長…!!」


「ただいま、イヅル。」


 ギンの言葉を慈しむように頭の中で反芻し、イヅルもそれに応える。


「お帰りなさいませ、市丸隊長。」


 
 京都から帰った二人への反応は強いものだった。それもそのはず、イヅルと二人で現世へと赴いたギンは確かに記憶がなかったのにも関わらず、いざ帰って来てみれば何事もなかったかのように土産袋をかかげて「帰ったで~。あァ、これお土産。隊の皆で食べえ。」などと悠長に言っているのだから当たり前だ。
「市丸隊長…記憶がお戻りになられたのですね?」
「ああ三席、おおきに。お前が手配してくれたんやろ?」
「ええまあ…こんなにも早く吉良副隊長と仲良くご帰還されるのでしたら提案もしなかったのですが。」
「…何か言うたか?」
「いいえ、何も。」
 穏やかではあるものの、微かにではあるが確かな殺意を二人の間に感じた隊員達は、隊長のお土産を片手にそそくさと仕事に戻っていった。


 
 時刻は既に深夜ともいえる。イヅルとギンはギンの私室で、今日のことを思い返していた。共に一つの布団に入ってはいるが、そういった行為は一切ない。今日は、と言ってもいいのだが。ギンは僅かに開かれた窓の外を見ながら、イヅルが放った言葉を思い出す。しかしすぐに泣いているイヅルの顔を思い出して、眉をひそめた。
「しっかし、記憶なかった頃のボクが恨めしいわ。イヅルを泣かしてええのはボクだけやのに、何度も泣かしたんちゃうの?」
 ご免なあ、と言うギンに、イヅルは微笑みながら否定の言葉を返した。
「いいえ…記憶をなくされたあなたも、とてもお優しかったですよ…。」
 そう言って、イヅルはギンの腕に頭をもたれかけ、身を委ねる。ギンはふっと笑い、イヅルの髪に口付けを落とした。

 僅かに開かれた窓には、陶器で造られた風鈴が、静かな音を立てていた。穏やかな風が、風鈴と共に柔らかく月を揺らしていた。

【完】





 うわあ相変わらず恥ずかしい人達ですね!(汗)しかもこれ400字詰め原稿用紙に換算すると実に60枚程度の長さに…。(泣)そしてこんな無駄に下に長いのをフリーとかにしちゃうんですか桐谷さん。(汗)
 ていうか京都でのシーンを書きたいがためだけに…京都弁についての間違いは突っ込まないで頂けると助かります。(汗)しかも女装とかね。若旦那っぽい市丸さんとかね。
 今日一日中かかってコレを書いていましたが、結局日乱や藍桃はロクに出せずじまいで、微妙にギン乱で藍ギンっぽく…!いやそんなことはありませんよ神様!(どこに弁解してるんですか)

 この小説はフリー配布となっております。コピペするのも疲れそうな程下に長くて申し訳ありません。(汗)報告は特に不要ですが、して頂けると喜んでお邪魔させて頂きますvv(迷惑)


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1 コメント

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Unknown (日☆)
2005-09-25 14:15:24
こんにちわ♪小説読ませていただきました~(゜▽≦◎)&15000HITおめでとうございます(*^▽^*)ノ:・゜☆。:+・。小説すごく楽しかったです~♪♪桐谷様の小説は表\現がとっても綺麗ですね(≧∀≦*)↑それでゎこれからも頑張って下さいヾ(●´∀`人´∀`●)☆…文章おかしくてすいません(汗))
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