3月4日(土)午後、文京区民センターで師岡康子さんの「ヘイトクライムと朝鮮学校」という講演を聞いた。
いくつかの集会で、師岡さんのショートスピーチをお聞きしたことはあるが、まとまった講演をお聞きするのはわたしは初めてである。1時間の講演だったが、この問題の背景、差別解決の手段としての国際法、2016年のヘイトスピーチ解消法制定以降の取組み、2022年法相宛て要請書に盛り込んだ12の具体的提案など、包括的で、濃密だった。ヘイトクライムが当事者にどれほどの恐怖か、切実なエピソードもいくつか紹介された。
ヘイトクライムと朝鮮学校
師岡康子さん(弁護士・外国人人権法連絡会)
2002年の拉致問題報道以降、朝鮮学校の生徒に対するヘイトスピーチ・ヘイトクライムが悪化し、朝鮮学校にまつわるものに対しては何をいってもよい、何をやってもいいという社会の雰囲気が、政府の対応、マスコミ報道によりつくられ、朝鮮学校の子どもたちへの暴言、暴行、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムにつながる社会の変化があった。
朝鮮学校の生徒たちへのヘイトスピーチ・ヘイトクライムは絶対許せないと思い、なんとかしなければと、この問題に取り組むことになった。
●ヘイトクライム・ヘイトスピーチとは何か
ヘイトスピーチとは、言動による差別、差別一般というより、民族、国籍、性別、障がいなど「属性」を理由とする差別で、ヘイトクライムとは属性を理由とする差別を動機とする犯罪のことだ。マスコミではまだ憎悪犯罪と訳すが、わたしたちは差別犯罪という訳語を提案している。
「属性を理由とする差別」は、それぞれの社会である属性をもつ人たちが歴史的構造的に差別されている、今日のテーマでいえば、在日コリアンは「劣っている、もしくは恐ろしい集団であり、同じ仲間ではない」、極端な場合は「人間ではない」という思想を背景にしているので言葉だけでなく暴力に発展する。
今年は関東大震災朝鮮人中国人虐殺100年の年だが、何らかのきっかけがあれば集団虐殺にまでつながるし、戦争への引き金にもなる。戦争で相手を殺すことができるのはそのような思想が背景にあるからだ。
被害者にとっては日常的な苦痛だし、社会にとってもマイノリティの人が生きにくい、声を上げにくい、本名も出せない、そのような社会で偏見が広がっていき、差別する側に立ったマジョリティの人は攻撃する側に立つし、戦争やヘイトクライムの加担者になってしまう。社会自体が破壊されてしまうのがヘイトスピーチ・ヘイトクライムの被害だ。
このような認識は国際的な社会ではすでに共通認識になっている。日本ではまだなかなか広がってきていない。こうした認識に基づいて人種差別撤廃条約や自由権規約などの国際諸条約がつくられていて、人種差別撤廃条約は国連加盟国の90%以上が加盟している。
そのように非常に危険な害悪があるものだからこそ、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムは犯罪として処罰すべきだと条約で定められている。
●戦後日本の朝鮮人差別の歴史
朝鮮人に対するヘイトスピーチ・ヘイトクライムは、歴史的構造的な日本人の人種差別構造の中の一角である。戦前の植民地支配の歴史、戦後も引き続く植民地主義、戦後の日米安保反共軍事同盟と切り離せない。
朝鮮学校・朝鮮人に対する攻撃は、ひとつは旧植民地時代から引き続く民族差別だが、もうひとつの背景として反共、反共和国の二重のくびきがある。それが朝鮮学校に対する深刻な差別と結びついていると思う。
戦後直後から植民地支配という犯罪の生き証人である在日朝鮮人、在日コリアンに対して日本政府は戦後補償するどころか植民地主義を清算せず、選挙権を剥奪し、外国人とみなす外国人登録令、朝鮮人の民族教育を否定する文部省の通達、朝鮮学校閉鎖令など、差別政策を敗戦直後から取り続けてきた。
1948年9月には共和国が成立したが、日本が今日まで唯一国交を結ばない敵視政策を取ってきた。それが朝鮮学校差別政策のもうひとつの背景になっている。1950年制定の国籍法は出生地主義を取らず父系血統主義なので排外的な政策を取っている。51年の出入国管理令制定、また講和条約により日本国籍を強制的に剥奪した。
2009年には民主党政権が高校無償化を実現したが、第二次安倍政権により朝鮮学校のみ排除された。
ヘイトスピーチ・ヘイトクライム問題には、背景として日本政府の朝鮮学校をはじめとする反朝鮮政策があり、レイシスト団体は、バックには自民党政府がいるということで活動してきた。
●構造的差別を変える力となる国際人権法
朝鮮学校に対する差別は構造的差別の問題なので、根本的には政治を変える、民族や国籍などを理由にした差別を排除する、差別しない共生社会をつくっていく政治をつくっていかなければならないが、そこに至る過程で使える手段として、国際人権法がある。
人種差別撤廃条約の内容で、朝鮮学校に対する差別の問題、ヘイトスピーチ・ヘイトクライム問題でいうと、2条1項「各締約国は、国の行ってきた差別を生じさせる又は永続化させる法制度の洗い直し」が義務として書かれている。
まさに朝鮮学校に国が差別を行ってきた、または差別を永続化させる政策をとってきたからこそ、民間で差別がヘイトスピーチ・ヘイトクライムというかたちで吹き荒れている関係があるが、この義務をずっと果たしてきていない。
公務就任権もそうだ。外国人だから信用できないから公務員にはできないという論理を使って国家公務員から基本的に排除しており、そのようなことがあるからこそ社会的に外国人に対する偏見がなくならず、ヘイトスピーチ・ヘイトクライムのようなかたちで噴き出している。
日本は条約に入っているが、条約上の義務を果たしていない。条約上、「人種差別禁止法」が基本的に最も求められるものだが、それすら成立していない。国も地方自治体も義務を果たすような差別禁止法、禁止条例をつくる義務があるが、まだ全然果たされていないことが問題だ。差別禁止法がないのはG7のなかで日本だけだ。ヘイトスピーチ・ヘイトクライムは禁止するだけでなく、社会全体を変えてしまう非常に危険なものであり、暴力と破壊に導くので処罰すべきとなっているが、それもやっていない。
条約上の義務を果たしてこなかったので、人種差別撤廃委員会の日本審査すべて、そして昨年自由権規約委員会の勧告が出た。ヘイトスピーチ・ヘイトクライムの処罰の問題や朝鮮学校に対する差別はやめろという勧告は毎回出ている。
国(政府)も人種差別撤廃条約上の義務があることは否定できない。勧告だから従わなくてよいという、たしかに法的義務はないが、勧告の前提となっているのは条約で、条約上の義務があり、義務がないとは、さすがに政府は言ったことがないし、次に紹介するヘイトスピーチ解消法は、人種差別撤廃法があるからこれに基づき法律をつくるべきだということを運動の柱のひとつにして取り組んできたが、それは否定できない。
条約上の義務は本来差別をなくしていくために国を縛る力となるものだということが、今回ヘイトスピーチ解消法ができたときの経緯からいえる。
●現行法上の反人種差別法――ヘイトスピーチ解消法(2016年)
2016年ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行された。理念法であり、差別をしてはいけないとはっきり書いてはいないが、ヘイトスピーチは許されないということは書いてある。これまで日本政府は条約に入っているのになぜ法律をつくらないのかと問われ、いつも「日本にはたいした差別はない」「法律をつくるほどの差別はない」と言ってきたが、これで政府自体が認めたわけだ。まず出発点として、深刻な差別があることを認めて解消のため国が取り組むべき責務を負ったわけだ。そのような法律ではある。出発点にはなった。
一方問題点は、本来人種差別撤廃条約が求めている差別撤廃の法律ではないことだ。禁止法でもないし、対象も非常に限定されている。在日コリアンの、しかも適法に住んでいる人だけということになっているし、差別をなくすため政策を全体的につくるようなものではない。それでもないよりはましで、効果が出てはいる。
●解消法の効果と限界
ヘイトスピーチ解消法が2016年に施行され、ヘイトスピーチデモは1/10に減った。ヘイトデモを常習的に行っている人に対し、警察に届け出たときに「ヘイトスピーチはやめてくださいね」と必ずいうようになった。現場でも注意するようになった。解消法ができる前は国はひどいヘイトデモがあっても、担当者はひどいと思っても何かするための法的根拠がなかった。だが解消法ができ法に基づいて各地で条例ができつつあるし、解消のため取り組む責務があると書かれているので、なんらかのことをしなければいけないし、法的根拠ができたわけだ。ただ限界があり、禁止条項すらないのは問題だ。
もうひとつ、解消法が2016年にできて、これを法的力として2019年川崎で、日本で初めて差別自体を犯罪とする条例(川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)ができた。まだ発動されていないが、ヘイトスピーチが繰り返された場合には、罰金50万円までの犯罪になるという規定が置かれ、それ以降川崎では明らかに直接該当するようなヘイトスピーチはなくなった。効果は出ている。
他方、2022年のデモ16回と回数は減ったが、半分くらいは東京で行われている。東京でもヘイトスピーチに対し認定し啓発を目的にした東京都オリンピック人権条例ができたので認定はされるが、禁止や罰則の対象にならず繰り返されている。
認定されたものには「絞め殺せ」など、ひどいヘイトスピーチがある。東京でヘイトスピーチ認定された人、レイシスト団体常習犯が、先日も新宿でヘイト街宣をしていて「東京都でヘイトスピーチ認定された○○です」と自分のことをいっていて、認定だけではそういう確信的な人には歯止めにならないことを、その人物自ら立証している。
他方、街宣は止まっていない。街宣は届け出がいらないからだ。選挙運動を悪用してヘイト街宣が行われることがある。公人の発言やテレビ、出版物、ネット上のヘイトスピーチなどまったく止まっていない。救済制度がないので、結局被害者がそのつど裁判などをしないと止めることができない状況が続いている。
朝鮮学校に対するヘイトクライムはもともと深刻なものがあったが、解消法成立以降もヘイトクライムの歯止めとしてはまったく機能していないので続いている。むしろこの間悪化しつつある。
●解消法成立後のヘイトスピーチ・ヘイトクライムの現状
2016年の解消法成立以降も17年名古屋朝鮮系信用金庫放火事件、18年朝鮮総連銃撃事件、川崎の条例制定運動に対する攻撃として在日コリアン中学生(当時)に対する差別ブログ書込みや中心になっていた崔さんへのネット上の攻撃が続いた。
21年京都のウトロで民家への連続放火事件が起きた。たまたま家人がいなかったが、死者が出てもおかしくないような事件だ。それも団体事務所ではなく、人が住む家だ。在日コリアンというだけでそういうことまでされるところまで来てしまったことが恐ろしい、ターゲットにされた人たちにとっては本当に恐ろしい、
日本社会にいるわたしたちにとっては、いま止めななければこの社会が暴力にまみれてしまう、そして戦争にも直結するような状態にまで来てしまっている、それを止める責任があるところまで来ていると思う。
22年には、JR赤羽駅構内での差別落書き、10月のJアラート発出以降、大量のネット上のヘイトスピーチ、朝鮮学校生徒への脅迫事件が起きた。
朝鮮学校の生徒たちに対するヘイトスピーチ・ヘイトクライムを止めたいということでさまざま取り組んできたが、この間取組みの成果のひとつとして、解消法ができたり、川崎での条例が少しずつの進歩ではあるが、それでもやはりヘイトクライムを止められていないので、なんとか止めようといろいろな取組みをしてきた。
●「緊急のヘイトクライム対策を求める要望」(2022)など具体的な提言と取組み
講演のレジュメ(左)と12の提言を含む「緊急のヘイトクライム対策を求める要望書」
なにかあるたびに声明を出し署名を集めたり、法務省に要請行動をしてきた。しかしそんなことでは止まらない、なんとかしなければということで2022年2月「ヘイトクライム対策の提言」概要をつくり、4月28日に法務大臣を訪問し、具体的に国が何をすべきか12の提言を含む「緊急のヘイトクライム対策を求める要望書」を直接説明したところ「ヘイトクライムに厳しく臨むのはあたりまえのこと」との発言があった。
提言第1項目は、大前提として、ヘイトクライムは深刻な社会問題であり、日本でも根絶に向けた対策をとることを宣言すること。啓発だけでなくちゃんと具体的な対策をとることを求めている。
第4項目は、総理大臣、法務大臣等は速やかに現地を訪れ被害者から話を聞く、ヘイトクライムを許さないと公に発言する等、公の機関が積極的に具体的にヘイトクライム根絶のための行動をとることを要請している。
昨年10月、参議院予算委員会で打越さく良議員が、朝鮮学校の被害の例を挙げ質問したところ、岸田首相は「いかなる社会でも許されない」「連帯の表明については、適当な機会について考え対応したい」と答弁した。
これだけではなくならないが、少なくとも政府や社会がそれを許さないということを宣言することは、差別的な行動とる人の歯止めになるし、この社会でそういうことは許さないという雰囲気をつくることは非常に大事で、公人や報道機関が何を発信していくかは影響力が大きいので、これを求めている。
ヘイトクライムに向けた具体的な対策がまだ取られていないので、担当部署を設置する(第2項目)、被害が出ないようにすることが一番大事なので、そのために差別を禁止し悪質なものは制裁を課す法整備を行い(第11項目)、包括的な人種差別撤廃政策(第3項目)が必要だ。また歴史的構造的な問題なので、いままでの差別の歴史、戦前だけでなく戦後行ってきた差別的な政策に対する反省など、歴史的人種差別撤廃教育は重要だ。
朝鮮学校の保護者の方から聞いた話だが、お子さんを連れてスーパーや駅に行き、お子さんがオモニというと、思わず子どもの口をふさいでしまう、それをきっかけにいつ襲われるかわからない社会になっている。
朝鮮学校に通う生徒たちをはじめ多くの在日コリアンの、いつ、どこで、だれに狙われるかわからない恐怖のもとに置かれている状況を少しでも緩和していくためには、このヘイトクライム対策の提言は役に立つし、具体的にいま少しずつ動き出している。
このようなヘイトクライム対策を人種差別撤廃条約をはじめとする国際人権法をバックにして活用して進めながら、根本的な差別をなくす政治社会をつくることが不可欠だ。そこに至るためにも、差別はいけない、それは犯罪なんだということを政策や制度でつくることは政権が交代しなくても、少なくとも条約のバックがあり世論の力で可能なところはあるので、そういうことと並行しつつ根本的になくしていく取組みが大事だと思う。
●今後の取組み
ひとつは今年は関東大震災朝鮮人中国人虐殺から100年の節目の年で、反省も調査も謝罪もなされていないことが社会の根底のいまをつくってきたので、さまざまな団体が取り組んでいるが、弁護士会でも9月にシンポジウムを開く予定だ。現在起きているヘイトスピーチ・ヘイトクライムの問題とつなげて問題提起していくことは、この社会に差別の問題を認識を広げる力になると思う。
引き続きヘイトスピーチ解消法ではまったく足りないので、国、地方レベルでの人種差別をなくすための法制度の取組みを行っていく。皆さんと一緒に取り組んでいきたい。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。