![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/c4/c05f16dc26147cc880d2210fc856b650.jpg)
1991年の九州懐古ツアーの時立寄った南阿蘇鉄道は、桜がキレイだった。
蒸気機関車C12の高森線時代は1973年8月と1974年1月の二度訪れたが、
二度目の時、立野の駅で出会った老人の事を思い出す。
その方は齢の頃65歳くらいか。上品な服装でキヤノン7Sを小ぶりなマスミの高級皮バッグに入れていた。
そしてその標準レンズは、かのF0・95だった。
私が「凄いですね、そのレンズ」と言うと、
「これの開放のボケがいいんや」
「君は、高校生か。随分カメラに詳しいなあ」
と、上機嫌で色々写真の事を教えてくれた。関西の方のようだった。
私も齢を取ったらレンジファインダー機の似合う、この人のようになりたいな、とその時は思ったものだった。
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その時撮った写真がこれである。アーチ橋を下から撮った写真は前に紹介したが
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/9a/63140b4326f1c186fd7a6a6d101427cf.jpg)
もう一度貼っておきます。
この時わざわざこのポイントまで案内してくれた親切な旅館「璧水楼」の女将さんを思い出し、
ぜひ宿泊してお礼を言いたかった。
ところが、行って見ると旅館は跡形もなかった。
白川にダムをつくるらしく、立ち退いたようだった。
撮影 上1991年 中1974(昭和49)年 下1973年 立野~長陽