鉄道写真1973~1982

青春時代に熱中して撮影した写真の数々を、じっくりと発表してまいります。

   

スイッチバックの大志田駅 山田線

2007-09-10 23:38:33 | DL・DC


 スイッチバックがよくわかる大志田駅の全景。駅周辺には人家らしいものが見当たりませんね。
まさに秘境駅ですが、交換設備もあり信号場のようにも使われていたのでしょう。





 盛岡方面からDE10重連の貨物列車が通過して行く。

                     
                      乗客はいないものの普通気動車は律儀に停車し、発車する。

  撮影 1977(昭和52)年 山田線 大志田駅

  
    これは平津戸付近の川沿い区間を行く急行列車
 

赤い気動車

2007-02-28 23:46:56 | DL・DC
    

 たぶんキハ40だと思います。
国鉄の末期に気動車がどんどんこの色一色になって行くのを、悲しい思いで見ていましたが、
今見ると、これはこれで懐かしく見えて来ます。
 この型は、その頃新型として登場したもので最初からこの塗りでした。

 1990年頃 陸羽東線

 

三つ目のDD51 函館本線

2006-12-23 23:06:03 | DL・DC


 たまには色のついた写真でもと思いポジの袋を漁ってたら、こんなのが出てきました。
平凡な海辺の写真ですが、何かナンバーの上にライトが付いている感じ。
拡大してみると
DD51745と読める気がします。
すると、後年磐越西線で人気だったという機関車でしょうか。
 私は旧客廃止以降はほとんど撮っていないので、磐越西線でも見たことはないのですが、
こんなところで撮っていたとは驚きました。



 のどかな早春の噴火湾。DD51508の牽く貨物列車が行く。
       
            

 車体には春闘の落書きの名残が白く残っていますね。


 撮影 1978(昭和53)年  函館本線 落部~石倉

冬の北見峠DD51の力闘

2006-09-29 20:25:18 | DL・DC


 石北本線上越駅を訪れたのは1981(昭和56)年だった。
駅の周囲には何もなく新号場のような雰囲気だった。切符も売っていなかった気がする。
2食分ほどパンを持ち込んでの撮影だったが、貨物や混合列車、キハ82の特急が適度な間隔でやって来て、結構楽しめた。
森閑とした山深さは、あるいは常紋以上だったかもしれない。



 駅は廃止になったものの、交換設備やこの駅舎は今も健在のようだ。

 

左から右から貨物列車がやって来る。どちらかは絶気運転のはずだが。
この時は走行写真を撮る予定がなかったので、オーバーシューズ等も持参せず、接近戦でがまん。

              

              プッシュ・プルのわかるカット。
              結構貨物が長いので中々難しい。

           

           この列車で上越駅を後にした。今思うと贅沢な列車だ。
           ほとんど私の為に走っていたようなものだったろう。


撮影 1981(昭和56)年 石北本線 上越駅
 

DD53  宗谷本線

2006-08-28 23:15:47 | DL・DC

宗谷本線 和寒駅

 DD53が磐越西線を走るというニュースを見ました。
久しぶりに「へえ~~」と、驚いたと共に興味がわきました。
私が初めてこの機関車を見たのは、宗谷本線の塩狩峠で、補機として使われている姿でした。
DLながら、箱型でなかなかいいではないかと思ったものでした。
当時はこんな形式があるのも知らなかったのではないかと思います。
その1号機がD51の前についたり、C55客車の後ろに付いたりして、
蘭留~和寒間を行ったり来たりしていたのでした。



珍しくこんなカットも撮ってあった。1号機というのはなんとなく嬉しいものだ。



C5530は元流線型。キャブ屋根の丸みがポイントだ。



C55の牽く324レの後補機


撮影 1973(昭和48)年 宗谷本線 和寒~塩狩

タブレット 2

2006-03-18 23:30:46 | DL・DC


 DD5137の窓から手を伸ばし、タブレットを素手の手のひらで掴み取る名人芸。
蒸気機関車関連本の傑作動輪の響きにも、面白いエピソードがたくさん載っていた。
通過列車で、このように取ろうとしたら、掴み損ねて緊急停車したとか、逆に渡す時に転がって田圃に落ち何十分も探したとかだ。
この本ほど面白い鉄道書を私は知らない。ぜひ一度は読んで頂きたい。



 これは通過列車が螺旋状のタブレット受けにまさに投入するところだ。普通はタマの方を持つのかと思ったが、そうでもないようだ。
キハ82オホーツクも最晩年か。色あせてくたびれた様子が見て取れる。
タブレットも合わせてご覧ください。

 そういえば北海道はホームの花がきれいな駅が多かった。
宗谷本線の智東駅も廃止だそうだが、あの駅も実に花の美しい駅で管理局の表彰も受けていたはずだ。
写真が出てきたら紹介してみたい。

撮影 1979(昭和54)~1980年 上 磐越西線  下 石北本線

常紋のDD51と後補機DE10

2006-02-26 22:11:51 | DL・DC


 常紋は今でもDD51重連やプッシュプルで人気のようだが、完全無煙化後暫くはD51+9600時代のままのスタイルで運行されていた。
この時は上越駅付近が目当てだったが、懐かしい金華駅でも降りてみた。
常紋方面にいくらか歩いた地点で貨物列車を迎え撃った。



後補機のDE101682。傾いた構図は力感を醸し出す。列車の先頭にはDD51。

撮影 1977(昭和53)年

石北本線 金華~常紋

懐かしい紀勢本線のDF50Ⅱ

2006-02-21 21:50:33 | DL・DC


 3日前にアップした紀勢本線新鹿駅を見ていたら、久しぶりに行ってみたくなった。今もDD51は走ってるらしい。
DD51に変っても、しばらくは旧型客車が残っていたので乗りには行った。
それはともかく写真のような、間に荷物車が挟まるような編成の先頭車は、一般客があまり来ず特等席だったなあ。
ゴ~ポンポンポンポン、あのDF50の轟音を堪能できた。
青い客車で、やけに3が並んでいた形式があったのを思い出す。オハフ33333だったかな。


梅ヶ谷~紀伊長島の荷坂峠を降りてくる客車列車。125レだろうか。東北本線の客レと同じ列車番号だったのだ。


なんか、こんな何気ないシーンもいいなあ。二木島駅あたりだろうか。
鈍行気動車のミックスぶりがいい。キハ17、キハ30、一番奥はキハ26かな。昔の塗りの気動車。

撮影  1976(昭和51)~1977年
    上 大内山?不明
    中 紀伊長島
    下 二木島?賀田?あたり。