文化逍遥。

良質な文化の紹介。

2020年も年の瀬

2020年12月28日 | 日記・エッセイ・コラム
 新型コロナウィルスに始まり、新型コロナウィルスに終わった2020年。感染拡大を止めようとする方向性「ステイホーム」と、経済活動を止めまいとする方向性「ゴー・トゥー・キャンペーン」と、相反する方向性の中で行政は右往左往し、結局は底辺で経済を支えていた人たちの生活が困窮する事態になっている。

 実は、「パンデミックは時間の問題」と言われていた。予想されていたのは今回の新型コロナウィルスではなくて、H5N1型などのインフルエンザによるものだったが、いずれにしろ警告されてはいたのだった。そういった専門家による指摘を無視して、医療・福祉をないがしろにしてきたツケが回ってきたとも言える。今となっては、今までのことを教訓にして、基本的な生活を立て直すしかない。ひとりの庶民として言えることは、それだけだ。


 本来なら、今週の土曜日(2021/1/2)は千葉のライブハウス「ライト」でブルース・セッションがあるのだが、お店も正月休みなので休止になる。今のコロナウィルスの感染拡大が続く状況では、いずれにしろ開催は難しかったろう。2月以降、いつも通りにやれることを願って練習に励みたい。

 今年2020年のブログ更新は、ここまで。また、来年から週に2回ほどの更新をするつもり。お付き合いくださっている方々には、よいお年をお迎えください。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わたしのレコード棚ーブルース112 Lonnie Pitchford

2020年12月24日 | わたしのレコード棚
 ロニー・ピッチフォード(Lonnie Pitchford)は、1955年10月8日にミシシッピー州のレキシントン(Lexington)の生まれ。わたしより1歳少し年長で、ほぼ同世代、と言えるだろう。しかし、1998年11月8日に亡くなっている。43歳の若さだった。エイズだったともいわれ、ブルースマンとしては、これからだったのに惜しいミュージシャンだった。


 SouthlandというレーベルのLP、SLP21.写真左がピッチフォード。1984年、アトランタでのライブ録音6曲を収録。その内4曲は、ジャケット写真に写っている自作と思われる弦が1本だけのワンストリング・ギターを使った曲。ディドリー・ボウを改良したものとも言えるが、今となっては貴重な録音となった。残りの2曲は、エレキギターを使ったロバート・ジョンソンの曲で、かなり細かいところまでコピーされ、その上で独自色を感じさせる。この時、ピッチフォードは29歳だった。いずれ、ミシシッピーブルースの伝統を受け継ぎ、ブルースの未来を背負うべき人だったのだ。


 P-VINEのヴィデオ『Deep Blues』。このDVDの最後の方で、ディドリー・ボウを演奏する姿や、アコースティックギターでロバート・ジョンソンの『If I Had Possession Over Judgement Day』と『Come On In My Kitchen』を演奏するところが収められている。


 VESTAPOLレーベルのヴィデオ13078。下の写真2枚は、このヴィデオの映像をデジカメで撮ったもの。


 柱に釘を2本打ち針金を張ってディドリー・ボーにして演奏しているところ。


 やはり、自作と思われるワンストリング・ギターを使って演奏しているところ。よく見るとピックアップが付けられていて、電気増幅ーつまりアンプから音を出せるようになっているようだ。この人は、なかなか器用だったようで、自分なりに楽器を工夫して創作していたようだ。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花見川サイクリングコース、2020/12/17

2020年12月21日 | 日記・エッセイ・コラム
 12/17(木)午後、自転車で花見川まで行ってきた。この日、北国では大雪で関越道で立ち往生する車が多数出て自衛隊が災害出動するなど、大変な事態。こちら南関は、気温は低かったが天気は良く、日の当たるところをゆっくり走っている分には、さほどの寒さは感じなかった。


 花見川の近くにある、今も残る農地。写真左奥の少し高台になっているところは、住宅が立ち並んでいる。さらに、その台地の奥には国指定の史跡である「こてはし貝塚」があり、今は公園になっている。台地の下の農地になっているところは、土地が低く湿地帯のようになっているので、宅地開発には向かないのかもしれない。この農地の中央付近には細流があり、写真奥に流れている花見川に合流している。縄文期には、このあたりの川を利用して丸木舟で貝などを運んだと考えられる。あるいは、温暖だった頃の縄文期は、この辺りまで入江だったのかもしれない。
 千葉市内でも、自宅から自転車で行けるところで自然が残っている場所も結構ある。そんな自然で素朴な光景に触れると、気持ちが安らぎホッとする。ここもそんな場所のひとつ。


 花見川サイクリングコース。ここまで、我が家から40分くらい。写真右側に花見川が流れていて、奥が下流方向。東京湾に至る。


 こちらは、上流方向。写真左側に川が流れている。以前、このサイクリングコースは、ここから先は砂利道だったが、今は舗装され走りやすくなっていた。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

わたしのレコード棚ー『Songcatcher 』

2020年12月17日 | わたしのレコード棚
 2003年秋、渋谷の道玄坂の路地裏にあった小さな映画館に『歌追い人』という映画を観に行った。その時に、映画館で購入したCD『Songcatcher』を最近聴き直していて、その良さを改めて感じたので書いておくことにする。


 有料パンフレットの表紙。アメリカ映画で、製作年は2000年。原題は『Songcatcher』。監督・脚本は、マギー・グリーンフィールド。音楽監督・作曲・トラディショナルな曲のアレンジ等は、監督の夫でもあるディヴィット・マンスフィールド。主演はジャネット・マクティア。
 映画の舞台となっているのは、1907年ノースカロライナ州のアパラチア山脈の奥深く。一人の女性音楽学者が、失われていたと考えられていた古いアイリシュ・ミュージックに出会う。それらを、困難を伴いながらも録音・採取しようとする姿を通じて、バラード(物語り歌)を中心にしたオールドタイム・マウンテン・ミュージックと呼ばれるアイルランドやスコットランドに起源をもつ音楽のすばらしさや、当時のアイルランド移民に対する偏見・差別、更には女性や同性愛に対する偏見をも映画の中で語り進めてゆく・・。


 これが、映画の中で使われた音源6曲に、エンディング曲のエミルー・ハリス、さらにドリー・パートンなどが歌うオールドタイム・マウンテン・ミュージックを加えた全16曲を収録したCD。2001年にVanguardから発売されている。
 ブルーグラスやカントリーミュージックの起源といえるマウンテン・ミュージックだが、ポピューラーになるにしたがってその素朴さが失われるのは、ある意味必然なのだろう。しかし、そこからさかのぼってオリジナルな民間伝承された民俗音楽の良さを再認識出来れば、それはそれでよいのではないだろうか。このCDを聴き直して、そんなことを考えた。
 


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ちばの縄文』

2020年12月14日 | 考古・エッセイ
 12/12(土)午後、千葉市中央区青葉町にある「千葉県立中央博物館」に行ってきた。昨日12/13までだったが、『ちばの縄文』という企画展が行われていた。


 ここまで、我が家から自転車で35分くらい。曇っていたが、気温は15度ほどで寒くはなかった。入館料は500円だが、23ページほどの小冊子をくれる。





 現在確認されている貝塚の3分の1は千葉県内にあり、その数では最多だ。その千葉県の貝塚から出土した様々な縄文期の遺物は、上野の国立博物館など県外の施設に所蔵されているものや個人蔵のものも多い。そんな、言わば「流出」した遺物の中から選りすぐりのものを、今回特別企画として「里帰り」させて展示されていた。
 特に、黒曜石の石器や土偶が素晴らしかった。土偶は手のひらに載るほどの小さなものばかりだったが、見ていると何か吸い込まれそうで、神聖なものに出会ったような気さえした。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『イントゥ・ザ・ミュージック』

2020年12月10日 | 音楽
 1994年頃、「イントゥ・ザ・ミュージック」というシリーズのテレビ番組が放映され、それがリットーミュージックからヴィデオ・テープとして全6巻で発売された。当初は、フジテレビでかなり夜の遅い時間に放映された記憶がある。ヴィデオでは、テレビ未公開の映像なども含まれているため、全6巻の内5巻分を買い求めた。当時、税込みで1本4800円。かなり高価な買い物をした記憶がある。


 第1巻の『アロハ・アイナ』。観光目的ではない、真のハワイアンミュージックを観、聴くことが出来る。



 わたしが持っているのは、5巻を除いた残りの5本。実は、ほとんどこのヴィデオを観るためだけにヴィデオデッキをいまだに持っている。というのも、他のテープは、ほとんどDVDなどのメディアに変換してあるのだが、このヴィデオ・テープなどにはコピープロテクトがかかっているため、どうしても変換できていなかった。最近、徐々に部屋の整理を進めていて、いいかげんヴィデオ・デッキもそろそろ手放そうかと思い、少しずつ見直していたところ。全体に良く取材されていて、完成度が高い作品なのでDVDになって出ていると思っていたが、今では手に入りそうにないようだ。メディアが変わるのは、時代の要請もあることだろうが、その変化の中で大切なものが消えてゆくのは残念だし、若い人たちにとっても文化的遺産が減ることにもなるので、実にもったいない。

 このシリーズのほとんどで企画・構成そしてナレーションを担当したのは駒沢敏器という人で、その構成力と取材力には感心させられた。その後、1996年に『ミシシッピーは月まで狂っている』を講談社から出版。それも、興味深く読んだ記憶がある。少し調べてみたところ、その駒沢氏は2013年3月に51歳で亡くなっていた。難病にかかって体が動かなくなり、不幸な死に方をしたらしい。安心して老い、病み、そして死ぬことが出来る、本当の意味で「豊かな社会」とは、そういうことではないだろうか。モノがあふれても、豊かな社会とは程遠くなってゆく。音楽に「豊かさ」を感じてもらえるよう、微力ながら力を尽くしたい。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ライト」ブルース・セッション2020/12/6

2020年12月07日 | ライブ
 千葉のライブハウス「ライト」第一土曜恒例ブルース・セッションに参加してきた。
 この日、新型コロナウィルスの感染が再拡大していて東京では過去最高の584人の感染者を確認している。大阪では、赤信号。そんな中で、「ライト」では、感染防止対策らをとりながら何とか営業をつづけている。それでも、予想していたことではあるが、来店した人は少なかった。わたしのように、自転車で行くことが出来る者は公共交通機関を使わないので、その点では感染の場が少ないので参加しやすいこともある。しかし、いつも参加している人の中にはかなり遠くから電車に乗って来る人もいる。そんな人達は参加しにくいのも無理はない。
 というわけで、この日の演奏する参加者はわたし一人で、ギャラリーの方が数人という状況だった。結果、わたしは自分の演奏とバッキングをしてほとんど出っ放し。バッキングといっても、モダンブルース系の曲は根本的なところで自分のやってきたものとは合わないので、何とか音を合わせるので精一杯。正直言って「俺が居ない方がイイだろう」と、思う曲も少なくない。しかしそんな時は、これも勉強で「継続は力」と信じて続けている。

自分でヴォーカルをとった曲は、順不同で以下のとおり。

1.I'm A Steady Rollin' Man
2.Take A Little Walk With Me
3.Dust My Broom
4.夜明け前の静けさの中で(オリジナル)
5.Stranger Blues
6.Cross Road Blues
7.Key To The Highway
8.Stomy Monday Blues

 来年1月は第一土曜が2日になり、お店が休みの為セッションもお休み。次回は、2月6日の予定。それまでに、新型コロナウィルスの感染が終息してくれることを願うばかりだ。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2019年イギリス・ベルギー映画『アーニャは、きっと来る』

2020年12月03日 | 映画
 12/1(火)、千葉劇場にて。マイケル・モーパーコ原作。監督は、ベン・クックソン。原題は、『Waiting for Anya』。言語は、英語。





 1942年、ピレネー山脈を越えればスペインというフランスの南部の農村。パリなど、北部はすでにドイツ軍の占領下にあったが、南部は未だ平和な日常が保たれていた。そんな村に、国境を越えてスペインに逃れようとするユダヤ人が密かに身を隠している。やがて、そんな片田舎にもドイツ軍が進駐してきて、国境のパトロールを始める。羊飼いの少年ジョーは、何とかしてユダヤ人達に国境を超えさせようとするが・・・。

 わたしは知らなかったが、マイケル・モーパーコという人はイギリスの児童文学を代表する作家の一人という。本作の基になった本は、1990年にイギリスで出版されている。その為か、舞台が南仏にもかかわらずフランス人もドイツ人も話しているのが皆流暢な英語。なので、本来異なる言語を持つ人々なのに、コミュニケーションをとることには何の不自由もしていない、ということになってしまっている。その点では、違和感を禁じ得ない作品だった。が、様々な立場と、そこで苦しむ人々を良く描いており、全体にまとまった作品ではあった。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする