文化逍遥。

良質な文化の紹介。

木田 元先生を悼んで

2014年08月23日 | 哲学
哲学者でハイデガー研究の第一人者である木田 元先生が、8月16日に亡くなった。85歳だった。わたしは直接教えを受けたことはないが、長く中央大学で教鞭をとっておられた優れた研究者だった。合掌。

この夏は、先日も紹介したが、『存在と時間』を読み、その流れで同じくハイデガーの『現象学の根本問題』(木田元監訳、平田裕之・迫田健一訳2010作品社)もざっとだが目を通していた。何かの因縁を感じざるを得ない。

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「訳者あとがき」では、次のように書かれている。少し長くなるが引用する。

 「ハイデガーは・・・中略・・・デカルト/カントの近代存在論にいたるまで西洋の伝統的存在論には、ある特定の存在概念―つまり〈存在(あること)〉を〈被制作的存在(作られてあること〉)と見る存在概念―がさまざまな変様を受けながらも一貫して継承されていることに気づいた。」p533

この西洋哲学一般に対する問題意識は、木田 元先生も共有されていたと思われる。つまるところ西洋では全ての存在を神の創造物としている前提があり、それに対する体系的な「知」を構築していけば真善美一体となった理想的な地平にたどり着く、といった前提があるのではないか。哲学も科学もその意味では、学の前提としているものになんらの変わりはない。それは、言葉を換えれば、「知」に対する非反省的な信頼―あるいは楽観と言えるだろう。前提となる判断を論理的に整理して新たな知識を得ることは重要なことだ。が、その新たな「知」を別の角度から検証する術を今だ我々は持ちえていない。「知」を制御する方法はどこにあるのだろうか。「人道主義」とか「宗教性」といったものでは、漠然としすぎている。ただ、体系的な「知」を超えようとするとき、論理性をある意味超える必要があるのではないだろうか。
ニーチェが、論理的な散文ではなく、「もの語り」あるいは「箴言」で語ったのは偶然ではない。





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哲学用語の理解のために

2014年08月17日 | 哲学
前回のつづきで、今回は哲学用語の話。
あくまで自己流の理解の仕方、と言うかほとんど勝手な解釈に近いので異論もあるだろう。が、せっかく入口に近づこうという時に直前で躓いてしまって中に入れないのではもったいない。なので、ひとつの入り方と考えてもらいたい。

欧米諸国以外で、自国の言葉で西洋哲学の本を読める国は日本しかない、とも言われている。その意味では、先人たちの労苦には感謝しなくてはいけない。しかし、現在でも使われている哲学用語は主に明治期に訳出されたもので、漢字・漢文の基礎知識を前提にしている言葉が多い。明治期の知識人の多くが漢詩を作れたとも言われている。それだけの漢文の知識を前提にされた訳語は今の時代にそぐわないものも多いのだ。実際、専門の研究者でさえも訳出された語の元の原語が思い浮かばないことすらあるという。逆に言えば、簡単な英語の知識があればけっこう基本的な意義は理解しうる言葉も多い。そこからは入れれば、あとはそれぞれの哲学者が思い入れている意味を汲み取っていくようにすればいいわけだ。すこし例をあげてみよう。

『形而上学(metaphysic)』―以前、どこかの国語の入試で、この言葉が出て原註が付いていた。それによると、「物事の本質を究明する学問」とあった。この註を見て、ああそうか、とわかる人の方がどうにかしてる。わたしだったら余計にわからなくなる。まあ、それはともかく、要はフィジカル=physical(もの及び体)のあと=metaにくる学、が原義なのだ。つまりは、物理的なものを何を根拠にして、いかに制御するのか、裏付けを考える学問。それは、「人の道」であるともいえる。もともと、「形而上」とは四書五経のうち『易経』にある言葉「形よりして上なるもの、これを道と謂い、形よりして下なるもの、これを器(道具)という」から来ており、すなわち人道的な方法論―倫理学の基礎を探求する学問と言える。新井白石が『西洋紀聞』で「西洋の学は形而下にすぐれ、東洋の学は形而上にすぐれている」、と書いたところから「形而上学」という言葉が近代以降に好んで使われるようになったとも言われている。昔の人の言葉に対する知識と言うのは奥が深くすごいなあ、とも思うが、それが却って今の我々には理解するのを困難にしている側面がある。
原発の事故以来、科学技術を利用するための指針を考える学問が必要になっている。その基礎としての「形而上学」が確立される必要があるだろう。

『様態(mode)』―この言葉も哲学関係の本にはよく出てくるが、いまではモードと言えば子どもでも知っている外来語になっている。たとえば、エアコンでは「除湿から冷房にモードを変える」と言ったり、携帯電話でも「マナーモードにしている」と言ったりする。つまりは、同じものが形や機能を変える時の現れかたを意味する言葉なのだ。実は、音楽でもモード奏法というものがある。「旋法」と訳されいるが、ドレミのレから始まると「ドリアン」、ミからだと「フリージアン」などと名前が付いている。もともとは「チャーチモード」なので教会音楽から来ているらしいが、わたしなどはジャズや現代音楽で耳にすることが多い。
この例のように英語ではmodeというひとつの言葉が哲学では「様態」になり、音楽では「旋法」と訳される。さらに同じ哲学用語でも、哲学者の思い入れにより使われ方が異なる時は訳語が変わったりもする。混乱したら、元の言葉―できれば原語が理想的だが無理なら英語―で参照した方が却って理解が早くなることも多い。今は電子辞書もあるし、こまめに辞書を使いたいものだ。

余談だが、。作家の宮城谷昌光さんは漢文を理解するのに一度英語にして理解したら簡単だった、とどこかで書いていた。語順が近いからだが、漢文に帰り点を打つ様な理解の仕方は今では遠回りになっているとも言えるだろう。
時代は変わっている。日本語の混乱を憂う声も聞かれるが、憂うべきは言葉本来の意味がきちんと理解され使われていないことだ、とわたしは考えている。漢語だろうが、欧米の言葉だろうが、意味をちゃんと理解していれば「外来語」でもさほど心配することはないだろう。


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『存在と時間』Ⅰ~Ⅳハイデガー著熊野純彦訳、岩波文庫2013

2014年08月09日 | 哲学
ちょっと堅い本、というか哲学書の話。

わたしは、大学の時には哲学を専攻していた。が、知識の幅は狭く理解度も浅いので、あまり人に話せる程のことはない。それは自分でもよくわかっている。卒業して30年以上の歳月が流れ、いつか読み直したいと思って手元に置いておいた哲学・思想関係の本も、仕事と介護に追われる日々の中で、いつしか黄ばんでいる。
それでも、新たに訳された名著が出るとどうしても欲しくなる。昨年出た岩波文庫の『存在と時間』もそんな一書だ。
幸い、今年の夏は時間が取れたので、暑さの中でもどうにか読み終えることができた。

Sein
一番下はドイツ語の原書『Sein und Zeit(Max Niemeyer Verlag)』。ドイツ語で読めるわけではないが、キイワードだけでも参照しようと思って持っている。ただ、この岩波新訳では、かなり詳しい解説が段落ごとに付いていて、原語と訳語(重要な語は英訳・仏訳)の対比もしているので特に原書を参照する必要はないと感じた。良い仕事をする人がいるものだ。
さて、そのキイワードだが、やはり「存在」だろう。なかなか理解しにくい言葉だが、「存在論」は英語ではontology―この最初の「on」に着目したい。すなわち、スウィッチのオンON―オフOFFのオンと捉えて、すべてオンになっている状態と考えればわかりやすくて良いのではないだろうか。全てのものがオンONになっている世界の中で「生活」している我々は、今を生きているので「現存在」。さらにハイデガーは、この存在に「時間性」に基づく意味と可能性を見出している。いわば、動的な世界観を哲学化したところにこの本が「20世紀最大の哲学書」と言われる所以があるのだろう。しかし、動的な世界観からはイデアといわれるような「理想」は導き出せない。変化の中にいるので、固定的な理念は見出すことは出来ないのだ。そこに残るのは、サルトルの言葉を借りれば「吐き気がするほどの不安」だ。人は、不安の中での選択を余儀なくされる。
このあたりがギリシャ以来の伝統的な西洋哲学とは異なる所で、相いれない点でもあるのだろう。新しいものが全て良いものだとは限らないのは、科学でも哲学でも同じだ。ただ今を生きる人間の一人としては、肩の力を抜いて、先人のたどった轍を眺めながら何を基準にしながら考えれば良いのかを学べればそれでいいわけだ。

学生時代はレポートや論文の締め切りに間に合わすために無理やり読み進めることが多く、いわば義務的な読書をしていたので、あまり楽しかった記憶は無い。しかし、歳を重ね、時間的にゆとりをもって読書できる今は、堅い本もけっこう楽しく読み進めることができる。論争する為でもないし、教授に認めてもらう為でもないもんね。

哲学書が取っつきにくいのは、その用語の特殊性に一因がある。そこで、先の「存在―ontology」で紹介した簡単な英語の知識を使っての自己流の解釈法をすこし紹介したいが、話が長くなってきたので、この続きは次回にしよう。



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