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北京ダック「日本鬼嫁・中国オニシュウトメ」日記。

再開しました。 私は今、夏に居ます。

ダック鬼嫁日記11「花婿の、母。①」

2006-08-28 | ㊥花婿の、母。
2005年の秋。 
我が家は非常に忙しかった。
思い返して書き記すのは楽しいけれど、その時は脳の何処かでエラー音が鳴っていた。
ビーッ、ビーッ・・・
最初は小さく、
ビーッ、ビーッ
次第次第に大きく。 
ビーッ、ビーッ
止まるところも知らず。

そんな秋。


北京の暑くてジットリした夏がようやく終わる頃、私と夫は、パパの誕生パーティーと、自分たちの結婚式の段取りをつけるのに忙しかった。 

数えで六十歳の誕生日。 それは、中国人にとって、大きな誕生日。 要は還暦なんだけど、「今時の日本人が考えるよりも重要度は高い」と、夫は説明した。 重要度が高いゆえ、例年の誕生日のようにおざなりではなく、「パパが最も好きな場所で、最も親しい人々に祝われるのがよろしかろう」ということで、義鳥でのパーティーを夫が発案。 パパ本人にこの計画を話したところ、本人が手放しで大喜びし、西暦の誕生日に開催することになった。 パパこの年代の中国人にしては珍しく農歴でなく、西暦が好きなのだ。 でも数えで祝うあたりが微妙。

この話を聞いたとき、私はやや不安に思った。
実は、ハナ子もパパと同い年で、私たちの結婚登録のときのお誕生日が、ハナ子の数え六十歳の記念日だった。 夫はハナ子を上海の5☆ホテルに招待し、高い飯で祝ったが、それは私たちにとっては飽くまでも結婚登録のついでに過ぎなかった。 他に、プレゼント、現金、桃まん(中国人は六十になると桃まんを食べる。 六十にならない限り食べてはいけない。 従って、中華街でみやげとして買い求めるのは誤り)と花束を贈呈。 それはそれでコストもかかっているし、ハナ子も喜んでいたように思えるけれど、でも僻みっぽいハナ子は、パパと差ァつけられたと思って怒るんじゃないか??? 私は早い段階でこの疑問をにぶつけてみたのだが。

「それは気にしなくていいと思う。 2004年に両親をシドニーに招待したのは、少し早い還暦祝いのつもりだったんだよね。 その時点では05年に中国に居るかどうかわからなかったし。 そしたら、パパは一週間の滞在で、ハナ子は勝手に滞在延長して2ヵ月半もいたでしょ? パーティーに多少の差がつくくらい、大目に見てもらわないと。 だいたい、本来ハナ子の祝いは俺の担当じゃないんだよ。」
私;「親の誕生日に、担当があるのけ?」
「うん、ハナ子の誕生日を主催するのは弟担当、パパの誕生日は俺。 だって俺は幼い頃よりパパの子として育てられ、弟はママの子として育てられた(注・パパ&ハナ子は離婚も別居もしていません)からね。」

細胞分裂でもして子が産まれる家系みたいだが、この話は以前から度々聞かされていた。

は幼少期、ハナ子ではなくパパ実家の祖母によって育てられた。 パパ&ハナ子の不仲が原因というわけではなく、ハナ子が北京で単身赴任生活を送っていたためだ。 小学校に上がる頃、ハナ子は杭州勤務となり、初めての母子同居。 年に一回か二回しか会っていなかった実母に中々馴れなかった、一人っ子政策前の駆け込み出産を終えたばかりのハナ子。 実質初めての子育てスタートで、いきなり6歳の子と、乳飲み子と、二人も抱えて。 
どんなにか大変だっただろう、とは思う。

でも、そこはハナ子。
母として辛かったであろう状況に、イマイチ同情できない話がゴロゴロ出てくる。
「小さい頃、弟と食事が違った」
「ハンガーで殴られて、頭からダラダラと血が出たのに、手当てもしてくれなかったから、学校の保健室に行った。」
虐待じゃん。
育児ノイローゼでした、って言われたらこれでも同情しなきゃいけないんだろうか。
「助けてくれて、ごはんをくれたのは、パパとナイナイだった。 あれが無かったら俺は今ごろ・・・」

この話をすると、夫の視線はちょっと遠くに行ってしまう。
そんな過去にも関わらず、ハナ子をシドニーに招待したり、なかなか孝行息子である夫。
恨んでないのか?ときいたら、「良い母でも悪い母でも母は母、ってのが中国的な考え方だからね。 過去のことは今更考えないようにしてる」という。

恨んでいるわけではないが、と夫は言った。
「祝い事のパーティーなどは、俺がパパ担当、弟がハナ子担当なのだ。 弟が成人して以来、ずっとそのようにしてきている。 だから俺、パパのパーティーは盛大にやりたいんだもん!」
三十男に「もん!」と言われちゃあしょうがない。
「ハナ子の誕生日、俺担当じゃないけどちゃーんとお祝いしたし、それなりにゴージャスだったように思うし・・・」
ブツブツ言っている夫に、はいはいそれじゃーパパの誕生日は大々的にやりましょうね、私も協力するからねーと調子の良いことを言った私。

夫の言い分に正当性があるかどうかに関わらず、ハナ子が気を悪くするってことはわかってたんだけどね。

だって、義弟担当するところの、ハナ子バースデー。 私たちが上海で祝ったのとは別に、杭州にて、盛大なパーティーが行われた、とは聞いた。 でも、主催者は義弟ではなく、ハナ子の甥であるところの、夫・義弟の従兄。 義弟って高学歴の甲斐性なしの典型みたいな子で、私が思うに、パーティーを主催する経済力がなかったんだろう(飽くまで推測)。 学歴なんぞいくらつけても、働く気が無いのはどうにもならない。

ハナ子の子=義弟が、パパの子=夫より出来が悪いなんて、ハナ子には耐えられないはず。 でも義弟には甘いハナ子、義弟のケツ叩くなんて絶対しないし・・・と、なれば、ハナ子の脳内で起きる変化なんて見え見え。 「ハナ子の子=義弟、パパの子=夫」という考えは、息子二人が成人した時点でキャンセルされてるはず。 都合よくキレイさっぱりとね。
だから、夫が今までどおり「パパの子」として振舞ったら、ハナ子は怒る。

でも私はそのことを、単純素直な夫に、教えてあげなかった。
鬼嫁的に、ハナ子が怒ろうが暴れようが知ったことじゃないし、私の過失以外の要素によってハナ子がその人間性を自らさらけ出してくれるんならウェルカム大歓迎ということもあったが、何よりも、家族に対する姿勢みたいなところにまで、口出ししたくなかった。 それまでの積み重ねがあって、夫が決めたこと。 
積極的な意地悪をしにいってるならいざ知らず、パパにあげるプレゼントが、ハナ子にあげるものよりも少しばかり大きい、それだけのこと。

ただ、専守防衛パパの意向だけは、きっちり確認させた。 パパ自衛隊には、仮想敵がいるのだから、近隣諸国を刺激する行動をとってもよろしいかどうか、本音をきいとかないと。

パパは、何をおいても義鳥参拝と、誕生会を執り行いたいと答えた。

その覚悟や、よし!

私は誕生会の準備、及び結婚式の準備を急ピッチで進めた。 必要なもののリスト製作、関係各所に連絡、プレゼント購入、夫のケツを叩いてチケットなど手配してもらうこと。

持ち物などの準備まで、ほぼ完璧におわり、あとはフライトするだけ、となったのは、かっちりパーティー一週間前だった。 これは、いつも段取りの悪い私にしては驚異的なことだった。 
そこで、私は気がついた。
遠くの方から微かに聞こえてくる、エラー音。
気のせいかしら。
なんだかみーみーみーみー鳴っているような気がする。

勿論、気のせいなんかじゃなかった。
その夜だ。
「ハ、ハナ子がぁ・・・」
夫が顔色も悪く帰宅した。

私;「(ィやっぱりキター!)どーしたの?」

                                  
                            「花婿の、母。②」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記12「花婿の、母。②」

2006-08-19 | ㊥花婿の、母。
ほぉーら来た来た来たァ!・・・と、心のなかで身構える私。
もちろん、この時点でパパの誕生会の件はハナ子も了承済みだったわけだけど、ハナ子のことだから、或いは何か意地悪を言ってくるかも・・・という予感はあった。

そんな予感なんて無かったらしい夫、かなり動揺。

「ハナ子がね、誕生会に行けないって言うんだよ!!!」
私;「ハナ子が?(ハナ子は行かなくてもいいぞ?)」
「ハナ子が電話をかけてきて、パパは誕生会に出られませんと言った。」
誕生日まで、あと一週間という日のことだ。
私;「理由は?」
「その日、学校の用事が入ったって。」

そんなはずはない、と私は思った。 パーティーの段取りはパパ本人にちゃんと話してあったのだから、そう簡単には用事なんて入れないはず。 万が一どうしても外せない用件であれば、パパが直接電話してきて、夫だけでなく、私に対しても丁寧に事情を説明し、ごめんなさいを言う。 パパはそういう人だ。
ハナ子のウソに決まってる。
夫は間に受けてオロオロしている。
なんでこうも簡単に騙されるんだろう。
「とりあえず、パパ本人に確認してみようか。」
いろいろ予約しちゃったし、親戚も呼んだし・・・と、スーツを着たまま、靴を脱ぎもせず気の毒なくらい困っている夫を(か、かわいそうに・・・でもあんたがそうだからハナ子に好き放題されてるんだよな・・・)と思いつつも着替えさせ、パパに電話させる。

素直父子、話すこと1分。

(私に向かって、受話器を持ったまま)「やっぱり、その日用事があるって。」
私;「用事の終わる時間は?」
──────父子会話──────
「午後三時!」
私;「間に合うじゃない。」
「パパもそう言ってる。」
私;(ばかだ。なんてばかな会話だっ・・・)「じゃー予定通り!」
──────通話終了──────
夫は、「なんだったんだろうねえパパ疲れてるのかなあ」などと寝ぼけたことを言っていたが、通話終了時、私には明瞭なエラー音が聞こえた。
ビーッ、ビーッ、ビーッ・・・
5。
4。
3。
2。
1。
「ぷるりらり~(我が家の電話の音)」 
きたっ!
「ウェイ(もしもし)。・・・」
──────通話中──────
夫、再び暗い顔になって何だか頷いたり首を振ったり・・・
──────通話終了──────
「パパからだったんだけど、今度は、弟が間に合わないって。 で、弟がパパの誕生会に出席できないくらいなら、誕生会はやっぱり杭州で家族だけでやりましょうって。・・・どうしようか。」
どうしようか、じゃあないだろう。

夫、ほんっとに素直。 家では構わないんだけど、外でどうしてるんだろう。 私はこのひとについていっていいんだろうか(いいわけない、むしろ私に彼がついてくるべきかも)。 いつか何か詐欺とかに引っかかったりして。 へんな英会話教材とか妙に高い羽毛布団とか消防署「の方」からきた防火グッズとか土星の土地とか買っちゃったりして。 いやだな。 まあ中国の土地には最初から所有権なんか無いけどな。 今度時間のあるときに、「保証人になるな」「わからない書類にハンコはつくな」とか教育しといた方がいいか。
 
電話口に出たのはパパで、側にはハナ子。 言うまでもなく、パパはハナ子の指示通りに発言している。 私に見える、パパの横にビッタリ張り付いて、ジットリ睨みつつ会話の一言一句に耳をすますハナ子の姿が。

義弟はまだ帰宅していなかったという。
早速、義弟の携帯に電話して事実を確認するように勧める。

「弟も間に合うって言ってる!なんで?」
なんで、じゃないわ。
私;「ハナ子の仕業に決まっとるんじゃーーーーーーー!!!!」
「ええっ???」
今更驚くんじゃなーい!
と、私は思うが、このとき夫の認識では「ハナ子は我儘で、困った人間ではあるけれど、悪意で行動するようなひとではない」だった。
このあたりが私は不思議でしょうがない。
確かにハナ子は、悪意などという明確なもんは持ってないかもしれない。
しかし、ワガママを通すためには、作為的になることも厭わないという大変厄介なタイプ
自分の母親だし、甘く見ても当然なのかもしれないけど、それにしたってココまで気づかないというのは、如何なものか。

──────夫、シンキングタイム──────

「つまり、ハナ子はいろいろ理由をつけて 誕生パーティーを阻止しようとしているってこと?」
私;「(おお、わかってくれたか・・・)そうそうそれしか考えられないでしょ今の一連の電話。」
「・・・ハナ子、前に話したときは、パーティー嫌とか、杭州でやりたいとか言わなかったのに。」
私;「そうねえ、言ってくれれば、少なくとも話し合いの余地はあったわねえ。」
「そうだよー! 言いたいことを言わないのに、妨害だけはするなんてさー。 ・・・妨害なんてすると思わなかった。 ハナ子、イヤなひとだー!」
何を今更。
でもまあ、一週間前になってから、こういう妨害をするとは思わなかったな。
私だったらもっとずっと早く、「友達が祝ってくれるから」とかなんとか、上手く理由をつけて断るけど。
こんな直前に、無理のある理由をつけて断ってきたら、妨害だってバレバレじゃないか。
バレバレでもいいから、敢えて直前にキャンセルさせたい、という嫌がらせなのかしら。

「ぷるりらり~」


またきた!


                            「花婿の、母。③」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記13「花婿の、母。③」

2006-08-18 | ㊥花婿の、母。
「パパが、誕生パーティー、一日遅くしましょう、と言っている。」
私;「で?」
「理由をきいても、何も答えない。」 

夫、かーなーりー不機嫌そう。
ぷくぷくぷくぷくぷくぷくぷくぷく・・・と、怒りマークが滲み出ている。
まあ、それも当然。
夫曰く、「中国人のお誕生日は、遅れてお祝いしてはイケマセン!」
それを、敢えて一日遅れでお祝いして、とはどういう了見だろう。 
パパ、何をおいても義鳥で祝いたいと、言ったじゃないか。
参拝するなら当日に、当日に行かないのなら最初ッから何も言うな!
・・・と、私はパパのあまりの不甲斐なさに、やや腹を立てた。
が、夫はパパを責める気持ちは無い様子で、
ぷくぷくぷくぷくぷくぷくぷくぷく・・・と、今度は何か考えている。

この間、電話はつながったまま。
向こうは向こうで、ミーティングしているらしき声が洩れているが、私には何を言っているやらさっぱり。

「・・・パパは、脅されているだもんね。」
私;「・・・なんでそこまで弱いかね。 まあ、ハナ子怖いけどさ。」
「パパにとって、どっちがいいかなーと、考えていた。」
私;「うん。」
「やっぱり、予定通りに決行しようと思う。」
私;「本当に、パパがそれを望んでいる・・・と、思うわけね?」
頷く夫。
私;「じゃ、時間ギリギリまで用事があるのは、『車で迎えにいくから、義鳥まで一緒に行きましょう。』弟は、『同じく車で拾っていくから』と。 まだ何か言うようなら、『コレを企画したのは嫁(=私)で、親戚と連絡して段取りしたのも嫁』って言ってみ。 ハナ子はとりあえず黙ると思うわ。」
夫、わかったと言って受話器を持ち直す。

──────通話──────
酷く真面目な表情で、静かに会話。
──────通話終了──────

「誕生会の開催が改めて決定いたしました・・・」
私;「おめでとう。」
「パパね、泣いてた・・・。」
私;「聞きたくはないけど、なんで? 嬉しいのか、ハナ子が怖いのか・・・」
「両方じゃない? 最初、パパに色々説明して、やはり当初の計画通りに!って言ったんだ。パパ即座に電話代わるって言って、俺の口からハナ子に言わせたの。 で、ハナ子も結局オッケーって。 それで、また電話代わったら、パパ泣いてた。」
んー微妙。 却って、悪かったかしら。
パパ自衛隊、戦闘区域でも武器なぞ持っていない。

「きいてくれる?」
微妙~な私の目線に答えるかのように、夫、昔話モード突入。
「パパはね、ずっと故郷に帰りたかったの・・・。 誕生日や、正月にって意味なんだけど。 この二十何年の間、パパは年越しや誕生日当日を故郷で迎えたことが一度も無いんだ・・・。」
私;「もしや、ハナ子の実家?」
「ううん、さすがにそれだけは嫌で、パパも闘ったみたい。 だから、パパの誕生日や年越しは、絶対に杭州の実家で過ごしている。 年が明けてから、それぞれの実家に挨拶に行って、それが済んだら、各々の実家で別居している。」
分断ファミリーか。
なんだそりゃ、ってな話である。
中国人は「家族」が大きい。 
核家族じゃなくて、じじばば兄弟姉妹を含めた家族。
旧正月なんて、その大きな家族単位のイベントなのだから、それはもう皆寄せ集まって、実家と婚家双方に出入りしてにぎやかに過ごす。
パパとハナ子の小さな年越し、すご~く変わってる・・・そして、その後の別居も。

私;「なんでそんなことになったの? いつから?」
「すごく小さいときのことは憶えてないけど、ハナ子が単身赴任から帰ってきた、俺が5歳か6歳の頃は、年越しさえもそれぞれ実家で別行動だった。 俺はパパの子だから義鳥へ。 弟が生まれてからは、弟はハナ子とともに・・・。」
私;「・・・・・・」
「いくらなんでも外聞が悪い、って、数年して、年越しは杭州、明けてからお年始、プチ別居という体制になった。 いつからだか正確には憶えてないけど、俺は下の方の従弟妹と年越しを一緒に過ごしたことが一回も無いから、少なく見積もっても20年は経つな。」
私;「誕生日は。」
誕生日規制はパパだけ。ハナ子は好きに帰って祝われている。 でも、50歳とかの節目の年に、叔父叔母がパパ誕生会を提案したときは、何故か取りやめになってた。 その時はわからなかったけど、今思えばあれはハナ子のせい。」

だから、今回だけは、パパの誕生日を故郷で祝ってやりたかったんだ・・・と、夫は言った。

その気持ちは、よくわかる。

だけど。 
善意から出た行動で、対象であるパパがそれを望んでいるとして。
今回のこのミッションが、平和維持活動に与える影響は、どれほどのものなんだろう。

ビーッ、ビーッ、ビーッ・・・

エラー音は勿論鳴り響いていたけれど、エラーを放置すると、どうなるのか。
ハナ子・プログラムは、何かを壊すのか。
それとも、プログラム自体が終了してしまうのか。

私は見てみたかった。





                            「花婿の、母。④」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記14「花婿の、母。④」

2006-08-17 | ㊥花婿の、母。
思いの外平和的に、お誕生日ツアーは始まった。
パパのお誕生日当日、私たちは朝一の便で上海に到着。 ついでの用事を済ませ、予約してあった車に乗り込んだのが昼頃。 そこから杭州の実家前まで、約2時間で着いてしまった。 

早すぎたかな、と思いきや、パパは「学校の用事」を済ませて既に帰宅・準備万端。
私たちがアパートの下に着いた時、パパは外に出て待っていた。
夫&私;「お待たせ! パパお誕生日おめでとう!」
パパ;「ありがとう! 今ママも下りて来るから、そしたら行きましょう!」
明らかにとても嬉しそうなパパ、それを見て心底安心したらしい夫、早速荷物の積み込み。
ところが、荷物、妙~に多い。
ハナ子愛用の、オーストラリアのスーパーの、緑の布製ショッピングバッグ(エコバッグ)×2。
そして大小さまざまなそこいらのスーパーのビニール袋、無数
所詮2泊であるし、パパはどこに行くのもショルダーバックひとつの、身軽な人。
そこへ、ハナ子は更に大きな包みを持って、下りて来た。
が。
私は、荷物ではなく、ハナ子に釘付けになった。
カッ・・・カリアゲがますます激しく!!!
以前書いたように、ハナ子は、頭の前面がオバちゃんパーマ、後頭部はカリアゲ。
会うたびにカリアゲがきつくなってきているような気はしていたが、このときは凄かった。 完全なる断崖絶壁。 アート?

ハナ子は、上機嫌だった。
久しぶり、という挨拶もそこそこに、手さげからカメラを取り出す。 そして、実家アパートが入る構図で、迎えの車を撮り始めた。
おお、なるほど・・・。
このとき私たちは、パパ&ハナ子、義弟&カノジョちゃん、それに杭州の大学に通う従弟、ちょうど帰省するところだった遠縁の子を全員拾って義鳥に行く予定だった。 そのため、用意したのは10人乗りのバンだった。
普段電車で帰省しているハナ子にとっては、それはかなりな金持ち行動に思えたらしく、機嫌のいいことこの上も無い。 荷物の積み込みが終わって、パパに促されるまで、ずっと写真を撮っていた。
私たちが上海から義鳥まで乗っていって、杭州義鳥間は8人乗り、しかも大荷物・・・と考えると、それほど高くはなかったんだけどね、実際は。

ともあれ、出発。
車に乗り込む際、ハナ子はパパに助手席に乗れ!と指示した。 道案内をさせるために、ということだったが、
「俺が助手席に・・・」
というのを強引に
「オマエはもう地元を離れているからダメだ。」
却下。
しかし、誕生会に浮かれるパパ、そんなことにはメゲない。
「大丈夫です、気にしないで」
日本語で私に言い、ひとり運転手さんの隣りの席へ。
ハナ子は真ん中の席にひとりででーんと座り、私たちは二人で並んで座った。

発車より10分、大学の寮近くにて従弟と遠縁の子を拾う。
遠縁の子はハナ子の隣りに何故か強制連行。
従弟、げんげん(仮名)は夫と仲良しであるので、私たちの近くに来ておしゃべり開始。
更に5分、カノジョちゃん確保。
カノジョちゃん、ひっそりとハナ子から一番離れたところへ着席。

ここらへんで、ハナ子起動。 ゴソゴソゴソゴソ・・・と、山のような荷物を探り始め、なにやら取り出して皆に配布。
烏龍茶や水やポカリ系ドリンク類。
乾き物。 裂きイカみたいなつまみ系、ライススナック、中国人のお約束である種子の類。 
そしてなぜか大量の天津甘栗と、ゆで卵(どうせならしょうゆ味の茶たまごがよかったが、これは白たまごであった)。
これらをイソイソと皆に回すハナ子。
ああ、バス遠足気分なのね・・・まあ和やかでいいんだけどぉーと、思ったが。

さすがハナ子。
どうしても普通の行動が取れないらしい。
皆に親切気に食べ物飲み物をくれるというのに、何故かパパにだけはあげないハナ子
パパおなか減ってないのかなー・・・とも思ったけど、水も与えず、要るかどうかきいている様子も無い。
パパはパパで、ワタシにもお水くださいとかなんとか言うでもなく、空気と同化している。
ハナ子、意地悪であげないのではなく、かるーくパパの存在を忘れている感じ。 ああもう、パパったら存在の耐えられない軽さ。 泣けてきた。

見てるこっちが堪えられないので、鬼嫁、甘栗を剥く。 剥いてる途中で夫にバクバク食べられつつ、猛スピードで剥き剥き剥き剥き剥き・・・・・・
ムキキーッ!と剥いたところで、
私;「そこのウーロンとともに、パパに進呈するのじゃ。」
「俺に剥いてくれたんじゃなかったの?」
私;「おおばかもの! よく見なさいよパパ飲み物食べ物なーんにももらってないよ。」
「ハッ!・・・・・・ほんとだ。」
夫、そーっとパパに差し出しに行く。
パパ、何か言ってる。
夫、戻ってくる。
「日本女性は優しいね、ありがとう・・・」「・・・って。」
るーるーるー、泣けて~きました~
私;「国の問題じゃないから・・・絶対違うから・・・」
これって非常に小さなエピソードなんだけど、パパ&ハナ子の関係を象徴しているようで、私には忘れられないこと。

そんなしょっぱい出来事もありつつ、義弟の職場に到着、ピックアップ。
義弟、カノジョちゃんの隣りへ。
ハナ子上機嫌にて彼にもおやつを勧めてる。

その後、予想よりも時間がかかって、杭州出発から3時間半。
甘栗剥き剥き、おしゃべりしている間に、それでもパーティー開始予定よりも早く、義鳥到着。 

パーティー会場兼宿泊施設でもある銀都‘田舎四つ星’ホテルには、既に叔父叔母と従弟妹が集まって、パパを出迎えてくれた。
俄かに、空気から昇格して「主役」になれたパパ。

とりあえず、チェックインして荷物置いて着替えて。
「パーティーは30分後だけど、すぐ会場に行ってもいいからね。」
予約してくれた叔父がそう言って、皆笑顔で頷いた。
ハナ子だけは、上機嫌モードから顔だけ笑ってモードに変わっていたけれど。

他の日なら何をぶち壊して自爆してくれてもいい。
でもこの日ばかりは、夫とパパのために大人しくしててくれ!
私は祈っていた。

そしてそれは叶った。 いろんな意味で・・・


                            「花婿の、母。⑤」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記15「花婿の、母。⑤」

2006-08-16 | ㊥花婿の、母。
ハナ子は、とりあえずは大人しくしていた。
ハナ子の行動は、ハナ子ウォッチャーである私の目には奇妙に映ったが、少なくとも彼女はパーティーをブチ壊しにすることは、しなかった。
だからパーティーそのものは、成功したと言っていい。

食事になる前の数十分、大きな丸テーブルを三つも用意した会場で、皆は談笑していた。 パパと私たち、遠くの大学に行っている従弟以外はみーんな義鳥近郊在住なんだけれど、普段は日曜日も無いほど忙しく働く彼ら、ゆっくりと兄弟姉妹に会うことはあまりないらしい。 パパをチヤホヤと構いながら、子供の進学の話、結婚の話、昔話・・・と大盛り上がり。 兄弟姉妹+その配偶者+子供で、30人はいるわけで、代わる代わる喋っていたら、座る暇も無いくらい。 皆から「お兄さん」「伯父さん」と声を掛けられ、ひととして正当に敬われ、パパは大ニコニコ。 それを見ていた夫もニコニコ、集まってくれた親戚皆にニコニコとありがとうを言ってまわっている。 皆、私にもゆっくり喋って話し掛けてくれて、昔の大きな親族イベントの話をしてくれたり、私も楽しかった。

で、ハナ子。
私は見た。
超・挙動不審。
ハナ子、楽しく喋る皆様から少し離れたところに、どかっと腰をおろした。 自分からは絶対に話し掛けに行かない。 気を遣ったのか(遣ったのだろう)、親族の誰かが時折わざわざ話し掛けに行くが、声をかけられると異常に高いテンションで、叫ぶように返事。 私には、なんと言っているのか全くわからないけれど、話し掛けた人間は、ふたこと、みことで大体挫折。 ハナ子を残して群れに帰ってくる。 そんなことが数回続き、そのうちハナ子はひとりになった。
そうするとハナ子、今度は大声でパパ&夫を呼ぶ。 ファミリートーク、開始。 大きな会場で普段会えない人々とともにいながら、なぜゆえに自宅茶の間の再現に努めるのか。 しかしパパ&夫は主役&主催者だからね、すぐに他からお声がかかって移動。 ハナ子、またひとりに。 ハナ子、小学校で言ったらグループに入れないでひとりあぶれる子。

私も、あまり社交的な方じゃないというか、「馴染めない磁場」に入り込みやすく、その辛さはわかる。 興味の無い話題とか、なんとなく自分とはカテゴリーが違うんじゃないか、と思われる人々のなかでは、ついついウッカリ浮いちゃって悲しくなる方。 合わせるの苦手だし、ウソニコニコも苦手。 異国人相手のほうが、マナーと割り切って営業スマイルを繰り出しやすいけれど、日本人相手だと余計にしんどい。

だから、何かわかっちゃったと言うか、このとき見たハナ子が、ハナ子の本質だ・・・と思った。
人一倍気が小さくて、妙な自尊心だけは百人前。 
そんな人間はゴマンといるけど、普通は大人になる過程で何らかのリハビリをしてきている。 「私は悪くない」「私を敬わない人間が悪いのだ」という一念であらゆるリハビリを拒否、ワガママを六十になるまで貫き通してきた、その点がハナ子の特殊なところ。

私は、このパーティーにおける引率の先生だった。
だから、あぶれた子の面倒を見なければ、と思った。
鬼嫁先生、ハナ子ちゃんの隣りへ行く。 
ハナ子ちゃん;「おう、おまえか。 北京の生活はどうだ。」
鬼嫁先生;「慣れました。 一応友達も出来たし、買い物も出来るようになったし、タクシーも乗れます。 大きなところでは不都合もありません。」
ハナ子ちゃん;「オレは若い頃、北京に六年も居た。」
鬼嫁先生;「が小さい頃ね。」
ハナ子ちゃん;「北京には友達が大勢居る。」
鬼嫁先生;「(やばッ・・・)は、子供のとき電車に乗ってお母さんに会いに言ったのを憶えているって言ってました。」
ハナ子ちゃん;「オレの友達、紹介してやろう!」
鬼嫁先生;「(ますますやばッ・・・)いやー、言葉がわからないし、私友達居るし、今結婚式とかの準備で忙しいしぃ・・・」
ハナ子ちゃん;「いや、紹介してやる。 皆喜んでオマエを助けてくれるぞ。 ギョウザも一緒に作ってくれるぞ! 来週、北京に戻ったらすぐにでも・・・」
「ギョウザは北京人と山西人から学習済みですから・・・」と言いつつ、私は脱出ボタンを手探りで・・・だって、見知らぬ北京人のオバちゃんが我が家にやってくるなんて、心の底から御免被りたいし、第一紹介にかこつけてハナ子が北京侵攻してくるのは火を見るよりも明らか。 だーれーがそんな手に乗るもんですか。
と、私が先生役を放棄したそのとき。
「そろそろ着席してくださーい。」
ということで、パーティー、開始。

パーティー自体は、ごくごく普通に進んだ。
パパは今までに見たことも無いほどの上機嫌で、祝福・乾杯の嵐を受けている。 ハナ子の挙動不審も着席したら収まったみたいだし・・・パパと一緒に主賓席に収まって、それなりに笑顔も見せている。「げへげへっ
中華パーティーなので、円卓。 マントウとトンポーローなど、浙江省らしいお料理満載。 甘口だけど広東ほどではない。 飲み物はマオタイ。 私は白酒は飲めないので紹興酒・ワイン・ジュースでお茶を濁す。
パパに花束やプレゼントを進呈し、何度も乾杯。
パーティー中、義弟&カノジョちゃんが、あまり喋っていないのが気にはなったけれど、ハナ子も最後まで暴れることなく過ごしてくれた。
記念撮影、食後には大きなケーキも出てきて、大満足のうちに終了。

心から安堵した夫と私。
翌日からは、結婚式準備の予定が入っている。
やれやれ、ここからは自分たちのことだ・・・そう思っていた。



                          「花婿の、母。⑥」に続く


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ダック鬼嫁日記16「花婿の、母。⑥」

2006-08-15 | ㊥花婿の、母。
結婚式の準備。

私は事前に下見をしていたし、田舎のことだから会場などにそれほど多くの選択肢があるわけでもない。
するべきことは教会及び宴会場の正式予約。 招待客の確認。 座席も決める。お料理の確認。 日本でいうところの引き出物にあたる、アメちゃんの確認。 中国では、アメやチョコレートの入った小さな包みを用意し、お客さんに配る。 ひとりひとつと決まっているわけではなくて、多くの場合は偶数、ふたつかよっつ、帰りがけに手渡しする。 それから、衣装の手配。 メイクはどうするか。 
これらのことを、お金の算段しながら決めていく。 私たちの場合、の両親には頼れないし、頼るつもりも無い。 私の実家からは、少々の援助をオファーされていたけれど、は自分の力でやっていきたいひと。 移動の多い人生でもあるし、いつもいつも自転車操業状態でやりくりしている。 いつどこで出て、何月何日に入ってくるのか、きっちり計算していないと動けなくなってしまう。

中国の結婚式って、大規模にやればやるだけ祝儀で黒字になると言うけれど、我が家の状況からして、一時的にでも金を突っ込むのは、ちょっと避けたかった。 黒字目当てで手広く営業するのもイヤラシイと思う。

だから、「結婚式は極力シンプルに! 親族への挨拶と世間に対する義理を果たすのが目的!」と割り切っていた(割り切らざるを得ない)。
教会はオプション無しのシンプルなもの。 宴会は食事が美味ければそれでいい。 ケーキカット不要。 招待客は親族のみ。 引き出物のアメちゃんは、義鳥マーケットで買う。これが、上海や北京で買う十分の一ほどの安さ大爆発。 衣装は、借りるよりも安い蘇州で買う。 メイクなんか自分でする。
それで十分だと心から思っていたし、そんなやっつけ仕事みたいな結婚式でも、準備しているうち、それなりに楽しみに思えてきた。

パパの誕生会の翌日、私たちは先ず、教会へ行った。
電話で仮予約はしてあったのだけれど、正式な申し込みをするためには、結婚証明証及び身分証明証の提示が必要、ということだった。 更に、本人及び両親の最終学歴も書かされる。 そしてその情報は然るべき機関に知らされ、記録に残される。 なんでかって、それは「教会などというものは、外国勢力の尖兵である」という天草四郎時代の思想が有効だから。 日本みたいに何でもアリにした挙句政治までイカレてるのを見ると、あながち的外れでもないか。
受付担当のひとは、「奥さんは日本人だから、親の情報までは要らないですよ」と言った。 私のしょぼい中国語力でも、確かに聞こえた。
なのに、なんでハナ子は「親の学歴」って項目を示して、私にペンを渡すのかしら。 
私は知ってる。
ブンカク世代で、農村改革によって大学に行ったハナ子。 お勉強の得意な子供ではあったらしいけれど、彼女が選ばれた理由は、長子として生まれたから。 それだけ。
にもかかわらず、「大卒である」ということは、ハナ子の人生で唯一の誇らしいこと。
お勉強以外得意なことが何もなく、女として自信が無く。 経済的解放の時代には、学歴で劣るはずの弟妹たちに収入で負けてしまった。
歪んだプライドは山より高く、褒め称えられたい欲望は海より深いハナ子。
「私は大卒!」「私が大卒だから、息子たちも高学歴!」という呪文を、心の中で唱えること何千回何万回。
ハナ子、私は涙が出るよ。
ハナ子、私も高等教育は意義深いと思うけどさ、そんな心が歪んでしまうくらいなら、大学なんて行かない方がいいんだよ。
ハナ子、たとえ字が読めなくても計算が出来なくても、心優しい母のほうが敬われ愛されるんだよ。
一瞬にして頭の中に「ハナ子の詩」が浮かび上がってしまった私。
でもね、だからと言って。
ウチの実家の親を小ばかにするのはNGだよ?
私は親が大卒でないことに対して、特に何も思ってはいないけど。 でもハナ子の態度はいただけないな。
無視しちゃえ。

と、ハナ子。
私に無視されて寂しかったのか、結婚式申込書に目を落とし、何か勝手にマルをつけている。 確かアレはオプションリスト。
ビーッ、ビーッ、ビーッ・・・
夫に確認してもらう。
「かあちゃん! なにやってんだよ!」(←中国語)
何か言うハナ子。 
どうしたの、と夫に訊くと
「教会式オプションの、一般信者参列・生バンド演奏・生花その他、全部マルつけてる・・・」 
うーむ。
一般信者参列っていうのは、会場である教会に、常日頃から通ってらっしゃる信者さんたちに、結婚式に参加していただくこと。
私はいやだ、そういうの。
もしも自分自身が信者で、通っている教会にて挙式、とかだったらいいんだろうけど。
見知らぬ他人様を、親族縁者の何倍もたくさん参列させるってのはなー・・・
私;「花はいいけど、バンドと一般信者は要らないな。 ハナ子がゴネたら、バンドはちょっと高いけどいれていいよ。 でも信者は絶対イヤ。」
「俺もイヤ。」
夫、ハナ子に説明。
ハナ子、無言。
夫、オプションリストの新しいのを取って書き直す。

この日はこのように教会関係で時が過ぎ、夕刻、ハナ子&パパ、義弟&カノジョちゃんは、ハナ子実家へ移動。
私たちは誘われなかった。誘われても忙しくていけなかったし、そのへん理解されていたのだろう、と解釈していたんだけど。
夕飯は叔母ちゃん宅。
仲良し従弟、げんげん(大学生)の家でもある。
日付が変わる頃、パパとハナ子がホテルに帰還。
義弟カップルはハナ子実家から真っ直ぐ杭州に帰った。

翌日マーケットで引き出物を選び、その後、ナイナイ(父方祖母)のお墓参り。
パパはハナ子の圧力で参拝できず。
墓参り直前に、一足早く杭州へ帰ってしまった。 「パパの外せない用事のため」って言っていたけれど・・・
疑惑のまなざしを向ける私たちに、パパは
「今までで一番楽しいお誕生日でした。 息子2人と、弟妹とその家族、全員が集まってくれて。 ほんとうにありがとう。」
と、勿論日本語で言った。
ハナ子、ここで叫ぶ。
「日本語を使うなァ!!!」
早口の日本語で、「お墓参りは、ふたりに頼みましたよ。 本当に本当にありがとう。 またすぐ杭州で会いましょう。」
パパ、ご無事で。
私たちは、心から祈りつつ、走り去る車を目で追った・・・
夫、「涙でかすんで前が見えないよ」状態。
「パパはかわいそうだよね・・・」


お墓参りには従弟が同行してくれた。 この従弟は、美人従妹シェンのお兄ちゃん。
家業がお花屋さん(卸し)ということで、お墓に赤いサルビアをたくさん持っていく。
一緒にお参りして、ナイナイに「また来るからね」と声をかけて帰る。 こういうことってどこの国でも同じだ。 私も、母の田舎でお墓参りするときは、必ず言う。
お墓参りの後は、前日と同じ叔母さんの家でごはん。
昔話などして、昔の写真を見て、大いに盛り上がる。

翌日、いろいろ最終確認して、全て首尾よく整ったのを確認。
一番お世話になっている小叔叔(リンリンのお父さん)の家で、挨拶がてら昼食。
そこで、叔父さん、唐突に「ハナ子の実家に立ち寄るなら送っていくが」という。
確かに時間さえあれば寄りたいと思っていたけれど、想像以上に慌しく、外婆(母方祖母)のところに行っていなかった私たち。
夫が、前回妻(=私)が立ち寄っているし、すぐに結婚式で会うから今回はやめておく、と伝える。 既にそのように電話で伝えてあったし、叔父さんもとても忙しいので、送っていただくのは悪いなあ・・・と思ってのこと。 ハナ子実家はタクシーも無いど田舎なので、行くたびに誰かの手を煩わせなければならない。
叔父さんもそれ以上は勧めず、話題は別のことに移った。

それから私たちは、高速バスで杭州に向かった。


                          「花婿の、母。⑦」に続く


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ダック鬼嫁日記17「花婿の、母。⑦」

2006-08-14 | ㊥花婿の、母。
高速バスの中では、「忍者か超能力者みたいな日本兵と、それに立ち向かう撃たれても死なない中国兵」みたいな映画が上映されていてとても不愉快だった。 画面からダダ漏れのくっさいプロパガンダが不愉快だったわけではなく、単に眠たかったので音と映像が鬱陶しかった。 もしもこのハナ子記が映画であったなら、今後の展開を暗示するシーンとして、1カット与えてもらえると思うんではあるけれども。

杭州に着いてすぐ、先に帰っていたパパ&ハナ子と一緒に茶館に行った。

茶館というのは、名前の通り中国茶を愉しむところなんだけど、ちょっとしたお茶請けも置いている。 多くの場合、それらはお茶を一杯頼むことで食べ放題になる。 お茶請けといっても簡単な食事になるような炒飯、お粥、水餃子から、卵料理、炒め物、煮物、デザートに果物、アイス、スナックは種子の類に袋菓子と、とにかく種類豊富。 時間の制限も無いので、休日などは家族で朝から晩まで茶館にいるひとも多いそう。 
北京や上海にも茶館はあるが、夫曰く「杭州が本場!」ということ。 地元好きの夫のことだから、どこまで本当かはわからないけれど、確かに杭州には茶館が多い。 西湖の景観を眺めながらお茶をいただける、贅沢な店もある。

このときは既に夕方だったので、西湖の見える店はいっぱい。 代わりに、お茶請けが豊富で美味しいとパパご推奨の店に行った。 パパはまだ還暦祝いモードであるらしく上機嫌。 茶館に行こうと言い出したのはパパで、どうやら誕生会のお礼のつもりであるらしかった。 カノジョちゃんの家に行っていた義弟にも声をかけたらしく、彼らも途中参加。
茶館で、私はいつもの西湖龍井を、夫は初挑戦のブレンド中国茶をいただく。 茶館に来ると、ハナ子はいつでも普段とは別人のようになって様々な食べ物を皆に取ってきてくれる。 そして大変熱心に「もっと食べなさい、他のがよかったら取ってくる。 何が食べたい?」と勧めてくれる。 これを、食べ放題だからモトを取ろうとしているのであるな・・・と解釈するのは意地が悪いだろうか。
ともあれ、茶館は私も好きだし、おなかも空いていたしで一生懸命食べた。 そのお茶請けのコストがいくら安かろうとも、元は取れたような気がする。 少なくとも気持ち的には大満足だ。
しかしハナ子、いよいよ帰ろうという段になって、わざわざ取り直してきた果物の山。 それを、無造作にカバンに詰め始める。 それも、私のバックに。 テーブルに残っていたものならともかく、わざわざ持ち帰り用に取ってきた果物。 みかん20個パチッたとして、それは北京より低い物価の杭州で一体いくらなのか。 ああハナ子、ハナ子ったらハナ子、ハナハナ子。
帰りがけ、パパは夫を押し留めて支払いをした。 夫は、普段はけしてパパに払わせないのだけれど、今回はありがたくご馳走になる。 支払い、六人分で三百元とちょっと。 給料が自分の自由にならないパパにとっては大金のはずだ。
店を出て、義弟はカノジョちゃんの実家に帰って行き、私たちは4人でパパの家へ。

翌日、夜更かししたにも関わらず早起きした私。 パパと一緒に近所にある大学の学生食堂に向かう。 何をするかというとこれが朝ごはんを買う。 小さな肉まんをフライパンで焼いたようなものと、ちょっとしたおかず。 私が「豆漿飲みたい!」と発言すると、 
「ではここで飲んでいきましょう、出来立てのほうが美味しいから」
確かにそうかもしれないけど、家まで徒歩3分。 私と、気兼ねなく日本語で会話したいのだろう・・・と解釈し、ふたりで学食の椅子に腰掛ける。 このとき、ハナ子の日本語に対する反応は異常なまでに過激化していた。

飲み終わってすぐ家に戻った。 朝食。 夫はまだ寝ていたから、パパとハナ子と私の三人で。 忘れないうちに、この日の行動予定を「が起きたら、ご飯を食べさせてからハーゲンダッツに行きましょう」と伝える。 春に訪れた際は、ハナ子に伝えていなかったばかりに物凄く面倒だったから。 甘党のパパはニコニコと喜んでいる。 

結局、ハーゲンダッツに着いたのは午後の3時を過ぎた頃。 夫は昼近くまで起きてこず、皆でお昼ご飯を食べてからの出発になったから、腹ごなしに植物園を散歩したりして過ごした。 植物園には体長が人間の背丈ほどもある大きな黒い鯉(?)がいて、これが生のカボチャを食べるんだけど、これがまた私のエサやり心をとらえて放さない。 うららかな午後のはずだった。

パパとハナ子はそれぞれ、アイスがきれいにデコレーションされているセットを注文した。 私と夫は食べなかった。 こういうものって視覚に訴える幸せ感にお金を払っているような気がする、従って同席しているひとが食べていればなんだか満腹になってしまう。 

食べ終わってから招待客について話し合い。 これがまずかった・・・?

親戚の名前と人数を書きとめていく夫。 そのうちは多分息子の彼女も来るよとか、ばあさんは体調が悪いので来ない、とか説明するパパ。 なんでもない作業のはずが、話を進めるうち、何故かだんだん不機嫌な顔になっていくハナ子。 
唐突に、ハナ子は一枚の紙切れを宙に突き出した。
「なにそれ。」(←中国語)
無言無表情で紙を突き出したまま固まっているハナ子。
黙ってその紙を取って広げるパパ。
のぞき込んでから何か言い始めた夫。 中国語、これは私には聞き取り不能だった。
無表情無言のままのハナ子。
パパも穏やかに何か言う。
ハナ子やはり無表情無言のまま。
怖いよ、アンタ。・・・ハナ子が日本人だったら、私はそう言ってしまったかもしれない。 ハナ子が日本人でなくてよかった。
夫に、日本語で説明を求める。
「アレね、式に呼ぶ友達リスト。 ハナ子の友達ね勿論。 今回はパパの方もハナ子の実家も日本からも原則身内だけってことになってるって説明したんだけど・・・」
私たちが話している間、ハナ子は無言を止めてパパに何か言っている。
そこに何か言う夫。
言い返すハナ子。 殆ど、叫んでる。
もう一度夫が何か言うと、ハナ子はすっくと立ち上がり、そのまま何処へか去って行った。
そのまま消えてくれ。じゃなくて、どこに行くんだハナ子。

「どうしようか・・・」(以下の会話は日本語)
私;「うーん・・・原則的に身内だけって、納得してテーブル数も決めたんだったよね。」
ハナ子が友達を呼びたい、それ自体は構わないんだけど、あの態度が気に入らない私。 ひとこと、ともだちを呼びたいのよって言えばいいのに。
「それが、友達を呼びたい理由というのがね、パパ側の親族が、ハナ子側の親族よりも多いから、友達呼ばないとワリに合わないって言うんだよ・・・」
私;「なっ・・・なにそれ。 パパは8人きょうだい、ハナ子は5人だからしょうがないでしょ。 パパの方は既に結婚してたり子供がいたりする従弟も多いんだし。 ていうか大体それって新郎側親族と新婦側親族の話でしょ、普通は!」
思わずパパの前であるにも関わらず言ってしまった私。
だって、その時点では、私側の参加者は実家の家族と一番親しい叔母とその配偶者である叔父。 最も長い付き合いの友人一名。 これだけ。 中国で挙げる式なので、そのことに不満なんてなかったし、むしろ来てくれるひとびとに大感謝大満足だった私。 それにしたってハナ子の言ってることは酷いと思う。

ハナ子は、そんなトンデモな生き物だけど、でも三十何年前に私の夫を産み落とした。
悲しいけれどこれ事実なのよね。

ハナ子が呼びたいって言うなら、予約してあるテーブルの間に合う範囲で、招待しなければならない。 そうわかっていても、ムカムカが消えない私。
「このひと、おかあさんの友達ですけど、リンリンの学校の先生でもあります。 こっちは、あの、そうですね、昔からよく知ってるひとですし・・・」
申し訳無さそうに私を見るパパ。
私、笑顔を作って、「じゃ、呼びましょう。」と答えた。
大変不自然なニッコリでごめん、パパ。
「ごめんね、あんな母から生まれて・・・」
小さな小さな声で言う夫。
いくらなんでもそれはキミのせいじゃないだろう。
涙が出るよ私。
大丈夫大丈夫、そう言って私は、パパにメニューを差し出した。
私;「ちょっと休憩して、もう一杯飲み物でも。」
「そうですね、ええと、これはなんです・・・・・・」
口を一瞬つぐんで、同じことをもう一回中国語で言い直すパパ。
振り返ると、私の後ろにはハナ子が立っていた。

「中国語で話せヨォォ!!!」

こわい。 とにかくこわい・・・


                            「花婿の、母。⑧」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記18「花婿の、母。⑧」

2006-08-13 | ㊥花婿の、母。
中国語で話せ!というハナ子の要求。
自分が席をはずしていたのにそれはあんまりではないだろうか。
だいたい家庭内で何語を話そうと、それは私の勝手というものだ。 会話に入れないのは面白くはなかろうが、逆に中国語会話の際はどうか。 ハナ子が私に気を遣ったことなど言うまでも無く一度も無いのだ。
何故私がハナ子に気を遣わねばならぬぅぅぅぅぅぅ・・・と、ハナ子とケンカしたりは勿論してあげなかった。 金持ちケンカせず。 矢面に立たないのは公のお役所も採用している基本方針である。

私はその後の結婚式会議及び夫の実家で過ごしたもう1泊、食事の席などでは極力日本語の使用を避けた。 なぜなら、ハナ子が当り散らすのはパパだけだから。 私たちの前でこそ、時折スイッチが入ってしまって叫ぶ程度のハナ子。 気に食わない事があるとじっとりした目線でパパを見据えて無言。 内心では恨みつらみゲージが蓄えられているはずで、パパは明日をも知れない身だ。

翌日は杭州を離れて蘇州に向かうよという夜のこと(つまりダッツに行った日の夜)。
ハナ子は早めに就寝、我が夫は書斎でPCに張り付いて剥がれなくなっていた。 リビングに取り残されたのはパパと私。 せっかくであるので私はパパと交流を試み、亡くなったおばあちゃんや昔の中国の生活ぶり、パパが大学生だった頃の話で大いに盛り上がっていた。 でも小声。

「中国語で話せっつってんだろうがよ!!!」

うーん、ホラーのつもりが漫画に出てくる不良の如き低辺系なトーンでハナ子登場。
オマエ今いなかっただろうが!とこちらもチンピラモードに入りたいところだけど、真の勝利を目指す鬼嫁として、それは出来ない。
おかあさん寝たんじゃなかったんですか、と下手糞な中国語で。
「中国語で話せ。」
へえ・・・と私は思う。 何度となく聞いたこの言葉。 いつでも、表面的にはパパに向けて言っていた言葉だ。 例外的に、仲の良い叔母が「普段から中国語で話せばいいのに! 上達したらもっと交流できるし・・・」と発言した際、背後から忍び寄ってきていたハナ子が「そうだ!中国語で話せ!」と気まずくなるほどの大声で言ったことはあるが。 
「おまえはずっと中国語で話せ。」
そんな無茶な。 
普段このような物言いを私に向けないのは、やはりの目を気にしてのことらしい。 彼が見ていなければ、私にどんな態度を取ってもいいと思っているな?
ハナ子はそのまま、口の中で聞き取れないような何かを呟いた。 呪文に違いない。
それから、取り繕うつもりか「私だってオマエと話したいんだよ」とかなんとか言った。顔は在らぬところを睨むような異形のまま。 
異形。
この頃から、美醜では無しに、ハナ子の顔が歪んでいると思うようになった。 精神的な歪みが面に現れてきている。 口なんか、曲がってる。
やっぱり人間は、年取ると内面が外に滲み出てくるものなのだなあ・・・

ハナ子は私とパパの間に、強引に着席した。
どうやら私に、「中国語で話を続けよ」と言いたいらしい。
しょうがないので試みる。 勿論、会話は極端にシンプルなものに変わる。 夫の子供の頃の話や、食べ物の好き嫌いの話。 嫌いだと思ってたけどこの調理法なら食べるのだと最近わかった、とか、中華の作り方をしたいけど今一つ上手くいかない、とか。
パパは、夫の食べ物の好みにとても詳しい。 昔の出来事もとてもよく憶えている。 夫が小さい時に飼っていた小動物の名前。 犬に追いかけられて泣いたこと。 来客のときに、子供用の小さな椅子を勧めようとしたこと。 物心ついたときから本が好きだったこと。
ハナ子は、それらの話にイチイチ相槌を打つのだけれど、時々殺伐としたことを言う。
「好き嫌いなんてね、大人になって栄養があるってわかれば直る。 子供のときは、どうしても食べさせるならクチに入れて押さえとけばいいんだよ。」
それは犬にクスリを飲ませる方法だ。
そんなことを冗談という風でもなく平然と言わないで欲しい。
その後、ハナ子は思い出話を装いつつ、ライトにパパ側のおばあちゃんの悪口に移行して行った。 聞きたくないけどケンカもしたくないであろうパパが、
「そろそろ寝ましょう。」
と言ってお開きになった。

私も寝室に戻って、夫にハナ子の様子を話す。
「ああやっぱりねえ。 ハーゲンダッツでも、パパに一言一句逃さず訳せヨォォォって言い続けてたからねえ・・・」
私;「それはまたおそろしいことだねえ・・・」
どよーんとした夫に、パパの話をする。
「俺が子供の頃に三年飼ってた猫ね、ある日学校から帰ってきたら、いなくなってた。 外婆んちにネズミが出て困ってるから、遊びに来た叔父さんにオミヤゲに持たせたって言われた。」
私;「それはまた・・・子供の気持ちはさっくり無視ですな・・・」
「俺その頃ひとりだけ別室で寝かされてたから、寂しくて猫と寝てたの。 ミーミーと名づけて可愛がっていたのに。 後日外婆にちに遊びに行ったら、ミーミーはとっくに死んでて、よく似た別の猫をミーミーだと言い張られ、疑ったらハナ子に叩かれた。
・・・・・・
ほんとに悲しかったと見えて、くら~くなってしまった夫。
何かかったるくなった私は布団に潜り込み、夫が電気を消した。

翌朝、早朝の出発。
別れ際、ハナ子にPKOの品を渡し、ありがとうを言った。
ハナ子は「次はいつ遊びに来るんだい?」
もちろん結婚式のときじゃないか、と夫は答えた。

それから私たちは蘇州に向かい、結婚式用の衣装を調達。
中国男に日本人の嫁ってのがウケたのか、想像以上に安く、またいろいろあって楽しいツアーだったのだが、それは別の機会に書くこととして。
強行軍の蘇州ツアーの後、仕事モードに切り替えて上海へ。
ホテルにチェックインして、早速PCを起動して連絡・作業を始めた夫。
私はようやくゆっくり出来る・・・とベッドで読みかけの本など広げ。
ふと。
ビーッ、ビーッ、ビーッ
耳の奥で鳴るエラー音に気づく。
やっと準備万端整えたのに、何故かしら。


「ぷるりらり~」(←夫の携帯の着信音)

一本の電話が、かかってきた。


                           「花婿の、母。⑨」に続く


㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥  

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ダック鬼嫁日記19「花婿の、母。⑨」

2006-05-24 | ㊥花婿の、母。
ぷるりらりーと着信した夫の携帯
かけてきたのはハナ子・・・ではなく、義弟だった。
電話の相手が義弟であること、私たちの結婚式について話していること、どうやら穏やかでない話であることは分かったのだが、次第次第に激しくなる口調で、詳細は聞き取り不能。 この兄弟間の会話は常に普通語で、杭州弁とかは入っていないのだが、所詮ビギナーには早口になっただけでお手上げということらしい。

言い合いは収まり、冷静な口調に戻った夫。 ますます激昂して電話から声が洩れている義弟。

ほどなくして通話終了。
私としては早く事の次第をききたいのだけれど、夫しばし無言。
ちょっと間をおいてから、小さな声で「どうしたの?」という私。

ふーっと溜息を吐いてから、
「弟、結婚式に出ないって。」
出なくっても別にいいのではあるが、意外な言葉にとりあえず動揺する私。
私;「・・・理由は? やっぱり私が気に入らない?」
最初にパパ&ハナ子のご実家ツアーをした際、私は義弟のカノジョちゃんに対してハナ子の悪口とも取られる発言をしている。 嘘は吐いてないし、思ったままをそれなりの考えのもとに言ったことだけど、気にはなっていた。 気にしたところで、一度口から出た言葉は回収できない。 
「・・・弟が言うには、おまえがハナ子に酷いから、って。」
やっぱり。 マザコン義弟。 想像通りだけど、それでも夫の実弟からはっきりそう言われるのはショックだった。
私;「こないだのハナ子ワガママ発言のことだよねえ。 ああ、やっぱりさくっと嘘言って誉めとけばよかったかな。 どうしよう。 ちゃんとミーティングしないとね。」
「他にもいろいろ、と言っていた。」
私;「いろいろ? ちょっと待ってよ何のこと? 私いつも意識的に気をつけてたんだから、はっきり文句を言われるようなことはしてないよ!!! こないだのワガママ発言以外はノーミスできてるはず!!!」
「何のこと?ってきいたんだけどね、答えなかった。 兄ちゃんの嫁はママに酷い!ワガママ発言はそのうちのひとつだけど、もっとすんごいことをいっぱいしてるんだぁぁぁっ!て叫ばれた。」
私;「なにそれ。 私は一体何をしたんだ・・・」
「それには全然答えなかった。 しかし俺としては、何があったにせよ、式への出席は、俺と弟の間の問題である!と、主張したので、喧嘩別れに終わりました。 報告終了!!!」
私;「待ちなさいよ! 何があったにせよ、ってそれ認めたようなもんでしょ! どうすんのよ認めて? 事実の確認は?
「だって俺、おまえがそんな酷いことなんてしないって確信してるもん。 確認なんて必要ないです。

むーむむー。 夫から信頼されてるのはいいんだけど、それでもやっぱり事実確認が必要だよな。 確かに、夫・義弟間の人間関係の問題、と考えたら、義弟の態度はありえないと思うけど。 義弟、親には言えないような迷惑を、さんざん夫にかけているのである。
でも、結婚式は予定されているし、赤の他人同士ではなく、家族の間のこと。

私;「いやかもしんないけど、電話の内容を詳細に教えてくれる?」

以下、夫の供述の要約。 ええ、鬼嫁は後の争いを予見し、供述調書をつくりました。

先ず、義弟、夫が電話に出るなり「結婚式にでない」発言。 理由を問われると「兄ちゃんの嫁がママに酷いから」。 酷い、の内容について夫から質問。 「ハナ子ワガママ発言+もっと酷いこと」との回答。 夫、もっと酷いことについて質問。 義弟、それには「言ったら兄ちゃんが冷静でなくなるので」答えず。 義弟から夫に逆質問、「兄ちゃんは嫁がママに酷いことをしてもいいのか」、夫「べつにいいよ」。 義弟、「とにかく結婚式にはいかないから」。 夫、「結婚式に出る出ないは、嫁に対する問題ではなく、俺とお前の人間関係の問題だ」と主張。 義弟「ママのことがどうでもいいのか」夫「どうでもよくはないけど、嫁の何が不満なのか具体的に言わなければ対処のしようがない」。義弟「実家の人間より嫁を信頼するのか」夫「そういう問題ではない」義弟「もういいよ兄ちゃんのわからずや!ウワァァン」通話終了。

以上要約終了。
私としては、自分が原因というのはなんとも気まずい。 夫は、頭に血が上って「弟とはこれまでだな。」 
でも結婚式はどうするんだ。
「結婚式は弟抜きで予定通り。」
このおおばかもの!!!って叫びたいところを、自分が原因であり、夫が私を信頼してくれたことに免じて思い留まる私。

なるべく穏やかに説明してあげる。
「私は、弟くんとはそんなに会ってないでしょ? ということはつまり、弟言うところの‘ママに酷い’行いは、弟の見ていないところで行われた。 従って、弟君の電話の背景には、ハナ子による、‘酷いことをされた’自己申告があるわけですね。 そのような状況下で、弟くん抜きとは言え、ハナ子出席で、予定通りの結婚式ってのは、いかがなものかと。」
それはそうだね、と頷く夫。 義弟に腹を立てて、そのことで頭いっぱい、ハナ子の策略についてはあんまり考えられなかった・・・という。
素直というか、こんなだからハナ子が場当たり的な嘘ばっかり吐くのだ。

でも結婚式どうしようか。
ぽつりと言う夫。
忙しい中、一生懸命準備したのにね。

実家の家族とケンカする原因を作ってしまって、ごめん。
これは、事情がどうあれ、私があなたにしたことの中で最も酷いことだと思う。
ちゃんと、義弟やハナ子の言い分を聞いて、そのうえで私に非のあることなら、ひとりで杭州まで出かけてでも謝る。
だから、事情を確認して、それから結婚式のことを決めよう。

私はそんなことを夫に言った。
それは本音で、本気だった。
夫はとにかく確認する、と答え、パパに電話。
留守だったので、私は夫に言ったようなことをパパ向きに置き換えてE-mail。

悩んでいてもしょうがないので、暗い気持ちを忘れるため、ちょうどシーズンだった上海蟹を貪りに出かけた、こんなときでものん気な私たちであった・・・

                            
                            「花婿の、母。⑩」に続く


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ダック鬼嫁日記20「花婿の、母。⑩」

2006-05-22 | ㊥花婿の、母。
上海蟹は美味しかった。
ややローカルっぽい店に行ったのだけど、蟹みそがね、こぼれ落ちるように山盛りいっぱいでこれがもう・・・ 

蟹の話はまあ置いといて。
めんどくさい話をカラリと忘れていたのは、蟹を食べていた間だけだった。 そのあと、いつも行くマッサージ屋に入り、肩なり腰なり揉まれつつ頭に浮かぶのはハナ子の顔。 休まらない。

「酷いことをした」と正面切って言われるようなマネはしていない。 私の内心について、とか裏で夫を操作している・・・とかいう憶測に基づく不満はあるのかもしれないが、それであれば、義弟の表現は別のものになるはず。
大方ハナ子が大嘘ぶちかましてるんだろう、とは思った。

しかし。
何と言っても「国際結婚」。 ハナ子と私では価値観が大変違う・・・ということもあり得る。 あり得るじゃなくて鉄板で大違いだろう、と思ったそこのアナタ。 私は「ハナ子と私の価値観について」それなりに思うところあり、現在は「金銭感覚以外はある意味それほど違いは無い」という結論に達している。 それについては後で書く。
私は、私の気づいていないところで「私がハナ子に酷いことをした可能性」を考え、憂鬱だった。

義弟から電話のあった翌日、夫は上海での仕事を済ませ、私たちは夕方頃北京に戻った。
余程杭州に取って返して問題を解決しようかと思ったのだけれど、夫の仕事は既に忙しくなる兆しを見せていたし、北京に帰り着いた次の日から通常通り出勤だ。

よく「中国人は親戚のことが仕事よりも大事」とか言うけれど、これは夫には全く当てはまらない。 大学一年生の頃からハナ子に「家にはお金なんて無い、パパはお前の学費なんて出したくないって言ってるよ」と言われていたせいか、「頼れるものは自分だけ!」という意識が物凄く強く、仕事に対しては明確な「守るべき線」みたいなものを持っている。

実際のところ、パパが「学費を出したくない」なんて言うはずもなく、入学後一年で打ち切られた生活費の仕送りは、丸ごとハナ子の懐に行っていたのが後にわかるのだけれども。 親に負担をかけまいと、日本語でバイトを探せるようになるまでの間、夫はインスタントラーメンだけを食べ続けたという。 聞いてるこっちがしょっぱい涙を流したくなるエピソード・・・

ともかく仕事のことを考えて私たちは予定通り北京に戻り、そこで改めて杭州の実家に電話した。 電話の内容は、私には断片的にしかわからなかったので、通話終了後に夫から説明してもらった。
最初、電話に出たのはパパだった。 事の次第を聞いて動揺するパパ。 とりあえずの当事者は義弟であり、「私がハナ子に何をしてどう酷いのか」を聞いてみないと話にならないので、彼と代わってもらって話し始める夫。
「こないだの電話の件なんだけど、何か考えは変わった?」
義弟;「別に何も。」
「じゃあ、うちの奥さんが何をしたのか、具体的に教えてくれる?」
私による「ハナ子ワガママ発言」の話をする義弟。
「それは確かに本人も気にはしていたけれど、おまえのカノジョから尋ねたことであり、また嘘は言っていないよ。 表現について、気に障ったのなら謝る、と言っているし。 おまえそういうことが原因で、兄ちゃんの結婚式に出ないつもり?」
義弟;「それだけじゃない。 もっと酷いことをした!」
だからそれは何なのかと尋ねる夫、答えない義弟。 実はここまでは傍で聞いている私にもだいたい分かった。
「・・・・・・・・・」
ふいに黙って、険しい表情になった夫。
──────沈黙──────
けっこう長い間だった。
電話の向こうからは声が洩れている。
夫、そのまま通話終了。
なに、やっぱ私やらかしてた?と不安になる私。 

沈黙の後。
「結婚式は出来ない」
キャー・・・リコンはカンベン! 私は一体何をしたの???
と、少しは思ったが、そうではなかった。

「あいつ・・・パパに向かって怒鳴り上げてた・・・
ヒートアップしていく義弟に、電話横に居たパパが、「の一生に一度の結婚式なんだから、もうちょっと穏やかに・・・」とかなんとか言ったのだそうな。 義弟はそれに怒って「オマエは黙ってろ!!!」的な暴言を吐いた、と。 そして夫にも、「オマエとは縁切りだ!」と吐き捨てて通話終了。
さて夫の実家、「長男は父親の子、次男は母親の子」という形で分断されているが、原因は飽くまでもハナ子から長男への愛情が非常に乏しいことと虐待行為。 パパから見れば、長男も次男も大事な息子である。 現に二十代も終わりに近づくまで学生だった義弟の生活費学費はパパが全面的に負担している。 学部なんて一旦入った大学が合わなくて浪人の末、もう一回入りなおしている。 別にそのことが悪いわけではない(だって親の援助なくして勉強を続けるのは難しいからさ。)が、ありがとうの気持ちを忘れちゃいかんだろう。 
しかもパパはスーパー穏やかな専守防衛人間。 建前では仮想敵もいないことになっている。

私;「めさめさ怒鳴り散らしてたのけ?」
こっくり頷く夫。
「要するにハナ子のパパに対する態度がそれだけ酷いってことだと思う。 弟は、パパのことを完全にナメてるというか見下してるというか・・・いい歳してハナ子に全て従ってるんだよ。 昔ナイナイが生きていたり、俺が上海に住んでいる頃はそこまでじゃなかったんだけど・・・」
今回のことも、ハナ子の策略に違いないし、このまま結婚式をして、上っ面だけハナ子と笑い合うのはイヤだ、と夫は言った。
要するに、義弟から一本目の電話があった時点での私の気持ちになっているらしい。
結婚式、キャンセルか。
どうすっかな。
「ハナ子を呼びたくないだけだから、式はやってもいいんだけど・・・」
それはしない方がいいと思う。
ハナ子に命じられた義弟が暴れてもコトだし。 家の中でしか威張れない弱男なんだろうからたぶん大丈夫だけど、万が一ね・・・。 また、義弟が暴れなくたって、ハナ子は押しかけてくるだろうし、親戚も気まずいし。 何しろこの時点で「ハナ子が弟に何か命じた」証拠はないわけで、ハナ子に「来るな!」と言うのは難しい。 だからこそハナ子は自分では何も言わないんだ。 卑怯もん。
第一、夫が「母親を式に呼ばなかったやつ」として責められたらヤダ。

ではキャンセルかというと、「私のした酷いこと」が不明なままではそれを決定するには時期尚早。

だが。
私たちが、「結婚式、キャンセル」ということを選択肢のひとつとして持っていると示すのはいいかも。
ここまでの経過を見る限り、ハナ子の目的は「結婚式を行わせないこと」としか受け取れない。
しかしハナ子は無類の見栄っ張り。
親戚中に言ってしまった結婚式・披露宴をキャンセルさせて大丈夫なのかというとそうではないだろう。
結婚そのものに反対ならともかく、私たちはとっくに入籍しているし、ハナ子は「如何なる理由あろうとも離婚は悪!」という思想を持っている。

ハナ子よ、目的は何だ。
はっきり言わなきゃわからないよ。

結婚式のキャンセルは、私にとっても気の進まない、辛く悲しく恥ずかしい選択だが、あり得なくはないよ。

夫は近日中に実家にキャンセルの旨を伝える、と言い、一先ずその夜は寝ることにした。
仕事を優先させないと、おまんまの食い上げだからね。


                            「花婿の、母。⑪」に続く


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ダック鬼嫁日記21「花婿の、母。⑪」

2006-04-27 | ㊥花婿の、母。
とりあえず、「結婚式のキャンセルを考えているのだけど・・・」というほどのことを、夫の実家に伝えることにした。 考えている、しかし決定ではない。 この曖昧さは、「せっかく準備したのだから、問題がはっきりして、それなりにオチがついたら予定通り式を行うつもりがある」ということ。 それに、「準備について会場である義鳥の叔父にいろいろお願いしてあったので、取りやめることで叔父に面子や金銭の上で迷惑をかけてしまうのであれば、何がどうあれ式は行う」、ということだった。

私の気持ちは複雑だった。 
このままでは、結婚式の日にハナ子の顔なんて見たくもない。 しかし呼ばないわけにはいかない。 それなら式なんてやらなければいいが、既に夫の親族や、日本の親しい人々は出席してくれる予定になっているわけで・・・
私のした「酷いこと」が、多少なりとも私が理解し反省できるものであって欲しい。 五分でも構わないからハナ子に正当性があって欲しい。 いっそ謝罪出来る状況であればすっきりする。 「タダの嫌がらせ」ではないのなら、まだハナ子を認められる。 夫の気持ちも随分楽になるはずだ。 見栄っぱでずうずうしくて私の夫のことを少しも大事にしてなくとも、曲りなりの理屈だけでも通して欲しい。 義母を、「一寸の虫以下のヤツ」と断じたくは無い。 何故なら夫の性格からして、何があろうとも「完全に絶縁」することはあり得ないから。 距離を置くことはあるだろうけど。

さて、キャンセルの可能性がある以上、コトは急いだ方が良い。 と言って結構なダメージを受けている夫を急かすのは躊躇われたが、幸い素早い行動を取ってくれた。

北京に戻ってきた翌日の夜、早めに帰宅した夫は夕食後、実家に電話をかけた。 電話を取ったのはハナ子。 前日の電話の際は義弟にキレられてハナ子とは話していない。
ごく普通の挨拶の後、夫が切り出した。 以下、中国語の会話。 例によって通話終了後に夫から詳細に聞いて再現。
「一昨日、弟から電話があったんだけど・・・」
義弟との会話について説明する夫。
「一体どういうこと? 具体的に話してくれなければわからないし、もし悪いところがあったら、きちんと謝罪すると言っているけど。」
「なんのことだかさっぱりわからないねえ。」
案の定な反応。 しばらく、同じような会話が続き・・・
「弟は結婚式に出ないと言ってきたし、昨夜の電話では兄弟の縁を切ると言ってきたよ。 原因がはっきりしているならともかく、一方的に俺の女房が悪いって言われて、何一つ具体的なことを言わないんじゃ、結婚式を取りやめるしかないな。
ここで初めて慌てるハナ子。 エイヨォォォッ!何を言うんだい!と叫び、
「結婚式をしないなんてとんでもないことだよ! 外婆だってすごく楽しみにしているんだから! 弟の言うことなんて気にしないの。 ちゃんと出席するように私から言っておくから。 だいたいね、オマエの弟は頭がオカシイから、わけのわからないことを言うんだよ!」
以降、度々聞くようになる、弟の頭オカシイ発言。
ハナ子はこの言葉を、次男の心の状態は医者にかかれば深刻な病名のつくようなものである、という意味で遣っている。 だから虚言癖があると言いたいらしい。 私はその方面の知識なんて何もないけれど、見る限りはそんな風に思えない。 学校も恋愛もアルバイトも友達付き合いも、一応一通りこなしている。 我慢ができない、気に入らないことがあるとキレやすい傾向にはあるが、それはハナ子に甘やかされて育ったための甘ったれ病だろう。 夫とは年も離れているし、中国の所謂「小皇帝(一人っ子であるために大事にされすぎ、我儘放題に育った子供。 結構多いと聞く。)」みたいなもの。  第一本当に深刻な状態であるなら、母であるハナ子は何らかの適切な対処をして息子を支えるのがスジってもんだろう。 にもかかわらず専門医に相談に行きもせず、他人事のように「あの子は頭がオカシイから」。 
一体どういうことだ。
次男は可愛がっていたのではなかったのか、ハナ子。
百歩譲って義弟に何かそれなりの問題があるとして、虚言癖の話なんてこれまで一度も家族親戚の誰からも聞いたことが無い、と夫は言っている。
嘘吐きはオマエじゃないのか、ハナ子。

まあこの段階でハナ子と話してもしょうがないので、夫はパパに代わってもらって、
「義鳥の叔父や、日本の家族と話してみて、理解を得られれば結婚式をキャンセルするつもり。 パパには大変申し訳ないけれど・・・」
パパは大変動揺し、しかしキャンセルしないでくれ、とは言わなかった。
「こちらでも三人でよく話し合います。 日本の家族のことも、ふたりでよく話し合ってください。 キャンセルの可能性があることは、私からも弟(つまり私たちには叔父)に伝えておきます。」
──────通話終了──────、と。

私に通話内容を説明しながら、府に落ちない顔をした夫。
「ハナ子、結婚式のキャンセルについては、本当にイヤそうだったんだよねえ。 でも弟の嘘だなんてありえないし・・・」
何が目的なんだろうねえ・・・と一緒に首をかしげる私。
「でも、本当にキャンセルになったら・・・おとうさん(私の父)怒るよね。 大事な娘の結婚式・・・」
私;「いや、頭ごなしに怒るひとじゃあないけど。 まあ、伝えるのはちょっと辛いね。」
「ごめんね・・・俺から言うからね・・・」
私;「説明は私がするよ・・・大丈夫。 でも、皆エアチケットや会社の休みはもう押さえてあるし、旅行だけはしてね! 上海・杭州ツアー! 面倒なことが無くて、観光としては楽しいよきっと。」
もちろん旅行はするけどぉ・・・と落ち込む夫。
私はと言えば・・・幸い私の関係者は理解してくれそうな面々であるし、こういう事態になったもんはしょうがない。 式の代わりに何か景気のいいこと、そうねえ盛大な上海蟹パーティなんかどうかしらねえ、とポジティブに切り替えていた。 もちろん個々に電話して事情説明してお詫びして、その上でツアーの案内をしなくちゃならず、それなりにパワーの要ることには違いなかったが。

この夜は既に電話をかけるには遅く、翌日の夜に、叔父に電話、キャンセル可能かどうかを確認することとした。 可能であれば、日本に連絡。 パパも話し合うとは言っていたけれど、どうなることやら。

ところが、翌日。
夜を待たずして、ことの発端を作ってくれた義弟から、オンラインで夫に連絡があったのだった。
それは、「私のした酷いこと」に関することだった・・・


                            「花婿の、母。⑫」に続く


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ダック鬼嫁日記22「花婿の、母。⑫」

2006-04-11 | ㊥花婿の、母。
インターネット上で弟に偶然遭遇したのだ、と夫は言った。 かなり早い帰宅をしての第一声。 どうやら一日中言いたかったらしい。 電話をかけてこなかったってことは、悪い話なのだろう。

念のため申し添えると、夫の職場では勤務時間中の私的なインターネット使用は、公式に許可されている。 割り当てられた仕事をこなせばそれでよく、会議以外は比較的時間の自由もきく。 ということで、夫は別に給料ドロボーの類ではない。 たぶん。

玄関先でいきなり話し始めたので、私は先に着替えをするように促した。 早く聞きたいのは山々だが、長くなりそうな予感がビシバシした。 とりあえず楽な格好をさせて、私は軽い食べ物とお茶を用意。 二人仲良く食べながら、どう考えても和やかじゃない話をしようというわけだ。 この後の展開を考えるとこれは大正解だったけれど。

さて、義弟の話だ。 兄弟揃って登録しているICQのようなもので、義弟は夫に話し掛けてきたのだ・・・という。 夫はサインインしたまま仕事をしていたのでしばらく気づかなかったらしいが、義弟は再三話し掛けてきた。 気が付いた夫がレスを返すと義弟は「兄ちゃん、この間はごめんなさい」と謝罪したのだと言う。
ああ、頭が冷えたのだな、と思った夫、(以下チャットの和訳再現)
「ごめんなさい、って何に対して謝っているの?」
義弟;「こないだは、ついカッとなって、酷い態度を取ったから。 兄ちゃんが、ママのことを考えてないように思えて、つい。」
「態度のことはね、こうして反省してくれたらいいよ。 でも、ママのことって言うけど、お前が具体的にちゃんと話さないから、こっちも考えようが無い。」
義弟;「だから、兄ちゃんの嫁が酷いことをしたんだよ。」
「お前、彼女は俺の奥さんなんだよ。 奥さんが酷いことをした酷いことをしたと言われて、何をしたかは教えてくれないなんて、俺は一体どういう反応をすればいいんだ。 もし彼女に悪いところがあれば、ちゃんと直させるから、言いなさい。」
それでも言えない言えないという義弟。
「じゃあ、彼女のしたことの中で、お前が最も酷いと思ったことは何? せめてこれくらい教えてくれてもいいでしょう。 うちの奥さんが、俺の思ってるような人間じゃないならば、俺も考えなきゃいけないんだよ。」
そこまで言うならひとつだけ教えるけどぉー・・・と重い口を開いた、というか入力した義弟。

義弟;「ママがシドニー滞在中にされた一番酷い仕打ちはね、食べ物を満足に与えて貰えなかったことだよ・・・。」

この下りを夫の口から聞いた瞬間、私は頭の中がほんっとに真っ白になってしまった。
ここまで読んで下さった皆さん、鬼嫁日記の初期の記述を憶えていてくださるだろうか。
ハナ子はシドニーで4キロ(自己申告)太った。
自己申告でコレだから、実際はもっと・・・って可能性もある。 見た目にも丸丸プリプリッとして、若返ったもん、明らかに。
チャット時の夫もまた、しばしの間固まってしまって動けなかったそうな。 それをいいことに?続々と義弟の発言が。

義弟;「ろくろくごはんも与えてもらえず、夜はお腹が空いて眠れず・・・冷蔵庫のヨーグルトや果物さえ禁止され、ママはお金も持って無かったから一番安い緑豆のお粥でしのいだんだ。 それさえも、緑豆粥を作っていいのは朝7時以降とかいうヘンなルールまで作られて・・・。 普段の食事のときは、ママだけ別皿で粗末なものを食べさせられて。あまりにもお腹が空いて倒れそうになって、教会で食べ物を恵んでもらったこともある。 ママはクリスチャンなのに、クリスマスの日は丸一日中何も食べ物を貰えなかった。 ママはなんて可哀相なんだろう。 兄ちゃんはこれを聞いて何も思わないの?」
思うところが有り過ぎて、何から言っていいやら見当もつかねーよ・・・と、夫は思ったそうな。
だって、朝と夜は殆ど夫も一緒に食べていたのだ。 
確かにハナ子だけ別の料理をあげたこともあったが、それはハナ子が「肉はあまり食べたくない」と言うので、大好物の卵料理をわざわざ別に作っていただけだ。 夫はそれも見ていた。
ハナ子は夜中におやつを食べるクセがあり、朝起きると果物の皮やヨーグルトの空パックがゴミ箱に入っていた(24時間ゴミ出しOKのアパートだったので、寝る前はいつもゴミ箱に何も入っていない状態だった)。 夫はそのことに気づいていた。
教会の婦人部の集まりがあるたびに、持ち寄り用のケーキを焼いていたのは私だ。 お弁当を作って持たせたことも何度もある。 そしてそれが休日である場合、よく夫と一緒に届けに行っていた。
クリスマスは、朝晩三人で食べた。 メニューも憶えているぞ。 ニョッキ、サラダ、ハニーポーク、シーフード、シャンパン、ケーキ二種。 確かそんな感じ。 昼は教会のオバちゃん集会で食べていたような気がするが・・・
夫の口からこぼれた、じゃない、手が入力した言葉は、
「お前、かあちゃんが太って帰ってきたとは思わなかったか?」
だった。 
それに対する義弟の答えは、
「滞在初期こそ待遇が良かったものの、後半、酷い扱いを受けた。 太ったのは初期の出来事である。」というものだった。
夫は、義弟が言うような酷い扱いなどしたことはないし、それは夫自身の目で見ていた・・・と言ったうえで、どういうつもりでそんなことを言うのかと尋ねた。
「もしも万が一、そんなことがあったなら、なんで俺に言わなかったんだ? それとも何か、俺も一緒になってかあちゃんを苛めたと言いたいのか? わざわざビザ申請して、旅費を出して、旅仕度用のこづかいまで渡してか?」
義弟;「そんな意味じゃないよ。 もちろんあの女が兄ちゃんに隠れてやったんだよ。 ママはそれを兄ちゃんに言いたかったけれど、あの女に邪魔されて、兄ちゃんとマトモに交流することさえままならなかったんだ!」
「・・・・・・あのな、お前兄ちゃんのことをバカにしてるだろう。 二ヵ月半一緒に住んでて、どうやって邪魔なんて出来るんだ。 うちの奥さん中国語わからないんだぞ。 しかもかあちゃんは国際電話も含めて電話をかけまくり、何か些細な気に入らない事があると俺の職場に電話をかけてきて泣き喚いたんだぞ。 ビジネス回線ふさがれるのがどれだけ痛いと思ってるんだ!」
さすがに、言葉に詰まったのか義弟は何の反応も返さなかったと言う。
「なんとか言えよ! お前本気でかあちゃんの言ったことを信じてるわけじゃないだろ?」
義弟;「・・・でも、ママはママだから。」
ママだから、白いもんを黒いと言っても通る・・・という意味なのだろうか。
「とにかく、人の言うことを鵜呑みにしないで、自分で判断しなさい!」
その後もなんだかんだとダラダラ話し、最終的に、義弟が「いろいろと事実を調べて、また連絡します」ということで通信は終了した、という。

2006年3月現在、このくだりを思い起こしても頭痛がする。
マザコン義弟も本当にどうなってるのか・・・と思うが、ハナ子に至っては全く以って意味不明。
一体どういうつもりなんだ、ハナ子。
自分の息子が真偽を容易に確認出来るような嘘を吐いてどうするんだ。
まさか、それまでの人生、そんな場当たり的な嘘が全て通ってきたのだろうか。

恐るべし、ハナ子。

でも、もしもハナ子の言うように、「滞在後半、絶食に近い状態を強いられた」にも関わらず、「帰国時点で誰の目にも明らかなほど太っていた」のであれば、食事制限はむしろ親切と言えるのではないだろうか。

まあ、私はハナ子の健康を積極的に気にかけようとは微塵も思わないが・・・

 

                          「花婿の、母。⑬」に続く


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ダック鬼嫁日記23「花婿の、母。⑬」

2006-04-07 | ㊥花婿の、母。
ことのあらましを話し終え、夫は妙に静かになってしまった。
黙々と食べている。
私にしても、正直なところ何と言っていいかわからなかった。
知られざる・・・と言おうか、まあ今まで気づかなかったのがどうかしていると私は思うんだが、夫にしてみれば思ってもみなかったハナ子の嘘吐きっぷり。 何がどうあれハナ子は夫の母で、夫はショックを受けている。 
そんな彼を気遣って発言しなかった、というのもないではなかったが。
実のところ私の脳内でも色々なことが駆け巡り、そのうちのどれについて表現すればいいのか、どれが最も強い感情であるのか、口に出すべき優先順位が全く持って不明だった。

ハナ子が吐いた嘘に対する怒りやショックは無論あった。 曲がりなりにも同居期間中に私が払った努力や我慢が無駄だったことへの脱力感。 あんなハナ子でも、たまには私に向けていた「げへげへっ」笑顔が愛想笑いどころか丸丸の嘘だったことへの妙な寂しさ。

ハナ子の言うことが真実ではないと、どうやら薄々感づいていながら、今回このような態度に出ている義弟への違和感と不信感。

今後に関する現実的なこと。 結婚式のキャンセル、関係各位へ連絡。 気を取り直して上海旅行はすること。 それら全て済んだ後、夫の実家との付き合いはどうするか。

パパのこと。 あの分断ファミリーで、唯一夫の味方だったパパ。 今回のことをいつからどこまで知っていて、どう思ってるんだろう。

「私のした酷いこと」がなんであるのか、ずっと気になっていたけれど。 それが明らかになって、今度はあらゆることに対して感情的な折り合いがつかなくなっていた。

「小叔叔に電話しないと。 キャンセルできるかどうかちゃんと確かめる・・・」
私;「なんて言うの、叔父さんに。」
「全部話す。 正直に話してわかってもらわないと。 叔父ちゃんのオーガナイズする式がイヤとか、そういう誤解は招きたくないから。 事の次第を話して、ハナ子は呼びたくない気持ちになってるけれどそういうわけにはいかないから、ってことと、あと万が一弟が暴れでもしたら困るから・・・って言ってみる。」
私;「そうだね。 先ずキャンセルの影響を先に聞いて。 お金のことと、叔父ちゃんの面子の問題と。 もしそれがクリアできたら、事情を話して。 落ち着いてからまた直接お詫びにあがるから・・・って。 ごめんなさいをちゃんとして。」
夫、こっくり頷く。 受話器を取って叔父の家にダイヤルする。 居るといいけど。

「・・・・・・小叔叔、ニーハオニーハオ。」
──────通話開始したらしい──────

夫が電話に出ている間、私はいつものように聞き取り練習に励むこともなく、止まらなくなった頭でハナ子のことを考えていた。

ハナ子は今後、との関係性において、もう私に勝てないだろう。 勿論、何かイレギュラーなことが起きない限り、ということだけど。

もともと、母子らしい感じは希薄だった。
ハナ子が要注意人物だと早い段階で認識してから、私はずっとこの母子関係について悩み、観察し、考察してきた。 
結論を言えば、夫の心の深い部分では、ハナ子は「母」ではないらしい。 私はそう思う。 
そして、「母」というか、「母性」を感じると言おうか、「男は皆マザコン」という程度のマザコンの対象となっているのは、パパ方のおばあちゃん(=ナイナイ)だ。 6歳までナイナイに育てられたのも大きいが、「ナイナイ=心の母」を決定的にしたのは、6歳以降ハナ子から受けた虐待だろう。
実の母親から日々苛められ、弟と差をつけられ、愛されていないと感じながら育つのは、子供の心に相当な負荷がかかることだと思われる。 経験無いけど。
その負荷を無効化するために夫の脳が取った手段は、「可愛がってくれるおばあちゃんをおかあさんのように慕おう」というものだった(はず)。
大人になったは、虐待から逃れ、心の負荷無効化手続きも完了し、大事なナイナイは既に亡くなり、気がつけばハナ子は妙な愛想笑いを浮かべていた。「げへへ
夫はもともと単純素直で、悪いことは素早く忘却の彼方に押しやりがちなタイプ。 12歳から寄宿舎に入り、18歳からは上海で暮らし、以降実家には滅多に帰らない生活。
「昔のことは薄れたし、一番大事にしたいおばあちゃんはもういない。 まあしょうがないから生きている人たちのことを大事にしようかな・・・」
とかなんとか思って、ハナ子にも親孝行してあげていた。
彼らの親子関係は、まあそんなところだろう。
この、お人好しが!・・・じゃなくて、これが私の考察で、おそらく真実に極めて近い。つまり、夫からハナ子へしてあげる全てのことは、無意識下では「してあげる義務も義理もないけど、好意でやってあげる」的なボランティアだったわけで。
そういった関係は、信頼が損なわれれば簡単に崩れてしまう。

だから、ありえない嘘がばれた時点で、私の勝利は固いものとなる。 なった。
それなのに何故こんなに気分が優れないのだろうか。
やはりハナ子があまりにもくだらない自爆をかましてくれたせいか。
そう、いつか来るこんな日だったはずだけれど、出来ればもう少し納得のいく、「戦いの果てに得た平和」みたいなものであって欲しかった。
ことが片付いてから、「ナイスファイトだった・・・」と思い返すくらいのものであって欲しかった。
ハナ子ったら、我が子に2秒でバレるような嘘ついて・・・

などと私が虚無感に浸っている間に、電話は終了していた。

「キャンセルは大丈夫って。」
私;「そう。 叔父さん困ってなかった? なんて言ってたの?」
「キャンセルの件は身内だけだし、小規模だし問題なし。 もっとギリギリでも大丈夫だから、パパともう一回話し合ってもいいよって。 でもね、ハナ子、叔父さんちにもお前の悪口の電話入れてた・・・
私;「・・・・・・どんな?」
「いろいろ。 結婚以来、俺がケチになって、それは嫁のせいだとかなんとか。 ・・・実家ツアーやったとき、俺、両親におこづかいあげなかったの。 例年は旧正月近くに帰ったときは必ずあげてたんだけど。」
私;「そんなの私知らないよ。 なんであげなかったの?」
「そのとき中国に引っ越してきたばかりでお金なかったでしょ。 それに、前の年の秋に、両親をシドニーに招待して、全額俺持ちだったわけで、それはおこづかいよりもずっと高いんだから、まあいいかなって。」
私;「そうねえ。」
「文句言われるとは思わなかった。 でね、叔父さんから、おまえのお母さんがおかしいのは、今に始まったことではないって言われた。 知らなかったのは俺だけ。 ばかみたい・・・」
鬱~になってしまった夫。
しかし、なまじ早く帰宅してしまったこの夜。 ここからが長かった・・・。




                            「花婿の、母。⑭」に続く


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ダック鬼嫁日記24「花婿の、母。⑭」

2006-04-05 | ㊥花婿の、母。
さて、結婚式キャンセルがほぼ決まってしまったわけである。
そのこと自体は、寂しさはあるものの、そう受け入れ難いことではなかった。 正直に鬼嫁的に言えば、「ハナ子が大嘘吐きだということが、の前に明らかになって大ラッキー!!!」なわけであるし、大嘘に加えて親戚にまで私の悪口を撒かれていたとあっては、式なぞする気も起きない。 叔父の様子からすれば、皆がハナ子の言い分を信じているわけではなさそうだが、ハナ子の実家方の親族はその限りではないだろうし、周囲の皆に冷たい目で見られながら挙式する必要なんてどこにもない。

だが、キャンセルを日本の実家に伝えるのは、それはそれは気の重い、辛いことだった。
もともとこの時の結婚式企画は、高齢の外婆(ハナ子の母)のためのもので、日本の私の親族のためではなかった。 彼らはそれでも出席すると言ってくれ、時間とお金と体力をかけようとしてくれた。 私は着飾るようなイベントが苦手で、成人式さえまともにしなかったから、実家の父にしてみればウエディングドレス姿を見たい気持ちもあったのだろう。 たいして見られたものではないが、娘は私ひとりなのだ。

夫は私の実家に電話をかけてくれると言った。 キャンセルの原因は夫の母であるハナ子だから、と。 私は、夫の母が原因だからこそ、彼に説明させるに忍びなかった。 結婚式に関して、ここまでハナ子が取ってきた行動を説明するのは辛いだろう。 いくら日本語が流暢だと言っても彼には外国語なのだし、正直で素直すぎる彼の性格もある。 一から十まで丁寧に説明し、不明な点について質問を受けるのか。 聞いているこっちが耐えられない。
問答の末、結局、先ず私が説明し、その後夫が一言詫びを言いたい・・・ということになった。
ということで、国際電話GO。

──────通話開始──────
私;「あ、お父さん。 私だけど、お母さんは? あ、フロなんだ。 それはそうとさあ、言いにくいんだけど、結婚式キャンセルになっちゃった。」
実家の父;「なんだ、もう離婚か。
いやいやそうじゃあなくってね・・・と説明に入る私。
私;「・・・・・・と、いうような事情で。 出来ればキャンセルの方向で考えていてですね、お父さん初めとして、お母さんや叔母ちゃんにも本当に申し訳なくて。 いや、このまま何事も無く続けることも出来なくはないんだけど、あの、それはやっぱり・・・」
さっくり説明のつもりが、いろいろ込み上げてきてシドロモドロ調に陥っていく私。 それなりに覚悟は決めていたが、このときはやはり辛かった。 
実家の両親はハナ子とは一度会ったきりである。
私はそれなりに甘やかされて育った娘である。
私にも相応の問題があったのではないか? と疑われ説教されることも覚悟していたし、ハナ子の行動がイマイチ意味不明な分、「私は悪くない」と言い切ることも出来ず、心のどこかが疚しいような、痛いような。 疚しいといって、この鬼嫁日記に書いた以上のことはしていないのだけれど、価値観や感じ方は人それぞれだ。

実家の父;「おい、もういいからちょっとと代われ。」

私のシドロモドロを遮って、父がこう言い出したときはドキリとした。 まあ大丈夫だとは思うけど、万が一にも夫に怒らないで欲しい。 怒るなら日を改めてくれ。お願い。
私以上に緊張した表情の夫が受話器を受け取る。
日本の家族に初めて会ったときより気の毒な顔になっていた。 初対面の前は、「中国人に娘はやれん!」とか言われるのではないかとかなり気にしていた夫。 父はそういうタイプではないし、フラフラしていた娘に引き取り手が現れて安心するよ、と言っても耳を貸さなかった。

電話に出て、先ず謝る夫。
謝罪を遮られたらしい。
何か頷く夫。
頷く。
頷く。
・・・・・・
「どうもありがとう、おとうさん。 はい、また連絡します。 上海で蟹を食べましょう。 はい、うん、はいはい、おやすみなさい。」
──────通話終了──────
なにか和やかそうで、大丈夫みたいだけど・・・
私;「なんて?」
「あのねえ、おとうさんねえ、結婚式は結婚するふたりのためのものだから、納得いくようにしなさいって。」
おお・・・父、稀には良いことを言う。
今考えると全く以って父が正しく、その以前の私たちがバカなだけなのだが、その時はほんっとーに目から鱗だった。
「詳しい事情は会うときでいいから、よく考えて話し合って決めてください、って。 日程のことは都合があるから、変更を早めに知らせるように、って。」
そっかそっか。
父にそう言ってもらって、なんだか大変すっきりした私。
頭の中に詰め込んでいたしがらみがすーっと消えたようだった。
夫も安堵の表情に変わっているし。
まあ、よかった。

私;「ほんじゃあ、今後のことを決めて、行動しないと!」

ところがすーっと表情がまた曇る夫。
「いい親を持っているよね・・・。 おとうさんは、本当に良い人だね。」
比較してんのかい。
比べてもな。
ハナ子よりすごい親って、そうそういないだろう。
私はシドニーにいた頃から、中国生活の初めまでは、「国の違い、文化や教育的な背景、物価の違いがハナ子との摩擦を産むのか?」と悩んでいた。
でも違う。
金の遣い方キッチンの使い方なんかはそうとも言えるけれど、お互い外国人同士という前提で付き合っているなら、最終的には双方の人間性とか性格の問題だ。 表面的な、些細なことはともかく、相手の意図するところを見て、話し合えば大概のことは円満に解決する。 それが出来ないのは、国以外の尺度で測ったとき、属するカテゴリーが違うということ。 日本人同士でも、「ああ、自分とは違う種類の人間だ」と思うことはよくある。
こんな風に言うと当たり前のようだけど。
言うのと体感するのは大違い。
長かったねえ、悟るまで・・・(遠い目)。
とにかく、私は身近な中国人に限定すれば、付き合い難く遠い部族の者だと思ったのはハナ子と義弟だけ。 この最も身近な2名をピンポイントで当てるあたり、私の引き強加減が現れているではないか。

私;「まあ、ハナ子がヘンなのは誰のせいでもなし。 パパはいいひとだよ。 大丈夫。」
「俺の一生に一度の結婚式、なんで邪魔するかなあ。」
本人に訊いてみれば?・・・のどまで出掛かったが。
私;「ハナ子と話す?」
「いや、無駄でしょう。 言ってない私は悪くない、って叫ぶだけだと思う。 だから、式を正式に取りやめるって伝えるだけにするよ。」

少し飲み物を摂ってから、パパに電話する夫。
私はそれを黙って聞いていた。 

受話器を置いた後、パパの様子を尋ねる。
尋ねる、その間も。
頭の中にはあのエラー音が最大音量で鳴り響いていた。
夫が私の問いかけに答える間も無く、

「ぷるりらり~(我が家の電話の音)」

鉄板で、ハナ子に違いなかった。


                            「花婿の、母。⑮」に続く


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ダック鬼嫁日記25「花婿の、母。⑮」

2006-04-03 | ㊥花婿の、母。
電話は、もちろんもちろんハナ子だった。
でも、その内容は?
普通に考えて結婚式を取りやめさせたいのだとしか思えないハナ子の行動。
思い通りになったのではないか?
この上何を言うのだ・・・

電話に出て、努めて冷静に対応しようとしている
話題を知っているから、横で聞いている私にも、なんとなく内容がわかった。
ありえないことに、ハナ子は結婚式キャンセルに対する抗議の電話を、かけてきたのだった。
は、感情的にならず、義弟の電話の件、チャットで聞いた件を説明し、結婚式は取りやめざるを得ない、と話した。 
対してハナ子は、義弟のことを「頭がおかしいから」と言い、「そんな子のことを信用して結婚式を取りやめるなんてとんでもない」と言っている模様。
しばらくの間、同じ言葉が何度も何度も出てくる会話が続き、そのうち夫は受話器を置いた。

私;「どう?」
「切られた。」
私;「キレて、電話切ったってこと?」
こないだは義弟に電話を切られていたけど、今度はハナ子か。
「結婚式を取りやめるのには大反対だって。 ハナ子は何も悪いことなんてしていないし、悪口の類も言った憶えが無いって。 で、弟は病気だから、在りもしないことを言うのはしょうがない、そんなのを信じるのがおかしい、って。」
オカシイのは、ハナ子である。
「それで、俺が、親戚の家にも悪口の電話掛けたでしょう、それは弟と関係ないよ、って言ったら、キレて切れた。」
私;「・・・なにがしたいんだろう。 結婚式キャンセルさせたいんじゃなかったのかな。」
「わからない・・・。」
無言で考え込む私たち。
考えてもわかりっこないんだけど。

「キャンセルは出来たし、ハナ子のこととかは後で考えることにしてもいい?」
まあ、私としては今後の付き合いなど気になることは盛りだくさんだけれど、夫をこれ以上痛めつけても得るものは何にもない。
私;「じゃ、上海ツアーの計画でもしよっか。 ホテル選んでよ。 私お茶淹れる。」
何か果物もちょうだい、という声に答えつつ、キッチンへ。

「ぷるりらり~(我が家の電話の音)」。

途端に鳴る電話、夫の溜息、応答する声。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
どうせ同じ内容だろうし、聞きたくはないので、キッチンで適当に時間を潰す私。 不必要に丁寧に果物を剥き、レストランで出すようなきれいな盛り付けが完成した頃、電話は終わったようだった。
「さっきと同じだった。 同じことを話して同じところでキレて切れた。」

私のコメントは敢えて無し。 二人で果物を齧りつつ、上海のホテルや、美味しいレストランについて話す。
それから少しして、

「ぷるりらり~」
また電話が。
物凄く嫌そうに電話に出る夫。

少し、間があって。

同じような経過を辿って通話終了する。
「今度は少し変化がついた。」
私;「なに?」
「おまえの、ハナ子わがまま発言について言及してきた。 カノジョちゃんに言ったでしょう、そのことについて少し文句を言っただけじゃない、って。」
うっ・・・義弟の彼女の前で「シドニーでハナ子との同居は大変でした、ハナ子はワガママ」と発言した件。 これは、状況的にいろいろあったものの、唯一明らかな私の過失。
私;「ごめん・・・」
「俺は、少なくとも嘘は言ってないということ、シドニーでのハナ子は言われてもしょうがない態度だったこと、更に、今回ハナ子が吐いた嘘は、その件とはまるで関わりの無いでっちあげだったこと、この3点を指摘しました。」
冷静な話し合いモードに入っている夫。
理屈っぽいから、こうなるとかなり強い。
「ハナ子は、今回の嘘については知らないと言い張り、おまえの発言については、ハナ子わがまま発言のほか、ハナ子の実家の関係者の悪口も言われたと主張。」
私;「うそでしょ。 私、ハナ子実家のことなんてロクに知らないんだから、カノジョちゃん相手に言うわけ無いじゃん。」
「俺もそのように主張し、かつ、俺と嫁ふたりの間の会話でも、嫁がハナ子実家の悪口を言ったことはない、と説明しました。 その上で、ハナ子の吐いた嘘及び弟に指図して結婚式にイチャモンつけたことについて、どういうつもりであるのか、結婚式を取りやめさせる意図でなければなんなのか、と質問。 言うまでも無くまともな回答は得られず、電話は切られてしまいました・・・」

どうせ次もかかってくるに決まっているので、お茶とのど飴を補給。
ふたりで準備体操などして待つ。

「ぷるりらり~」
きたっ!

この夜4度目のハナ子からの電話。
同じ経過かと思いきや、様子が違う。
それまで、ひたすら冷静だった夫が、だんだんヒートアップして、激しい口調に。 こうなると、もう私には聞き取れない。 話題はわかっているので所々は聞こえるけれど、詳しいことはさっぱり。
そのうちに、完全に怒鳴り声になった夫。
なんだか居たたまれなくて、私はベッドルームに避難。
時折飲み物の補給にリビングへ戻るほかは、布団を被って過ごす。 それでも声が聞こえるようになって、耳を押さえてみたりする。
夫はもっと疲れているはずで、それを思うと申し訳なかったけれど。
どこでどうなって、この事態に陥ったのか。
私が悪かったのか。
ハナ子の機嫌を、積極的にとるべきだったのか。
この話の落としどころはどこだ。
もしも子供が出来たら、ハナ子をおばあちゃんと呼ばせるのか。
想像は遠くに及び、なんだかお先真っ暗な気持ちになった。

と、布団の上から、夫の手が触れた。
パッと布団を開ける。
私;「あれ?」
ハナ子と通話中の夫はベッドサイドに居るのだが。
ハナ子の怒鳴り声は、リビングの電話からバリバリに流れてきている。
我が家、リビング兼ダイニング、その隣りにシャワールームと廊下とスタディルーム、その奥にベッドルーム、という構造。 他に、荷物をしまっとく収納用の小部屋とキッチン、洗濯室があるのだが、全部合わせて130㎡ほどの使用面積。 中国なので、東京の物件と比較すると大変広い。 同じ2LDKでも面積倍以上のはずだ。
それが、一番奥のベッドルームにいながら、リビングの通話が聞こえるって・・・
ハナ子は、「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅ!」という勢いで叫んでいる。
私;「近所に聞こえるかもしれないし、迷惑だからスピーカーホン切って、受話器から耳を離して聞いといた方がいいんじゃない?」

「スピーカーホンじゃないよ。」
 
夫は表情を変えず、「ほら、よく聞いてごらん。 受話器から洩れてる声だから、音が割れてるでしょ」と付け加えた。

うそでしょ・・・

                           「花婿の、母。⑯」に続く


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