ハナ子の声は、別にカン高くもなく、また野太くも無い。
ハナ子は骨太で体格が良いので、よく通る声をしている。
この電話以前にも、私はハナ子が叫ぶのを目にし、耳にもしたことがあった。
それは、少々激しくはあったが、「中年女性が怒鳴り散らしている」だけの、言語問わず世界共通の怒声だった。 これを読んでいる皆様のお母様が、奥様が、シュウトメが、泣き叫んだときの調子とも通じると思う。
しかしこの夜の怒声は違った。
普通一般の女が感情的になって叫ぶ、単純で、必死で、どこか可哀相なそれとは明らかに異質。
紙一重の向こう側のような。
呪詛のような。
少しの哀れさも感じさせない、恐ろしい声だった。
大げさかもしれないけれど、私には本当にそう感じられた。
スピーカーホンじゃないのに、周囲に響くハナ子の声。
聞きながら、夫が少し解説してくれる。
「まあ、基本はさっきまでと全く同じ。 弟は頭がおかしい・自分は悪くない・実家の悪口を言われたをエンドレスで。 俺が、実家の悪口なんて言ってないでしょう、カノジョちゃんと弟に確認するよ、っていうと私は悪くないー、悪くない-、悪くない-って大声で言って誤魔化してるから、確信犯。」
私;「なんでこんな、キレちゃったの?」
「俺が、俺たちふたり、パパ、弟、ハナ子の全員参加で話し合いを持ちましょうって言ったから。 そうしない限り結婚式なんてとんでもないし、俺の妻と実家、家族間の問題なわけだから、言いたいことは言って、お互い悪いところがあったら謝って、早期解決をしなければならない、って説明している途中で叫び始めた。」
夫がそう解説する間も、電話の声は聞こえている。
なんだかすんごいことになっているけれど、私にはどうしようもないしなあ。
何か面白いことでも言うべきか。
ハナ子ったら、ソウルフル
・・・とか。
うぉーうぉーうぉー、って言うのは、叫んでるのか、我(中国語の私、発音wo)我我って言ってるのか、どっちだかわかんないね・・・とか。
ああダメだ。
何一つ面白げなことが浮かばない。
夫は受話器の傍に戻り、耳には当てずに聞き、時折送話口に向かって何か言った。
ハナ子はそれに対して、ますます憤って何か叫ぶか、或いは電話を叩き切った。
切っても十分以内にかかってくる。
掛けなおしてきた初めは少し穏やかに話すが、五分もしないうちに絶叫モードに変わる。
そんなことがどれだけ繰り返されただろうか。
何時間だったのか、正確には思い出せない。 二時間だったか、三時間だったか。 そんなものだと思うけれど。
夫は疲弊していたが、話はまったく前が見えないままだった。
ハナ子は同じようなことを主張するだけで、都合が悪くなると叫んでは、切れた。
夫も理屈っぽく指摘するべきところは指摘し続けたので、ハナ子はだんだん「実家の悪口を言われた」というのを口にしなくなった。 そのかわり、
「嫁は私の実家が嫌いなんだ! 貧乏だからだ! パパの家とばかり仲良くして!!!」
と、何度も何度も何度も言うようになった。
夫は、「嫌い」などということはないし、シドニー時代から、旧正月・誕生日・クリスマスなどに外婆(ハナ子母)にプレゼントを贈っていたのは嫁(私)である・・・と説明。
そういった都合の悪い(?)情報に対しては、無視して絶叫するハナ子。
「そもそも俺が、パパ側と仲良しなんだから、俺の嫁がそっち寄りになるのはしょうがないでしょう!」
と、夫も叫び返す。
ついにハナ子。
もともと意味不明なのが、更に極まっちゃって。
「悪魔だ! お前には悪魔が憑いている!!!」
と、叫ぶに至った。
ハナ子、一応年季の入ったクリスチャンである。
いくらなんでも悪魔はないだろう。
これを聞いたとき、夫は咽を潤すための烏龍茶(中国人も大好きサントリーウーロン)を口に含んでいたのだが、思いっきり吹き出してしまった。
その後、うおぉぉぉぉぉぉうぉぅぉぅぉぅ・・・と、呪術師モードに入ったハナ子。
「私は悪くない! お前が悪い! お前が謝れヨオォォォォゥ!!!」
最後の一咆えをかました後、電話を叩ききってくれた。
私、夫に向かって「おつかれさま」しか言えなかったよ。
数分後、もう一度電話がかかってきた。
さすがにもう止めて欲しい・・・と思ったら、今度はパパ
だった。
以下、パパとの会話は後から聞いてまとめたもの。
「ママは、外に出て行きました。 しばらく散歩でもしたら、帰って来るでしょう。」
パパ大丈夫?ときく夫。
「私は大丈夫。 それよりも・・・」
パパは私のことも気遣ってくれ、それからハナ子について語り始めた。
ハナ子は、シドニーから帰ってきた直後から、今回の件の発端となった嘘を、義弟に吐き続けていたのだそうだ。
ごはんも貰えなくて、電話もかけさせてくれなくて、自分の息子と話すこともままならない・・・と、泣きながら、何度も何度も訴えたのだそうだ。
前にも書いた通り、ハナ子は太って帰国したのだし、国際電話をかけまくって、義弟ともしょっちゅう話していたのだから、嘘だということは確かめなくてもわかりそうなもの。
しかし何ヶ月にも渡って泣きながら訴えられ続けた義弟は、そのうちに洗脳された・・・というのが、パパの説明だった。
シドニーで大変世話になったというのに、申し訳ない・・・と、パパは言った。
「ママは、誰かにしてもらったこととか、ありがたいと思わなければならないこととかは、忘れてしまうのです。 どんなに大事にしてもらっても、当たり前だと思っている。 感謝はけしてしない。」
パパは、ハナ子をシドニーに2ヵ月半も置いておいたことを詫びた。
帰ってきなさい、と言えば、帰国後のハナ子が恐ろしく。
また、せっかくの「ハナ子がいない生活」を手放すことが惜しかったのだ・・・と告白した。
私はこの以前にも、パパが「ママが家にいない方がいい」と話していたのを聞いた事があった。「家にいるといつも怒っているから」。
シドニーの件で洗脳された(というのも甚だ疑わしくはあるが)義弟は、結婚式が近づくにつれ、今度は日々結婚式についての不満を聞かされることとなった。 不満の内容は、主に「パパ側の親族ばかりが優遇されている」というもの。 「ハナ子の子」としてパパ側親族を毛嫌いしている(その背景には、ハナ子の嘘があるのだろうが)義弟は、内圧を高めていった。 パパとしては、「結婚式が無事に済むまでは、ヘンなことをしないように」と諌めてはいたのだが、力及ばず・・・
今となっては、まことにどーでもいい話ではある。
そんなおかしなご家族が、この私の結婚式に出ることが無かったのは何かの思し召しであるような気さえするし。
この日、パパとの話も終えて、げんなりと床についた私たち。
夫は小さな声で
「離婚したい?」
ときいた。
私は、「大丈夫よ、そんなことないよ。」と答えたが。
「実家と縁を切ってくれればね」というのを、やっとの思いで飲み込んだのは、言うまでも無い。
パパには恨みは無いけれど、色々な意味で疑問や不満があり。
質問したいことや、整理したいことで頭はいっぱい、耳の穴からこぼれ落ちそうなほどだった。
私はとても疲れていた。
「花婿の、母。⑰」に続く
㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥㊥
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この電話以前にも、私はハナ子が叫ぶのを目にし、耳にもしたことがあった。
それは、少々激しくはあったが、「中年女性が怒鳴り散らしている」だけの、言語問わず世界共通の怒声だった。 これを読んでいる皆様のお母様が、奥様が、シュウトメが、泣き叫んだときの調子とも通じると思う。
しかしこの夜の怒声は違った。
普通一般の女が感情的になって叫ぶ、単純で、必死で、どこか可哀相なそれとは明らかに異質。
紙一重の向こう側のような。
呪詛のような。
少しの哀れさも感じさせない、恐ろしい声だった。
大げさかもしれないけれど、私には本当にそう感じられた。
スピーカーホンじゃないのに、周囲に響くハナ子の声。
聞きながら、夫が少し解説してくれる。

私;「なんでこんな、キレちゃったの?」

夫がそう解説する間も、電話の声は聞こえている。
なんだかすんごいことになっているけれど、私にはどうしようもないしなあ。
何か面白いことでも言うべきか。
ハナ子ったら、ソウルフル

うぉーうぉーうぉー、って言うのは、叫んでるのか、我(中国語の私、発音wo)我我って言ってるのか、どっちだかわかんないね・・・とか。
ああダメだ。
何一つ面白げなことが浮かばない。
夫は受話器の傍に戻り、耳には当てずに聞き、時折送話口に向かって何か言った。
ハナ子はそれに対して、ますます憤って何か叫ぶか、或いは電話を叩き切った。
切っても十分以内にかかってくる。
掛けなおしてきた初めは少し穏やかに話すが、五分もしないうちに絶叫モードに変わる。
そんなことがどれだけ繰り返されただろうか。
何時間だったのか、正確には思い出せない。 二時間だったか、三時間だったか。 そんなものだと思うけれど。
夫は疲弊していたが、話はまったく前が見えないままだった。
ハナ子は同じようなことを主張するだけで、都合が悪くなると叫んでは、切れた。
夫も理屈っぽく指摘するべきところは指摘し続けたので、ハナ子はだんだん「実家の悪口を言われた」というのを口にしなくなった。 そのかわり、

と、何度も何度も何度も言うようになった。
夫は、「嫌い」などということはないし、シドニー時代から、旧正月・誕生日・クリスマスなどに外婆(ハナ子母)にプレゼントを贈っていたのは嫁(私)である・・・と説明。
そういった都合の悪い(?)情報に対しては、無視して絶叫するハナ子。

と、夫も叫び返す。
ついにハナ子。
もともと意味不明なのが、更に極まっちゃって。

と、叫ぶに至った。
ハナ子、一応年季の入ったクリスチャンである。
いくらなんでも悪魔はないだろう。
これを聞いたとき、夫は咽を潤すための烏龍茶(中国人も大好きサントリーウーロン)を口に含んでいたのだが、思いっきり吹き出してしまった。
その後、うおぉぉぉぉぉぉうぉぅぉぅぉぅ・・・と、呪術師モードに入ったハナ子。

最後の一咆えをかました後、電話を叩ききってくれた。
私、夫に向かって「おつかれさま」しか言えなかったよ。
数分後、もう一度電話がかかってきた。
さすがにもう止めて欲しい・・・と思ったら、今度はパパ

以下、パパとの会話は後から聞いてまとめたもの。

パパ大丈夫?ときく夫。

パパは私のことも気遣ってくれ、それからハナ子について語り始めた。
ハナ子は、シドニーから帰ってきた直後から、今回の件の発端となった嘘を、義弟に吐き続けていたのだそうだ。
ごはんも貰えなくて、電話もかけさせてくれなくて、自分の息子と話すこともままならない・・・と、泣きながら、何度も何度も訴えたのだそうだ。
前にも書いた通り、ハナ子は太って帰国したのだし、国際電話をかけまくって、義弟ともしょっちゅう話していたのだから、嘘だということは確かめなくてもわかりそうなもの。
しかし何ヶ月にも渡って泣きながら訴えられ続けた義弟は、そのうちに洗脳された・・・というのが、パパの説明だった。
シドニーで大変世話になったというのに、申し訳ない・・・と、パパは言った。

パパは、ハナ子をシドニーに2ヵ月半も置いておいたことを詫びた。
帰ってきなさい、と言えば、帰国後のハナ子が恐ろしく。
また、せっかくの「ハナ子がいない生活」を手放すことが惜しかったのだ・・・と告白した。
私はこの以前にも、パパが「ママが家にいない方がいい」と話していたのを聞いた事があった。「家にいるといつも怒っているから」。
シドニーの件で洗脳された(というのも甚だ疑わしくはあるが)義弟は、結婚式が近づくにつれ、今度は日々結婚式についての不満を聞かされることとなった。 不満の内容は、主に「パパ側の親族ばかりが優遇されている」というもの。 「ハナ子の子」としてパパ側親族を毛嫌いしている(その背景には、ハナ子の嘘があるのだろうが)義弟は、内圧を高めていった。 パパとしては、「結婚式が無事に済むまでは、ヘンなことをしないように」と諌めてはいたのだが、力及ばず・・・
今となっては、まことにどーでもいい話ではある。
そんなおかしなご家族が、この私の結婚式に出ることが無かったのは何かの思し召しであるような気さえするし。
この日、パパとの話も終えて、げんなりと床についた私たち。
夫は小さな声で
「離婚したい?」
ときいた。
私は、「大丈夫よ、そんなことないよ。」と答えたが。
「実家と縁を切ってくれればね」というのを、やっとの思いで飲み込んだのは、言うまでも無い。
パパには恨みは無いけれど、色々な意味で疑問や不満があり。
質問したいことや、整理したいことで頭はいっぱい、耳の穴からこぼれ落ちそうなほどだった。
私はとても疲れていた。
「花婿の、母。⑰」に続く
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