沈黙の春

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アップルとグーグルの戦い

2012-06-06 18:00:28 | 金融、経済

地図アプリの分野に拡大したアップルとグーグルの戦い

 「iPhone(アイフォーン)」とグーグルマップスは、プレインストールが始まった2007年以来、デジタル世界における理想的なカップルのように思われてきた。

グーグルのエリック・シュミット前CEO(左)とアップルのスティーブ・ジョブズ前CEO(2008年)

 

 ウェブユーザーが店を探したり、渋滞情報をチェックしたり、道順を調べたりすることができるグーグルの大ヒット地図アプリは、米アップルのアイフォーンの大成功に貢献してきた。その反面、アイフォーン利用者の急増は、グーグルマップスを経由した米グーグルのサーチエンジンへのアクセス数をも激増させてきた。

 ところが、その関係も長くは続かなかった。二大ハイテク企業によるデジタル世界の将来の覇権をめぐる戦いにおいて、地図アプリの分野は最新の戦場になりかけている。

 アップルの既存従業員と元従業員によると、同社は年内にもグーグルマップスをアイフォーンや「iPad(アイパッド)」にプレインストールされたデフォルトの地図アプリにするのを取りやめ、アップル独自の技術で動作するあらたな地図アプリを発表する予定だという。この計画に詳しいある人物は、次のモバイル基本ソフト(OS)の一部となるその新ソフトが、早ければ6月11日の週にサンフランシスコで開催されるアップルの世界開発者会議で披露されるだろうと述べた。アップルは、アプリ開発者たちがソーシャル・ネットワークや検索サービスといったアプリにこの地図を使用することを推奨する。米国のハイテク系のニュースブログ9to5Macもすでに、アップルが次のモバイルOSで独自の地図アプリを採用すると伝えている。

 アップルの既存従業員と元従業員によると、アイフォーンからグーグルマップスを追放する計画は数年前からあったという。グーグルのOSアンドロイドを搭載したスマートフォンの出荷台数がアイフォーンを上回ったことで、この計画が加速した。

 アップルはひそかに、最先端技術を持つ地図ソフト開発企業を少なくとも3社買収し、その技術を自社の技術と融合させた。2011年の秋、アップルは独自の地図サービス開発の第一歩として、携帯電話がある地点の経度と緯度を計測し、住所として地図上に示す、地図アプリの脳と言うべきジオコーダーを発表したが、それに気づいた人はほとんどいなかった。同社はそれまで、グーグルのジオコーダーに頼っていた。

 米調査会社オプス・リサーチによると、2012年にモバイル広告に費やされる約25億ドルに地図や場所に関連した広告費が占める割合は25%ほどで、これは2010年の実績から10%も伸びている。この割合は、場所を認知するアプリの数が増えていくことで拡大すると予想されている。

 しかし、アップルが地図アプリ市場のシェア獲得に乗り出したのには、広告収入のためというよりも、拡大するスマートフォン戦争における重要な財産の1つで優位性を高めようという狙いがある。グーグルマップスは米国のアイフォーンユーザーの90%超に利用されている。そこでアップルは、地図アプリの支配権を握り、グーグルが持っていない機能を提供すれば、端末の販売台数増加に貢献し、開発者たちにアイフォーンユーザー向けのユニークなアプリ開発を促すことにもなり得ると考えたのだ。

 グーグルの元従業員たちによると、グーグルは短期的に広告収入の一部を失い、ユーザーがどんな店を検索しているのかを示すデータ――特定の広告を売り込む際に武器になる――を入手する機会を逸することになり、長期的には、グーグルの地図関連の収入を上げる能力を低下させる可能性もあるという。

 グーグルのある広報担当者はこれに関して、まだ起きてもいないことについてコメントするのは時期尚早だと述べた。

 アップルは地図アプリの分野を越えてグーグルに反旗を翻している。この二社間の戦争の成り行きは、人々が近い将来に技術をどのように利用するかにも影響を与えることだろう。

 米投資銀行ラトバーグ・アンド・カンパニーのマネジングディレクター、ラジーブ・チャンド氏はこう指摘する。「アップルはさまざまな次元でグーグルに照準を合わせている。グーグルとアップルの抗争はデータ、端末、サービス、デジタル世界の将来をめぐるものであり、今日における歴史的な大戦となっている」

 アップルとグーグルは長年、模範的な協力関係にあった。アップルはコンピューターやその他のハードウエアを製造し、グーグルはネット検索を提供して広告を売るというように、それぞれの得意分野に専念する傾向が強かった。長きにわたってアップルの最高経営責任者(CEO)を務めたスティーブ・ジョブズ氏と、2006年から2009年までアップルの取締役も兼務していたグーグルのCEO、エリック・シュミット氏とは親しい間柄にあった。

 しかし、アイフォーンと他のスマートフォンの台頭がすべてを変えてしまった。グーグルが独自に開発したOSアンドロイドでモバイル市場に参入したことで、ジョブズ氏は不意打ちを食らったと感じた。グーグルはその後、携帯電話機を製造するモトローラ・モビリティ・ホールディングスを買収し、端末市場にも直接参入した。グーグルは最近、音楽、映画、書籍、モバイルアプリなどを販売し、アップルの「iTunes(アイチューンズ)」と競合するオンラインストア、「Google Play(グーグルプレイ)」を開設した。アンドロイドを搭載した携帯電話の世界の出荷台数は今やアイフォーンを上回っている。

 アップルもグーグルの縄張りだったモバイル広告を販売することで反撃に出た。そして昨年には、グーグルの検索サービスに対抗する新兵器、音声を認識する仮想アシスタント「Siri(シリ)」をリリース、アイフォーンに新たな情報検索手段を加えた。

 アップルは携帯電話での従来型のウェブ検索からアイフォーンユーザーを引き離そうとしているのだろうと非公式に話すグーグルの経営幹部もいる。

 モバイル業界のアナリストのなかには、グーグルのモバイル広告収入の大半はアイフォーンでのグーグル検索によって生み出されていると信じている向きも多い。グーグルはアンドロイド搭載端末向けに独自の音声認識検索アシスタントを開発する計画を急いでおり、年内にも発表される見通しだ。

 アップルの戦略に詳しいある人物によると、同社の目標は地図を他のアップルのソフトと結び付けるホリスティック(全体的)な技術の開発にあるという。たとえば、「iCalender(アイカレンダー)」に入力されているミーティングの場所までの道が渋滞しているとき、そのアプリはユーザーに道路情報も教えてくれる、というようなことが可能になるかもしれない。

 当初、アップルのアイフォーンは二社間の関係を強める働きをした。アイフォーンが発表される数カ月前の2006年のハロウィーンの日、アップルのマーケティング担当責任者、フィル・シラー氏とその他の幹部がグーグルのエンジニアたちと会合を持ち、アイフォーンで人々に場所や道順を示すにはグーグルの地図アプリのデータをどのように利用すべきかについて話し合った。そのミーティングに参加していたグーグルの従業員の1人は修道女の扮装をしていた。

 両社は次のような交換条件で折り合った。アイフォーンユーザーが地図アプリを開くと、アップルはグーグルにその場所に関する情報を送信する。グーグルは地図のイメージやその他のデータを返送する。2007年1月のアイフォーンのプレスリリースはグーグルの地図アプリを「革新的だ」と評している。

 グーグルがアップルと競合するスマートフォンのOS、アンドロイドをリリースすると、その関係は悪化し始めた。2008年、ジョブズ氏はグーグルの共同創業者、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏に、アンドロイドの開発を続けるのならアップルは法的手段に出る、アンドロイドはアイフォーンのコピーだと訴えると警告した。グーグルが開発を続けたので、アップルはアンドロイド搭載端末を製造する多くの企業を告訴した。こうした案件はまだ準備段階にあり、裁判所での審議には至っていない。

 地図アプリは二社間の溝をさらに深めた。同じ年、シラー氏を含むアップルの幹部がアイフォーンの地図アプリに関する合意事項を更新するため、当時グーグルのモバイルアプリの副責任者だったビック・グンドトラ氏を含むグーグルの幹部と会合を持った。

 アップルの考え方をよく知る関係者の話では、グーグルがそのアプリで積極的にデータを集めていることにアップルが懸念を深めると、新たな緊張が生まれたという。シラー氏はユーザーのプライバシーが脅かされることを心配していた。

 一方のグーグルの幹部は、地図アプリの見た目を決める権限や、グーグルがその動作に必要なバックエンド技術だけを提供する「アラカルトメニュー」など、その機能の一部だけを利用可能にすることなどを要求してくるアップルを不条理だと感じていた。

 グーグルマップスの機能の1つに、実際の写真を見せることで利用者がその道に立っているかのように感じるストリートビューという機能があるが、両社はこれをめぐっても対立した。アップルは、グーグルがアンドロイド搭載端末にすでに提供していたストリートビューをアイフォーンに組み入れようとしたが、グーグルは当初それに応じず、アップルの幹部を苛立たせたという。

 アップルの幹部はグーグルのターンバイターン方式のナビゲーションサービス――スマートフォンをカーナビのように扱えるようにするアンドロイド端末ユーザーに人気の機能――についてもアイフォーンに導入したがっていたが、グーグルはそれを許可しなかった。この議論の当事者の1人によると、グーグルはアップルが提示した条件を不公平と見なしていたという。

 その一方でグーグルの幹部は、同社にとって有利な機能の追加をアップルが拒否したことに憤慨していた。たとえばグーグルは、地図アプリのなかで自社名をいっそう目立たせることを要望した。同社はラティテュードと名付けられた近くにいる友達を見つけるサービスについても利用可能にすることを求めたが、アップルはこれを退けたという。

 シラー氏とグンドトラ氏の関係は緊張化した。関係筋によると、最終的にグンドトラ氏はグーグル社内のある新プロジェクトを担当することになり、同氏に代わって当時エンジニアリング部門の副責任者だったジェフ・ヒューバー氏がアップルとの交渉にあたるようになった。

 シュミット氏は2009年、二社間の関係のもつれに懸念を抱いていると同僚に打ち明けた。それとほぼ同じころ、ジョブズ氏は地図アプリに関して、強力なライバルになりつつあるかつてのパートナーに頼るには重要すぎると判断した。

 そこでジョブズ氏は独自の技術を開発するために、社外の才能に目を向け始めた。2009年、アップルはグーグルマップスのようなサービスを築こうとしていたロサンゼルスの小規模企業プレイスベースを買収した。クパチーノにあるアップル本社にやってきたプレイスベースの技術者たちは、アップルの新たなジオチームとなり、その部署は当初、ジョブズ氏のオフィスから廊下を隔てた向かいに置かれていた。

 2009年8月、シュミット氏がアップルの取締役を辞任した。プレスリリースのなかでジョブズ氏は、激しくなりつつある競合関係に言及した。それまではグーグルや小規模モバイル広告会社に支配されていたモバイル広告という収益性の高い事業への参入をアップルが決めると、両社の関係はさらに悪化した。小さなモバイル広告会社アドモブに先に買収を持ちかけていたのはジョブズ氏だったが、2009年11月に7億5000万ドルで同社を買収したのはグーグルだった。

 これに対抗したアップルは、2010年1月にアドモブのライバルだったクアトロ・ワイヤレスを買収した。こうした争奪戦のあと、ジョブズ氏はグーグルとの関係を断ちたいとより強く思うようになった。この買収からしばらくして開かれた全従業員参加の会議でジョブズ氏は、グーグルの行動を見る限り、「邪悪にならない」との企業モットーは全くのでたらめだ、と発言したという。このコメントはグーグルがアップルとの関係を裏切り、アップルの縄張りに参入してきたことを指してのものと考えられている。

 CEOのペイジ氏を含むグーグルの幹部は、同社がアンドロイドの開発に着手した時期について、アップルのアイフォーンのことなど知る由もない2005年だったと公言している。

 グーグルの内情に詳しいある人物によると、同社が警戒感を強めたのは、アップルが2010年にズーム可能な3Dマップの開発会社Poly9を買収したときだという。この買収はアップルが独自のサービスの開発に真剣に取り組んでいることを示すものだったからだ。カナダのケベック州に拠点を置く小規模企業Poly9は、ユーザーが世界各地の立体的な画像を楽しめるグーグルの衛星地図サービス、グーグルアースに似た技術を開発していた。

 その一方でアップルのジオチームは、グーグルを一段上回るかもしれない機能に取り組んでいた。アップルは社内でもその詳細を秘密にしていた。同じジオチームのメンバーから何を研究しているのかと聞かれた別のメンバーは肩をすくめる程度の反応しか示さなかったという。

 アップルはグーグルに追いつこうと必死だった。従業員たちはアイフォーンからグーグルを追い出すために地図アプリの設計に真剣に取り組んだ。関係筋によると、カーナビに似たナビゲーションアプリの開発にも取り組み始めたという。

 アップルは道路交通情報や世界中の地元企業・商店に関するデータの認可も取得し始めている。非常に重要なステップである新たなジオコーダー――経度と緯度を実際に住所に変換するコード――の開発にはさらに多くのデータが必要となる。

 グーグルのジオコーダーは、グーグルマップを開かない限り使えなかったということもあり、アップルはそれに満足していなかった。

 そうしたこともあり、アップルの技術者たちは独自のジオコーダー開発に力を入れた。ジオチームの重要性が増していることは、アップルがその部署を名誉あるiOSソフトウエア部門に移したことからもわかる。同部門はアップルの最優先プロジェクトの多くを監督するスコット・フォーストール氏によって運営されている。

 アップルは昨年の秋、最新のアイフォーンのOSの一部としてそのジオコーダーを配布した。そのことに気付いているのは、ごく少数のソフトウエアのプロぐらいだろう。

 アップルが独自のジオコーダーを採用して以来、アイフォーンユーザーが地図アプリを開く度に地図上に現在地を示す技術はアップルのものとなり、もはやグーグルのものではない。ソフト開発業者たちは、CLジオコーダーというアップルの技術を使い、たとえば友達の居場所がわかったり、近くの飲食店が探せたりするアプリを開発することもできる。

 グーグルのCEOがペイジ氏に、またアップルのCEOがティム・クック氏になった今、両社が公に批判し合うようなことはあまりなくなったが、二社間の競争は激しさを増している。

 この数カ月間、グーグルマップスの開発チームは、自分たちのプログラムがアップルのそれに取って代わられることを心配している、と同僚に漏らしているそうだ。アップルの端末からのアクセスが、グーグルマップスのアクセス総数の半分近くを占めていることを思えば、それも当然だろう。

 この開発チームにとっての慰めは、グーグルマップスがプレインストールされているアンドロイド搭載端末の出荷台数が順調に伸びているということである。

 アップルが6月11日の週に新たな地図アプリを発表するかもしれないと知ったグーグルは、6月6日に記者会見を予定している。その目的はグーグルマップスの次の次元を披露することにある。



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