水に浮かび物思う

カリフォルニアの海でカヤックに出会う。キャンプやハイキングの話も。

琵琶湖でフェザークラフトを漕ぐ

2007年05月16日 | カヤック

自分にあったカヤック探しはまだ続いている。カヤッキングを知れば知るほど、フネのつくりっていうのは重要なんだなーと思うようになってくる。エンジンや風の力で進むわけではなく自力でフネを推進させコントロールするのだから、しぜんパドラーの腕はフネのつくりに敏感になってくる。流体力学は未だ解かれていない最後の古典力学である、なんていわれたりするけれど、波や渦や粘性やらが複雑なのと同じくらいフネ作りも奥が深く、パドラーの数だけ答えがあるのかもしれない。自分にとってのいいフネ探しとはすなわち流体力学の有効解の模索のようなもので、物理学と同じくらいとはいわないまでも、難しく、奥深く、時にもどかしく、間違いに気がついたり、人のやつがうらやましくなったり、いろいろあるけどやっぱり面白いものである。そしてぼくを琵琶湖へ向かわせたりもする。

今日はフェザークラフト社のフォールディングカヤックに試乗するために琵琶湖へやってきた。午後に少し風がでるという予報ではあるけど、いい天気だ。JRの車窓から見える風景が牧歌的でぼくはなんとも嬉しくなってしまった。列車には学校を終えた中学生がたくさん乗り込んできた。こんな時間に下校なんて、中間試験でもあるのだろうか。男の子たちが三角関数がどうのこうのとしゃべっていて嬉しくなってしまった(もりあがるところが違うね、と人にいわれます)。三角関数で数学につまづく、というのが昔から一種の公式のようなものだから、ぜひ一生懸命勉強してください。質問すればたいていの先生は答えてくれます。5月っていいなあ。





素敵なところである。時間があったので琵琶湖脇のウッドデッキでエビスをプシュッとやって(無職のくせにビールはリッチ)ゴロンとしてボケーとしていると、Granstreamの大瀬さんがやってきた。自己紹介をしてさっそくカヤックを組み立てる。

ぼくが試乗するモデルはWisper(ウィスパー)。カタログで見て、フォルムがいいなあというのが第一印象。フネはかっこいいにこしたことはない。長さ4.75m、幅58.75cmというサイズもちょうどぼくが狙ってるあたりだ。ラダーではなくスケグが標準装備というのもいい。同社のK1のようなエクスペディションを念頭に置いて作られたモデルにはラダーが合うと思うけど、リクリエーションのためのフォールディングカヤックにはごつい金属で出来たラダーは少々重装備に見えてしまう。あとぼくが気に入ったのはリブの形。カフナよりウィスパーのほうがキールがソフトに見える。ウィスパーは旋回性と直進性のバランスがよさそうに見えた。もっとも、スキンカヤックは水に浮かべたときにスキンの形状が変化するからなかなかリブの形だけで判断できないのだが。これはフェザークラフトの全てのモデルについて言えることだけど、コーミングが広いのもぼく好みだ。

ウィスパーのファブリックは二種類ある。ヘヴィースキンと、今回ぼくが使用するライトスキンである。フェザークラフトのほかのモデルはすべてヘヴィースキンである。このウィスパーのライトスキンが優れもので、なんちゅっても軽い。カヤック一式で15kgという軽さである。ハードシェルのカヤックでもこのサイズでこの軽さってなかなかないのではないだろうか。フネは軽いにこしたことはない。このくらい軽いと、組みあがったカヤックを肩に担ぐのに片腕のカール動作で持ち上げることができる。また折りたたんだ時にかさばらないのも嬉しい。気になるのはライトスキンの耐久性なのだけれど、大瀬さんがいうには「ラフに使いまくってますけどスキンは丈夫です。のびちゃったりすることもありません」ということだ。力持ちの彼がいうのだから間違いない。「そもそもフェザークラフトって壊そうと思っても壊せんです。牡蠣の殻には気をつけたほうがいいけど、それはFRPでも同じです」という。確かに。ライトスキンで組んだときの剛性はさすがにヘヴィースキンのより落ちるそうだけれど、波をソフトに吸収してすべっていくのがスキンカヤックの特色の一つであもあるため、短所では決してないということだそうだ。





組み立てはテントを2、3個張る感じだろうか。馴れればどうってことないのかもしれない。フネの中に砂が入らないほうがいいのだけれど、あまり神経質になる必要もないと大瀬さんはいう。ぼくもそう思う。ぼくたちは(というより大瀬さんは)組み立てを終え、しばし完成したカヤックを目の前に二人で嘆息し、琵琶湖へ漕ぎ出た。



フネを漕ぐのって何でこんなに楽しいのだろう? すっごい楽しい。ウィスパー、いいなあ。ハードシェルよりは遅いけど、ぼくは別にスピードを求めるタイプのパドラーではないから別に気にならない。スターンのデッキは低くなっているけど、全体として案外ボリュームがあるような気がした。これならキャンプ道具を積んでも全然問題ないだろう。ひざにも余裕があるのが嬉しい。というか、ホネとカワだけで作られているのにこのフィット感のよさは何?といいたくなるくらい、乗り心地はいい。横風なのだが、フェザークラフトのモデルの中でも影響を受けにくいモデルであるという。ぼくは男子として恥ずかしいくらい体が軽く(=フネが浮く=横風受ける面積ふえる)、ウエザーコッキング(風でフネの向きが変わる現象)には大いに泣かされてきたので、フネのボリュームにはとりわけ神経質である。で、空荷のウィスパーにぼくが乗ると、風の中では少々横を向いた。スターンのそりあがりが少しキツイのかもしれない。けどまあ、カレントデザインのシロッコに乗ったときはまるでおわんに乗って爪楊枝でフネをコントロールしているような気分になるほど風には泣かされたのだが、それと比べたら全然へっちゃらである。そもそも軽くて旋回性がいいので割と素直に進路を修正できる。今回は艇の性能を見るためにスケグを使わず漕いだが、スケグを装着すれば何の問題もないだろう。または荷物が入れば横風の影響はさらに低くなると思われる。

5本のホネだけでハルの形を決めるってすごいですよね、とぼくが言ったところ大瀬さんは、「いやこれがオリジナルなんです。数千年も昔にカヤックの形は完成していたんです。メチャクチャすごかったんです」と教えてくれた。ぼくは木や骨や動物の皮で作ったフネに乗るグリーンランドの人たちを思った。かれらもこうやって柔らかく波を乗り越えていったのだろう。コクピットがもう少し広いほうがいいとか、行動食はナッツに限るとか言ったりしていたのだろうか。

納艇後、パーコレーターで淹れたコーヒーを頂き、カヤックを畳んで駅まで車で送ってもらった。大瀬さんとは話も合い、何から何までよくしてくれた。大感謝である。琵琶湖のすばらしい景色に触れ、心が穏やかになった。



帰りのJRで向かいに座った80歳のおばあさんに話しかけられ、琵琶湖でフネを漕いできたんですというと、まあそれはよかったよかった、あんた幸せそうな顔しとるねえと言っていただいた。おばあさんお笑顔につられ、はい、幸せですとぼくは答えたのだった。