福島応援プロジェクト茨城

福島の子ども達の保養のために!原発をなくすために!避難者を支えるために!

原子力防災シンポジウム in 東海

2019年11月18日 | 保養
 この度、東海第二原発の再稼働をめぐって「原子力防災について考えるシンポジウム」を開催することになりました。
 主催は「東海第二原発の再稼働を止める会」で、共同代表は村上達也氏と先崎千尋氏です。
 今年、常総生協の脱原発委員会が、東海第二原発の再稼動反対の署名に取り組み、10月、11月と5市1村の首長さんに届け面談しました。 防災担当者も含めて皆さん「広域避難計画が完成しない限り、再稼働を判断することはできない。策定は非常に難しい。」と言うことでした。
再稼働の行く末を握る鍵である広域避難計画をどのように考えるか? は、今もっとも重要な問題です。首長さんや担当者の皆さんの原発避難への認識は、どうも心もとないものと感じました。
福島の原発事故の時に現実の避難の様子はどうだったのか? を正しく知ってもらいたいと考えました。福島県双葉町の元町長井戸川克隆氏に、まずはお話ししていただきます。
2011年3月に起きた福島第一原発事故時の各自治体住民は、国から一片の情報も届かず、何が起きたかも伝えられなかったため、それぞれ様々に右往左往し無用な被曝を強いられました。このときの法律では、電力会社から15条通報が発令された時点の3月11日午後4時半過ぎには、原子力緊急事態宣言が出されて、住民の避難が開始されるべきでした。しかしやみくもに混乱して時間は空費され、早期にとるべき住民保護策は無視されたのです。
 福島第一原発事故の本当の原因と経過も明らかになっていないのにも関わらず、東海第二原発が再稼動されようとしています。
 避難計画の策定が自治体に押し付けられているのは、本来責任を負うべき国や電力会社の不作為というべきで、全く理にかなっていません。
 このような実態のほかに、放射能による影響への知見が隠され、公開されていない現状で、住民が再稼働への正しい判断をできるかどうか、疑問が持たれます。
 驚くべきことに、立地自治体の最高責任者である東海村村長さんが、「原発再稼働はなんの不安もなく安全であって、福島では何1つ問題が起きていない」との意見を雑誌対談で公表する事態が起きたのです。原子力規制委員会が、はっきりと「安全は保証できない」と公言しているのにも関わらず!です。
 私たちは、じっとしていられない思いで、この「原子力防災シンポジウム」の催しを開催します。ぜひ、ご参加くださいますようにお願い申し上げます。原子力防災シンポジウム
12月14日(土)13:30〜16:00

石神コミュニティセンター 2F 東海村石神内宿1609  


原発避難は故郷へ戻ることの出来ない地獄への片道切符です。
私は痛恨の失敗をしました。事故は起きないとの言葉に油断をして事故を防げなかったことは、悔み切れない失敗です。これは大変なことです。首長には法律によって、住民の「生命、身体並びに財産」を災害から守る責任があリます。福島事故を経た今、原発事故が起きることを知らなかったとは言えないので、村民を避難させた瞬間から、「 首長は事故を防がなかった」という責任追及がなされます。 核産業の現場労働者は過酷に切り捨てられますが、住民の被ばく被害も証拠が無いと言われて見捨てられます。
加害者から責任を被せられた私の失敗から学んで下さい。
 皆様には、私達のような辛い思いをしてほしくないのです。
                  双葉町元町長 井戸川 克隆氏

 東海第2原発再稼働に原子力規制委員会の許可がおり、安全対策工事が始まったために大樹が次々切られ、駐車場や道路の工事が進んでいます。東電が日本原電に約2200億円の資金支援を決め、再稼働への具体性が高まっています。
 東海村長山田修氏は「再稼働は容認」との見解を、新潟県刈羽村村長品田氏との対談のなかで明らかにしました。
 過酷事故を想定した、広域避難計画を策定中の東海村です。
 紛争地難民キャンプ以下と言われる日本の避難所待遇は、改善の方向が中々見出せず、人権問題として注視されています。
 3.11で十分な遠方まで住民を避難させた、ただ一人の首長、双葉町元町長 井戸川克隆氏から、「事故時に起きたこと」「私達が知らされていない事実」をお聞きし、原発避難の実態と、私たちがなすべきことを学びあいたいと思います。

プログラム
1.井戸川克隆さん講演
2.みんなでパネルトーク   広域避難計画について
              篠山市防災ハンドブックから学ぶ

主催:東海第2原発の再稼働を止める会
    https://tomerukai.jimdo.com
 問合せ 事務局 披田090-3232-0214

裏面

JCO臨界事故と福島原発事故の2つを経験した東海前村長 村上氏は言っている。「日本には原発をコントロールする能力がない。
思想もない。原発は地域振興にならないことも分かった。安易に入ってくる金は、町や人をだめにしてしまう」と。
山田村長が、再稼働容認発言を公表するとは驚きだ。反対意見も丁寧に聞いて、十分に考えて、その上で判断して欲しい。
         東海第2原発の再稼働を止める会 共同代表
       脱原発をめざす首長会議メンバー  元瓜連町長 先崎千尋氏

福島のある家族は、当時、ガソリンもない中、やっとの思いで土浦のホテルに辿り着いた時、「着ているものを全て脱いで」と汚染物として扱われて落胆し、ふたたび福島に戻りました。
その後つくば市に避難して8年半。今、再度住まいを追われています。それは原発事故を無かったことにして、補償を値切りたい国の姿勢から導かれた結論
としか考えられません。   福島応援プロジェクト茨城  小張佐恵子

井戸川氏が歴史に残すべきと考える
   元双葉町災害対策本部長としての不作為

1.東電の嘘を見抜けなかったこと。
2.発電所の運転を止めなかったこと。
3.東電と事故後の扱いについて契約していなかったこと。
4.事故は起こさないと言う契約を交わさなかったこと。
5.事故が起きた場合の避難場所を決めておかなかったこと。
6.損害賠償は放射性物質が片付くまで続くと言う契約をし なかったこと。
7.放出された放射性物質は東電が全部片付ける契約をしな かったこと。
8.避難したら東電が生活の一切の面倒を見る契約をしな  かったこと。
9.発電所から放射性物質が出たら、町民全部を放射性物質 が届かない場所に、東電が移動させることを契約しなかっ たこと。
10.東電が重要情報を隠して事故が発生させたら街の全部を 移転させる契約をさせなかったこと。
11.発電所が震源で町民が苦しむことがないようにしますと 言う契約をしなかったこと。

原発を止めることが最善の避難対策です!


篠山市の 防災ハンドブック
避難装備  マスクは必携です。
雨カッパ、帽子、手袋、メガネ、ビニール袋、水と食料、傘、。
重要書類、安定ヨウ素剤、線量計も有った方が良いでしょう。
「思いっきり遠くまで、いち早くとっとと逃げるのが基本」

500μSv/h     
1週間100mSvが    
避難開始の基準です。
事故のあと、ハードルは高くなりました。
被ばくなしの避難はできません。

被災地視察の装備です。
避難時も同様ですが冬以外は厳しいです。
複数用意。廃棄の為のビニール袋も必要です。