3月25日(金)~4月10日(日)18:00~22:00、千葉県立中央博物館大多喜城分館では、大多喜城周辺の桜の開花に併せて天守閣のライトアップを行います。 夜空に浮かびあがる大多喜城と、夜桜を見物しに来てみませんか。
『本多忠勝・忠朝を大河ドラマに』勝手に応援団、
市川市在住・久我原さんの妄想の入った小説で~す
第2部 忠朝と伊三 26
これまでのお話 1~25 は コチラ
風邪で寝込んでしまった伊三の枕元でホリベエが心配そうにその顔を覗き込んでいる。鼻がつまっているせいか、伊三は大口を開けて、ピーピーと妙な寝息をたてている。
「オトウ、ダイジョウブカ?」
伊三の苦しそうな寝顔を見ながら、ホリベエは独り言を言った。
その独り言が聞こえたかのように、伊三はゆっくりと目を開いた。
「ああ、ホリベエか。」
と言うと、口を開けたまま、ホリベエの顔をぼうっと見ている。
「オトウ、ダイジョウブカ?」
今度は独り言ではなく、伊三に問いかけた。
「ああ。のどがひりひりする。水を持ってきてくれ。」
ホリベエは土間に行き、水がめから水を汲んできた。
「ハイヨ。ミズ。」
伊三は水を一気に飲み干した。
「ああ、ありがとう。ふう、楽になった。でもまだ頭がくらくらするな。もう少し寝るから一人にしてくれ。」
「オヤスミナサイ。」
ホリベエが頭を下げると、伊三はまたピーピーと言いながら再び眠り始めた。
浅い眠りであった。「・・・ホリベエさん出かけるよ・・・・」、というサキの声を聞いたような気がした。伊三にはそれが夢の中なのか、現実のサキの声なのかは良くわからなかったが、どうやらサキとホリベエは二人でどこかに出かけたようだ。一人っきりの家の静けさの中で伊三はどのくらい眠っただろうか、、、、
「伊三、伊三。」
誰か、女の声が呼びかけてくる。
「ああ、サキか?もう帰ってきたのか?」
それにしても、いつもはオトウと言うのに伊三と呼び捨てにしたことに違和感を覚えた。ぼんやりとした頭の中で、(ちがうかお客かな?)と思っていると、また同じ声が呼びかけてきた。
「伊三、これで良いか?」
それは女の声ではなかった。子供の声だ。
「これならもっとやさしいだろ。」
目の前には少年時代の忠朝が『伊三』と書いてある紙を伊三に向かって突き出している。忠朝の横には忠勝が座っている。ああ、ここは大多喜城のお屋敷のお庭だと気がつくと、伊三は、ひれ伏して泣いた。そして、ありがとうございます、ありがとうございます、と繰り返している。すると忠勝がいきなり刀をぬいて一喝した。
「伊三!泣くな!そのようなことで、忠朝の家来になることができると思うか?」
「もうしわけねえ。若様はおらがお守りします。」
顔を上げると、忠勝は悲しそうな顔をしている。
「伊三、忠朝のことを頼むぞ。忠朝を助けてやってくれい。」
「へい。命がけでお守りします。」
と頭を下げると、今度は聞きなれた忠朝の声が聞こえた。
「大げさなことを言うやつよ。伊三、死ぬなよ。わしは今宵の戦で果てるやもしれんが、お前は死んではならん。わしが死んだ後の大多喜はお前に任せたぞ。」
再び、顔を上げると、そこには成人した現在の忠朝が陣羽織をまとって床几に腰かけている。空には星が輝いている。これからどこかに夜襲をするつもりらしい。
「殿さま、おれも戦う。殿さまをお守りするんだ。」
忠朝がふふと笑うと、
「よし、では出撃じゃあ!」
と命令した。えいえいおおと、押し出してきたのは、国吉で働く農民仲間だった。
「かまえい。・・・撃てえっ!」
組頭の長田の号令に答えて、戦いの火ぶたが切られた。と、言っても放たれたのは銃弾ではなかった。農民仲間は普段の仕事着のままで、一斉に石を投げ始めた。その先にいたのは、何と岩和田の漁師仲間で、同じように石を投げ返してくる。その先頭にはなぜか鎧を付けた名主の茂平が、
「負けるな。負けるな。」
と号令を下している。伊三は驚いて、
「やめろ、やめろ。」
と国吉農民隊と岩和田漁師隊の間に走り出した。
「やめろ。なんで、お前らが喧嘩するんだ。」
茂平が答えた。
「おめえを取り戻しに来たんだ。」
伊三は茂平に向かって言った。
「おれはもう岩和田には帰れねえ。殿さまの家来になったんだ。」
気付くと、伊三の腰には刀が差してある。
「やめろおおおお。」
と、その刀を抜くとその重みに伊三は右に左にふらふらし、しまいには前のめりに倒れた。倒れた伊三の尻をだれかが蹴飛ばした。
「いてええ。」
伊三が尻を押さえて立ち上がるとそこには幼い忠朝が、
「しっかりせえ、しっかりせえ。」
と、あかんべえをしている。
「若様、なにすんだ。」
伊三が忠朝に向かって手を伸ばそうとすると、あかんべえをする忠朝が誰かに首根っこを掴まれ宙に浮き、足をじたばたし始めた。忠朝をぶら下げているのは父親の忠勝である。片手で忠朝をぶら下げたその形相はやはり悲しそうであった。
「伊三、忠朝のこと、頼んだぞ。忠朝を助けてやってくれ。」
「殿さま、お任せ下さい。」
「頼んだぞ、、頼んだぞ、、、頼んだぞ、、」
忠勝の声がだんだんと遠ざかっていく。伊三はゆっくりと目を開けた。
「夢か。」
何とも脈絡のない夢だったが、妙に忠勝の悲しげな顔が気になった。のどがひりつく。
「サキ、サキ。」
呼んでみたが返事はない。伊三は起き上がろうとしたが、力が入らずに再び眠りに付いてしまった。
それから、どのくらいたっただろうか。香ばしいにおいに伊三は目を覚ました。
ゆっくりと体を起こすとサキとホリベエの後ろ姿が見えた。
「サキ、水をくれ。」
「うん?おとう、起きたか。ちょっと待ってくれ。」
サキは伊三の方を振り返らずにホリベエに何か言うと、ホリベエが立ち上がり水がめから水を汲んできた。
「オトウ、ミズ。」
「ああ、ありがとう。」
伊三はホリベエに助けられ、上半身を起して水を飲みほすと、
「ふうううう、、」
とうなった。
サキは振り返らずに伊三に話しかけた。
「おとう、腹減ったろ。ホリベエさんと一緒に魚釣ってきたから、いっしょに食うべ。」
そうか、香ばしいにおいがするかと思ったら、魚を焼いていたのか。去年の秋、米の収穫が終わり時間に余裕ができると、ホリベエは長田から釣りを教えてもらった。大多喜と国吉をまるで蛇のようにくねくねと流れる夷隅川は大多喜城の天然の堀の役割をしている、と同時に住民にとっては貴重な水資源であり、そこから捕れる魚も重要な栄養源となっていた。
「このごろ、ホリベエさんもだいぶ釣れるようになってきたよ。今日は、ホリベエさんの勝ちだ。」
釣りを始めたころは、サキの方がよく釣っていたが、コツを覚えたのか運が良いのか、近頃はホリベエの方が多くの魚を釣るようになっていた。
「ごほっ、ごほ。」
伊三はせき込んだ。
「いや、腹は減ったが、なんとなく食べるのがおっくうだ。」
サキは立ち上がり、伊三のところにやってきた。
「おとう、なんか食わねえとよくなんねえぞ。そんなら、おかゆでも作るか。」
「ああ、頼む。」
伊三はおっくそうに、横になり、
「ピー、ピー。」
と、あの不思議な寝息を立てて眠ってしまった。
「ピー、ピー。」
ホリベエが伊三の寝息をまねるとサキは口を押さえて、くくくくっと笑った。
「オトウ、ダイジョウブカ?」
「うん、寝てれば治ると思うんだけど、おとうが風邪をひくなんて珍しいな。」
「メズラシイ?」
「うん、おとうが風邪で寝込んだことなんか、なかったと思うんだけど。」
「オトウ、カワイソウ。」
「そうだな。おとなしくしていると気味悪い。早く元気になるといいな。」
「オトウ、ゲンキ、サキ、オラ、シアワセ。」
「そうだね。お、焼けた、焼けた。ホリベエさん、食べよう。」
二人はとれたての川魚を食べ始めた。
「うんめえのにな。」
サキの言葉に答えるように伊三のピーピーが突然止まり、グフッと言って寝がえりを打った。
その夜、伊三はまた夢を見た。
畳を敷いた広い部屋の中央に伊三が座っている。その周りを六人の男が車座に座っている。伊三の目の前には本多忠勝と忠朝が、忠朝の左に、定賢、長田、岩和田の茂平、大宮寺の和尚の順番でぐるりと伊三を取り囲んでいる。
「伊三、忠朝の事、頼んだぞ。助けてやってくれ。守ってやってくれ。」
「父上、何を申されます。伊三はここで百姓になりました。家来にはいたしません。」
「忠朝!わかったような事を言うな!お前は伊三の力に気づいておらん。」
(おれの力?何の話だろう?)
みんなはおれを取り囲んで何の相談をしているのだろうと考えた。
昨日から伊三はほとんど眠っているが、その時間が長いせいかほとんどが浅い眠りで、夢を見ては目覚め、夢と現実の区別がつかなくなってきている。この夢も伊三はすっかり、風邪が治って、現実のことだとおもっている。
「殿さま、そいつは勘弁して下せえ。早く岩和田に戻してやって下せえ。」
そう言ったのは茂平であった。
(なんで茂平さんがここにいるんだろう。)
そう、聞こうと思っても伊三の口はパクパクするだけで、声が出ない。
(あれ、風邪のせいで声が出なくなっちまった。)
「なあ、和尚もそう思うだろ?」
茂平に問いかけられた、大宮寺の和尚は、それには答えず、ニコニコしながら、
「伊三、良かったな。立派な侍になれて。」
伊三は自分の着ているものを見ると、忠朝や忠古の様な立派なものではないが、袴をはいて、脇差を差している。
(ありゃ、組頭みてえな格好だな。)
「和尚、何をいう!伊三がいなくなってから、不漁続きだ。おまけに嵐や津波が来てろくなことがない。」
「茂平さん、大丈夫だ。伊三が殿さまになって、わしらを助けてくれる。」
忠朝は気色ばんだ。
「何?伊三が殿さまになる?どういうことだ?」
「いやいや、わしも若いころはそんな夢を見たものです。伊三がその夢をかなえてくれる。」
「聞き捨てならん!」
忠朝が脇差に手をかけると、
「坊主、いい加減にせい。」
と、忠勝のごつごつした手が忠朝のほおをつまんだ。
「いててて、、、」
「和尚、すまんな。こ奴、また酒を飲んでいる。」
「とにかく、伊三を帰してください。」
茂平が忠朝に向かって土下座をしている。嘆願する茂平に、長田が怒鳴りつけた。
「茂平!何度言ったらわかるんだ。伊三は万喜原の新田開発になくてはならん男だ。帰すわけにはいかん。」
「勝手なことをいうなあ。漁師が田んぼで働けるわけねえべ。」
「勝手はおぬしじゃ。百姓が海に出られるか。定賢様、何とか言ってやってください。」
「伊三は出家する。わしの弟子になったんじゃ。百姓でも、漁師でも、侍でもない。伊三は僧侶になりたいのじゃ。」
(なんだ、どうなってんだ。おれはどうすりゃいいんだ。でも、坊さんにだけはなりたくねえ。)
伊三は定賢に向かって口をパクパクさせたが、定賢は微笑みながらうなずいた。
「そうか、そうか、そんなに出家したいのか。」
ちがうちがう、と思っていると。忠朝が立ち上がった。
「ええい、静まれ!伊三!どうするつもりだ!」
(どうするつもりだって、、、)
「岩和田に帰ってこい。」
「伊三、出世して殿さまになるんじゃ。」
「万喜原の事はお前の働きにかかっているぞ。」
「出家して立派な坊さんになれ。」
「忠朝を助けてやってくれ。守ってくれ。」
「伊三!どうするんだ?」
六人の男たちに同時に言われて、伊三は混乱した。すると、その六人の顔がゆらりと歪むと、目の前が真っ暗になった。
「あんたあ、あんたあ、、、、、」
どのくらいの時間がたっただろうか、だれかが自分の事を呼んでいる。
「あんたあ、サキはどこ?」
「キヨ!」
伊三に呼びかけているのは、亡くなったはずの女房、キヨである。
「おまえ、、どうして、、」
「ああ、やっと起きた。いやな夢での見てたのかい?うなされていたよ。」
「やはり、夢か。ああ、なんだか、頭がくらくらする。」
キヨは伊三の額に手を当てた。
「まだ、熱があるねえ。サキはどこに行ったの?おとうが寝込んでいるのに、ちゃんと面倒を見てやらなきゃだめじゃないか。」
伊三はキヨの手を握った。冷たい手だ。
「なんだ、お前随分手が冷たいな。」
「永いこと、海の底にいたからねえ。」
「そうか、、すまねえ。助けてやれなかった。」
「いいんだよ。あんたのせいじゃない。」
「すまねえ。うう、、、」
伊三が泣きだすと、
「泣かないで。それよりも、サキの事お願いしますよ。」
キヨは立ち上がって、伊三に背を向けた。
「キヨ、行かないでくれ。」
伊三の呼びかけに振り向いたのは、キヨではなくサキだった。
「サキ!キヨはどこ行った。」
「ああ、おかさんなら、畑に大根を取りに行ったよ。」
そう言うサキの姿はゆらりと揺れると消えてしまった。
「サキ!キヨ!どこに行った。おれを一人にしないでくれ。」
伊三は一人の暗闇の中で泣いた。
「あんた、あんた。」
しばらくすると、またキヨが呼びかけてきた。うっすらと目を開くと、キヨが心配そうに自分のことを見ている。
「キヨ、戻ってきてくれたのか。」
伊三は起き上がり、キヨに抱きついた。
「おとう、やめろ、なにすんだ。」
ハッとして、顔を見るとそれはキヨではなくサキだった。
「おとう、随分うなされていたけど、おかさんの夢でも見てたのか?」
「サ、サキか。夢だったのか。」
「いきなり、抱きついてきて、おらの事をおかさんと間違えたな。」
「ああ、すまねえ。」
伊三はあらためて思った。サキはキヨに似てきた。キヨが生きていれば、きっと姉妹のように見えるだろうと。
「おとう、腹減ってねえか?二晩もねっぱなしで水しか飲んでねえんじゃ、元気にならねえぞ。お粥作ったから。」
サキはかまどから粥をよそって持ってきた。
「きのう、ホリベエさんが釣った魚の身をほぐして入れてみた。」
伊三は粥を一口すすり、
「うめえ。」
と舌なめずりをした。何を思ったか、伊三の目から一筋の涙がこぼれた。
サキとホリベエは顔を見合わせた。
「こんなに、うめえ粥は初めて食った。うめえ、うめえ。」
久我原さんの小説は、まだまだ続くよっ