おせっちゃんの今日2

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若者はサプライズがお嫌い?

2021-06-18 12:28:39 | テレビから

私の雑学はほとんどテレビと新聞からです。読書も加わりますが、齢とともに自慢だった目がおぼつかなく、読書力は大いに減退しました。おまけに、私が親しむ作家は現在の最先端の作家ではありません。若かりし頃に親しんだ方々です。

というわけで、今朝も9時半の医者の予約時間を気にしながら、いつもの羽鳥モーニングショーを横目で。

口明けの話題は「あなたはサプライズはお好きですか」という切り口からの最近傾向。

結論から言うと、現在若者はサプライズの贈り物は「嫌だ」という人が多い。彼彼女の親の代・・・50・60台の人は「好き」だということのようです。

夫婦がデパートらしきところで買い物中。奥さまの言。
「サプライズ、好きですよ。嬉しさが倍増です。二人で買いに行って、ああこれがいいのか,買ってあげるよ、なんて贈られたのではねえ、いやです」。

それに対して若者。
「気に入らないものをもらっても困る」「一番欲しいと思っているものをもらえたら嬉しい。前もって希望をそれとなく探って、準備してくれると嬉しい」
「気に入らないもので、嬉しそうな顔をしてくれないなんて、寂しい」

こうしたそれぞれの言葉を総括するようにコメンテーターが言う。
「今の若者は、ネットに渡した時の反応を画像にして投稿する。その時のもらった者の笑顔が最高のものでなければ贈るというイベントは不成功」「サプライズでは笑顔を作る余裕がない。固い笑顔、気に入らない曖昧の笑顔では双方ともに気に入らない」「投稿動画が嬉しさめでたさを証明しないと気に入らないのである」と。

う~ん、もはやプレゼントするされるの喜びではないのですね。いかに画像に「いいね」が付くかどうかなのか?

翻ってわが青春を思い出してみると、ボーイフレンドから(今やじ~じフレンドですが)プレゼントをもらったなどという記憶がない。お互いいっぱいいっぱいの貧乏学生、授業の隙間を二人で歩き回るくらいが関の山、それでも幸せだったけれど。

ああ思い出しました。ある年の私の誕生日、奢って二人で喫茶店に入っていました。席のソファーはビロード風の布張りで、背もたれはひし形を連ねたようになっており、その交点には金属のボタンが付いておりました。ボーイフレンドが何かごそごそしています。右手を後ろに回してそのボタンを一つ引きちぎったのです。「はい、今日の記念」。嬉しかった。学生生活を終え、二人違った道を歩みましたがそのボタンはずっと私の机の引き出しに仕舞われていました。喫茶店の方は困られたでしょう、お詫びいたします。
そのボーイフレンド、いまも手紙をやり取りする仲です。すでに曽爺ちゃんになっています。覚えているかな?いないだろうな。