唯のブログ。

病気の体験、療養生活や日々思いついた事などを書き留めているブログ。時々毒吐き。楽しめれば最高、無理なら受け流す。

なるようになる。

2020-02-24 18:37:07 | 思う事

 昨日は単に世間知らずを指摘しようと思っただけだったのだが、、、
  思考がとんでもない方向へ向かって行って色々と感じた。

 よくよく考えれば、、34歳で会社を辞めて、途中2年ほど知り合いの会社で働きはしたが、それ以外は、無職で、病気と療養生活だけで20年を過ごしてきた。
  今までよく生きてこられたと思う。

 潰瘍性大腸炎では一日20回以上もトイレに行く生活を2年以上も続けた。満員電車に乗り普通に通勤し仕事をしながら。
 
 退社しその後は、治らない西洋医学に見切りを付けて何年もかけて様々な民間療法を探り、奇跡的に良くなった。  それでも、ポリープは出来る、それをとりながら経過を観察されていたが、やっぱり長期化から癌化していった。

 医師は、全摘しなければ5年程度と言っていたが、それもせずにもう10年以上が経つ。 「がんは治るに決まっている」と信じていたから。。 
 時々頭をよぎるが、未だに生きている。。

 途中、劇症心筋炎の時は人工心肺で意識も無く2週間を過ごしたが、、助けられた。
 ダメージが残って、心臓は回復せず虚血性心不全になったがかろうじて普通の生活に戻ってきた。  
 2年後、今度は使っていた薬剤で間質性肺炎。 酸素吸入生活になり、進行が止まらなかった。 医師からは、どこで最後を迎えるか良く考えて下さいと言われ、仕方なく終末期の病院を頼り、寝たきり老人と過ごす事になった。

 それでも、回復し、退院し、多少の不便はあるが、今、生活しながら生きている。

 何とも変化の多い人生を歩ませてもらっている。

 そして、なんと多くの方々にお世話になり、心配していただきながら生きているのだろうか。 
 
 陸上競技をしていた時も、極真空手をしていた時も、それはそれは変化に富んだ密度の濃い時間を過ごしていた。
 その後の、サラリーマン生活はもっと過激で、過酷で、食事もろくに採らずに走りまくっていたイメージしかない。 業務中は走り回り、業後は毎日飲み歩きの生活。
毎日浴びるほどビールを飲んで、泥のように眠る。 それでも10年以上皆勤だった。一日もポカ休みはなし。遅刻も早退もなし。 アホだったが、これも経験だった。

 昨日の話とはまた別に、これまた、多くの事を経験させてもらっている珍しい人生を歩んでいる。。。。
 俺は、そういう星の元に生まれて来たのか。。。  それとも、
 因縁が深くて昇華する事が山ほどあるのか。。。。。
 ただ単に、生き方が下手くそで、選択ミスで自分を苦しめて来たのか。。。。

 理由はどうであれ、
 俺が、多くの事を経験し、全てを乗り越えられてこられたことには変わりがない。

 最強。 そこに向かっていたのです。 おもしろい人生。 

 「神の采配」で、人生は何とかなるように、、作られているようです。

  助けてくれる人、支援してくれる人、いじめてくれる人、虐待してくれる人、、
色々と配置されているように。。。。。。。 感じる。


 
 
 

 

  



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