道 (真理)

道は須臾も離るべからざるなり 離るべきは道にあらざるなり

シェルダン・ナイドルニュース 

2014-09-17 17:13:18 | シェルダン・ナイドルニュース

2014年9月16日                    

http://www.paoweb.com/index.html

Sheldan Nidle Update

16 September 2014

11 Ix, 12 Zip, 11 Ik

セラマト・ジャワ!多くの事を伝えに戻ってきました!地球連合はまずは世界の通貨を変え、その後新しい統治体の形成を図るための作戦を続けています。この両面作戦は、真の価値システムに戻る道をならす世界通貨改革の実施寸前に至っています。不換通貨の終わりは闇のカバールの権力の座からの追放と、新しい統治体の形成を可能にし、あなた方の個人の尊厳を取り戻させる繁栄プログラムによる資金の配布を意味します。数千年に及んだあなた方の負債奴隷状態と、強力な僅かの数の者が大勢の者の権利の剥奪からの解放まではもう一段階あります。このプロセスはあなた方の最も美しい場所への宇宙船の大量着陸の前に行われなければなりません。次のステップには、世界への繁栄の拡散を促す完全な通貨改革が含まれます。これらの手段はデスクロージャーと必要とされる次元上昇したマスターによるレッスンに繋がります。これはさらにあなた方を私たちの到来への備えをさせます。

私たちの導師たちは大きい課題を背負っています。あらかじめ選ばれた者があなた方一人一人に割り当てられ、あなた方が誰なのかについて優しく導きます。これが完全意識の全てについてのあなた方の理解の前提になります。人間のこの特別な状態は物理世界を創造し、展開する為の天の方法です。こうして、あなた方をこの天の恩寵の状態に戻すために来ている私たち一人一人は天の数多くの指令の天による実行に喜んで利用されています。私たちはこれらの仕事に誇りを持ち、指令の一つ一つの具現化熱を込めて見守っています。私たちは自分たち自身を物理的世界の物事に対する天へのヘルパーとして見ています。この最も素晴らしい環境は、全ての物理的事象のためにあります。それは一連の特別なルールに従う無限の現実で満たされています。あなた方と同様に、私たちもこの現実の中に存在しています。私たちの贈り物はこの太陽系をその以前の五次元の状態に戻す事です。これはあなた方に以前のアンカラの三次元の子供たちにライトボディーを発達させる助けをさせます。

あなた方にとっての神聖なサービスは長い間続いた銀河戦争の最後の名残を把握し、それらを平和と歓喜に変える実際の作戦です。これらの新しい星間国家の内のあるものは、あなた方のふるさとから80光年以内の距離に位置します。あなた方は日常生活をむしばんでいた苦痛と悲嘆からとうとう解放されるというこれらの者たちに浮かぶ深い喜びと感情を受け取る事になります。現在これらの者たちを助けに来ている者たちは歓迎の歓呼に迎えられ、完全意識へと導くでしょう。これは彼らの科学者たちが大昔にあなた方のアトランティスの祖先たちに無謀にも三次元の中に落ち込ませる方法を教えた為だと天から教えられています。この暗黒の行いは約15000年前に行われました。あなた方の祖先たちは特別な研究設備の中に幽閉された後に、世界中の多くの関連設備に送られました。アトランティスが約13000年前に破壊された時、あなた方はそれらから解放されました。あなた方の完全意識への復帰はこの野蛮な実験をついに終わらせる事になります。

見られるように、新しい星間国家が誕生するとあなた方には最初の仕事が与えられます。私たちは、あなた方の完全意識への復帰、あなた方のアガルタの従兄弟たちへの紹介、及び完全意識のエチケット教育のためにここに来ています。これが行われると、あなた方は銀河連合のメンバーとしての天のサービスを開始出来ます。あなた方一人一人は新しい星間国家形成のための一連のユニークな能力を持っていて、最初の教育ミッションを始める事になります。この全てが完了すると、あなた方は私たちの成長中の銀河間ユニオンにおいて、メンバーの拡大に関する他の銀河との話し合いをするための特別代表団に加わることによってこの銀河へのサービスを開始できます。この活動だけであなた方の新しい星間国家とこの銀河に関して大きい可能性が開かれます。数千の銀河が技術の共有のために参画し、文化を交換し、文字通り数百億の存在がお互いを認識します。未来は実に輝いています!

ナマステ!私たちは次元上昇したマスターです!親愛なる皆さん、あなた方は最も例外的な時に暮らしています。天はあなた方に豊かさ、新しい統治体、及び個人の自由をもたらします。あなた方の世界には贈り物が贈られようとしているので歓喜で爆発させています。祝された者たちよ、豊かさは終わりの時への単なる手段に過ぎません。これらの祝福をあなた方の世界の進歩のために利用して下さい。お互いに助け合って下さい。これを、集合としてこの領域の運用方法を変える機会に利用して下さい。私たちはこれら全ての生かし方がよく分かるように間もなくあなた方の所に助けに行きます。この聖なる正しい時を、あなた方が日常的に時間と資源を使う方法の変革のために利用する天の理由を知る必要があります。親愛なる皆さん、あなた方が一緒になれば力強く、強力でより親切で優しい現実を創り出すために貢献出来ます。このような現実が出現する用意が出来ています。あなた方の行動によって、実に新しく、より神聖な領域が生まれ得ます!この素晴らしい瞬間をあなた方の夢を実現するための開始点にして下さい。

あなた方がこれらの夢の達成のために作業を進める時には、相互の関係が大切であることを忘れないで下さい。ファミリー、友人との間の関係を癒し、天もあなた方の最善を望んでいることに留意して下さい。私たちは一緒に天のチームを構成しています。目の前に豊かさがもたらされるので、私たち全ての事を心に留めておいて下さい。あなた方は相互に結ばれていることを深く信じ始めて下さい。この集合的なエネルギーは癒しのエネルギーであり、あなた方が獲得しようとしている驚異の上に築かれるのです。これらの合同エネルギーはこの惑星、あなた方の社会、そして最も大切な事は、あなた方自身を癒すことが出来ます。それを賢く利用して下さい。私たちの関係者たちは注意してこのエネルギーを集め、この喜びの瞬間のために隠してきました。ですから、この贈り物を賢明に利用することがあなた方にとって大切です。他者を助ける行動をする用意をしていて下さい。豊かさ、繁栄をこの領域のポジティブな方向への転換に利用して下さい。

これから先の日日を通じてあなた方が自分たちの道を切り開いて行く時、この世界と自分自身に対するあなた方の責任に留意してください。この世界の変革の対象に可能な限り貢献して下さい。自分のハートの奥深くに如何に注意すべきかをしっかりとしまっておいて下さい。これらの贈り物はあなた方の為だけのものではありません。それらは分配の必要があります。これから起きようとしていることはこの地球社会をポジティブに変え、自由と、あなた方の銀河人間への変革の道へと導きます。私たち一人一人は人間が数千年の間たどってきた長い道のりを良く理解しています。この道は人間の世界的な次元上昇へと導きます。私たちはこれらの発展を喜びの内に見守っています。今では、あなた方一人一人が私たちが毎日経験している素晴らしい喜びを実践できるようになっています。制約がある現実に対する恐れは、完全意識の無限の達成で置き換えられようとしています。ハレルヤ!ハレルヤ!ハレルヤ!

今日も週間メッセージを続けました。多くの素晴らしいことが現実になりつつあることが、私たちには見られます。喜んで下さい!感謝して下さい!謙虚であってください!あなた方の喜びを熱意をもって表現し、お互いに助け合って下さい。他の驚異が起こりつつあることを説明する準備をして下さい。あなた方は孤独ではありません。私たちはあなた方と社会の変革のために行こうとしています。親愛なる皆さん、天からの無限の供給と繁栄が実にあなた方のものであることを知ってください!そうあれ!セラマト・ガジュン!セラマト・ジャ!(シリウスの言葉、一つのものであれ!喜びの中にあれ!)

翻訳:Taki


道の真象

2014-09-16 12:15:35 | 道・真理・ Deshi A

2014年9月16日

天地の始めは、これというなんら形のない混然としたもので、声もなく、臭いもない、極めて虚にして、神なる実に無一物の境地でした。道教の祖、老子様は「無名にして天地の始め、有名にして万物の母」と申されましたが、これを表現しようがないので、天地の始めを「○」にかたどり、万物の生ずる状態を「一」にかたどりました。

ー万教帰一(すべての教えは「一」に帰る)ー

道は大にして無名であります、故に『強いて名づけて道という』のであります。又、道は大にして無形であります、故に『強いて圏「○」を以ってこれをかたどった』のであります。では、圏「○」はなんであるかを追求しますと、一の静止した姿でありまして、虚なる「一塊の真理であり、又道の全体であります。一は圏の動いた姿であって、宇宙一切万物を生じる母体であり、万物はその実在の現れであります。これを「一本は万殊に散る』と言い、又『道の達用』と申しております。

圏が動いて一が生じ、一が縮まれば点「・」となり、点「・」を伸ばせば一となります.そこで実に圏と一と点は動静と伸縮の違いであり、変化して極まりないものであります。之を放して拡大すれば六合「東西南北上下、すなわち天地宇宙」を満たし、無際限の状態で伸長するので「一」を以ってこれを表し、又、之を巻いて縮小すれば密(極めて微細なもの)にも蔵められるので点「・」で表現したのであります。拡大すれば大にして外になく、縮小すれば小にして内にありません。故にこの道は天地に行きわたり、一切の万物を含んでいるのであります。実に不可思議な働きをするので『真空妙有』と申されましたが、あらゆる万物の生霊を支配する主宰者であります。

ー神道の真象も同じー

この主宰者は天にあれば「理」と呼び、人に宿れば「性」と名づけられます。そこで理とは万物の本体を統一するところの性であり、性とはあらゆる物の各々が具有する所の理であります。人々は各々その性をもちながら、その有ることを知りません。若し、この性をお把握することが出来れば、大悟した神聖の境地になられます。然し、これに反して理を迷い、性を把握することがなかったならば、鬼魂の世界に落ちなければなりません。

故に『千経万典は一点に如かず』と申しまして、如何に多くの経典を読んでも、「名師の一点」を欠いては、何もならぬと申されたので、「一点」が如何に大事であるかを知ることが出来ます。この「一点」は、孟子様の四端 『惻隠の心即ち仁の端、羞悪の心即ち義の端・是非の心即ち智の端、辞譲の心即ち礼の端』 を統一し、その中に万善を包含しているのであります。これを図表すれば縦は智と礼になり、横は仁と義になりまして、四端の交差する中心に信があるわけであります。孔子様は 『人にして信なければ、その可なるを知らず』 と申され、人間にもし信がなければ、何事もあてになるものではないと申して、この重要性を説いた訳もここにあります。

ーキリスト教はじめ古来すべての十字架が示すのは十字の中心の「点」ー

又、その重要性を縦に書いて「|」となし、横に書いて「─」としたのは体と用(本体とその働き)とを十字の形に現して、その縦には経と理が、横には緯と数が這入るのでありますが、この意味を深く玩味し、探究するならば、誠に極まりないものがあります。故に老子様は清淨経に『大道は無形にして天地を生育し、大道は無情にして日月を運行し、大道は無名にして万物を長養す』 と申されました。道は未だ天地が成立せぬ時、その本体を立てられ、既に天地が形づくられてからは、その運用を拡大して天地万有に及ぼしたのであります。

ー道の淵源ー

Deshi


道の淵源~達摩大師伝『下巻』(完)

2014-09-12 02:29:29 | 達磨寶巻

 

達摩大師伝『下巻』(完)    

十二.大師、宗横を宗正に改め、寶巻を示す

 感激溢れる宗横の言葉を聞いて、大師は

「善哉、善哉。汝はいま、大いに惺(めざめ)悟った。我が門弟として恥ずかしくない。この機會をもって、汝の名を宗横から宗正に改めよ。この宗の字は、小さい事ではない。本来の祖家根源であり、その宗主である。只、汝が迷って悟らなかったため横をもって名としたので、これはまさに祖家の不二の法門をまさしく乱し扯(さ)き横行するものである。眞正なる口傳妙訣に遇り會わなければ、どうして法門に入ることが出来ようか。

 いま正の一字に改めれば、先天の正理を明らかにし、単傳の正法を領悟することができよう。務めて須く己れを正しくして人を化し、後の人をして宗源の祖脈を認め定めてよく返本還源させれば、その宗を正すことが出来るのである。宗横の名を宗正と改めさせたのは、正法の深い妙蘊を明らかに汝に教えたかったからであって、いま汝は眞如の性を了悟した。ここに始めて、従前の心の用い方が錯(誤)まっていたことを知ったであろう。祖から祖へ佛の心印が相傳えられ、師から師へ承接して大道が盛んに興った。

 いま汝は、単傳の正訣を領した。無字眞經は、最も上乗である。元機道理は実に緊(厳)しきを要し、末後一着を軽んじてはならない。幸いに奇縁があって、究竟の涅槃を得た。道教から転じて佛教となったことは、欽服にたえない。もし師が憐憫を施さなければ、汝の身はどうして苦淪から出ることが出来たであろうか。従来の三教は道を本とすべきで、性と天道は聞くべからざることである。

 存心養性(そんしんようしょう)して孔聖(孔子)に遵い、『中を執って一を貫く』を幾人が明らかにしているであろうか。六經諸史は治世の論であるが、大学中庸は卒性(そつせい)の憑(あか)しである。

 修心煉性は道祖の定めであり、元を抱きて一を守れば大いなる根を生ずる。治世五千のうちに玄妙が蘊(ひそ)み、眞訣は清浄經に外ならない。

 明心見性は佛の本であり、萬法帰一の理は幽玄にして深いものがある。千經萬典は憑証となるが、最上の一乗は心經に乗載されている。

 初めての龍漢劫には、四字が命となっていた。先天の龍華には、燃燈古佛が主掌していた。

 中天の赤明劫には、六字を命としていた。釋迦が命を奉って、原根を度していたのである。目前に三會が近付いている。これを延康劫という。玄玄上人たるラウムは涙をとめどなく流されている。六萬余年来の陽気は既に尽きた。皇胎が東林の世に苦しむのを見るに忍びず、瑤宮から十字の令を傳え、彌勒に勅令して普渡を興そうとされている。

 諸佛諸菩薩は幇(たす)け襯(やく)となり、まさに九十二億の救われなかった原子(もとのこ)を回程(かえらす)のである。諸仙は、凡の境(よ)に下って會同される。萬霊眞宰は、全てに化身されて、人間界に赴かれるのである。吾はもと、西方(天竺=印度)において佛果を証した。はじめて佛命を奉じ、二十七代の祖師の命を受けて東林(震旦=中国)に赴いて来たのである」

 ここで大師は、暫く黙ってしまいました。宗正は、大師を拝して

「どうぞ、弟子にお話をお続け下さい」と乞いました。

「始めに梁の武帝を度(すく)おうと思ったが、玉棍(棍棒)で打たれた。その後、神光を度して祖の法燈を継がせた。いま汝宗横に遇り會って法を授け、宗横を改め宗正とした。西来の妙意を悉く指示して陳(の)べたが、我が単傳の法を領受したならば、我が命に遵守(したが)わなければならない。先前の道心を乱すようなことを学んではならない。天機を心に抱きて、謹慎を要すべきである。

 慈航を穏やかに駕して原人を釣(えら)び、忠孝節義の人を引(みちび)いて正に帰させなければならない。よき佛子と佛孫になれ。久しからずして一花五葉は尽きて千門萬戸が群がり興り、假りが眞に混じるであろう。天地の位が定まれば、萬霊は正しくなる。普渡し団圓すれば、道果は成就する。末後の龍華は、末刧の會である。斗牛宮(北晨)の内に根生を訪れよ。縁あり分ある者は、吾に随って進め。縁なき者は、紅塵に堕落するであろう。迷昧の者は、我が論ずるところを行ない難く、知覚の者は常に玻璃燈を観ずることができる。始めの一竅を守れば、定静を知る。六神を収回すれば、中庭に到ることが出来る。

 基を築き己れを煉って次第に進めば、採薬して丹を抱いて昇ることが出来る。炉を移し、鼎を換え、時を知って、正しく文武の火侯は老いと嫩(わか)きを分かつ。

 沐浴して温養すれば週天は定まり、二六時中法輪が転じて停留しないであろう。小週(こまわり)から大週(おおまわり)に至って定まり、三十六宮はすべて春となる。この時に至って萬境はともに寂し、性は圓明となる。一念も起こさなければ、大丹は成就する。嬰児も三年哺乳で嫩く、面壁九載を記せば飛昇す。

 ここに、一つの週天の玄妙を汝に説き尽した。ただ望むらくは、知音の人の功果が純熟になることである。一人一人丹書が来て、招請される候(とき)を待て。霊山會(りょうざんえ)の上において娘親(ラウム)に見(まみ)えられよう。九品の蓮台に一分の賞あり、歴代の玄祖悉く超(すく)われ昇らす。九十六億の原子は揃って瑤宮に進めば、龍華三會に大乗の九品が定められる。上中下の品は功によって定まり、一人一人の功果が圓満になれば蓮心に坐れる。天と歳を斉しくし、改められることがない。逍遥としてその快楽は、古(とこしえ)に亘って存するのである。例え功無くとも正に皈依せば、白陽の延康劫に落ちて正根を失うことはないであろう」

 大師は法を悉く宗正に傳えて、東来の使命を圓満に果たしました。無尽の法語を語った大師は、弟子宗正を愛(いとお)しみ、柔らかい眼差しを投げ掛けて結びの詩を述べられました。

 「一巻の法語は萬品を包む。

  三教ともに不二の門に帰す。

  言言は眞の原性を道破して

  句句に祖根の開通を生ず。

  これは、三期の大把柄(だいにぎりえ)にして、

  祖師の慈悲、後音(後の人)に露(あら)わす。

  この書の在るところ、神の護り定まりあり。

  若し、穢し汚すことあらば、過ち軽からず。

  人ありて遇り會えば、常に恭敬すべし。

  されば災星を掃き去りて福は門に臨む。

  果たしてよく力行せば功進み加わり、

  永遠に菩提を証すること萬萬春。

  偈に曰く

  『達して道に至り、經に通ぜば号して眞詮なり。

   摩訶(まか)なる掲諦(ぎゃあてい)は世間を度う。

   寶は一花と五葉に秘め、

   巻は三千および大千を包む』

 西方の佛祖、妙經を傳う。

 華厳海に會するを悉く遥かに聞く。

 斗柄、南を指して六陽尽きる。

 牛女(牛宿)、西に會して萬霊興る。

 郷児に普及して定静を覓(さが)し、

 海を渡れば艄公(船頭)願心を了(はた)す。

 生死の輪廻斉しく抛り尽くし、

 霊山極楽に帰りて、永遠に傾(ころ)ぶことなし」

 大師は宗正に法を悉く授け終り、元来た道に向かって歩き去りました。宗正は、何時までも座を立とうとしませんでした。

(完)

 Deshiより~古い文言が多く、中には違和感を持った方もいたと思います。これを現代的に解りやすく表現すれば、スピリチュアル世界ともかなりに共通性があります。これまでの人類の道義を秘密の内に支えてきた道の伝承は、やがて宗教の中の真理として、修道を極めた聖人にのみ伝えられました。


道の淵源~達摩大師伝『下巻』(五)の続き

2014-09-12 02:21:17 | 達磨寶巻

(五)週天の妙用について  

「佛は霊山にありて妙經を講ず。

 五千余巻、衆生を度(すく)う。

 天機を泄(も)らし尽くして一着を留め、

 敢えて説破せず、南進を定むべし。

子の時に、南進定まるを観じ看る。

 一陽始めて復(地來復)し、清風昇る。

 性を煉るは、即ち猫鼠を捕るが如く、

 巍巍として動かず六神は會す。

丑の時に、南進定まるを観じ看る。

 二陽来たりて臨(地澤臨)濁気を分かつ。

 金蝉却(さ)って善く金銭に戯れ、

 泥牛に触れ動かして身翻るを要す。

寅の時に、南進定まるを観じ看る。

 三陽開きて泰(地天泰)正に春に逢う。

 白虎、波を興して古洞より出で、

 青衣の童子、笑い吟吟たり。

卯の時に、南進定まるを観じ看る。

 則ち、東方に玉兎(月)の昇る(雷天大壮)を見る。

 萬里の雲煙、空に舞い上がりて散じ、

 一片の金光、頂門を照らす。

辰の時に、南進定まるを観じ看る。

 魁罹(北斗の剣先)正位にして神、眞に存す。

 青龍は波を興して大海を出で、

 霧に駕し、雲に騰(あが)りて天庭(理天)に上る。

巳の時に、南進定まるを観じ看る。

 六陽已(すで)に足りて(乾爲天)炎熱生ず。

 子規(ホトトギス)止めどもなく声々に叫び、

 亀蛇戯れ動き、互いに相親しむ。

午の時に、南進定まるを観じ看る。

 陽の極に陰生じ(天風姤)火侯を均しくす。

 猿馬(心猿意馬)固く双林樹に縛り、

 六賊緊しく梵王城(ぼんおうじょう)に鎖(と)ざす。

未の時に、南進定まるを観じ看る。

 陽光漸次遁(のが)れて(天山遯)微火をもって烹ず。

 六神、蟠桃園(ばんとうえん)に暢(たの)しく飲み、

 恰も子羊、跪きて乳を求めるに似たり。

申の時に、南進定まるを観じ看る。

 瑤池(理天)に長春を寿ぐを朝見す。

 六個(六匹)の猿猴来たりて果を献じ(天地否)、

 満天の諸佛、吟吟として笑う。

酉の時に、南進定まるを観じ看る。

 沐浴池の中に煖(だん)、温温たり。

 恍恍惚惚として、精神爽やかにして、

 金鶏、夢中の人を叫び醒ます。

戌の時に、南進定まるを観じ看る。

 寂寂静静として黄昏を守る。

 独り寒室に坐して賊の侵すを防ぎ、

 黄犬、四鄰(隣)に吠ゆるを教えるなかれ。

亥の時に、南進定まるを観じ看る。

 尚、猪(イノシシ)の行きて江心を過ぐるが如し。

 往来(ゆきき)の波浪身に随いて走り、

 黄河は、逆転して崑崙に上る。

 十二時の針は、指南を定む。

 乾坤萬象、この中に全し。

 人有りて先天の意を識り得れば、

 如来を観るは、また難しからず」

 此処において大師は、十二時辰に区切ってこの一竅の指南の正しい針を悟らせるべく、述べ終わった後も、なお宗横が細心に研究参悟できないのではないかと案じ、反復して宗横の名を喚び、丁寧に造化の根源と無生の眞性について示されました。

(六)造化の根源と無生の眞性

「宗横、汝は知るか、造化の根源を。これは眞に口で表現し難いところである。無為の妙道は、一体誰がこれを詳細に識ることができようか。もし明師に遇り會わなければ、どうして佛の眞なる偈を聴くことができようか。意大きくとも心が粗ければ、自らの虚霊を損なうだけである。今のように汝は正しい法理を聴くことができても、須く意を落ち着けて無為の玄機を参悟するを要す。そうすれば、輪廻を免れよう。眞性を把って修めることができれば、不夜天に登って常に不滅の地に住す。無生無死の眞機、眞機である」

 続いて大師は口調を変えて、宗横に問いました。

「宗横、汝は無生の眞性を知っているであろうか」

「恥ずかしながら、私は存じません」

「汝はこの事を知らないと直ぐに答えたが、もう一度考えて分かるかどうか答えてみよ」

 宗横は一言半句もなく、ただ黙ったまま俯向いていました。

 大師は、更に言葉を続けて

「汝は、本来の面目を尋ね得られたであろうか」

 すると宗横は、感極まって五体を地に投げ出し、大師に哀願しました。

「師よ、法慧をもって、弟子の愚蒙にして未だ悟らない所をどうか御開示下さいませ」

「汝は一身の法を修めると言ったのでそれを説いたが、知らないと言う。吾は、山に例え、水に例えて重ね重ね道破した。それでも未だに醒めず悟らず、と言うのか。一般の人は、この色身を持っているから、生まれる時があればまた必ず死ぬ時があり、そして成り立つ時があればまた壊れる時がある。これは、平易な理である。

 汝はどうして、假(いつわ)りを認めて眞(まこと)に悖(もと)るのか。甘んじて下乗法(げじょうほう)に落ち、些かの口頭禅語を習っておるが、終(つい)には肉眼を持っている凡夫になるに過ぎない。西来の佛性が明らかでなければ、またこれは邪魔外道である。

 汝は、いま大乗の正法を受けたりと雖も修証しなければ、生死界(しょうじかい)の外に超え難く、永遠に淪(ふか)い穽(あな)の中に沉(沈)み陥るであろう。古に曰く

 『世間に佛と做(な)るべきはなし。衆生を度(すく)うべきはなし。涅槃を証すべきはなし』

とあるとおり、既に佛を学ばんとすれば、過去心を思わず、現在心を存せず、未来心に着さず、無我・無人・無衆生・無寿者の四相に至り、一切の空空に至れば、自らの正覚を成ず。汝は半生を修道に費やしたが頑空に落ちてしまい、まさに有用の精神を無用の地に施したのである」

 宗横は、身を引き締めて、一心に大師の言葉に聞き入っていました。

「古人の言葉に

 『迷えば即ち千里も尋ね難く、悟れば即ち一竅の根に帰す』

とある。汝は、いま道教から釋門(佛門)に転じ、吾を師として拝したのは大いに取るべき処がある。汝は跪いて玄妙を問うたが、これは汝の智慧が開かれ通じているからである。これによって、修性煉命を得ることが出来ると見るべきである。眞如と言うものは、地に徹し天に通じている。一切の萬物は、すべて自性圓明の中から生ずるのである。これを放せば即ち六合に彌(み)ち、これを巻けば即ち退いて密に蔵す。その味は窮まりなく、みな実の学である」

 大師の諭しに宗横は、叩頭して謝恩しました。

「今日、師父の明らかなる喝破がなければ、どうして濁を変じて清とすることが出来たでしょうか。いま想えば、前の修法は誤りでありました。みな、祖の勅令に違逆したことによって、自性の法則が明らかでなかったことによるものでした。これでは、どうして河車を運転することが出来たでしょうか。今にして想えば、眞に羞ずかしく慙愧に堪えません。弟子は、只今を以って明心見性を得ました。

 (続く)