道 (真理)

道は須臾も離るべからざるなり 離るべきは道にあらざるなり

テラ(地球)が見ていた 日本の歴史の真実! 19

2015-07-29 18:00:25 | 縄文・インディアン・アトランティス・ムー

縄文 と 弥生・・論争はなぜ?

今日の 破・常識!
今までの歴史認識を180°変えてみよう!


弥生時代はいつ始まったのか?
いろんな説があり、学者のみなさんも混乱しているようです!
また 縄文時代 と 弥生時代 の差を
何に求めるべきか・・という
本質的な論争が研究者の間で 現在 展開されています。

なぜ 論争が起きるのか?

それは 古い時代から新しい時代に代わることは、
文明が進化、発展しているという、思い込みがあるからなんです!
しかし このブログの読者であるあなたは、
真・・実に気づいてしまいました。

縄文時代から 弥生時代への移り変わりは、
文明が衰退していってしまったこと!

そんなぁ~~~! 
そんな認識 教えられてないもん・・・ですよねぇ~~(笑)
私は まだまだ ぶっ飛んだ情報、あなたにお伝えしますからね。
ここでしっかり いままでの歴史認識を 捨てておかないと
超アルレロ~~の連続で ヒストリーショックで失神しちゃうかも(笑)
とにかく 先へ進む準備をしっかり、よろしくで~~す!

と、いうことで・・・論争なんですが、
まず、土器について!

縄文土器 と 弥生土器、
よく教科書に写真が出ていて、学校のテストで 
どっちが縄文で どっちが弥生、
時代の古い順に並べなさい・・・みたいな問題ありましたよねぇ。
私の場合 どう見ても 

縄文土器のほうが 重厚で インパクトがあったので、
こっちが新しい時代に作られた・・みたいな感覚があったんです!
そう 歴史認識に違和感を感じてたんです!
でも やっぱり その感覚は間違っていなかった。

縄文土器のほうが 確実に上質なのです。

縄文土器は 素焼きなんですが、
実際かなりの高温で焼かれたもので
普通の焚火の火力では 焼けない物なのです。
縄文人が 土の中に特殊な鉱物を入れ 
特殊な窯を作って焼いたものなんですって!
だから 素焼きなのに 水漏れもせず 煮炊きもできたんです。
相当 高度な技術で作られたんですって!

弥生土器は 渡来人が縄文土器を真似して作ったもので・・・
何回チャレンジしても 同じものは作れず 
仕方なく薄くして焼いたのです。

でも 歴史的に縄文土器より 
弥生土器のほうが優れていると思わせなければいけなかったので、
縄文土器は呪術や祭祀に利用していたもので実用性はなく 
弥生式土器ができて実用的に作られ生活が豊かになったと
刷り込もうとしているのですね。

前回 渡来人が増えたために 比較・対立がうまれ
分離がはじまり そして 所有する意識が生まれた・・と。

イメージしてみてください。
テラ(地球)は、地球上の生き物すべてに
平等にすべての物を与えているんです。
しかし 渡来人は まず土地を分割して所有し 農作物を作って
貯蔵し そのために労働力を集め 生産能力を上げ・・・
多くを所有するもの、争いに強いものが支配者となり 
その他の人間たち支配し 身分の差別を作った。

これが 文明の進歩なんでしょうかね??

その所有する意識が生まれたために、集落の形態が変わり 
竪穴式住居で家族で生活するという分離がはじまり
もともと 自然に出来ていた米を
彼らは 人工的に水田を作り稲作を始めたのです。

また 縄文人は ”死”という意味をちゃんと理解していたので
お墓は 必要ありませんでした。
魂は 元の世界へ戻り 肉体は自然に帰る・・それでよかったのです。

渡来人は お墓を作ることで 権力・存在を誇示しようとしたのです。

文字を使っていた縄文人は 渡来人に文字を教えました。
文字を教えてもらった渡来人の中に 大陸に帰ったものがいました。
それが 大陸で変換され 漢字というものができたのです。

縄文人は 文字で記録を残す・・という意識はありません。
だから 日本列島の縄文時代の真実の歴史の記録はありません。
記録・・というのも権力・存在の誇示なのです。
この意識を持つ ナーガ系の大陸の人間たちによって作られた漢字で
日本の縄文 弥生時代の歴史が 
彼らの都合のいいように記録されたのです!

破・常識 あつしの歴史ドラマ ブログ!より転載

 

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