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さあ~てと 帯しめましょか。

人生、山あり谷あり
向かうはわが身の置き場所よ。
帯締め、気を染め、往きましょか・・・  ~part 2~   

家紋 25 ≪銭紋≫

2010年05月17日 17時48分00秒 | 家紋


 銭紋
(ぜにもん)

銭は訓では「ゼン」というが、これは音の
「セン」が「セヌ」になり、「ゼン」に転じたもの。
銭紋が初めて文献に現れるのは、
「蒙古襲来絵詞」の『
連銭』。




             
 寛永銭       天保銭     六つ念じ銭


               
    青山銭        六連銭(六文銭)


真田六文銭は地蔵信仰による六道銭!

真田氏は、三途の川の渡川料として
六文銭をいつも所持するという秘話からくる、
先陣の旗などで決死を表したものという。
≪六道=地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天井≫



【有文銭紋】・・・文字が書かれているもの
             「永楽」などの瑞祥的理由から。
① 政和通宝(中国製)
② 永楽通宝(日本製) 
③ 寛永通宝(日本製) 
④ 康熙通宝(中国製)


【無文銭紋】・・・文字が書かれていないもの
         信仰的理由、文字の省略。
① 裏銭  
② 三文銭
③ 六連銭  
④ 八連銭  
⑤ 銭九曜




  家紋の由来

 

いつもお世話になっている↑↑家紋ワールドさんです。
いつもありがとうございます
 

 



≪ 銭 ≫

古代には稲米、布帛、、家畜、勾玉、鏡、剣
などの現物が用いられることが多く、稲米と布帛は
法定鋳貨の出る鎌倉期まで一般に使用された。

天武天皇の頃、銅銭が使用されたとか、
朱鳥八年(694)鋳銭司の置かれた伝承はあるが、
最初の鋳貨は和銅元年(708)の「和銅開宝」といわれる。
その後、平安末まで十二種の鋳銭を「皇朝十二銭」と呼ぶ。

銭は唐制にならって、1文を単位とし、千文を一貫。
しかし、日本の銭は人気が無く、十世紀にやむなく廃絶。
十二世紀に、中国の銅銭(鎌倉期の宋銭、室町期の明銭)
が輸入され、これに諸国の私鋳銭が加わり、
十五世紀辺りまで続いた。

天正、文禄、慶長のころには、ようやく国家権力が統一
されて諸通宝が鋳造され、金・銀の半金が登場した。
江戸期には、金座、銀座、銭座の貨幣発行機関が
開かれ、貨幣の統一を実現。


『家紋大図鑑』:参照

 『日本家紋総覧コンパクト版』:参照





ちょっと気になるリンク集


「音読・日本の絵巻」
by:  楊 暁捷 (X. Jie YANG)様


 様より「永楽通宝の謎」
永楽銭は嫌われたり好まれたり、大小いろいろな
サイズのものが唯一残っている銭とのことです。


戦国武将 家紋ロータリーキーホルダー
真田幸村六文銭紋


 

 

 






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