limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

New Mr DB ⑳

2019年02月12日 13時09分31秒 | 日記
エピローグ ~ 光の戦士達

Kの逃走は直ちに関係各所に通知され、行方を追う体制が採られた。警察は手掛かりを求めてU法律事務所にも通知を行った。社長は、帰宅直前に「K逃走」の報に接し、八王子の“司令部”へ緊急連絡を入れた。その日の当直は、何とミスターJその人であった。「ミスターJ!とっ・・・とんでもないこっ・・・事が起こりましたよ!」「社長、落ち着いてゆっくり話してくれるかね?」「こっこれが、落ち着いてはっ・・・話せる事じゃない!けっ・・・Kが・・・」「Kがどうしたんだ?」「びっ・・・病院から、とっ・・・逃走した!」「馬鹿な!!術後に動いたら生死に関わる!何たる愚か者よK!」「そっ・・・それで、“Kの行き先に心当たりが無いか”と警察から問い合わせが来た。こっちは何も分からないので、そう返してあるが、ミスターJならと思ってね。何か思い当たる節はあるかね?」「私にも行方は思い当たらんよ。ヤツの思考ならどこを目指す?」ミスターJは思いを巡らせる。「ともかく、警察は非常線を張り巡らせて、捕縛するべく動いている。何か情報が入れば、至急電話をしますよ。こっちも万が一に備えて当直を手配したので。そちらは誰です?」「今晩の当直は私だよ。社長、動きを掴んだら直ぐに知らせてくれ!」「承知しました!お騒がせしました。失礼します」電話は切れたが、ミスターJは固まっていた。「Kなら、何を企んで逃げる?仕掛けはどこにある?」地図を広げて必死に考える。「横浜!Pホテル周辺か?!だとすれば、どうやって移動する?ヤツも無理は出来ない事は百も承知のはず、だとすれば、最寄駅から電車か?!そうすると、直通でなくては意味が無い!病院からだとすれば・・・」Kになりきり推測を組み上げていくと、朧気ながらにもヤツの行動が浮かび上がった。「リーダー、“シリウス”、N、F!」1階へ向かって叫ぶと4人は直ぐに2階へ駆けあがって来た。「どうしました?ミスターJ!」「Kが病院から逃走した!ヤツは、横浜のPホテル周辺を目指しているはずだ!Kの入院していた病院から最寄り駅へ行き、直通電車で逃走するならどこだと思う?」「そうだな、東武東上線なら渋谷経由で横浜まで移動できます!」“シリウス”が地図上を指した。「駅までの間は、車をジャックするでしょう!コンビニに網を張ればチャンスはあります!」N坊が指摘する。“シリウス”は着席すると、病院周辺の地図を画面に出した。合わせて東武東上線の時刻表を重ねる。「周辺のコンビニは3店舗、東武東上線の最寄り駅はここ。車さえ手に入れば、充分に到達できますね!」リーダーが画面を見ながら指摘する。地図の尺度が変わり画面上に光る点が表示された。「Nシステムのカメラ配置です。これから、通信網に割り込んで画像を手に入れましょう!顔認証システムで絞り込めば、Kを見つけられるかも!」「顔認証システムとは何だ?」ミスターJが誰何する。「最近開発されたもので、顔写真から被疑者の顔の特徴を読み取り、画像から得られたデーターと照合して割り出すシステムです。まだ、実験段階ですがソフトは持っているので、使って見ますよ!」“シリウス”はキーボードを叩き、画面から片時も眼を離さずに言う。「こちらも臨戦態勢を組もう!横浜のPホテル周辺に部隊を配置するんだ!」ミスターJは決断した。「そちらの配置は、私が指揮を執ります!総員緊急配備!!」リーダーは3階へ駆けあがった。「N坊、F坊、そっちは渋谷駅と横浜駅の監視カメラへアクセスして見てくれ!Kが乗車しているなら必ず引っかかる!」“シリウス”が言うと「OK、直ぐにかかる!」2人は端末に取り付くと“侵入”を開始した。「何としてもKの足取りを掴め!クズとは言えヤツの命が掛かっている!」ミスターJは厳命を下した。そして、Y副社長へ緊急打電を送信した。「何処に居るんだKめ!」

Y副社長は、退社寸前にミスターJからの緊急打電を受け取り、顔色を変えた。「Kが逃走だと!!ヤツの事だ、私に復讐を企んだか?!」インターフォンを手にすると秘書課長を呼び出す。「お待たせしました」「直ぐに来い!」雷鳴にも似た大音声で言うと、秘書課長はノック抜きでデスクの前へ転がり込んだ。「如何なさいました?」「Kが収容されていた病院から逃走した。目下、警察とミスターJ達が全力で追っているが、まだ手掛かりを掴めておらん!」「Kが逃走?!何故そんな愚かな行為に・・・」秘書課長は絶句した。「逃走経路が見えていないと言う事は、どこに現われるか分からない事を意味する。つまり、ここへ押し入ってもおかしくは無いと言う事になる。今現在残っている社員はどのくらい居る?」「大半は退社しておりますが、本社屋にはまだ10名程度は居残っています。工場には、遅番と夜勤の者達が約30名程度が居ります」「そうか、緊急事態だ!本社屋の者達は至急帰宅を促せ!それから、前回の作戦に参加した者達を集めてくれ。我々のところは自分達で護るしかない。Kの顔を知っている者達が必要だ!」「分かりました。至急呼び出しをかけます。Y副社長、対策本部はどこへ設置されますか?」「ここでいい。必要な食料や飲料水は呼び出す者達に買い集めさせろ。とにかく時間が無い。至急手配にかかれ!」「はっ!」秘書課長が飛び出して行くと「K、何を企んでいる!復讐か高飛びか?いずれにしても備えを取らねば。ミスターJに情報提供を依頼して置くか」Y副社長は返信を打電した。

いみじくもKは、ミスターJ達の予想通りに動いていた。唯一、違ったのは病院からの脱出に職員の車をジャックした事であった。職員更衣室から盗み出した衣服や財布の中に車のキーもあったからだ。だが、車を特定するのは難儀だった。リモコンキーのボタンを押しながら駐車場を徘徊する事10分。黒い軽自動車を突き止めると車に潜り込み、着替えを済ませた。「さて、最寄駅までのルートを検索するか」エンジンを始動するとナビの起動を待って、ボタンを押しまくる。音声操作ボタンを偶然押して「どちらまで行かれますか?」とのガイド音声にギョっとしつつ「東武東上線の○○駅へ行け!」と命じた。画面が切り替わり「ルート案内を開始します」と話しかけられ、またギョっとするがKは車をスタートさせた。病院のゲートは職員パスで意図も簡単にクリアする。パトライトの洪水を尻目にKは帆をかけて逃走を始めた。「ふふふふ、ここまでは読めていた。後は警察の検問だな。ナビがあるから、裏道を走っても目的地には辿り着けるだろう。まず、初動は成功だ!」Kは幹線道路を避けて裏道を選び車を走らせた。警察車両との接触は避けなければならない。裏から裏へ、遠回りにはなるが駅方向へ軽自動車は近づいていた。「当然、駅にも網は張ってるだろう。だが、今なら隙は必ずある!」Kには妙な確信があった。直感、いや第六感と言ってもいい。Kは吸い寄せられる様に駅へ走り続けていた。

同時刻、横須賀ではSとクレニック中佐との会談が行われていた。「Sさん、パスポートはお持ちですか?」「俺のトランクに入っている。それがどうした?」「我々は、もう直ぐ貴方を解放します。ですが、この基地から一歩出れば、貴方は日本の当局の追及・訴追を受ける事になる?そうではありませんか?」「こっちの手の内はお見通しか?ならば聞くまでもあるまい。首都高の事故、撹乱波発生器による襲撃、その他にも後ろ暗い事は多々ある。それがどうした?俺が訴追を受けてもあんた達には関係あるまい?」「それが大ありなのよ。貴方に“その意思”があればの話だけれど」「何を企んでいる?」「ペンタゴンにFBIにCIA、それらの関係者が撹乱波発生器について、非常に強い関心や興味を持っていているの。渡米して証言してくれるなら、貴方が引き起こした一連の事件について、大使館ルートで揉み消しを約束してもいいわよ!でも、これはあくまでも提案に過ぎない。貴方にその気があればの話。どう?考えてもらえるかしら?」「うーむ、期間はどれくらいだ?」「おおよそ半年。それだけ時間があれば、事を雲散霧消に持ち込むのに充分な時間を得られるわ。我々も国防上の懸念や脅威に対して、重要な証言を得られる。双方に不利な事はないと思うけど」「その間、身柄の保証はしてくれるのか?」「重要な参考人に危惧を抱かせる事はしないわ」「部下達はどうする?」「3人とも亡命を希望しているわ。勿論、証言と引き換えにだけど」「堀は埋めてある様だな。投降しなければ、狼に食わせるつもりだな!だが、俺は死なん。切り抜ける道を開く。いいだろう、アメリカで証言する事に同意する。その代り、事を揉み消すのを忘れるな!あんたに言っても知らんだろうが“火中の栗を拾う”と言う諺がある。俺は敢えて飛び込んで活路を拓いてみせる!」「分かったわ。その諺なら知っている。貴方なら活路を拓いて凱旋できるはずよ!」「あんた、軍人にしとくのは惜しいな。政治家に転身すれば、合衆国も思うがままに出来るだろうに」「いずれ、政界にも進出はする予定よ!でも、まずは法務部長の椅子と少将の階級を手にしたわね!」「あんたなら行けるだろう。俺の予感は結構当たるんだ」Sは不敵な笑みを浮べた。クレニック中佐も微笑んだ。取り引きは成立した。

「どうだ?」「セダンは全て出動させました。乗り込めるだけの隊員を詰め込んで。その内4人には背広を着せて、渋谷駅へ紛れ込ませます。Kを発見した場合は、状況に応じて追跡か捕縛を実行させます」「Kの写真は?」「携帯に送ってあります。4人は最寄駅から電車で渋谷駅に潜入します。他の者達は、Pホテル周辺に分散して待機します」「よし、今のところは最善手を打ったな」ミスターJはリーダーの報告を聞いて頷いた。「“シリウス”、何か掴めたか?」「Nシステムも完璧ではありません。今のところ網にかかって来ませんね。裏道を辿られた可能性が高いと思われます」“シリウス”が悔しそうに言う。「仮にKが電車に乗り込んだとしよう。渋谷駅で捕捉出来る確率はどのくらいある?」「東急線へ直通する列車はまだありません。工事が完了するには、まだ時間がかかります。乗り換える必要がありますから、ホームで捕捉出来る可能性は充分あります!」「それに、監視カメラへの“侵入”は終ってます。画像認証システムで割り出せば、間に合いますよ!」N坊も声を上げる。「横浜駅にも“侵入”は終ってます。最後の砦も備えはできてます」F坊も答える。「網は張り巡らせた。獲物がかかるのを待つばかりか。Kのヤツどこに消えおった?」ミスターJは唇を噛む。「待つしかありませんね。しかし、必ず網にかかりますよ!」リーダーが言う。「危険な状態でなければな・・・。傷口が開けば感染症から多臓器不全に陥る可能性が高い。一刻も早く見つけるんだ!」ミスターJは渋谷駅の画像に見入っていた。

ミスターJの懸念は、的を射ていた。Kは、東武東上線の最寄り駅を目指したが、途中で進路を変えて首都圏よりに1駅先を目指したのだ。警察の裏を掻いた策は当たり、見咎める者を気にせずにKは堂々と列車へ乗り込んだ。しかし、代償が無かった訳では無い。縫合した傷口が開き始めていたのだ。初めは疼く程度ではあったが、次第に痛みは波打つ様に襲い掛かった。「¨心頭を滅却すれば、火もまた涼し¨これしきの事で、俺は諦めんぞ!」Kは虚勢を張って素知らぬ風を装ったが、傷口からは遂に出血が始まった。列車は一路首都圏を目指してひた走ってはいたが、Kは次第に意識を失いつつあった。「何処まで来たんだ?」虚ろな目に駅名標は映らなかった。時間と共にKは昏睡状態に陥った。だが、他の乗客達は気付かない。Kを乗せた列車は、首都圏へと入って行った。状態は加速度的に悪化していた。¨DB!後を、後を頼む!¨Kの思念は遥か彼方に及んだ。

「どうだ?」ミスターJがリーダーに問う。「県警の知り合いの話では、非常線を破られた模様です。病院の看護師の軽自動車が盗まれ、他にもスーツや財布や帽子が無くなっているとの事です。また、Kは、刑務所内で剃髪しているそうで、容貌も我々の知り得ている姿とは変わっています。車にはナビが付いていたそうですから、裏道を走って逃走し、既に列車内に居ると見ています!」「だとすれば、何処までKは前進したか?だな。ヤツなら何を考える?どう、潜り抜ける?」ミスターJは必死に思いを巡らせる。「¨スナイパー¨、距離と方向から推察して、病院からの最寄り駅の前後駅までの推定到達時間は読めるか?」「幹線道路を避けて裏道を抜けたとすれば、40~50分はかかるでしょうか。警察の裏を突くなら1駅前に出るのがセオリーでしょうね!路線図を見ると、準急や急行が確実に停車するのが、1つ前ですから」「多分、ヤツもそれを狙っただろう!渋谷駅まで確実に行く列車のダイヤは?」「この4本の内のどれかでしょう!」¨スナイパー¨は画面上を指差す。「F、Kの写真を編集して現状を反映させてくれ!スキンヘッドに帽子を被らせろ!」「はい、10いや5分下さい!」F坊が言う。「Nよ、Kのパソコンのデーターを至急洗い直せ!青龍会からの買い物を今一度調べ直してくれ!恐らく¨偽造パスポート¨を手に入れているだろう」「分かりました!メールを調べてみます!」「¨シリウス¨お前さんは、渋谷駅の監視カメラから眼を離すな!Kが姿を現すのはあそこしかない!」「はい、顔認証システムで追います!」「Kの写真が出来ました!」F坊が叫ぶ。「リーダーと私の携帯へ送信しろ!リーダー、渋谷駅と横浜駅の隊員へ転送をしろ!」「はい、今、やってます」「¨スナイパー¨4本の渋谷駅到着時刻を¨シリウス¨に教えろ。それと、車を用意してくれ。私も横浜へ向かう!」「承知しました。これが到着時刻だ」¨シリウス¨の手元にメモが渡される。「リーダー、状況が分かり次第、携帯へ連絡をくれ!私はKを捕らえに出る!指揮は任せるぞ」「了解しました。Kの画像は転送を終えました。ミスターJ、どちらまで出られます?」「横浜駅で待ち構える。まず、ヤツを捕らえて病院へ担ぎ込むのが緊急の課題だ!¨スナイパー¨、出るぞ。最速で横浜へ飛ばせ!」ミスターJは腰を上げた。エンジンの咆哮は急激に高まり、¨スナイパー¨の車は急発進して行った。
「Y副社長、前回の作戦に参加した者が集結しました。現在、車で敷地内のパトロールを開始しています」秘書課長が報告すると「よし、Kの容貌写真が届いている。彼らの携帯へ転送しなくてはならん。今、君のPCへ送ったから、各員へ転送を急げ!それと、ベトナムにもK逃走を知らせて置け!DBになんらかの変化があるはずだ」「分かりました。しかし、ベトナムに影響があるとは思えないのですが?」「KとDB、彼等の時空間を越えた繋がりは侮れない。何かしらの変化は予測すべきだ。万が一を考えれば手は打って置くべきだよ」「はい、至急ベトナムに打電します!」秘書課長が飛び出して行くと「KとDB、彼等は最後に何を伝え合う?必ずやKはDBに¨彼¨の始末を託すだろう!それをキャッチ出来れば最善なのだが…」Y副社長は1人呟いた。

¨DB、起きよ!DB聞いてくれ!我は間もなく一生を終えるだろう。貴様を救う事も叶わずに、逝くのは痛恨の極みだ。だが、貴様は必ずや日本の土を踏み、憎き小僧に会い対するだろう。後を、後を頼む!¨
DBは、潜在意識下でKのメッセージを受け止めた。睡眠薬が切れて覚醒した後、DBは眼だけを動かして周囲を伺った。身体を動かすと、透かさずロックンロールがフルボリュームで流れるからである。¨Kよ!メッセージは受け止めた!後は任せろ!¨DBの眼からは涙が流れた。しかし、声を上げたり身体を動かす事無く、横臥し続けた。静かにKを送るにはそれしかなかったのである。「どうだ?変化の兆しはあるか?」「いえ、特にありません!そろそろクスリは切れるはずですが、此れと言った変化は見えません」「念のため麻酔ガスを噴射して置け!下手に暴れられると事だ」「はい、ガス噴射開始しました!」「DB、悪いが今しばらく眠ってくれ。安全管理上、やむを得ないのだ」間もなくDBは、意識を失い深い眠りの世界へ落ちて行った。

闇夜を切り裂く様に¨スナイパー¨の車は疾走していた。どこを走っているかを知っているのは、ハンドルを握る¨スナイパー¨だけ。裏道を抜け、幹線道路を避けて車は横浜を目指している。ミスターJの携帯が鳴った。「Kが青龍会から買ったブツが割れました!偽造パスポートです!」N坊が報告する。「やはりそうか!現金と共に隠されいるに違いない。場所は推定出来ないか?」「前回の作戦でのK達の行動記録を洗って見ましたが、Pホテルに程近いサウナが怪しいですね。ロッカーの鍵が見つかれば、間違い無くそこしかありません!」「分かった!当局の手に落ちる前に、我々が手に入れねばならん!渋谷駅の状況は?」「1本目が到着しましたが、Kの姿は見つかっていません。隊員達からも報告はありません!」「引き続き監視を続行しろ!連絡は適宜かつ速やかに入れろ!¨スナイパー¨、後どのくらいかかる?」「30いや、20分下さい!これからが山場です」右に左に車は目まぐるしく旋回する。「Aか。夜分に済まんが、Qに連絡して□病院に救急受け入れ体制を取らせろ!間もなく患者を捕らえて搬送する。応急処置後にZ病院へ送る事になるだろう。¨ドクター¨にも知らせてくれ!Kだよ!ヤツが逃走してこちらに向かったのだ。かなり厳しい状況になるだろう。ああ、そうだ!1秒も無駄に出来ん!直ぐにかかってくれ!」ミセスAに繋ぎを付けている間も、車は疾走し続けている。また、携帯が鳴った。「Kを捕らえました!隊員達が介助しています!意識はまだありますが、朦朧としていて自力での歩行は困難な状況です!」リーダーの声は絶叫に近い。「分かった!○○駅まで護送しろ!□病院へ担ぎ込むんだ!全速力で車両を回せ!¨スナイパー¨□病院へ急げ!」「了解、荒っぽく行きますよ!」前にも増してエンジンは咆哮し、横Gが容赦なく襲い掛かった。ミスターJは必死にY副社長への打電を行った。¨K捕獲す。意識等は不明。急ぎ治療へ…¨で送信してしまった。「まずは、Kから鍵を奪わねば!」ミスターJにも珍しく焦りの表情が浮かんだ。当局の手に落ちる事だけは避けなくてならないのだ。

「どうやらKを捕らえた様だ。秘書課長!全員を集めてくれ。危険は回避された!後はヤツの安否確認をすればよい。最終的には、恐らくZ病院に担ぎ込む筈だ。私の車を用意したまえ。時が来たら行くとしよう」「はい、直ちに!」秘書課長が行く背中を見ながら、Y副社長は「これがヤツの最期となろう。如何に化け物染みた輩でもな」と呟いた。相容れない仲ではあった。仇敵でもあった。だが、そんな人間でも¨先に逝く¨のは、寂しい事だった。「Kよ。貴様は仇敵ではあったが、共に社業に励んだ事もある。悪に手を染めたのは痛恨の極みだが、先に逝くとは何事だ?!」誰も居ない部屋でY副社長は、吐き捨てる様に言った。頬に一筋、流れ落ちるモノが光った。

Kは、□病院で応急処置を受けてからは、救急車でZ病院へ搬送された。「ミスターJ、有りました。ベルトのバックルの中に入っています!」隊員が切り取ったバックルを差し出した。バックルをこじ開けると、やはり鍵が見つかった。「あった!これがヤツの切り札か。他には怪しいブツは無かったか?」「いえ、不審なものは何もありませんでした」「そうか。君達は、警察から事情聴取を受けるだろう。対策は準備してあるな?」「はい、4人で口裏を合わせる準備は出来てます。ただ、ここの関係者とはどうします?」「私にお任せを。ミスターJ、□病院側と部下の皆さんとで擦り合わせをしたいのですが、宜しいですか?」「Qよ、済まんが宜しく頼むぞ!ところでKの容態は?」「大変危険な状況です。朝まで持つかどうか?断言出来ません!」「いよいよ、あの悪党も最期か・・・、Q、後は任せる!私はZ病院へ向かう!」「急いで下さい!時間はあまりありません!」「分かった!¨スナイパー¨、Z病院へ向かう!」「はい、急ぎましょう!」ミスターJはZ病院へ急いだ。「リーダー、KはZ病院へ搬送された。各隊は、最小限を残して引き上げさせろ。私は、ヤツに会って来る」「了解しました。警察はまだKの行方を把握しきれていません。ですが、追い付くのは時間の問題でしょう。¨ブツ¨はどうなりました?」「私の手の内に確保してある。心配は無用だ」「では、我々は待機体制に戻ります。くれぐれもご用心なさって下さい!」携帯は切れた。Z病院はもう目と鼻の先だった。「¨スナイパー¨、どう言う魔法だ?」「住宅街を突っ切っただけです。普段は使わない奥の手ですが、時間帯が深夜ですから」「救急口に着けてくれ!¨ドクター¨に話を聞いて見よう」「了解、私も同行しますよ」「いや、1人で行かせてくれ!最期になるだろうから」ミスターJはしんみりと言った。救急口には、¨ドクター¨が待ち構えていた。「覚悟は出来てるじゃろうが、朝日を拝めるかどうか・・・」「Kは何処に?」ミスターJは誰何する。「ICUの右手前じゃ!どれ、案内しよう」¨ドクター¨はICUへミスターJを招き入れた。Kはあらゆる医療機器を纏っていた。時間の問題ではあったが、医師達は最善を尽くしていた。「1人にしてくれるか?」「ああ、別れを言う時間はある。わしは外で待つとするかの」¨ドクター¨が席を外すとミスターJは「悪党の分際で、散々振り回しおって!だが、貴様は卑怯者だ!何故、先に逝く!仇敵とは言え、同じ時代を生きた証を奪うのか?!」ミスターJの頬にも一筋、光るモノが流れた。しばらく無言の時が流れた。「去らばだKよ。いつの日かまた会おう!」ICUを出ると¨ドクター¨が「時代は変わるな。老兵は去り、若者が次の時代を紡ぐ。時間は誰にも止められん!」と呟いた。ミスターJはY副社長へ打電をした。¨K、世を去る¨享年60歳。悪に手を染めなければ、後5年は活躍の場はあった。だが、これも運命だったのかも知れない。朝日が顔を出した。Kは静かに息を引き取った。

それから数日後、八王子の¨司令部¨には、最後まで残った人員と車両数台が引き上げの準備を終えて待機していた。「¨撤収作業¨完了しました」リーダーが静かに報告すると「さて、帰還するか。皆、ご苦労だった!今次作戦も無事に終了した。¨基地¨へ戻ろう!」ミスターJが宣言をすると、車両は続々と西へ向かった。ミスターJの胸には幾つもの画がスライドショーの様に去来した。まず、1つ目。Kの死は当初収容された病院での急死とされ、逃走の事実は伏せられた。当局にしても取り逃がした事実は、手痛い失敗であり世論の追及をかわす必要があったからだ。Kが秘匿していた鍵についても、当局は気付く事はなくミスターJ達の手によって始末が付けられた。2つ目。M女史の手には合計で1億1千万円の資金が贈られ、事務所経営は当面の安定を見た。¨黒のベンツ¨は2台で3000万円の値が付き埼玉の業者が落札した。予想外の大金にM女史は、腰を抜かしたが「Sがアメリカで¨国際法の勉強をしたい¨と言い出しました。2~3年はかかるでしょうが、バックアップしたいと考えております。それまでに事務所経営を軌道に乗せ、強固な体制を作り上げるつもりです!」M女史はしかと前を向いて答えた。まだ、新生事務所は立ち上がったばかりだが、彼女なら必ず成し遂げるとミスターJは確信した。3つ目。Y副社長は、Kの最期を見届けると「ミスターJ、DBの件は責任を持って引き受ける。“彼”の再起に力を尽くしてくれ!」と言い「“彼”が復職した折には、君の職場に配属しようと思う。免疫の強化とDB対策を伝授して欲しい!」と依頼を持ちかけて来た。ミスターJは、2つ返事で応じた。残された会社勤務の最期に相応しい任務だった。4つ目。R女史は近々、Z病院から退院する予定だ。“ドクター”からの情報では「これからは、地域に特化した事務所経営にするつもり。馬車馬みたいに働くよりは、身近な人々の支えでありたい。人恋しくもなったから、お見合いでもするつもり。相手は弁護士でなくてもいい。父さんみたいな暖かい人を見つけて、しあわせに暮らすの!」と毅然として言い放ったそうである。更に彼女は、Kの遺骨を引き取った。2人の実の娘たちはKの遺骨の引き取りを拒否し、無縁仏となる運命になりかけていたが、何故か彼女は手を上げたのだった。理由はつまびらかではないが、彼女も父親の背を追っている。父のして来た道を知らず知らずに継いでいるのかも知れなかった。「N坊!F坊!いい加減に諦めろ!廃車になっちまったら元も子もないじゃないか!」無線で“車屋”が呼びかける。「そうはいかねぇ!意地でも自力で帰るぞ!」「折角治ったキャリアカーを“おしゃか”にしたら、非難轟轟だろうが!」2人は虚勢を張る。だが、2人の車は遅々として進まない。原因はお分かりだろう。ミセスAの“悪魔のボストンバッグ”と当人である。過積載は覚悟の上だったが、予想した以上に登り勾配に手こずっていた。彼らの車は、後方に置き去りにされつつあった。「だーかーら、諦めろよ!修理不能になったら本業に支障が出るだろう?」“車屋”が必死になって説得を試みる。「ダメよ!折角、NちゃんとFちゃんとドライブを満喫してるんだから!邪魔するなんて野暮はさせないわ!」ミセスAも譲る気はなさそうだ。「OK、付き合うよ。どの道ここから先は急こう配区間だ。牽引の用意もして来たから、ゆっくり行きな!」“車屋”は寄り添う様に後ろから追跡して行った。

退院したR女史は、菩提寺にKの遺骨を納めた。供養に必要な費用は、Kが偽造パスポートと共に秘匿していた現金が充てられた。ミスターJは、パスポートは持ち帰ったが、現金はM女史を通じて彼女に託したのだ。「K、安らかに眠りなさい。DBはベトナムで元気に働いているわ」彼女は優しく呼びかけた。「お嬢様、そろそろお戻りにならなくてはお体にさわります!」母親同然のスタッフが呼んでいる。「はーい、帰るわよ!」彼女は元気な声を上げた。「貴方達には感謝してます。でもね、そろそろ引退に備えて後任を探して頂戴!そうしないと孫の顔が見られないわよ!」いたずらっぽく彼女は言った。「何を言われますか!我々は亡きお父様からお嬢様を託されております。まずは、相応しい婿探しからです!」「弁護士に拘らないで!父さんみたいな人ならサラリーマンでもいいわよ!」2人は眼を丸くした。「私は、この街と共に生きてくれる人なら、それでいいの。父さんが護ったこの街を私も護り続けたいのよ!」青空の下、彼女は歩き出した。光あふれる港街に向かって新たな一歩を踏み出していく。「光の戦士。ウルトラマンじゃないけど、そんな弁護士になる!」彼女はそう言って、次の時代を紡ぐべく進みだした。

New Mr DB 完

New Mr DB ⑲

2019年02月07日 11時28分20秒 | 日記
夜が明けた。八王子の“司令部”では、リーダー以下“シリウス”N坊とF坊の4人が、充血した目をこすってPCのモニター画面に見入っていた。“旧AD法律事務所”に関するデーターの精査がようやく終わろうとしていた。「どうやら、他に不審な点や銀行口座の情報や、ペーパーカンパニーの存在は確認出来ないな。F坊が見付けた、スイス銀行の口座と香港のペーパーカンパニーだけの様だ!」“シリウス”が疲れた声で言った。「現在の残高は分かるか?」リーダーが目頭を押さえて問う。「最新の情報が半年前ですが、約6580万円になります。それ以降については照会不能です。S本人が持っているカードもしくはIDとPWが判明しないと無理ですよ!」N坊が言う。「“シリウス”、お前でも無理か?」「銀行が相手ですからね。セキュリティーを突破するのは容易には行きませんよ」リーダーの問いに、諦め顔で“シリウス”が返す。「そっくりそのまま残っているとすれば、Sを裸の王様には出来ない!さて、どうする?」F坊が悔しそうに言う。「Sは横須賀に釘付けだろう?如何に俺達でも基地に“侵入”するのは不可能だ。多分、私物の中にカードも入っているだろうが、そいつを手にするのは厳しいな」N坊も悔しさを隠さない。「仮に、口座から現金を引き出してもどうします?裏金ですから税法上の問題をクリアしなくては表立って使う訳にも行かないでしょう?」“シリウス”が肝心な点を指摘する。「それは認める。資産を隠匿していたのだから、脱税の容疑で当局の追及を受けたらアウトだ。闇から闇へ葬るしかあるまいよ!それでも、Sの資産に変わりは無い。どうにかして没収しなくては、M女史に災厄が降りかかる事になる!」リーダーは唇を噛んだ。「銀行のセキュリティーを突破するとなると、4~5日はかかります。でも、それでは時間切れです。我々の持っている手ではどうにもなりませんよ。ミスターJに判断を仰ぐしかないでしょう?」“シリウス”が問う。「そうだな、我々はここまでだろう。ミスターJに判断を聞こう!」リーダーは携帯を取り出すと、ミスターJを呼び出した。

ミスターJは、コーヒーブレイクの真っ最中だった。「さて、今日は“撤収作業”もある。夕方に八王子へ移動するには、直ぐにも始めたいところだが、爆音轟く中でやる気にはならんな!」爆音とは言うまでも無く“スナイパー”のイビキである。余程熟睡しているのかは不明だが、B29の大編隊さながらの轟音が轟いているのだ。下手をすると焼夷弾が降るかも知れなかった。その時、携帯が震えた。「おはよう、リーダー何があった?」ミスターJは即座に不穏な空気を察知した。「早朝からすみません。実は・・・」リーダーはSのスイス銀行の隠し口座と香港のペーパーカンパニーの存在について報告を行い、指示を仰いだ。「何!そんな裏がまだあったのか?それは何としても叩き潰さなくてはならんな!」ミスターJは直ぐに同意して思いを巡らせた。「リーダー、本件はM女史は知らんのだな?」「はい、恐らく知り得てはいないかと。“旧AD法律事務所”のデーターのかなり深い部分に隠されておりましたし、PWでプロテクトされていましたので、S以外は知り得ていないと思われます」「そうか、いずれにしても不法な蓄財である以上、M女史には手渡せないな。税法上厄介な事になる。そうなると、どうやって始末するか?が問題になるな!」「はい、根絶しなくてはSに鉄槌を下せません!」「その通りだ。だが、1つだけ手がありそうだ!恐らくだが、極秘裏に使い切る方法が無くはない。宜しい、本件は私が処理に当たろう!他に隠し口座やペーパーカンパニーの存在は、確認されておらんのだろう?」「はい、徹夜で検証・分析した結果、確認されませんでした」「ならばいい。“前線基地”を撤収する前に道筋を付けて見よう。ご苦労だったな。交替で仮眠を取って置け。最後の仕上げが目前だ!一気に仕上げる予定だ。過労は避けてくれ!」「分かりました。では、お任せします」「リーダー、休めよ!」ミスターJは念を押すと携帯を切った。「恐らく、米軍もこの資金については、把握しているに違いない。向うに水を向ければ、山は動くやも知れん。中佐にもう1つ手土産を持たせるのも悪くはあるまい!」ミスターJは微かに微笑んだ。カップをソーサーから持ち上げると、コーヒーを一口飲みもう一度算段を弾いて見る。「やはりこれしかあるまい!」ミスターJは断を下した。携帯を取り出すと、メールを作成して送信する。「後は、待つだけだ!」カップがソーサーに当たり軽やかな音を立てた。

クレニック中佐は、ミスターJからのメールを見て、直ぐにオブライエン少佐を呼び出した。「少佐、例の“買い物”の件だけど、中国からの機器の購入に際して、どの様に手配したの?」「はい、取り調べた3人の香港人の手を借りて、ペーパーカンパニーを経由させてこちらへ輸入しました!」「そのペーパーカンパニーの社長は誰なの?」「ボスのS氏です。支払いの口座も、彼の名義のスイス銀行の口座を拝借して、我々の存在に気付かれないようにしています!」「資金の補填に関しては?」「一時的に立て替えて貰ってますが、同額を補填する予定です。S氏が開放される際には、支障が出ない様に手続きは進んでいます!」「シャドーのボスであるミスターJから連絡があったわ。S氏の資金を全て使い果たして欲しいそうよ!補填の必要は無いと言って来たの。どう言うつもりなのかは分からないけれど、我々の予算にも限りがある以上、乗らない手は無いと思うの。残高はどうなっているの?」「6580万円の内、半分を送金しましたので、3290万円が残っています!」「ペンタゴンからの“調達要求”をどの程度満たしているの?」「3分の1に留まっています。残金を全額使っても、残り3分の1は応ずる事は不可能です!」「では、補填分も加えて残りの3分の1の“調達要求”を満たす手配を至急取りなさい!」「宜しいのですか?個人の資金を使うとなると、公聴会で叩かれでもすれば、疑念を持たれる恐れもあります!」「税逃れの裏金だとしたら、どうなるかしら?日本でも表立って使えない資金なら、それなりの説明をすれば、問題とはならないはずよ。S氏からの提供があったとのメイキングをして置けばどう?ペンタゴンからの“調達要求”を満たしてやれるなら、彼らも不満は言わないでしょう?」「それはそうですが、S氏へはどう説明するおつもりですか?」「彼も米国へ連れて行けば、立場を理解するでしょう。資金提供の見返りとして、米国での保護を条件にすれば乗って来るはずよ!現状のまま解放したら、日本の当局からの追求から逃れるのは不可避のはず。時を稼いで闇から闇へ葬るまで待つなら、私達の言う事を聞かなくてはならないはずよ!少佐、至急手配にかかりなさい。ペンタゴンを黙らせるのよ!」「イエス・サー!では、存分にやらせていただきます!」オブライエン少佐は部屋を辞して行った。「さて、私はS氏との“取り引き”にかからきゃ。手土産をいただいた恩は忘れないわよ、ミスターJ!」中佐は、Sの経歴を調べ始めた。中にはミスターJから提供を受けた資料も含まれている。「使い方次第では、我が国の防衛に寄与する事は間違い無いわね!」中佐は窓の外を見た。快晴の空が広がっていた。

Z病院のICUから内科病棟へ移されたR女史は、久し振りに白以外の色を眼にする感覚を体現していた。個室に入れられた彼女は、窓から外を眺めて居た。中庭に面した窓からは木々が見え、花壇には花々も見えた。「やっと帰って来た!」彼女がそう言うと「まだ半分ですよ!さあ、ベッドに戻って!」とミセスAがすかさず釘を刺す。「体内では、まだ細菌との戦いは続いているのよ。最悪からは帰れたけれど、退院を云々するには時期尚早だわ。油断大敵!気をつけてくださいね」ミセスAは細心の注意を払う様に、こんこんと話を続けた。「それと、貴方に面会の方が見えてるわ。今、消毒をして貰ってます。そろそろお見えになるはずよ」「Rちゃん!やっと出て来れたね!」「T先輩!」久々の再会だった。ミセスAはT女史に2~3の注意を耳打ちすると、ナースステーションへ戻って行った。「Rちゃん、やっと真実を聞かせてあげられる。私も感無量だよ」「そうですね。やっと真実を知ることが叶う。私も気になって仕方ありませんでした・・・」「じゃあ、再生するね!」
T女史は、黒いICレコーダーを取り出すと再生ボタンを押した。

「どうかお慈悲を!国内が無理なら海外でも構いません!」「そうは言っても社則に違背した事実は覆らん!犯罪に加担した以上、懲戒解雇は免れんぞDB!役員を説得するのは無理だ。弁護士も同じことだ!」「私は家族を養わなくてはなりません。どうか見捨てないで下さい!副社長、お言いつけは何でも聞きます!」「尋常な事では無いぞ!余程の理由が無ければ、周囲を納得させられん。だが・・・、1つだけ手はある。それは“現地採用”でベトナムへ潜り込む事だ!貴様はどの道、懲戒解雇にせざるを得ない!普通ならそれで終わりだが、特別に情けをかけよう。貴様は、直ぐにベトナムへ飛べ!こちらから“現地採用”の内諾を出して置く。定年まで帰国は叶わんし、給与も半額にはなるが家族を養う糧にはなるだろう。異例の処置だが、極秘裏に手配してやろう!それで構わんな?!」「ありがとうございます!決して違背は致しません。定年まで現地で必死に働きます!」

「どう?少しは胸の閊えは消えたかな?」T女史は静かに聞いた。「ええ、もやもやしてた気持ちが落ち着きました。情けをかけてもらってのベトナム行きか。確かに異例の処置だけど、ここまで普通はやらないものなのに。DBは、救われてたのね!」「そう、これは会社から提出させた音声記録よ。Rちゃん、ICレコーダーは置いて行けないけれど、私が責任を持って保管して置く。退院したら取りに来てね」T女史は黒いICレコーダーを鞄に入れる。「それと、もう1つ。悪い知らせがあるの。Kが命を狙われたの!Rちゃん達にも嫌疑がかかったけれど、直ぐに消えたからそれはいいとして、犯人はまだ捕まっていないの。警察は暴力団関係者に絞って行方を追ってる」「Kは助かったんですか?」「大丈夫、寄生虫に取り付かれて一時は危険な状態だったけれど、オペで寄生虫を取り除いて一命は取り留めてる。今は収監されている刑務所の近くの大学病院に収容されているわ」「どんな虫だったんですか?」「フィラリアよ。心臓の裏にいたらしいわ」「どんな手口でフィラリアに?」「Rちゃん!貴方の悪いクセ!何もかも知りたがるのは、全然治らないのね。自身もまだ入院中なのよ!続きは完璧に治ってからにしよう!どっちにしろ、捜査はまだ続いてるの。貴方は自分の事だけを考えなさい。そうしないと、永遠に閉じ込めるよ!」T女史は怖い目をしてR女史を睨んだ。さすがに先輩に睨まれるとR女史も神妙に「はい、すみません。まず、退院して先輩の事務所に行く事を目指します」と頭を垂れた。「そうでなくちゃ。いつまでも留守にしてると、みんなが心配するのよ!分かってるなら、お医者さん達の言う事を聞いて、早く戻りなさい。あら、もうこんな時間!私も看護師さんに怒られそう。Rちゃん!今日はここまで。また、来るからね」「先輩、ありがとうございます!」T女史は慌てて病室を後にした。「Kも戦ってる。私も負けられないわね」R女史は安堵してベッドに横になった。窓から眩い光が差し込んでいた。

「“スナイパー”、小道具のトランクも忘れるな!ああ、それだ。八王子でNとFに分析させて記録する重要なモノだ。お前さんの荷物はどうした?」“撤収作業”にいそしむミスターJは、“スナイパー”に注文を付けながら言う。「荷物の積載は済んでますよ。ノートPCとプリンターもいいですか?」「ああ、持って行け。以外に広いから手こずるな。だが次にお前さんが戻るまでに済ませて置く。そのカートをどかせ!テーブルを拭き取るから」2人はそれぞれに作業に励んでいた。クレニック中佐は、ミスターJの提案を受け入れ、なおかつ“Sを参考人として本国へ招致したい”と告げて来た。期間は約半年。身柄の保証と滞在経費はSの資金から拠出するとも言っている。半年の渡米は、M女史にとってもR女史にも好ましい結果を生むはずだ。その間にSが引き起こした事件を抹消してしまえばいい。ともかく、当局が疑念を生むことも抱くことも無い様に片付ければ、M女史もR女史も安全になる。R女史への“すりこみ”も始められている。彼女に対しての“正しい認識”の植え付けも順調に進んでいる様だ。今回の作戦の大半は無事に終了しつつある。「最後の仕上げまでは気は抜けんな。だが、ここまでは順調だ。何事も無く行けば週内には撤退出来るだろう」とミスターJは呟きながら最後の縁を拭き取った。白い手袋を取り出すと、ゴミ袋を縛る。“スナイパー”が戻ってきた。「準備完了しました。直ぐに八王子へ向かいますか?」「いや、下のカフェでコーヒーを飲もう。一息つかせてくれ!」ミスターJは手袋をはめるとドアを閉めていく。「さすがに疲れた。軽く食事も済ませよう」“スナイパー”と共にエレベーターで2階へ降りる。カフェでコーヒーと軽食を注文すると、椅子にもたれて、大きく息を吐く。「いよいよ、仕上げですか。今回も色々とありましたが、少しホッとしますね」“スナイパー”が言うと「確かに横道にそれた部分は否定しないが、大勢は決したな。ここまで来れば先は見えている。残った課題を八王子で片付ければ、任務完了だ。もう少し頑張ってくれ」ミスターJは息を整えつつ返した。「Sの渡米も決まりですか?」「本人次第だが、中佐が首に縄をかけてでも引きずって行くだろうよ。ヤツが留守の間に諸々を片付ければ、後は雲散霧消になるだろう。M女史がSをどうするか?は2人の問題だ。それは姉弟で決着をつけさせる」「クレニック中佐も手土産満載で帰国すれば、株も上がりますから多少の無理は黙って聞くでしょう。向うにすれば、国防上の懸念について仔細に分かる訳ですし、こちらとしても利はある。取り引きとしては上々じゃあありませんか?」「まあな。こちらの条件が通ってくれただけでも儲けものだ!」「彼女、本気で法務部長を狙ってますよ!今回の功績で、また一歩前進ですよ!」“スナイパー”がにやけて言うと、コーヒーと軽食揃った。2人はゆっくりと時間を過ごした。

同刻、八王子“司令部”では、リーダーの指揮の元、片付けと移動が始まっていた。「2階にスペースを作れ!ミスターJの寝床を設置する。パーテーションで区切るんだ。PCを1mばかりずらさなきゃならんぞ!1階の“遊戯スペース”は階段の下に押し込めろ!空いた空間を寝床に替えるんだ!」“シリウス”を先頭に2階組が、N坊とF坊を中心に1階組が編成され室内の片付けと清掃が始まる。それを見届けたリーダーは、駐車場の整理に外へ飛び出した。遊撃隊員と一部の機動部隊員を前に「帰りを考慮して、車両の再配置を行う。“黒のベンツ”は建物の直ぐ脇、吊り出しやすい位置に移動させろ!前は遊撃隊の車で遮蔽、後ろにはトラックを配置、3軸車も直ぐに出られる位置へ出してくれ!今回は順次引き上げになるはずだ。両隊共に分かりやすい様に工夫しろ!」と命じると、携帯で大隊長を呼び出す。「大隊長、長い事ご苦労だったな。Z病院周辺に展開している車両だが、明日から順次引き上げを開始する。ああ、撤収だよ。まず、半分を帰還させる手配にかかってくれ。そうだな、トラックはギリギリの線でいい。セダンの隊員達は最後まで残る形で。うん、采配は任せるよ!何かあれば、こちらに連絡を入れてくれ。24時間当直は居るからな。じゃあ、頼んだよ」と言って事務所に戻る。「リーダー、ちょっといいですか?」“シリウス”が声をかけて来る。「どうした?」「いや、例のサーバーなんですが、再利用出来ませんかね?」「どう言う意味だ?」「破壊を前提に検証して見たんですが、結構モノが高性能なんですよ。基地のサーバーより容量は少なめですが、処理速度が速いんです。破壊するには惜しくなって・・・」「だが、公言した以上、破壊が前提だぞ。どうやって誤魔化す?」「方法はありますよ。筐体は別モノに換えて、“基地”に眠っている古いサーバーと差し替えられませんか?」「つまり外回りは破壊するが、中身を残したいって事か?」「まあ、そうです。N坊とF坊も“チューニング次第では、最速で運用できる”って言ってます」「うーん、ミスターJがお見えになったら聞いて見ろよ。どの道、破壊工程は動画で記録して、U事務所に報告する事になってる。社長も中身までは知らん訳だから、やり様はあるが、ミスターJの許可が出るかなー?」「ともかく、破壊はいつでも出来るので、判断を待ってからにしますよ」「一応、聞いて置く。それより、2階のスペースは確保したか?」「はい、終わってます。掃除も済みましたよ」「残るは1階か。あー、誰か食料調達に行かせてくれ!手の空ているヤツなら誰でもいい。2人分増えるから、計算を間違うなと言って出させろ!」「はい、俺と隊員2人で行って来ますよ」“シリウス”が請け負った。上へ下への大騒ぎが収まったのは、午後3時を過ぎていた。

Kの容態は安定していた。ICUを出るのにしても左程の時間を要しなかった。絶対安静ではあったが、Kは一般病棟の個室へ移送され、出入口には警官が24時間交代で見張りに着いた。“第一段階は、成功したな。これからは、あらゆる時間を探ることだ!”Kの脱走計画は、第二段階へ進んでいた。もっとも懸念された着衣についても、病室のロッカーの中にある事を掴んでいた。何故、Kが着衣に拘ったのか?と言うと、“ロッカーの鍵”を隠し持っていたからに他ならない。ベルトのバックル部分に巧妙に隠された“ロッカーの鍵”は、横浜のサウナのモノだった。KとDBが“異臭の素”を抜くために、悪戦苦闘を繰り広げたあのサウナに、Kは密かに“現金と偽造パスポート”を隠していた。“横浜へたどり着けば、高飛びに持ち込める。DBとも連携出来れば、Yを葬る手立ては幾らでもある!とにかく、安全に横浜へたどり着く手筈を探らねばならん”Kは、従順な風を装いながら1つ1つ確実に、脱走に向けて動き出していた。

B29は、ベトナムでも飛んでいた。しかも、想像を絶する大編隊だ。編隊を指揮しているは、言うまでも無くDBである。睡眠薬で眠る事にすっかり慣れた“食用蛙”は、最近肥り始めていた。47kgまで落ちた体重が50kg近くまでリバウンドし始めていたのだ。「マズイ!危険な兆候だぞ!食事を変えたのか?」「いえ、むしろ糖質や全体の量を減らしている状況です。問題なのは、寝ている時間が長い事ではありませんか?」「うーむ、だが、現在の様な生活習慣になってから、紐などは発見されておらん!むしろ脱走の危険度は低下した。そこをどう見極めるかだな?」「はい、BGM作戦の効果もありまして、ひたすら眠る方向に逃げています。恐らくは“体力の温存”を画策しているのでは?」「有り得るな。そして一気呵成に攻めかかるつもりだろう。まあ、そうした事をいくら画策しても地下空間からは逃げられはせんが、体力を付けられるのは具合が悪い。食事を削るのは無理か?」「日に2食ですから、これ以上削るとすれば睡眠薬を増量して、1食まで減らすぐらいしか手はありません」「なに!既にそこまで落としているのか!1食だけにすれば生命維持に支障出がるな、生かして置くのも命令だ。だとすればどうする?」「今のサイクルを変えない事でしょうか?幸い、会計上は黒字で推移しています。食事の質をもう一段落として、肥えないようにコントロールを試みるのはどうでしょうか?」「二律相反する事だが、そこが妥協点か?致し方あるまい。その方向でやってみよう。別の意味で問題が出たら、その都度転換すればいい」事業所長はモニター室を出て、デスクに座り込む。「違背はしておらんのだろう?」「はい、BGM作戦にも抵抗を見せては居ません」「ならば、当面現状を維持して置け!経費も節約しなくてはならん。DBには、一段と質素に過ごしてもらおう!」「承知しました。では、本日より栄養制限を強化します!」「済まんが宜しく頼む」モニター室からは爆音が轟いているのが微かに聴き取れた。

「諸君、今日まで大変な苦労をかけた。だが、今回の作戦もいよいよ最終局面を迎えつつある。まず、私から一言労いを言わせて欲しい。感謝する!明日からは、一部の者を残して順次撤収に入る。機動部隊と遊撃隊は、本業に支障が迫っている者を優先して帰還させる。各隊で調整に入ってくれ。最後まで残るのは、“司令部”の要員とZ病院のAと“ドクター”とする。詳細については、リーダーと打合せて不都合が出ない様に実施してくれ。私からは、以上だ」ミスターJは電話回線を通じて、全員に呼びかけた。「帰還に際しての具体的な動きについては、順次指示を送る。大隊長の所は、指示通りに進めて欲しい。“ドクター”、R女史の容態はどうですか?」リーダーが誰何する。「ほぼ危機は脱したと診ていいじゃろう。退院までは、まだ3~4週間は要するがな。ミセスAは、そろそろ八王子に引き上げてもらって構わんよ。ワシは、経過観察と研究データーの収集のために、個人的に残るつもりだ。元々、溜まっていた休暇を取らされてる最中じゃ!少しは骨休めをさせろ!」“ドクター” が噛み付く。「分かりました。ミセスAには、明日引き継ぎを済ませて、八王子へ引き上げる様に伝えて下さい」リーダーも苦笑しながら返す。「承知した。Z病院の方はワシに任せろ!では、回診があるので切るぞ」“ドクター”は回線から離れた。「大隊長、そちらも予定通り進めてくれ!」「了解、回線から離れます」「さて、これで遠隔地との回線はクローズになりました。後はウチだけです」リーダーが報告する。「機動部隊と遊撃隊は、待機態勢を維持する。当直を残して休んでくれ。ミスターJ、ここにキャッシュで7500万円あります。“情報”を捌いて手に入れました!」「ふむ!随分と頑張ったな。米軍からも500万円を預かってきた。Sのベンツを引取ってもらったものだ。これで8000万円か!後は“黒のベンツ”の結果次第で億に乗るか否かが決まるな。“車屋”の方はどうだ?」「兵庫の方と埼玉で競合っている模様です。価格は別にして、埼玉の方で話をまとめられる様に伝えてあります。輸送が楽ですからね。近くで捌いた方が実利も得易いでしょうし」「“スナイパー”、“車屋”と連絡を取って、埼玉の線で捌きをまとめる手筈を整えてくれ。2台で2000万円を切らなければいい。直ぐに商談に加われ!」「了解です!」“スナイパー”は1階へ降りて行った。「“シリウス”、サーバーの件だが、U法律事務所の社長も中身までは知らん。NとFと相談して工作を考えろ。但し、余計なデーターは確実に消去しろ。それと、M女史のところから借り受けた端末だが、余計なデーターを消し去って返却するのに、どのくらいかかる?」「方法によって違いますが、完全に抹消するとなると、最低2日はかかります」「他の方法だとどうだ?」「リカバリーデイスクがあれば1日に短縮出来ますが、手っ取り早くやるなら復元ポイントを使って、復元させてから余計なデーターを駆除しさえすればいいので、8時間以内で完了出来ます。いずれにしても、私とN坊とF坊の3人でかかりっ切りにはなりますが」「復元で行こう。あまり時間をかけても居られない。明日の朝から作業に入れ!リーダー、トラックを手配して置いてくれ。M女史のところへ返却しなくてはならん」「はい、2t車を用意して置きます。配達は?」「明後日の午前中でいい。検証した上で返さなくては意味が無い」「承知しました」「直近で他に問題はあるか?」ミスターJが確認を取る。「指し当たって特にありません」リーダーがメモを見ながら答える。「では、皆で夕食にしよう。久し振りに顔が揃ったからな!」八王子は夕闇に包まれていた。

「いつ消えた!」「私がトイレに行っている間です。鍵を破られました!」警官は唇を噛んでいた。「まだ、遠くには逃れてはいまい。半径5km以内で非常線を張れ!」「はっ!」刑事達が脱兎の如く走って行く。その姿を冷静に見つめる視線があった。「馬鹿め、こっちはまだ支度が整っていないんだ。さて、この騒ぎに乗じて抜け出すとするか」闇から闇へ不審な陰は動いて行った。病院の玄関は赤いパトライトの洪水で溢れ返っていた。「そうだ!Kが逃走した!近県の県警にも応援要請を出せ!」ヤツが動いた。