limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 64

2019年11月15日 14時57分34秒 | 日記
鎌倉のお帰りは遅かった。午後7時半、フェアレディZが寮の前に停まると、フラフラとした足取りで鎌倉が車から降りるのが見えた。相当に“やられた”様だ。Zが走り去ると、鎌倉が疲労困憊で玄関に転がり込んだ。「よお!お帰り」「Y、疲れたー!メシはどうした?」「まだ、食ってないよ。社食へ行く元気はありそうか?」「ちょい待ち!気力を回復させてからだ。食いながら聞きたい事も多々あるしな!」鎌倉に手を貸して、談話室に座り込むと「Y、岩元さんに“アルシオーネ”に買い替えようかと思うんですが、ボンネットに入ってるスリットは何ですか?“って聞かれて答えられなかったんだ!ありゃ何のためなんだ?」鎌倉の質問に、僕は腰を抜かしそうになった。「おいおい!水平対向エンジンはどうやって載せてる?物凄くブッちゃけて言っちまえば、”直4をアジの開き状態“にしたのが水平対向エンジンだろうが!縦に寝かして置くしか無いだろう?吸気が上で排気は下に抜くしかない!そこへ、ターボを乗せるとなると、インタークーラーはどこへ置く?それと熱対策上、空気を抜くのにどうするつもりだ?」「あっ!そうか!動転してそれすら忘れてたぜ!あのデザイン上、ラジエターを冷やすにはそれしか無いもんな!」「鎌倉、基本中の基本を忘れる程に”激しかった“のか?」「飢えてたらしくてな。4試合の連戦だよ。それに、ワインディングロードの連続だぜ!もう、ヘロヘロさね・・・」最後は小声で吐露するのがやっとだった。「まあ、朝、見たときに”タダでは済まない“って予感はしてたが、当たりだった様だな!」「Zでコーナーを攻め続けて、部屋で4連戦、再びコーナーと格闘だ。ボクシングのタイトルマッチの方がまだマシかも知れない!」少しづつではあるが、鎌倉に精気が戻ってきた。「シンメトリカルAWDが、鹿児島で必要かどうか?甚だ疑問ではあるが、試乗してから決めてもらった方が賢明だろうな。何せ、燃費が良くないし、Zの直6よりはアンダーパワーになっちまう。操縦性も含めて要検討だな」「やっぱりそうか?」「買ってから、後悔するよりはマシだろう?試乗して見積もりを取るまでならタダだしな!」「分かった、明日、説明しとく。さて、倒れる前にメシを食うか?」「お付き合いはするよ。腹は空いてるしな!」どうにか回復した鎌倉と連れ立って社食へ向かう頃には、星が瞬き始めていた。

「Y、今日も“してない”よな?」「ああ、“してない”ぜ!」2人で食卓を囲むと鎌倉が声を潜めて言う。「成り行きとは言え、岩元さんが激しくてな。相当、飢えてたらしいんだよ!何せ“格”が違うからな。今までの鬱憤を全て吐き出した様なもんだったよ!」「それで4連戦か。お疲れ様だ」「Yはどうだった?」「同じようなもんさ!“絶対にご懐妊へ持って行く”って炎上さね」2人して肩を竦めた。「彼女たちも必死だよ!“誰が1番槍を挙げるか?”で競ってるよ!最も、僕は、1人に絞りたいんだが、“大奥制度”に阻まれてる。“一夫多妻制度”なら、何の問題も無いけどな。どうやら“大奥”には、厳しい掟があるらしい」「俺も同じ目に合いそうだよ。今のところは、2人だけだが、2人が競争を始めるのは、時間の問題だよ」「来週の予約は?」「今週と一緒!抜かりは無いぜ!」「こっちは、直前まで分らんが、金曜の晩から“正室”に呼ばれるのは間違いないだろうな。“職務の一環”だと釘を打たれてるからな!」食事を終えて食器を片付けると、休憩スペースに座り込む。「それ、キツイなー!いくら“大奥の掟”とは言え、完全にハメられてるじゃないか!逃げる余地は無いのか?」「あったら当然やってるさ。問屋が卸す余地が無いから、すべからくの“お付き合い”になる訳!」「唯一の救いは、公私共に、彼女達が全面的に協力してくれる事だが、割に合ってるのか?」「今のところはな。車の心配も要らないし、買い出しにも協力的だ。仕事に関しては、一致協力し合っての“改革”だから、充分に双方の利は見合ってるよ。正念場があるとするなら、次月以降だな。“自由にやって見ろ!”と太鼓判がもらえれば“御の字”だよ」「まあ、事業部としては、採算重視だからな。こっちは、年度内の計画を追いかけるんだ。進捗如何に寄っては、煽られるだけで無く事業部にも迷惑が降っちまう!責任の重さは大差ないよ」2人ともにタバコに火を点じた。「そう言えば、“緑のスッポン”に噛みつかれたぞ。向こうも“大役”を振られたらしい。どうやら、やる気にはなったがな!」紫の煙越しに言うと「気をつけろよ!1度食いついたら、中々離してはくれん!最も、Yのところの“お姉さま方”が、見逃すはずはないか?」「適当にあしらって置いた。“圏外”に興味は無いよ」「向こうにすれば、“圏内”だから、何かしらの理由を付けて付きまとわれるぜ!ただ、Yは乗らないだろうがね」「乗ったら大変だよ!吊るされるだけで済むとは思えない!」「だよな!だから乗らないんだよな!それを“緑のスッポン”は知らないから、気軽に声をかけるんだろうが、我が身に跳ね返る“災厄”を知らないのは考え物だな!」「それは、追々知る事になるだろうが、“大奥”を敵に回すとタダでは済まん!馬鹿でなけりゃ手を引くだろうよ」「分からんぞー!天下無敵の“緑のスッポン”だからな。これまでも、様々に引っ掻き回してきてるだろう?」一服し終わると、寮へ戻るべく歩き出す。「こっちでは、O工場の様には行かないさ。自らの重責に振り回されて終わるだろうよ。それよりもだ、台風が来てるらしい。鎌倉、いざと言う場合の手順を確認しとけよ!」「マジかよ!まあ、“台風銀座”だから、避けようがないからな。明日、調べて置くさ!」夜空には雲の切れ間から星が見えた。僕等は、風呂に入ると克ちゃんと吉田さんと交代して眠りについた。まだ、4人揃っての休日は無かった。

月曜日は、一転して曇り空からのスタートになった。田尾と寮を早めに出ると、後ろから足音がする。「Y先輩、田尾、おはようございます!」永田ちゃんと実里ちゃんだ。遅れて千絵がやって来て右手を掴んだ。「Y-、おはよう!」岩崎さんと千春先輩も追いついて来た。「やってくれるじゃない!」「千絵を選ぶとは、目論見通りだわ!」岩崎さんと千春先輩は笑顔だった。田尾もニヤニヤとしている。「これで、アンタの“残留”は決定的になる!俺としても、有能な参謀を手放すつもりはねぇからよ!」「あたし達もそうですよ!“改革”は道半ば。」「まだまだ、Y先輩に引っ張って行ってもらわないと!」永田ちゃんと実里ちゃんもニコッとして言う。「あたしは、旦那様を遠くに行かせる理由が無いの!」千絵も涼しい顔で言う。「どう言う話し合いになっているのか?聞かない方がいいらしいね」僕はお手上げのポーズを取るしか無かった。「女には、女の“掟”があるの。あなたをむざむざと引き渡す様な真似はさせないわ!あなたは、事業部の“至宝”になるはず。そして、あたし達の“希望”でもあるのよ!縁あって国分に来たのなら、帰さずに留める努力は惜しまない!」「例えどんな手を使っても、あなたを引き留めて国分に転属させる!究極の目的のためなら、あたし達は団結してやれる事は全てやり切るわ!」岩崎さんと千春先輩は、そう決意を述べた。笑みは浮かべているが、心はメラメラと燃えているらしい。「はい、はい、みんな、僕もむざむざと帰る意思は無いよ。途中で放り出すのが一番嫌いだからね。成果を挙げて、“安さん”から“自由にやってみろ!”ってお墨付きをもらわないと、納得が行かないんだ。勝負はこれからさ!」「言ってくれるねぇー!俺も喧嘩のケリを付けてぇしな!」田尾が言うと「アンタは職務に忠実になりなさいよ!」と千春先輩に頬を抓られる。「イテェーよ!焼きいれるな!」「ケリも入れようか?」岩崎さんも加わり、朝から一戦が幕を開ける。「また、遅れますよ。さあ、行きましょう!」永田ちゃんが時計を見つめて苦笑した。長い朝礼が待っている。月も半ばを迎えて、踏ん張りどころだ。ギャイギャイとした騒ぎと共に新たな1週間は幕を開けようとしていた。

“災害は忘れた頃にやって来る”と言うが、週の半ばに又しても問題が発覚した。例によっての“逆ノッチ”である。ICを収めるベースとキャップには向きがある。封印をするためのガラスを塗布するにしても、整然と同じ方向に塗布しなくては、意味が無いのだ。「Yさん、このロット変だわ!」「ある時点を境に“逆ノッチ”が増えたり正常だったり、全滅だったりしてるの!」“おばちゃん達”が騒ぎ出した。「前のロットはどうです?キャップは?」僕の背筋に冷たいモノが流れる。「キャップも同じよ!」「前のロットに異常なし!」“おばちゃん達”も慌ただしく走り回ってくれる。「検査にあるロットに異常はないそうよ!ここからだわ!」“おばちゃん達”の目に狂いは無い!「どうなってるんだ?時系列に並べて下さい。検証しないと、訳が分からない。炉から、上がって来たばかりロットも確認を!」僕は、現象を捉える事に努めた。問題となったのは、TI台湾向けの金ベースとキャップ。最初は全く異常が無いにも関わらず、途中から“逆ノッチ”が急に増え始めて、最終的には1枚の地板全滅まで進み、また徐々に正常に戻る。こうした不可解な並びになっていたのだ。「これは、どう言う事だ?単なるミスじゃない!整列工程で何かあったな!これ以後のロットはどうなってますか?」僕が問うと「2ロットは全く同じ現象が起きてます!」「今、炉から出ているロットに今のところ異常はありません!」報告を聞く限り、被害は返しで留められている様だった。「Y先輩、どうしました?」千絵と神崎先輩が飛んで来た。「これを見てくれ!途中から“逆ノッチ”の嵐になり、また治まってるんだ!検査に流れてないよね?」「見れば一目瞭然だから、見逃すはずが無いわ!でも、一応、調べて見るわ!千絵、洗い直しよ!」神崎先輩達は、見直しに急いだ。「橋元さんに連絡を!塗布工程を止めて!TI関係は再度の見直しに入って下さい!僕は、徳永さんに連絡します!」内線を取り上げると同時に、吉永さんが橋元さんの元へ走った。徳永さんも直ぐに来ると言う。奇妙な不良を出したロットを別の作業台へ移していると、橋元さんが転がり込んで来た。「Y、どう言う事だ?」「とにかく、これを見て下さい!明らかに整列工程で異常が起きてます!」徳永さんも駆け付けて、実物に見入る。「こりゃあ、酷い!俺達には見抜けんぞ!」「工程表はどれだ?」橋元・徳永の両名に工程表を見せた。「昨夜の夜勤のヤツだな。橋元、夜勤で塗布をやったのは誰だ?」「高城です。しかし、最初と中間と最後の3回しか地板の整列の向きのチェックはしてません!こんなデタラメを見破るのは、事実上不可能です!」「昨夜、整列で何があったのか?至急調べる必要がある!俺は“安さん”に報告してくる。橋元、整列工程も止めさせろ!他にも被害が及んだら最悪だ!」「はい、直ぐに止めさせます!塗布工程にある磁器も調べます!」橋元さんは、内線で塗布工程と整列工程を止めさせた。徳永さんは“安さん”を捕捉すべく2階へ駆けあがる。僕は、被害の出たロットを台車に積んで「橋元さん、殴り込みに行きましょう!整列の連中の目を覚ますんです!」と言った。「おう!望むところだ!俺も今回は黙ってるつもりは無い!Y!行くか!」橋元さんも湯気を立てていた。「行きましょう!」僕等は台車を押して整列工程へ向かった。「下山田!下山田はどこだ!」「出て来い!こんな不良を作らせやがって!寝首を取られる前にツラを出せ!」僕と橋元さんが叫ぶと「何なんだよ?緊急停止の次は何だ?」と下山田さんが煩そうに言う。流石に僕も切れて「誤魔化しは通用しないぞ!これを見てからなら文句を聞いてやる!」と首根っこを掴んで、地板とトレーに顔を突き付ける。「乱暴はよせ!なんでこんな問題・・・」と言って下山田さんは固まった。「こっ、これは・・・、こんな馬鹿な!」「さあ、何があったか?Yと俺が納得する説明をしてくれ!下山田!」橋元さんがたたみかけると、「それは、俺も聞きたい!下山田!貴様の目はビー玉にすり替わったのか?!誰がこんなドジを踏んだんだ?!返答次第では貴様の首をねじ切るぞ!」桜島さながらに噴煙をたなびかせた“安さん”が乗り込んで来た。真っ赤なマグマが沸いているのが、はたから見ても分る。「やっ、夜勤で・・・、エアー系統にとっ・・・トラブルがあったとは聞いてますが、詳しくはひっ・・・引継ぎ日誌をみっ・・・見ないと・・・」「だったら、引継ぎ日誌を持って来い!徹底的に洗ってやる!夜勤の担当は誰だ?!」「おっ・・・、岡元です」「30分以内に引っ立てて来い!違背は許さぬ!ボーっとしとらんと、サッサと動け!」「はっ・・・、はい!」下山田さんは、完全に動転してしまった。言い訳は通じないのだ。事実が目の前に突き付けられたのだから。“安さん”は、僕が並べたトレーと地板を子細に見ると「こんな間違いがあるはずが無い!いや、あってはならんのだ!橋元!高城を叩き起こせ!念のために聞きたい事がある!それと、自工程の被害状況を詳細に調べて、徳永に報告しろ!Y、これを持ち帰って、1個でも良品を拾い集めてくれ!それと、被害状況を追え!徳永に伝えるんだ!2人とも急げ!1秒も無駄にするな!ここは、俺が引き受ける!」マグマを噴いた“安さん”は、言い知れぬ迫力があった。「はっ!」と言うのが精一杯だった。慎重にトレーと地板を台車に乗せて、整列工程を後にする。「Y、これは酷いよ!有り得ない事象だ!俺達に“防げ”と言っても限界はあるよ!」と橋元さんが言う。その表情は無念さを押し殺している様だった。「“おばちゃん達”が見抜いてくれましたから、まだマシですが、検査からクレームが来てたらゾッとします!」「だよな!誰もこんな事になってるなんて、予測すらして無いだろう?これを未然に防ぐとなれば、全てが滞っちまう!最初の整列が保証してくれなきゃ無理だよ!炉に投入する前と塗布前後は、こっちで調べな直してみる。Yは、炉内のヤツと自工程を追ってくれ!被害はこれだけで済んでればいいがな!」2人して盛大にため息を付いてから、それぞれの部署へ引き上げると、「被害は3ロットだけ見たいよ。今のところ、炉から出て来るモノに異常はありません!」と報告が来る。「Y、検査前と後をもう1度洗ってみたが、異常は見られねぇ!そっちで防げてると見ていいんじゃねぇか?」と田尾が言って来る。「必要数量に不足は?」「後、100ばかり足りねぇ!問題の3ロットから掻き集められねぇか?」「これからその作業に入る。慎重を期してダブルチェックをするが、そっちも目を皿にして確認してくれ!今月の予定に対するマイナスは?」「“貯金”が多少減っちまうが、問題は素材が間に合うかだよ。“飛び込み”にはなるが、出荷に影響が出るのは限定されるさ!不良の数量を教えてくれ!在庫と突き合わせて、どの程度の影響があるか?検証しなきゃならない!」「了解だ!直ぐにかかる!さあ、良品を拾い集めますよ!トレーに取り分けて、使えるものは流して行きましょう!」僕が指示を出すと“おばちゃん達”は、一斉に複雑で難解な作業に取り掛かった。「ここで止められたのは、大きいよね!」「Yさん、殴り込みに行ったの?初めて見るわ!」口々に言葉は出るが、手と目は鋭く動き光っている。「だって、こんな馬鹿げた事で不良にされたら、たまらないでしょう?“飛び込み”になって跳ね返って来るんですから!言いたい事は、言わせてもらわないと気が収まりませんよ!みんなが苦労するんですから、もっと自工程に責任を持って取り組んでもらわないと!」憤然として言ったその時、「最もだ!アイツらの目は節穴だらけだった!だが、これからは違う!下山田!全員に詫びを入れろ!自分達の不始末で、みんなが迷惑を背負ってるんだ!腹を斬る代わりに頭ぐらいは下げろ!」と“安さん”が下山田さんを突き出した。「もっ、申し訳・・あっ、ありませんでした!以後、この様な不始末は決して致しません!」震えながら下山田さんは言った。“安さん”に吊るされた挙句に“詫び”を入れるのだ。普段の勢いは何処へやらである。「これで、2度目だな!どこに目付けて仕事しとるんじゃ!!塗られたドロは塗り返すぞ!!プロ意識が低いからこうなるんだよ!プライドと責任を持って、仕事してない証拠だな!僕に言われるまでもなく、襟を正して出直してこい!!」大声怒鳴り付けてやると、「Y、貴様の言い分は最もだ!下山田!Yに言われるまでも無く、今後2度と同じ過ちを繰り返す事は許さぬ!Yのところで止めてもらったから、最悪の事態は免れたが、この“貸り”を必ず倍にして返せ!!Y、被害状況は?」「はい、概ね50%を良品として拾えそうです。3ロット中、1ロットは30%拾えるか微妙ですが、全滅は免れてます」「うむ、素材の手配は上乗せでやる!特急での回しになるが、頼んだぞ!下山田!!貴様のところのマシンを再調整だ!“馬鹿よけ”をどうするか?!思案するから、付いて来い!」“安さん”はセカセカと動き回って行った。「あんな大声出して大丈夫なの?」“おばちゃん達”が驚いていた。「言いたい事は、言って置かないと、また繰り返しますからね。“2度ある事は3度ある”って言うじゃないですか。3度目が出ない様に、怒っとかないとダメですよ。結局は、皺寄せはここを含めた出荷工程に来るんです!彼等が手伝うなら話は別ですが、そんな暇は無いでしょうし、これから益々日程的にもキツくなります。言える時に言うべき事は言わないと、人は変わろうとしない。今回は、彼等も少しは懲りたでしょう。僕も言うべきことは言いましたから!」「後で、仕返しとかされないかしら?」「それをやったら、“懲罰モノ”ですよ!今回も整列工程のミスなんですから、そんな事させやしませんよ!」と言うと“おばちゃん達”は、ホッとした様だった。「Yさんも怒る時は怖いね。普段は、眉一つ動かさないのに、やる時はやるんだね!」西田さんが言うと、少し笑いが起こった。「じゃあ、通常通りに戻りましょう!」と言うと浮足立っていた“おばちゃん達”も落ち着いて仕事に戻った。「流石はYだわ!ツボを押さえてる!」「そうでなくちゃ困るのよ!ヤツの激しさは初めて見るけど、あの姿こそ今の事業部に欠かせなく無い?」「普段は、穏やかにしてるけど、裏ではあんな思いを持ってたとは。彼は“手放したらダメ”よ!」千春先輩と岩崎さんと神崎先輩が、鉄のドアの陰で小声で言っているのが微かに聞こえた。

夕方、僕等関係者が“安さん”の命で集められ、下山田さんから“今後の対策”について、説明を受けたが、「保証の無いモノは受け入れられない!」と橋元さんが強く主張して、協議は難航した。「Y!貴様はどうだ?!」“安さん”が僕を指名した。「“2度ある事は3度ある”といいます。今度、同じような事があったとしても、返しで止められる保証はありません!最初から、完璧でなくては流れは維持できませんから、現状の対策では不十分ですし、万が一の場合、誰が責任を取るんです?整列工程で手伝ってくれるとでも言うのですか?曖昧な形での決着では困ります!」と釘を刺した。「橋元とYが同意出来ないなら、この策では不十分だな!下山田!完璧でなくては、生産は追いつかん!もう1度、顔を洗って出直して来い!!」“安さん”は雷を落とした。下山田さんが引き上げると「当面は、整列の連中に付きっ切りで地板と整列方向を見させる!橋元、1つでも不審な点があれば、突き返しても構わんから、慎重に作業を進めてくれ!これ以上遅延を引き起こす訳にはいかん!Yは、トレーへ移す際の監視を強化しろ!1個でも不良が見つかれば、下山田達に全責任を負わせる!整列の連中には、昼夜を問わずに“待機”を命じる!尻拭いはヤツらに振っていい!ともかく、今月の予定を無事に終わらせるためにも、2人の活躍に期待する!闇夜を手探りで歩くことにはなるが、やむを得ない!技術の連中にも24時間体制で、改善を指示してある!しばらくは、危険と隣り合わせだが、頼んだぞ!」と言って会合を閉じた。「Y、残ってくれ!」“安さん”のご指名だ。「何か?」「まあ、座れ。下山田が怯えておる!“Yに怒られるのが一番キツイ”とな。動かぬ証拠を突き付けられて、ヤツも懲りたはずだ!だが、またしても、貴様の神眼と行動力に救われた!これは、事実であり、慢心でも虚栄心でも無い。俺は決めたぞ!返しは貴様に預ける!徳田・田尾・検査員の女性達と連携して、もっと下から俺達に突き上げを寄越せ!事業部を根本から立て直すいい機会だ!貴様の思う通りに動いて見ろ!」と肩を叩いた。「整列の堕落振りを見ただろう?!あのざまでは、効率が上がるはずが無い!今回を機にあそこの“改革”も進める!貴様の標榜する“改革”の成果は目に見える形になりつつある。俺も負けてはおれん!Y!タダの歩で終わるかと思ったが、翻って竜になりおったな!攻めて来い!もっと、攻め込んで見ろ!俺に全く違う景色を見させてくれ!それから、これは“極秘通知”になるから、他言は無用にしろよ!本部長が貴様の任期の延長に同意して、もう半年の残留を申請した!いずれは、転属になるだろう!覚悟はいいな?!」「はい!望むところです!」「良く言った小僧!しっかりと覚えて置くぞ!ご苦労だった。下がって宜しい!」“安さん”の口から遂に具体的な話が飛び出した。「転属か。意外と早く結論が出たな!」僕は安堵して片付けに向かった。

“逆ノッチ”事件の余波は、予想外に大きく、整列工程の正常化が図られたのは、金曜日の午後にズレ込んだ。先頭の工程が止まれば、当然ながら最終工程の返しと検査・出荷も無縁では居られない。金曜日の午前中には、“おばちゃん達”の手が止まってしまったのだ。返す製品が流れてこなければ、当然なのだが、こんな事態に陥るとは“想定外”だった。「これで、たまってる“貯金”を一掃出来るぜ!Y、月曜からは煽りまくってやる!」と田尾は血気盛んだったが、こちらは青息吐息であった。「徳永さん、“おばちゃん達”を帰してもいいですか?」「うーん、やむを得ないか・・・。何も製品が上がって来なければ、時間のムダだな。本当は、もっと早く決着してもらいたかったが、予想外に時間を食ったのが、ここへ来て響いとる!よし、Y、午前中で切り上げても構わん。検査は“貯金”で持ちこたえてるし月曜にならなくは、ブツが出て来る見込みも無い。遊ばせるのは1番マズイからな。来週が心配だが、お前の腕に賭けるとしよう!」2階の事務所で協議した結果、“おばちゃん達”の切り上げは決まった。勿論、“安さん”も聞いている中での話だ。「分かりました。早いですが、仕方ありません。昼を持って本日は切り上げとさせていただきます」僕は一礼をすると、下の作業室へ降りて「残念ですが、お昼を持って切り上げとします。来週、また頑張りましょう」と言った。「そうね、仕方ないよね。何も無いなんて、前代未聞だもの」と西田さん達が言って、片付けが始まる。「ポツポツとは、出始めてるのはどうします?」牧野さんが言うが「数が知れてますから、僕が対応しますよ。僕まで帰る訳には行かないですからね」「1人で泣かないでね」と吉永さんが頭を撫でて、笑いを誘う。“おばちゃん達”は、名残惜しそうに昼で退勤した。そして、午後、ポツリ、ポツリと炉から上がって来る製品を1人で返していると、フッと考えが浮かんだ。「そう言えば、“最速タイム”はまだ更新してなかったよな?丁度、いい機会だ。やって見るか!」僕は腕時計のストップウォッチ機能を使っての“タイムトライヤル”を始めた。「ただ、返せば良いんじゃない!正確にミス無く、そして“流れるように、自然に”!」僕は懸命に地板に挑んだ。だが、タイムは伸び悩んだ。「まだまだ足りない。全然、足りない!神の頂ははるか先だよ!」と言っていると「そうでも無いぞ!格段に腕を上げやがったな!日々の努力の結果を、お前の底力を見せてもらったぞ!下山田!コイツは、現状に満足する事が無い!魚が水の中を泳ぐ様に、鳥が空を飛ぶ様に、人が呼吸をする様に、流れる様な自然な返し!一番経験の浅いコイツが何故ここを仕切れるか分るか?常に腕を磨き、爪を研ぎ澄まし、無心で製品の前に立つ!コイツにはその覚悟と気概があるんだ!貴様にその覚悟はあるか?!」“安さん”と下山田さんが鉄のドアの前にいた。下山田さんはうな垂れている。「Yが、ここに座って以来、検査で製品が切れた日は無い!貴様も見ただろう?!検査室に積まれたトレーの山を!コイツの信念はここに書かれている通りだ!」“安さん”がホワイトボードの隅を突いた。「何て読むんです?」下山田さんが、恐る恐る聞いた。「“疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷振の如し” つまり、“進むときは風の様に早く、機を待つときは林の様に静かに、攻めるときは火が燃え広がるように急激に、じっとしているときは山の様にどっしりと、自分自身は暗闇の中にいる様に気配を消して、動くときは雷鳴が轟く様にドーっと、行動にはメリハリを付ける事が肝要であり、中途半端はダメだ。1つ1つの行動に全力で取り組まなくてはいけない”と言う意味ですよ」と僕は教えた。「下山田!貴様に足りないのは“これ”だ!Y、信玄は軍勢を率いる時、どこに居た?」「“風林火山”の旗指物と共に、先頭に立って軍勢を率いていました!」「そうか、やはりな。お前は“他力本願”が嫌いだろう?常に先頭に立って戦う覚悟と意思を示す。部下はそれを見て負けぬように、抜かれぬ様に着いて行く!あの気難しい“おばちゃん達”を意のままに出来るのは、コイツが先陣を切って駆け抜けて行くからだ!下山田、残念ながら貴様にはそれが無い!今回も、技術陣に任せきりだった!だから、今、Yが1人で遊んでるんだ!恥を知れ!」下山田さんの顔に血の気は無かった。「Y、土曜日と日曜日の両日返上で整列工程を動かす!塗布工程は、橋元の呼びかけで日曜日から動く!月曜日には、お前達が窒息する程の製品を用意してやる!心してかかれ!」“安さん”がニヤリと笑った。「了解です!最速で片付けてご覧に入れましょう!」「うむ、任せた!下山田!行くぞ!もうこれ以上の遅延は許さぬ!俺の目の前で完璧に磁器を並べて見せろ!」と言って“安さん”は整列工程へ向かった。「やれやれ、一騒ぎが治まったか。土日返上となると、本当に窒息するかもな」と言っていると「Y、今晩付き合ってよ!」と恭子が背後から抱き着いて来た。「どこへ行きます?」「今日は、趣向を変えて飲みに行かない?千春も誘ってさ!」と耳元で囁く。「“大奥総取締”のお2人とですか?面白い。たまには、いいですね!」と同意する。「じゃあ、千春に声かけとくから。市内に知り合いがやってるバーがあるの。そこで、飲みましょう!集合は6時に寮の前に」「了解です」「土曜日は千絵が、日曜日は永田ちゃんが予約済よ!今週末も“職務”に励んでちょうだい!」恭子はそう言って検査室へ戻った。「ザル同然の2人が相手か。こりゃ厳しいな・・・」そろそろ、勤務終了時刻だ。やむを得ずの定時上がりだが、僕の心は軽かった。来週になれば、また全力での仕事に戻れる。先行きは明るいのだ。治工具を片付けると、来週の予定を確認して帰り支度を始めた。

その日の帰り道、一様に口を突いて出たのは「来週が勝負になる!」と言う認識だった。「でも、何か妙だわ?“恣意的意図”を感じるのよ!短期間に2度も“逆ノッチ”が集中するなんて、通常はあり得ない事だわ。何かしらの裏がありそうだわ!早紀(細山田さん)、手を回せそうかな?」岩崎さんが言う。「やってみますよ!どこも“品証を敵に回す勇気”があるとは思いませんから!」「任せたわよ!多分、“あの人”が絡んでると思うの。嫌な予感がするのよね」「“あの人”とは、誰です?」僕が聞くと「今晩のお愉しみよ!早紀も出て来てよ。6時に寮の前!」「了解です。必ず結果をお持ちしますね!」細山田さんがVサインで答えた。「俺も、“まさか”とは思ってるが、案外当たりかもな!」田尾も同意見らしい。「恐らく、“安さん”も察知してるでしょうよ!当たりなら、タダでは済まないと思う!」千春先輩も同意した。「でも、“自らの首を締める”とは、やり過ぎてません?」永田ちゃんが言うと「それが、分からないからやってるのよ!末端に飛ばされるとも知らずにね!」岩崎さんが憤然とした口調で返す。僕にも、薄っすらとした陰が見えて来た。もし、考えが“当たり”ならば、許されざる行為になるだろう。“職務妨害”ともなれば、“安さん”が見逃すはずが無い!果たして、考えが当たりか?否か?結論は今晩分かるだろう。

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