limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

N DB 外伝 マイちゃんの記憶 ⑦

2019年03月02日 09時15分57秒 | 日記
翌朝の買出しが済んだ頃には、かなりの情報が上がって来た。Eちゃんが同じ病室だった事もあり、Oちゃんの主治医面談の内容もおぼろげながら掴む事が出来た。今週末の外泊の経過が良ければ、来週末を持って退院との意向が示されたのだが、Oちゃんは2週間の延長を希望して折り合わず、木曜日に再度協議する事になったらしい。医局側がこうした意向に至ったのは、Oちゃんの回復が順調な事の裏付けだが「最大の関門は、○ッシーとの今後の関係について。やっぱり未練を断ち切れずにいるみたい」とEちゃんが報告を締めた。「今、2人は何処に居る?」「2階のデイ・ルームだよ。潜入している子達から知らせがあった」マイちゃんが答える。「医局側の意向を覆すには、余程の理由が無いと無理があるな。粘っても1週間の先送りが限度だろう。まずは、どう対処するつもりか?お手並み拝見だな!」僕は改めて着地点を考え始めた。「ねえ、○ッシー、2週間の延長は無理かな?」マイちゃんが聞いてくる。「うーん、難しいね。僕みたいにブッ倒れりゃ話は別だが、彼女にそう言った要素は見られない。医局側とすれば、状態のいい内に外来受診に切り替えたいだろうし、不安要素は薬剤で抑え込むつもりじゃないかな?折角ここまで持ち込んだんだ。この機会を逃すつもりは無いと思うがね」「やっぱりそうか。タイミングを逃す程甘くはないよね」Eちゃんも同意見の様だ。「そうなると、○ッシーを巡る利権争いになるのよね。OちゃんVSマイちゃんの。これをどう乗り切るの?」Eちゃんが痛い所を突いて来る。「あたしは妥協なんてしないわよ!」マイちゃんは先制攻撃を仕掛けて来る。「最期はOちゃんVS○ッシーの直接会談に持ち込むしかないか?」Eちゃんがまたしても痛い所を突いて来る。「最終手段はそれしか無いが、その前に平和的交渉で妥結を目指したいね。Aさんが何を見て聞いて、何を提案しているか?それが目下緊急の調査項目だよ」僕は頭を抱えた。「Aさんに、○ッシー並の力量があれば何も悩む必要は無いけどね」「だが、それが期待出来ない以上は、あらゆる手を使って対処方法をひねり出すしかない!Eちゃん、結果がどう転んでも“退院祝賀会”の用意は考えて置いて!あまり時間は無いけどさ」「合点承知!でも、友好的に送り出したいな。折角退院するんだから」「ああ、最悪の事態だけは回避しなくちゃならん!デイ・ルームに盗聴器でも仕掛けたい気分だ!」マイちゃんの携帯が震える。「デイ・ルームからよ。1週間の延長を申し入れる事になりそうだわ。後、○ッシーに策を考えさせるみたいよ!」「やはり、そう来るか!生半可な事じゃないのに、お節介を焼くとこうなるんだ!デイ・ルームに進展が無さそうなら、引き上げを言っといた方がいい。さて、こちらはU先生に探りを入れてみるか!」丁度U先生がナースステーションの前に現われた所だった。“狐と狸の化かし合い+α”がまもなく始まる。

U先生の診察はいつも通りに進行した。いくら調べても異常は無いはずだったが、何故か心拍数が早くなっていた。「おかしいなー、徐脈のはずなのに少し心拍数が多いわ!もう1回調べるわね!」彼女は腕時計を見ながら脈拍数を慎重にカウントする。おいおい、自覚症状は思い付かないよ。気のせいだって!「うーん、やっぱり早くなってる!何か思い当たる事は無い?急いで階段登ったとか?」「ありません。基本的に無理は避けてますから」「そうなると、1回検査しようか?心電図にX線にCT、明日にオーダーを入れて置くから、1回りして来て!」うーむ、徹底的にやるつもりか!これで明日は半日が潰れる。危急存亡の危機を前に痛すぎる!U先生は記録に書き込みを入れているが、大分疲れている様だ。「先生?お疲れのご様子ですが?」と突っ込んで見ると「ごめんなさい。Oさんの事で八束先生と遅くまで話し合ってたから、不覚にも寝不足なの!少しOさんの事聞いてもいい?」「知り得ている範囲ならお答えしますよ」「彼女、来週末での退院を渋ってるんだけど、ズバリ原因は貴方なの?」「さあ、どうでしょう?グループの一員ではありますが、僕が原因とは思えませんが?」「マイさんを見守っている貴方を彼女が追い掛けているとは感じない?」「そう言う意識は抜きでやってますから、感情どうこうまでは・・・」「この前の面談の時に彼女ハッキリ意思表示したの。貴方よりも先に退院出来ないって!置いて行かれるのは嫌だって。それで困ってるのよ。状態はこの上なく良好なのに、本人が納得しなければ私達もお手上げ状態。肝心の貴方は、まだ原因不明の意識喪失から回復していないし、体力的にも不安要素ばかり。揃って退院するなら彼女も違う返事をしたと思うけど、正直何か手は無いかな?有効な説得材料!」「難しいですね。僕にも思い当たる節が無いんですよ。逆に聞いて見たいですね!U先生が彼女の立場ならどうします?」「八束先生と同じことを聞かれるとはね。1人の女性としては、愛しい人と別れるのは嫌よ!首にしがみ付いて離れないと思う。でもね・・・」「何です?」「その人が別の女性を見ているとしたら、どこかで区切りを付けなきゃならないわ。それには時間が必要だけど。分かっていても心を偽るのは苦しいと思う。どうやら貴方達も同じ事で苦戦を強いられてるってとこかな?」「そうです。この際、嘘偽りを言っても通用しませんよね。正直に言います。彼女に気持ち良く退院して欲しいんですよ!先陣を切って。でも、僕らが口を挟んでいい事じゃないから、彼女が決めるべき事だから敢えて突き放した。僕に何らかの未練があるなら、それを断ち切る時間を与えてやってくれませんか?」「退院を伸ばせと言う事?」「はい、1週間でもいいです。区切りを付ける時間を彼女に与えてはもらえませんか?」「OK、考えて見るわ。でも、保証は出来ないわよ!他の先生方の判断もあるし、貴方達も出来る範囲で説得に動いてくれるなら」「可能な範囲でやってますよ。基本的には先生方の方針に異議は言えませんからね。来週末での退院へ向けて手を探ってます」「苦労が絶えないわね。でも、あそこをまとめられるのは貴方しか居ない!私も何とかやって見るわ!その代わり明日の検査は必ず受けてよね。貴方の命の問題よ。不安の種は早く摘み取らなきゃ!」「分かりました。時間はステーションから連絡が来ますよね?」「手配して置くわ」U先生はそう言うと診察を終えた。

指定席へ舞い戻ると、Eちゃんやマイちゃんやメンバーの子達が、難しい顔付きで考え込でいた。「どうした?」と僕が言うと「U先生はどうだった?Aさんからも依頼が来てるけどさ」マイちゃんがすかさず問いかけて来る。「まず、残念なお話。心拍数に異変が有るらしくて、明日の午前中は動けない。心電図にX線にCTの3点セットだ。退院までは当分かかるらしい。それは、こっちの都合に見合うが。好ましい話は、Oちゃんの入院期間を1週間延長してくれないかと依頼を持ち掛けた。折衷案だし、医局が同意するかは確約出来ないそうだが、上手く行けば時間は稼げるし説得材料にはなり得る。U先生にはこっちの事情を正直に話して置いた。どうやら、医局も手詰まり状態らしいな」「○ッシー、ちょっといい?」マイちゃんが僕を遊戯室へ連行する。「○ッシー、少し休んでよ!無理する事無いよ!あたし達に任せてよ!」マイちゃんが半泣きで懇願する。「どうして○ッシーは、自分を後回しにするの?○ッシーが倒れるなんてもう見たくないよ!」大粒の涙がマイちゃんの頬を伝って床を濡らした。「そうだよ○ッシー、あたし達からもお願いするよ!」Eちゃん以下、その他の子達も必死に訴えてくる。半泣きの子も居た。僕はマイちゃんの涙を拭いてやり、しっかりと手を繋ぐと「済まない。何もかも1人で背負うのは間違いだな。信頼するみんなに任せて、少し休ませてもらうよ」と言ってみんなの輪の中に入った。1人1人の肩を抱くと「悪かった。ごめん」と言って安心させた。すすり泣きがあちこちで続いた。「○ッシー、働きすぎは良くないよ。SKとも死闘を繰り広げて2回も倒れてるんだよ!もっと自分を大切にしてよ!」Eちゃんの頬も涙で濡れている。あー、お恥ずかしいったらありゃしない。大勢の女の子を泣かせるなんて失格だよ!遊戯室はしばらく泣き声に包まれた。病室へ戻る前、僕はAさんの依頼文に眼を通した。「相変らずやってくれるな!」依頼内容は予想を超えていた。「○ッシー、後は任せて!」マイちゃんが強い口調で制止する。「済まない。病室へ戻るよ」マイちゃんは僕の右手を握って離さない。「夕食後までに情報は整理しとくから。それまでは安心して休んで!」僕は指定席を立って病室へ向った。途中、ランドリーの陰に引き込まれる。「○ッシー、お願いだからもう心配させないで!」マイちゃんが飛び込んでくる。背中に手を回して必死に離すまいとする。「心配させて悪い。少し休めば大丈夫だ。何処にも行かない。マイちゃんと一緒に居る」彼女は声を抑えて泣いていた。「本当に?」泣き声で聞かれるので「ああ、置いてかない」と背中を優しく撫でた。涙を拭ったマイちゃんは「ちゃんと休んでよ○ッシー!」と言っておでこに軽くパンチを入れた。「命令とあらば、従いまする!」僕は神妙に答えた。

「夕食が届きました。みなさんホールへお願いします」優しい口調で放送が流れた。時計の針は午後6時を指している。知らない間にすっかりと眠り込んでいたらしい。慌ててホールへ向かうと、配膳が始まっていた。「○ッシー!こっち、こっち」マイちゃんとEちゃんがテーブルで手を振っている。トレーを持ってテーブルへ行くと「どう?少しは回復したかな?」とマイちゃんがおでこに手を当てる。「知らぬ間に爆睡だよ。食事がすんだら情報の精査を始めよう!」と僕が言うと「あれからね、Aさんが依頼書を出し直して来たのよ!多少は現実路線に変わってるけどね。相変わらず絵空事ばかりよ!」マイちゃんはおかんむりだ。「それでも、何かしらの種を見つけられれば御の字だろう?」と僕が言うと「期待しない方がいいよ!」とEちゃんが投げやりに言う。3人で黙々と食事を済ませると、僕は顔を洗い直して指定席へ向かった。女の子達の一群が集結している。「さて、まずは肝心の依頼書からだな」Aさんからの依頼文に眼を落とす。確かに“絵空事”の羅列だ。「医局に手を回して1週間の猶予期間を確保。その他の工作についての手を考えて?Oちゃんの気持ちを汲み取ってくれか。具体的に何をどうしたいのか?が丸で見えて来ないな!どっちにしろ医局を動かして時間稼ぎを依頼してるだけか。こんなの無理だよ!患者が医局に異議を申し立てるには、それ相応の理由が無けりゃ無理だよ!答えはノーだ!もっと現実を直視して具体的に何をして欲しいか?を書かせなきゃダメだ!Eちゃん、書き取れたかい?」「OK、書き取り完了」「僕らは医師ではなく患者なんだ!患者が異議を申し立てるにはどうするか?入院時に説明されてるよね?」僕は周囲を見渡して言う。「そうだね、説明あったもの」その場の全員が頷いた。「今回の場合は、人権や権利を踏みにじられた訳じゃない。AさんとOちゃんがどう考えてるかは不明だが、言うなれば“我がまま”に過ぎない。これでは医局を動かすのは無理だ。下手に動けばみんなに類が及ぶ。だから、この依頼は受けられない!返事はノーだ!Eちゃん、書き取れたかい?」「大丈夫、書き留めた。これをAさんに渡せばいいの?」「そう言う事。昨日も言ったけど、相互不干渉が基本的な姿勢。Aさんには悪いが、僕らが動ける範囲で物事を考える様になってもらわないとね。Eちゃん、Aさんに渡したら、君はそのまま病室に留まって聞き入ってくれ。報告は明日でいい」「了解です。では、おやすみなさい」Eちゃんは病室へ向かった。「次は、みんなが見聞きした事だ。マイちゃん、何処まで突き止めてある?」「あまり成果は無いけど、千葉におばあちゃんが住んでるって事は話してたみたい。後は、彼女×1らしいのよ!以外にも!」「それは、僕も聞いたことが無い!彼女の男性不信の原因はそこにあったのか!」僕は意外過ぎる情報に驚いた。「これらの情報はデイ・ルームでの聞き込みからかい?」「ケーキ屋さんにも足を延ばしたから、それらを総合した結果。後は、携帯の機種変更をしないと○ッシーとの連絡が取れないらしいわよ!」「どう言う事だ?」「彼女の携帯は安い機種だから、メール機能が無いのよ。通話は出来てもショートメールとかも無理みたい」背後から声がかかった。「千葉のおばあちゃんは結構元気で、彼女も行き来は頻繁にあるらしいの」「千葉か。うーん。これは案外使えるかも知れないな!」僕にはある図式が浮かんでいた。「○ッシー、何か手が浮かんだの?」マイちゃん達が前のめりになる。「かなりブッ飛んだ手になるが、U先生に言えば可能性はゼロじゃない。転地療養だよ。退院を機に千葉へ移転させるんだ!」「相当ブッ飛んだ話だけど、上手く行くかしら?」マイちゃんは心配そうだ。「医局側も妥協点を探るのに四苦八苦してる。U先生が乗ってくれれば、突破口になる可能性は高い。“退院を期に療養地を変えて、全て忘れちゃえ!”って焚きつけてくれれば、平和的な解決の糸口にはなる。いずれにしても、明日のU先生の診察時に賭けて見るか!」「それがきっかけになれば、打開の道が開けるね。○ッシー、任せてもいい?」「ああ、やるだけやってみましょう!喧嘩別れになるか、友好的退院になるかの分かれ目だ。ここはひとつ、乾坤一擲の勝負にでるしかあるまい!」「明日はどうするの?」「みんなには、引き続き聞き込みを継続して欲しい。Aさんにはノーを突き付けたんだ。必ず次の手を考えるはずだ。木曜まで日が無いだけに、焦って来るのは分かってる。午前中は僕も検査で動けないから、取りまとめはマイちゃんとEちゃんにお願いするよ。それとAさんが乗り込んで来るはずだから、僕は“検査と診察”で動けないって言ってあしらって置いてくれ。実際、嘘じゃないしこっちもU先生との裏取引もある!勝負は明日で蹴りを付けたいからね」「分かったわ。みんな、明日も宜しくね!」マイちゃんが声をかけると全員が頷いた。「くれぐれも悟られないように頼むよ。それとなく“しれっと”探ってくれ」「了解!」全員の合唱が響いた。「○ッシー、上手く行く自信はあるの?」マイちゃんが聞くが「限られた中で全力を尽くさないとね。何が最善手かは分からないが、打てる手は打つだけの価値はあると思うよ」と優しく答えた。「今はそれに賭けるしかないか?」「水面下で動いてるんだし、医局も絡んでる。簡単な話ではないけど、僕らなりにやれる範囲で結果をだすしかないでしょ?」「そうだね」限られた範囲で何処まで食い下がれるか?最期の抵抗は道半ばだった。

翌日、僕は心電図にX線にCTの3点セットの検査に走り回った。特にX線とCT検査は待ち時間も長く、ただ座している時間が惜しくてたまらなかった。だが、これらの検査を終えなくては何も始まらない。じっと耐える以外に道は無かった。どうにか1回りし終えて病棟へ戻ると、お昼直前になっていた。指定席に顔を出すと「終わったの○ッシー?情報はそんなに集まってないよ」とマイちゃんが報告をくれた。「2人は何処に居る?」「相変わらずデイ・ルームよ。予想通り、Aさん乗り込んで来たけど“○ッシーは心臓の検査で外出中!”って言ったら青ざめてたよ!」「代わりに置いて行ったメモは何処に?」「これがそう。相も変わらず“絵空事”の羅列よ!」マイちゃんの声も手厳しい。確かに代り映えのしない“絵空事”が列記されている。「どうやら、Aさんは丸で見えて無い様だな。患者が医局に物申す事の重大さをまったく認識出来ていない。これでは何も変えられないし、返って医局からの反発を招くだけだ。結局のところ彼女には“何も見えていない”って事らしいな」僕は半ば呆れてメモを叩きつけた。「そう、まったく効果なし!○ッシーの読み通りにしか進展してないわ!」Eちゃんもため息交じり言う。「どの道、お昼だ。一旦切り上げよう。みんなからの聞き取りもして置かなくては」「そうしますか?」マイちゃんが伸びをして返して来る。メンバーの子達も引き上げて来た。「腹ごしらえだ」僕は2人に言って席を立った。次の布石はU先生だが、果たしてどう反応して来るか?一抹の不安がよぎった。

U先生の診察は、昼食直後に始まった。「検査は終わってるわね?じゃあ一通り診させてもらうわ。まずは、胸から行こうか!」聴診器で心音と呼吸音を確かめられる。どうやら、SKとの死闘の影響がじわりじわりと現れているのだろう。最も、それを言っても信用されるかは微妙だが。「貴方達も影で動いてる見たいだけど、何か掴んでないかな?Oさんの情報とか動向とか?」U先生がそれとなく聞いて来る。「あまり進展はありませんね。ただ、千葉におばあちゃんの家がある事が新たに分かりましたが」「本当?!」「カルテに載ってるでしょう?先生もご存知のはずじゃあありませんか?」「初耳だわ!カルテには載って無い事だわ!何処からの情報?」「本人が直接口にした話ですよ。付かず離れず動きや話に聞き入ってますから。それで考えたんですがね」「まさか?!転地療養って事?!」「はい、いささか無理がありますか?」僕もそれとなく斬り込んで見た。U先生はしばらく真剣に考え込んだ。そして「八束先生との話で真っ先に浮かんだのがそれよ!環境を変える事で自然と未練を断ち切る構想だった。でも、受け入れ先の問題でボツになったの。でも、今の話が本当ならもう一度考える余地はあるわね。千葉なら受け入れ体制も取りやすいわ。同期が4人、それも全員精神科医で居るし、親戚の家なら移転しても問題は無いわ!」と眼を輝かせて言った。「と言う事は再考の余地あり、しかも、退院延期もありですか?」「説得材料としてはこの上無い条件になるわ。延期も視野に入るのは言うまでも無い事よ。¨予行演習¨を入れなくてはならないから」「少しはお役に立ちましたか?」「少し処か、大収穫よ!となるといくつか問題が出て来るわね。まず、この話を外部に拡散させない事!これは、貴方が女の子達を抑えてくれれば心配無いとして、今日の私達の話も他言無用にしてくれる?2人だけの極秘事項として」「それは、言うまでもありません。こちらも水面下で動いてますから、箝口令を出して封印すれば済む事ですし、僕が口外しなければ話が漏れる心配はありません」僕は即座に同意した。「それと、女の子達の動きを止めてくれるかな?ここから先は、八束先生と私に任せて欲しいの。Oさん本人への説得も含めて」「うーん、現在、分裂してますからね。完全には無理ですが、僕側の子達なら直ぐにも止められます。Oさんに味方しているAさんを止めとなると、機密保持上問題がありますから手は出せませんね」僕は苦笑いをしながら答えた。「それで充分よ!様は手の内が知れ渡らなければいいの。貴方が女の子達を抑えてくれれば心配はいらないから」「分かりました。早速手を打ちましょう!後はお任せしますよ」「これで新たな手が打てるわ。説得材料もあるし、色々と練った案も生かせそうよ。貴方達の手助けには感謝しなくちゃ。でもね、表立っての評価が出来ないのは承知してくれない?」「僕らは見返りを期待してるつもりは無いんですよ。ただ、気持ち良く送り出したいだけ。お互いに遺恨を残さないためにやってるんです。評価云々は関係ありませんよ」僕は嘘偽り無く言った。「貴方らしいわね。だから、みんなを束ねて行ける。管理者としては申し分無しだね!」U先生も笑顔で返して来た。「でも、ちょっと我慢してくれるかな?実は、点滴があるのよ。抗生物質と鉄材!直ぐに用意させるからいいかな?」「いいも何も処置を受けなくは解放してもらえないんですよね?」「残念ですが、その通りです!何か要望はある?」「マイちゃんを呼んでもいいですか?女の子達を止めなくてはなりませんし、ある程度は話して置かなくてはなりません」「分かりました。私から声をかけて置くわ。看護師さんを直ぐに寄越すから待っててね。今日の診察は以上!後は、任せて頂戴!」U先生は笑顔で病室を後にした。僕は安堵感に包まれていた。手を尽くした結果、最善と思える策は取れた。表には出せないがAさんの主張もある程度通るだろう。最悪の事態は回避されつつある。我が手を離れはしたが、事はいい方向へ向かうだろう。あれこれと思いを巡らせていると看護師さんが、点滴セットを持ってやって来た。バックは3つある。点滴台を持って来てくれたところを見ると、ベッドに釘付けにはならずに済みそうだった。左腕に針が打たれ、テープでしっかりと固定される。「あまり出歩かないでね!」と言われるが、そうも言っては居られない。看護師さんと入れ替わりでマイちゃんが顔を見せた。さすがに点滴バック3つに驚きを隠さない。「○ッシー、大丈夫なの?!」「過剰反応だよ。SKとの死闘のダメージもあるらしいが。心配はいらないよ」僕は落ち着かせる事に努め、U先生とのやり取りを大まかに説明して、女の子達に引き上げを連絡する事を依頼した。「OK、みんなに伝えて置くね。これで少しは落ち着くだろうけど、○ッシー、Aさんが来てるのよ!“直接会談したい”って。どうする?○ッシー、今は無理が出来ないでしょう?出直してもらう?」マイちゃんが左手を握って心配そうに言う。「いや、空手で帰るつもりは無いだろう。5分だけって条件で会いましょう!マイちゃんも同席して僕の経過観察をするって付帯条件も付けてさ」「本当に大丈夫?Aさんと激突するんだよ!○ッシーばかりが損な役回りするなんて、あたし見てられないよ!!」マイちゃんは必死に止め様とする。「せめて、点滴が終わるまで待って!傷だらけの上に塩を塗る様な真似は、させられない!だって、結果は見えてるもの!○ッシー!お願い!これ以上、ボロボロにならないで!」半分涙声でマイちゃんは訴えた。首に手が回され胸で泣き崩れる彼女。痛い程の訴えは心を抉った。「○ッシー、お願い!止めてよ!」さすがに僕も折れるしか無かった。「分かったよ。大人しくしてる。マイちゃんの言う事が正しい。Aさんには悪いが、出直してもらおう」「本当に?!」「ああ、仕切り直しだよ。僕はU先生の指示で病室から出られないと言って、断っていいから」「そうしてくれるよね?」「マイちゃんに嘘は言わない。だからもう泣かないで!」涙を拭いてやりながら優しく答えた。「あたしとEちゃんとで断って来るから、少し待っててくれる?」「待ってるよ。あまり出歩くのもまずいだろう?」「お願いだから、無茶しないで!あたし達だって共に戦う戦士だよ!」マイちゃんは涙を拭いてAさんの元へ向かった。待つこと数分後、今度はEちゃんがやって来た。「どうした?」「それが、“空手では帰れないから、どうしても直接会談をやらせろ”とゴネてるのよ!マイちゃんが○ッシーは無理出来ない状況だって説明しても、“逃げるなんて卑怯だ”って居直る始末なの。○ッシー、マイちゃんは断固として譲らないし、Aさんは居直る始末だし、どうしよう?」Eちゃんが切迫している状況を伝えてくれた。「分かった。Eちゃん、直ぐに戻ってマイちゃんを援護して!何とかして見よう」僕はナースコールを押して、U先生を呼び出した。「分かったわ。直ぐに行くから」とU先生は言ってコールは切れた。3分も経たない内にU先生は、車椅子を押して現れた。「どうやら、貴方でなくては治まりが付かないって事ね。OK、5分だけよ!私からも釘を刺してあげる!」車椅子に乗るとU先生は現場へ急いだ。言い争う3人の怒号が聞こえて来る。「貴方達!止めなさい!子供の喧嘩じゃあるまいし、静かに出来ないの!」U先生が珍しく声を荒げる。「あー、お恥ずかしいったらありゃしない!Aさん、冷静に話そうじゃないか!」僕がお決まりを言うと「○ッシー!先生、いいんですか?」とマイちゃんが駆け寄って来る。「場を治めるには、彼に任せるしか無いでしょう?5分だけよ。長引いたら私を呼んで!Aさん!!これでいいわね!5分で済ませて!」U先生がAさんをキッっと睨み付ける。めったに怒らないU先生に睨み付けられて、Aさんも怯えた様に頷く。「逃げてる訳じゃないよ。この有り様なんで、自由に動けないからさ」僕も左腕を指差して、真っ向から眼を合わせ僕も威嚇する。直接会談が始まった。

「時間は限られてる。単刀直入に言うよ。入院期間を伸ばす策は無い!それに、これはOちゃんと八束先生との間で話し合われる問題だ。各個人の個別案件に我々が口を挟む事は、許されない。故に答えはノーだ。お互い手を引いてくれ!僕らは静観してるし、手出しも止めている」僕は静かに語りかけた。「そこを曲げてお願いしたいの!Oちゃんのために・・・」Aさんが蒸し返そうとするのを抑えて「何故分からん!彼女の問題に深入りすれば、みんなに必ず類が及ぶ!そうなったら誰が責任を取るんだ?!個々人の問題には“不干渉”が大原則だ!ましてや医局に物申すには、相応の理由がなくてならないし覚悟もいる。貴方にその覚悟はあるのか!感情に流されて“退院を伸ばして下さい”って申し立てても結果は分かってるだろう!策があればとっくに手を打ってる!無いから無理はせずに静観してるんだ!曲げるも何もあるものか!」僕は一気呵成にまくし立てた。マイちゃんが僕の感情を抑える様に両肩に手を置いてくれた。Aさんは沈黙した。唇を噛んで必死に反論しようと画策している。「Aさん、良く考えてくれ。先生方の努力を無に帰すつもりか?彼女の回復を棒に振るつもりか?僕らは“医師ではなく患者”なんだ!いずれはこういう日が来るのは分かっていたはずだ。遅いか?早いか?の差はあれど、退院の日は必ず訪れる。それを動かす事が出来るのは医師だけだ。僕らに決定権はないんだ。異議があるなら、Oちゃん本人が八束先生と対峙して決めなきゃならない。周りがあれこれと言うべきでは無いんだよ!」マイちゃんの手に導かれるように、今度は噛んで含める様に言った。「弱虫!薄情者!結局は逃げてるだけじゃない!」Aさんは金切り声で言い放った。「何と言われても僕は構わないが、後ろに居る子達はどう思うかな?」「何よそれ?!」Aさんが振り返るとメンバーの子達がズラリと横一線に並んでAさんを睨みつけている。「〇ッシーへの侮辱は、あたし達全員への侮辱と同じよ!」1人が静かに言うと全員が1歩前に進んで圧力をかける。Aさんは恐怖を察知して走り出した。「待てよ!あたし達にも言い分はあるんだぞ!」数人が追い打ちをかけようとする。「やめて!もういい」僕は彼女達を制止した。「でも、〇ッシーへの悪態の始末を・・・」「頼むから、もう止めて」僕は何とか彼女達を押し留めた。「みんな、〇ッシーにこれ以上の負担をかけないで!今だってギリギリのところで渡り合ったんだから!」マイちゃんも制止してくれた。U先生が素早く駆け寄って来て、僕の状態を確かめる。「大丈夫ね?」「ええ、これくらい平気ですよ」「貴方の言ってる事は正しいわ。それが分からないAさんがどうかしてる。後は任せて!必ずいい方向へ持っていくから」「はい」「みんなを落ち着かせたら、病室へ戻って休んでね」U先生は眼で合図した。僕も黙って頷く。「みんな、集まって!〇ッシーから重大発表があるから」マイちゃんが全員を集めてくれた。「Aさんは、感情に溺れてしまってる。あの調子では、いくら説得しても無駄だ。だから、AさんとOちゃんへの張り込みは今を持って終える。これから先は、八束先生とU先生に託す!」僕は静かに宣言した。「それって、Oちゃんの件から手を引くって事?」「そうだ。成り行きに任せる。今は言えないが“種”は撒いてあるから、芽吹いてくれるのを待つ方向に転換する。ただ、別件での動きは加速させる。Eちゃん、“退院祝賀会”の準備は何処まで進んでる?」「ごめん、まだ、ほとんど手付かずなのよ!」「謝る必要はないよ。猛烈に忙しかったからな。これからは、そっちへ人手を回すから、どういった内容にするか?を検討し始めて欲しい。みんなからのカンパやケーキの手配とかを具体的に考えて」「さすがにシャンペンは無理だけど、季節柄シャンメリーとかは手に入ると思うし、ケーキも1ホール何cmにするかで予算は変わるね。明日から何をどうするかを考えて見るね!」「マイちゃん、お菓子のバリエーションはどう思う?」「そうだね、手に入る範囲でいいかな?脱走とかも無理だろうし、〇ッシーがこの有様じゃあ作戦の進行にも影響するだろうし」「そうだな、寒くなって来たから、インフルの心配もしなきゃならん。脱走は見合わせるか」「でもさぁ、このままだとせっかく準備しても空振りに終わらないかな?」当然出るだろうと思った懸念が示された。「だから、準備だけはしとくのさ。買い物は数日前でも充分に間に合うから、リストと進行だけを決めて置けばいい。転び方によっては180度の大転換は有り得るから、慌てないようにするだけさ」「〇ッシー、どんな“種”を撒いたのよ?」全員が前のめりになる。「それは木曜日のお愉しみだ!ただ、吉凶は五分五分だけどね」「大吉だったら?」「全て丸く治まる予定。そうなるのを祈るしかないがね」「〇ッシー、それに賭けたのね?」「ああ、全財産を賭けた様なものさ。負けたら悲惨だろうな・・・」「その時は、あたし達がカバーするよ!U先生も“〇ッシーが正しい”って言ってたじゃない!」みんなが頷く。「言うまでも無いが、この話は極秘事項だ。他の先生達や看護師さんに聞かれても話さないでくれよ!」「了解!」大合唱が返って来た。「じゃあ、済まないが病室へ戻るよ。マイちゃん頼む」「うん」車椅子が押されて病室へ向かう。「Aさんに真実を言えないのは辛いね。〇ッシーが悪者にされちゃうのは、めちゃくちゃ悔しいんだけど」マイちゃんの口調もトーンが下がっている。「いずれは分かるさ。そう信じてやらなきゃ可哀そうだ」僕が言うと「この優しさを伝えたいし、離したくはないの。〇ッシー、何があってもあたしは信じてるよ!だから、無理は止めよう。今日の戦いは終わったからゆっくりして」病室へ入るとベッドに移る前に右手でマイちゃんの肩をポンと叩く。「夕食には間に合うだろうから、一緒に食べるか!」「うん、そうしよう」彼女は額を僕の肩に押し当てると「必ずだよ」と念を押して戻って行った。直接会談は決裂してしまい、僕の策は先生方に委ねられた。どっちに転ぶかによっては、感情的なしこりは残るだろう。「それだけは避けなくては」遠い昔に経験した苦い思いが蘇る。矢は弦を放れた。どこに命中するかは誰にも分からなかった。