およそ一年前の当ブログで、大東文化大学大学院通訳プログラムの私の担当科目、『通訳実習 B」と「通訳実習 C」について概要を紹介した。それは基本なのだが、学生の構成と、その時点での通訳実践や教育について新たな知見が出てきて有効であると判断すれば、それを取り入れることにしている。
昨年初めに、2013年度の内容を決めるとき、やはり、通訳者にとって必要な対人コミュニケーションの基礎理論を系統的に組み入れるべきと判断した。それまではスポットで必要な説明をしていたが、やはりそれでは不十分で、学生の頭の中で整理され、通訳の際に十分に注意ができない。
今の通訳教育ではコミュニケーションの理論的なことは教えられずに、現場で経験を積む中で通訳者は必要な対人コミュニケーション力を身につけている。つまり、市場で残った者は結果的に身につけているのだが、それでは不十分で、修士プログラムを出て通訳者になるにはやはり理論的な理解が必要だと考えるからだ。
先日の医療通訳者全国代表者会議の講演でも触れ、3月に日本通訳翻訳学会の通訳教育部門が発行するジャーナルに出した原稿にも含めたことだが、根拠はこういうことだ。「良い通訳」、つまり「質の高い通訳」を考えたとき、起点言語(話し手側)に正確(忠実)であり、目標言語(聞き手側)として聞きやすく、話者の意図や当該会議の目的が伝わり、当事者間のコミュニケーション全体が成功している必要がある。詳しくは、近々に発行される医療通訳全国代表者会議の報告集か、日本通訳翻訳学会の通訳教育のジャーナルの私の記述を読んでほしい。
通訳者は、言葉の壁がある当事者間のコミュニケーションをとりもつわけだから、その立場上、通訳の最中に、当事者間の理解の行き違いに唯一、気づく立場にいる。その場合に、どのように判断するのか。医療職者と同じく、通訳者も現場では瞬間ごとに判断が求められる。専門職であるから当然である。状況を判断せず「引かない、足さない、変えない」を常に当てはめることは危険だ。
今の通訳教育はどうしても起点言語から目標言語にどう訳すかという語学が主体になっている。スクールや学部では仕方がないが、大学院ではそうはいかない。コミュニケーション理論を効果的に組み入れることで、おそらく通訳スキルの習得は加速するし、現場に出てからの自己修正力も系統だったものになり、新たな知見を整理して実践と教育に貢献してくれると期待できる。
以上が、大学院の通訳実習の授業にコミュニケーション理論を組み入れた理由だ。コミュニケーション理論に関する内容は「通訳実習 B」に組み入れ、通訳演習に並行して展開した。使用した教材は以下のものだ。
対人コミュニケーションの仕組みとスキル
渡部富栄:『対人コミュニケーション入門 看護のパワーアップにつながる理論と技術』ライフサポート社
非言語コミュニケーションと通訳
・非言語コミュニケーションの概要
Hargie, O. and Dickson, D. (2010). Skilled Interpersonal Communication Research, Theory and Practice, Fifth Edition. London and New York: Routledge の中のNonverbal Communicationの章を読む。
・通訳論文で特に非言語コミュニケーションを採り上げたもの
Poyatos.F (ed.). (1997). The reality of multichannel verbal-nonverbal communication in simultaneous and consecutive interpretation. Nonverbal Communication in Translation. (Benjamins Translation Library). Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins.
Viaggio, S. (1997). Kinesics and the simultaneous interpreter The advantages of listening with one’s eyes and speaking with one’s body. Nonverbal Communication in Translation. (Benjamins Translation Library). Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins. (pp.283-294).
Viaggioは有名な通訳者で通訳者にとって必要な非言語コミュニケーションを実践的に整理している。
交渉
渡部富栄(2013)「交渉する:保健指導が変わる!実践・対人コミュニケーションスキル」『産業看護』(68-77)メディカ出版
Harvard Business Review (2011)からNegotiationの論文2つ
通訳研究で通訳者と当事者間の対人コミュニケーションを採り上げた論文
Wadensjö, C. (1997). Recycled information as a questioning strategy Pitfalls in interpreter-mediated talk. In S. A. Carr, R. Roberts, A. Dufour, & D. Steyn (Eds.), The Ctitical Link; Interpreters in the Community. (Benjamins Traslation Library) (pp.35-52). Amsterdam and Philadelphia: John Benjamins.
Wadensjö, C.. (1998). Interpreting as Interaction, London and New York: Longman.
以上の文献を大東文化大学大学院プログラムの学生は読み込み、内容をプレゼンテーションしている。週に1回の通訳実習Bの時間内で、実務訓練と並行してそれを行っている。プレゼンは分担して、各自が前半を英語、後半を日本語で発表する。もちろんレジュメも作成して配布する。他の学生はその発表と質疑を最初の頃は逐次通訳、後期に入ると同時通訳を行う。
特に通訳関係の研究論文は難解な部分も多いが、学生らはよくがんばったと思う。