CRMを使った医療チームの訓練についての論文(Harvard Health Policy Reviewから)

2011-07-27 15:17:01 | 本・論文の紹介(看護)
David M. Musson, Robert L. Helmreich (2004): Team Training and Resource Management in Health Care: Current Issues and Future Directions, Harvard Health Policy Review Vol.5, No.1, pp.25-35.

http://homepage.psy.utexas.edu/homepage/group/helmreichlab/publications/pubfiles/musson_helmreich_HHPR_2004.pdf


 5月のICNの大会の準備で、基調講演者のダイアナ・メイソンの動画か音声はないかと、ネットを捜していた。YouTubeで、ある講演を見つけた。この論文は、メイソンが、医療チームにおける対等な関係について話しているときに、「まだ読んでいなかったら、ぜひ読むといい。いいペーパーだから。ネットでフリー・ダウンロードできる」と言っていたものだ。そのあと、すぐに読んだ。2004年のものだけど、邦訳されてはいない。だから、ブログでは紹介しようと思っていた。


 CRM(Crew Resouce Management:乗務員資源管理)という航空機業界で使われている事故防止訓練(シミュレーション)がある。CRMは、医療において、事故の予防と低減のために、チームでの訓練に使われている。この論文は、安全なケアを提供できるチームを作るためにCRMを用いるときにの重要点と、今後の方向性について述べている。

 印象に残ったのは、CRMの概要が説明されているところだ。医療の安全管理において、チームでは、ミスをしてもそれを率直に報告でき、それを元に学習できる雰囲気や環境を造っていくことは、よく知られている。CRMには、それだけではなく、重要なポイントがある;

 チームではリーダーとフォロワーがいて、それぞれの役割がある。ただ、自分の役割を果たすだけでは、安全で成果の高いサービスを提供できない。例えば、フライトチームのリーダーであるパイロットは、フライトの前にチームメンバーを集めてブリーフィングをする。計画や予測、想定される問題点などを事前に説明するのだ。フォロワーも不明な点があればブリーフィングを求める。また、チームでは他のメンバーの行動をモニターして検証することが、SOP(Standard Operating Procedure:標準手順書)の記されている。でもこれは、チェッカーではない。チーム全体に注意を払い、問題があった場合には、相手を尊重しながら明瞭に伝えられ、また聴ける、コミュニケーション力の指導がしっかりなされているのだ。建設的な関係を作れる力を身につけ、他のメンバーに働きかけることが、各自の責任であり義務でもある。人間の能力には限界があり、それを前提にして、安全対策を採っている。心身の疲労がミスの確率を高めることも、学ぶ。だから、パイロットが、フライトの前段階のブリーフィングでは、個人的な問題(家族の病気など)が精神的なノイズ(コミュニケーションの阻害要因)になって支障が起る可能性のある場合は、チームのメンバーに自己開示することも、まれなことではない。こうした訓練の結果、アメリカでは、パイロットの専門文化が変化したという。医療職者の自己完結的な文化を変えていくために、医学生や看護学生の段階から用いるべき方法だとしている。

 アメリカで、CRMが医療に導入されたのは、2000年のIOMのレポートを受けてだ。IOM、Institute of Medicine:アメリカ科学アカデミーの医学研究所は、アメリカでの医療事故の多さから、'To Err is Human: Building a Safer Healthcare System'という報告書を出した。その勧告にある安全な医療チームを作る1つの方法が、CRMなのだ。

 筆者は、テキサス大学の研究者である。Mussonは医師/心理学者で、Helmreichは、心理学の教授だ。医療では、航空業界の借り物ではなく、医療に適した形で修正していくことが今後の課題だとしている。

 飛行機では、ミスは、乗客乗員の命につながる。もちろん、自分の命もそこに入っている。必死で安全対策を進めてきたのだ。CRMは医療だけでなく、原発関連でも応用されているようだ。ネットにも情報は出ているし、論文もある。
 

 大東大大学院の通訳プログラムでは、後期に、医療過誤の問題を取り上げる。"Wall of Silence"(『沈黙の壁』)の著者の1人、ローズマリー・ギブソンの講演を使う。そこでは、冒頭に、IOM や'Too Err is Human'も、もちろん、出てくる。 
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『理科系の作文技術』

2011-07-24 21:35:49 | お奨めの本
木下是雄著『理科系の作文技術』中公新書

 1981年初版で、今年で70版を記している。

 たまたま読んだ 井上ひさし著『日本語教室』新潮新書の本文の冒頭に出てきた本だ。「素晴らしい本ですので、ぜひ買って読んでみてください」とあった。

 著者の木下氏は物理学の教授だ。自分の学生に英語で論文を書かせようと指導してもうまく行かなかった。実は日本語を知らないから英語をかけなかったことが分かったそうだ。この本の中では、他人に読んでもらうものを「仕事の文書」と呼び、メモから原著論文や論説に到るまでの書き方について述べている。最後は学会講演の要領についても説明している。「理科系」となっているが、仕事全般に共通の記述の仕方だ。目指しているのは無駄なことを省いて論理の通った構成の文章なので、結果的に英語にもしやすいものになる。

 eメールが使われ、スライドもPCでパワーポイントで簡単に作れる今とは、書かれた時代が異なる。でも、全般の内容は、井上ひさしがいうように「素晴らしい」。すでに、いろんな人が薦めているロングセラーだ。理系、文系に関わらず、今の時代こそ、読んでおくべき本だ。

 
 日本語の記述に関連することで、通訳の視点から少し話をする。通訳の学習では、日本人の日本語の使用の傾向や特徴を勉強する必要がある。話者の口から出てきた日本語はそのままでは訳せないことが多い。実際、通訳研究の中でも、日本語に関連した論文もある。大東文化大学大学院の通訳プログラムの修了生の中に、通訳の観点から、日本人話者の発話の特徴を修士論文のテーマにした者もいた。実務に就いたとき、とても有用であったようだ。
 
 
 

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『看護』8月号の「書評のページ」

2011-07-23 23:05:17 | 対人コミュニケーション
 今日、日本看護協会出版会から、機関誌『看護』8月号が届いた。
(http://www.jnapc.co.jp/products/detail.php?product_id=2970)
 拙書『対人コミュニケーション入門 看護のパワーアップにつながる理論と技術』(ライフサポート社刊)の書評が掲載されている(「書評のページ」p106)。『看護』の「書評のページ」では、自社発行の本に限らず、広く採り上げているようだ。この書評は、東京有明医療大学看護学科長の金井PaK雅子先生からいただいた。内容についての丁寧なコメントと推薦の言葉に続き、本文中に25ある、Words of Wisdom※について、「とても新鮮」、「含蓄がある」と評されていた。

 出版会の『看護』の編集者部の関係者、金井先生、そして、ご支援くださった日本看護協会国際部長の輪湖氏には、心より感謝いたします。
 書評を見て、1人でも多くの看護学生やナース方々に、この本を手にとってもらえれば、とてもうれしいです。
 
 ※「Words of Wisdomは、。。。テーマに関連した言葉で、先人の経験と学びが凝縮したWisdom(英知)である。ナースとして、また人として、生きていく上で、困ったとき、行き詰ったときに、知恵と勇気を与えてくれるものであればと願って記した」(渡部富栄著(2011):『対人コミュニケーション入門 看護のパワーアップにつながる理論と技術』ライフサポート社刊「はじめに」から引用)


 
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診療報酬:National Fee Schedule vs. Reimbursement

2011-07-19 20:31:10 | 医療用語(看護、医学)
 日本の医療で特異的な仕組みに、「診療報酬」がある。通訳者になったころ、日本人話者が、「診療報酬では。。。」と発言を切り出すのに、困っていた。会議の参加者の外国人が日本の医療制度について、ある程度、知識がある場合や場面では問題はないのだが、そうでないときは、「日本では、医療費が公的保険制度ですべて賄われている」ことを、通訳者の私が、補足しなければならない。そうしなければ、話がつながらないからだ。だから、最小限に、そうした補足はしていた。何回か、仕事を重ねる中で、日本人話者も気づいたようで、「診療報酬は、」と突然言い出すことは、なくなり、必要なときは、「日本の医療は諸外国とは異なり、すべてが公的保険から、『診療報酬』として、病院に支払われる」と、冒頭、説明するようになった。

 通訳の場面では、通訳者は、その集団や場の規範(暗黙の内のルールのようなもの)に則した行動をとる。必要であれば、内容その他について、クライアントや話者らと打ち合わせをして、調整する。
 こうした適応は、通訳を介した会議の場面では、クライアントや話者にも生ずることを、この経験から学んだ。最初は、日本人どうしで話しているような日本語を話していた日本人参加者が、異文化の言語に訳せる(訳しやすい)日本語で発言するようになるのだ。


 診療報酬を reimbursement と訳されることが多い。ただ、これは、「払い戻し」という意味だ。一度は支払ったものを、保険で払い戻しされることである。日本の健康保険でいう「診療報酬」は、「払い戻し」ではない。単純に「保険で支払ってもらえる薬の値段」といった程度のことだと、話は通じるのだが、具体的な医療制度のことになると、reimbursement では行き詰ってくる。

 診療報酬は、national fee schedule だ。健康保険で支払われる医療処置や製品(医薬品、医療品)すべてをリストにしたものだ。そうした診療費について、各病院は毎月、レセプト(診療報酬明細書)を提出する。それを審査されて、病院は診療報酬を受け取る。病院の営利活動は認められていないので、診療報酬で、(政府の補助金は若干、あるものの)、職員の給料、設備投資、運営費のすべてを賄う。
 例えば、医療職の労働問題で、給料に関して、「原資が診療報酬だけなので、需給メカニズムが働かない」などという発言が出たとき、診療報酬をreimbursement で訳していると、話がつながっていかない。おそらく、そのあと、本来だったら発言の応酬になるはずのものが、出てこなくなってしまう。

 参考までに、患者の病院での「窓口払い」は、co-payments (for medical services)


 大東文化大学大学院経済学研究科の通訳プログラム(日本で初めての大学院の通訳プログラムで、プロ通訳者も何人も出ている)では、私は、2コマ、通訳実習のクラスを持っているのだが、その1つが、医療の通訳に特化した内容だ。4月から医療通訳者の倫理について学んだが、今、ちょうど、日本の医療システムについて学習を進めている。今回は、非常に優秀な学生ばかりで、2人は国費留学生だ。2人とも、国民健康保険証を持っている。「そうしなければならない」と言っていた。だから、国民皆保険の話は、比較的、入りやすかった。教材は、John Creighton Campbell, Naoki Ikegami (1998):The Art of Balance in Health Policy Maintaining Japan's Low-Cost, Egalitarian System, Cambridge University Press.(邦訳:池上直己、J.C.キャンベル著(1996):『日本の医療 統制とバランス感覚』中公新書)
 
 私が、日本の医療を英語でどのように説明するかを勉強した本だ。自民党政権下の内容にはなっているので、最近のもろもろの問題は、いくつか、別の資料で補足をしている。ただ、診療報酬の仕組みなど、日本人でもよく分からない話を、英語で学ぶには恰好の書だ。このブログで出ている訳語の出所でもある。
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介護:Long Term Care vs. Nursing Care

2011-07-17 11:36:34 | 医療用語(看護、医学)
 通訳者が現場で、「介護」といわれたとき、nursing care をよく使っている。また通訳の資料として出てくる、日本語翻訳(翻訳会社に出したもの)の資料も、nursing care になっていることが多い。おなじことなのだが、「老人ホーム」は、nursing home を使っている。辞書には、そうなっているから仕方がない。通訳現場で、この訳を聞く外国人は、だいたい、「高齢者のケア」なのだと分かるので、問題は起こらないでやり過ごすことになる。でも、厳密にいうと、違っている。具体的な介護システムを各国間で比較するような文脈だと、細かく訳し分けることが不可欠になる。

 nursing care を直訳すると「看護ケア」になるように、nursing を使う場合、身の回りの世話だけでなく、例えば、与薬、喀痰の吸引を始めとした医療的処置を伴う場合を意味する。特別養護老人ホーム(Special Homes for the Aged)は、その意味で、本当の nursing home になる。

 日本語の「介護」は、nursing care、nursing home で表されるよりも、もっと広い。介護は、軽度の通所サービスから、特養まで、ケアや施設も段階によって異なっている。それがどの段階のケアでまた施設なのか、文脈を考えて、訳を当てる必要があるのだ。

 介護全体を指す場合は、long-term-care だ。現在の介護システムは、介護保険法(Long-Term-Care Insurance Law)に基づくものである。世界に類を見ない高齢者のケアの法律である。高齢化を国民全員の問題ととらえて2000年に施行された法律だ。デイサービスという通所サービス(軽度から中程度の認知症、また一般の支援から軽度の介護認定を受けている人対象のもので、レクリエーション活動を中心に、生活を楽しく規則正しく過ごさせるもの)から、本当の意味での医療ケアの必要な老人ホーム(nursing home)まで、すべてを含んだものをいう。

 老人保健施設(Health Facilities for the Elderly)は、病院と従来からの老人ホームの中間の施設として、短期リハビリテーションを中心にできた施設だ。

 ちなみに 厚生労働省では、介護・高齢者福祉は、Long-Term Care, Health and Welfare Services for the Elderly になっている。


 通・翻訳を勉強するとき、よくあるのは、まず、日本のことを説明できるようにする。日本の文化、歴史、システムなど、海外と異なるものを説明する。通訳ガイドの勉強では、歌舞伎や能、茶道や華道を始めとしたいろいろなものをどう説明するか、検討する。その段階のあと、環境や社会全般の問題を経て、政治経済を学ぶ。そのあと、医学やITなどの技術的なものを扱う。これが、民間のスクールのおよその学習順序である。

 日本の歴史や文化、政治経済状況を説明することはよくやるのだが、医療については敷居が高いのか、教える人がいないのか、どうしても、辞書の言葉をそのまま、写すように訳してしまう。ただ、日本の保健医療、福祉ほど、世界から見ると特異的で、文化的な特徴を持っているものはないので、注意が必要だ。


 辞書に載っている言葉は限られている。関連の本を読んでおく必要はあるが、緊急処置として、仕事のときは、もう一度、Googleなどで、今使われている用語/訳語、コロケーション(活用)などを確認した方がよい。
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