ケアの質

2012-01-30 00:04:56 | 国際会議の通訳
  Quality of careは「ケアの質」という。ケアについては、「品質管理」や「品質保証」というように「品質」を使うこともあるが、通常は「ケアの質」といっている。

 先週の会議のテーマが「ケアの質」であった。海外からの参加者はいるものの、アメリカ内部の会議であるので、きわめて早口の英語でアメリカ国内での事項は前提になって話が展開される。だから、彼らが使う略語、ジャーゴン、そしてスラングが飛び交う。これから比べると完全な国際会議は、主催者自体が、英語を母語にしない人たちにも理解できるように話すよう、絶えずリマインドすることもあり、やりやすいということが今回よく分かった。日本からの参加者への生耳同通であった。事前資料はほとんどない。事前提出されたアブストラクトとパワーポイントはウェブから入手可能だったが実際に提出していたのは全体の5分の1程度の発表だった。一旦、会議が始まると、現地に行ってもパアーポイントは直前に配布されるもの以外は事前に目を通せない。会議終了後はすべてのパワーポイントは一定の期間ウェブで公開されるが、期間中は発表者以外はアクセスできないことになっている。だから、ほとんどが資料のない状態だ。こういう場合、テーマ自体をよく知っていることが仕事を請けるときの前提になる。

 品質の管理や保証の会議は通訳者がよく携わる。医療方面では特に医薬品の製造管理であるGMP(good manufacturing process)が多く、そして時にGCP(good clinical practice)、GLP(good laboratory practice)がある。指図書(instructional manual)、標準手順書(SOP、Standard operating procedure)、protocolを作成し互いにcross-referenceをつけて管理し(上位の 文書の詳細を下位の文書に書いてあるが、それがどの文書なのか文書番号を示すこと)、その実践のlog(履歴/日誌)をつけて、記録(record)を残す。

 Documentationといわれる記録の体系を整え、記録されていないことは例え実践されていても実行されたとはみなされない。その管理方法を査察/監査されるが、そこでは記録が重点的にチェックされる。つまり、各当局が定めたガイドライン(マニュアルともいう)に沿って社内の指図書、手順書が不足なく定められ、その内部文書の基準に則り不足なく実施されたことが記録されているかが検証される。逸脱や異常事態への対応の基準も定められ実施されるものとしている。当局査察の前に内部統制(internal control)として、内部監査のシステムを実行する。こうした査察は当局だけではない。医薬品メーカーは提携先に監査に行ったり、また提携先から監査を受けたりする(例えば、原料を購入するメーカーの製造システムをチェックする)。医薬品の長い開発の過程が終わり、各国薬事当局から当該薬剤の承認が降りる前に、必ず「承認前査察(pre-approval inspection)」という大掛かりな査察が行われる。ここで承認が出ないと、それまで開発に投資した膨大な資金と労力が水泡に帰す。このような製薬の管理については本やジャーナルがたくさん出ており、医薬品会社の品質管理や品質保証の担当者に対するトレーニングセミナーも民間でよく開催されている。


 さて、医療の質に話を戻すと、医療の質を評価するシステムがある。看護については、アメリカのマグネットホスピタル認定プログラム(Magnet Recognition Program)が知られている。アメリカ看護師協会(ANA、American Nurses Association)の関連機関であるアメリカ看護師資格認定センター(ANCC、American Nurses Credentialing Center)が認定を出している。背景を説明すると次のようになる。

 1980年代の半ば、看護師不足が大きくクローズアップされたとき、多くの病院がナースの離職に悩んでいた。そうした状況で、むしろナースの応募が増え、離職せずに定着し、ケアの質の高さが評価されている病院がいくつかあった。その病院には共通する特徴がある。看護職員配置(患者一人当たりのナースの数)が適正に保たれており、ナースの職務満足度が高い。そういう病院は患者へのアウトカムも高い。ナースと患者の満足度は相関するのである。職員配置だけでなく、看護労働全般に配慮がされ、ナース一人一人尊重され配慮される。病院のいろいろな決定に際して発言できるシステム、医師とのより対等な関係など、ナースの立場に敬意が払われているのである。そこで、そうしたナースを磁石のようにひきつけて放さない病院をMagnet Hospitalとして認証したのである。現在は、病院だけでなく、クリニックや療養施設も対象になっていて、Magnet Facility(マグネット施設)と呼ばれている。

 当初は適正な職員配置を求めたものだったが、現在は、患者のアウトカムの高さが重視され、看護の質の指標が使われる。全てエビデンスに基づくものである。

 マグネットの認定はアメリカ国内だけでなく、海外の病院にも開かれている。昨年11月の会議では台湾で新しく認定された病院が1つできたといっていた。日本にはない。

 マグネット認定基準は非常に厳しく、認定を受けるまでにたくさんの書類審査を受け、最後には医薬品の場合と同じように、査察を受ける。いったん認定を受けても、4年ごとに更新しなければならず、そのときには再査察を受ける。マグネット認定を受けることをMagnet Journeyという。We are on a Magnet Journeyといっている。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナイチンゲール講演会終了

2011-11-22 20:34:10 | 国際会議の通訳
  今年、一番、心配していたフローレンス・ナイチンゲールの講演会が無事に終わった。ナイチンゲール著作集の編集責任者であるカナダの社会科学者Lynn McDonald氏の3回内容が異なる講演とそれに続いてのパネルディスカッションだった。カナダの現職はグエルフ大学教授で、1980年代にカナダの国会議員を6年していた。1990年代初め、社会科学研究の始まりに関する本を出したときに、ナイチンゲールについては数ページとり上げたらしい。それがきっかけで、興味を持ち、研究を進めていったとのこと。進めるうちに、その業績に驚くとともに、根拠のない批判が支持されていることに、これは、自分が正さなければならないと思ったという。

 マクドナルド氏は本当に、すばらしいスピーカーで、聴衆のニーズにしっかり焦点を合わせた話だった。逐次と生耳パナガイド同通の組み合わせでの通訳である。大東文化大学大学院の通訳プログラムの学生の国際会議見学実習を兼ねた。終わってホールを出てきたとき、「今日の会議は面白かった。勉強になった」と言っていた。看護の学会ではあるが、社会科学の視点からの話だったので、非常に興味深く、私も全く同感である。

 フローレンス・ナイチンゲールは近代看護の創始者であるとともに、19世紀ビクトリア時代の英国の社会改革者である。ナイチンゲールの救貧院改革、つまり、貧困者に十分な医療をというのは、すべての人に健康をという考え方に通じ、戦後のイギリスの国民保健サービス(NHS)につながっている。明らかに、J.S.ミルにも影響を与えていたという。ただ、当時から敵も多く、現在でも、特に、イギリスでは、誹謗中傷を受けており、ナイチンゲールの研究は全く進んでいない。日本は例外だという。

 マクドナルド氏は全世界からナイチンゲールの著作(手稿文献も含め)を集めている。全16巻の著作集で、15巻まで発行された。日本でもすでに、購入した研究者がいる。日本人でただ1人、ナイチンゲールに直接会った人がいた。津田梅子氏である。この話には、私も通訳をしながら、びっくりした。

 ナイチンゲールについては、知れば知るほど、信じられないような多くの取り組みをしていることが分かり、その大きさにびっくりする。看護学生の時代、ナイチンゲールの看護論は正直、よく分からなかった。何十年もたった今、こういう形で勉強することになったことを幸運だと思っている。

 教養も高く頭がよい分、ナイチンゲールの言葉、記述は、ウィット、パンチの効いた皮肉、言葉遊びが随所にある。これまでもナイチンゲールの著作(伝記ではなく、ナイチンゲール自身が書いた書簡も含めて)はたくさん、日本語に翻訳されているが、その翻訳作業が大変だったというのは、想像に難くない。今回の通訳で、いくつかナイチンゲールの言葉を訳す必要があって、苦慮したものもあった。これについては、今日は、時間がないので、また、別途、とり上げる。

 明日から、マカオに出張する。帰国は、日曜日の夜遅くになる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

PTSD

2011-10-06 22:43:01 | 国際会議の通訳
 大学の後期授業が始まった。9月26日から青学で、今週10月3日から大東文化大学だ。今年は震災/原発で、4月の授業開始が大学によってずれ込み、祝日を授業日にする場合も違っていたりと、注意しないといけない。秋は、フリーの仕事の繁忙期でもあり、短い3ヵ月余の間に、たくさんのことを集中してこなさないといけない。


 10月1日(土)早稲田大学で心理学の仕事だった。PTSDに対して、テレヘルスを使った長時間曝露療法(Prolonged Exposure, PE)のエビデンスについてで、無作為試験の結果を示したものだ。テレヘルスPEは対面型PEとほぼ同じ効果があるという。東日本大震災と心の健康についての講演会である。

 アメリカでのPTSDの研究で特徴的なのは、退役軍人に関するものが多いことだ。発生率が高く、重度のケースも多い。幼少期のトラウマ体験もっている場合、またうつ病を併発したりすると、治療が難しくなるという。その他、女性のレイプ被害者、児童虐待など、データが蓄積されている。研究では、これらに比べると、自然災害によるPTSDの発生率は低く、重症に陥るケースも少ないという。

 アメリカの場合、軍隊に入隊する人たちは地方出身者が多く、都市部のセラピストがいる病院まで通って来れない。でも、PTSDについては、早期発見と早期治療がきわめて重要で予後を決定する。そこで、スカイプを用いて治療の成果をあげている。この方法は日本の震災後の東北で使えるのではないかという。

 東日本大震災の被災者については、これまでのところ、PTSDの発生は想定したよりも低かったと、国内ではいわれている。しかし、講演者らは、福島原発関連のストレスが継続していること、住まいが変わり、共同体が崩壊したことなどを考えると、まだまだ安心はできず、注意が必要であるとのことであった。


 PEは認知行動療法の1つだ。PTSDについては、またいつか、もう少し詳しく取り上げる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ストックホルムから帰ってきて

2011-09-29 22:05:19 | 国際会議の通訳
  ストックホルムでの看護労働の会議の仕事から帰ってきた。前回のブログから随分、時間が経ってしまった。

 これは、ICNのプログラムの中のSocio-Economic-Welfare(社会経済福祉)、つまり労働問題のについて話合う欧米と日本のグループ会議で、もう15年ぐらい続いている。私は2005年から日本の代表者に随行して、現地で、生耳のウィスパリング通訳をしている。例年参加者は25人ぐらいだけど、年ごとに入れ替わり、最初のころからいるのは5人ぐらい。私はその次に古い。

 会議では、看護職の賃金、需給を含めた雇用状況、職員配置など労働問題を話し合う。2005年ごろから職員配置についての議論は活発だった。

 アメリカ、ペンシルベニア大学の看護学者のLinda H. Aiken率いる研究グループが、1人のナースの受け持つ患者数が4人を越えると、患者1人付き死亡率が7%上昇するという、センセーショナルな研究結果をJAMA(アメリカ医学会雑誌)出したのが2002年。この配置は「4対1」といわれ、カリフォルニア州で法律になり、それ以降、各国および国際レベルで職員配置率の議論が盛んだったのだ。それぞれの国が努力をして大体、この議論は先進国では、落ち着きつつある。
 
 ナースの労働問題といっても、アジェンダは年ごとに変化する。処方権を含め高度実践看護というナースの役割拡大の方向性は、世界的には共通認識で、それをどのように賃金に反映させるかが課題として上がる。ナースの職場は公共サービスが多く、労働市場としてはどうしても買い手市場なので、難しい。団体交渉で賃金が決まっていた国では、こうした個人の高度な専門知識と技術が評価されるようになると、個別の賃金交渉への傾斜が不可避になる。

 役割を拡大すると、従来の役割を委譲する方法も課題になる。こうした流れを受けて、これらの問題をよくとり上げてきたのは、日本語では、インターナショナル・ナーシング・レビュー誌である。

 今年の会議の結果は、年末あたりにまた、文書がICNのwebに更新されるだろう。昨年までのものは掲載されている↓。看護・医療労働について研究している人にとっては、貴重な資料だ。
http://www.icn.ch/pillarsprograms/icn-international-workforce-forum/ 

 開催国主催の催しで、バーサミュージアムにいった。当時の国王の命を受け、贅の限りを尽くして造船されたバーサ号。1638年、処女航海20分で風で横転沈没し、300年後に引き上げられて展示されている。下の写真は、そばにあったレプリカ。本物は、周りが暗く写りが悪すぎて載せられない。


 下の2つはストックホルムの町並み。
  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

持って行く本その他

2011-06-12 10:10:08 | 国際会議の通訳
 午後、ダーバンへ出発する。香港まで4時間、その後、ヨハネスブルグまで13時間、そしてダーバンへ1時間。中継も含めて20時間ぐらい。往きは会議資料の読み込みので終わる。帰りのために持っていく本を選んだ。
 アスキー新書の『看護崩壊』と『医療崩壊の真実』。この2つの本は、ネットでもいろいろな人が紹介している。

 もう1つは、Lynn McDonald(2010):"Florence Nightingale at First Hand", Continuum UK.
 秋に、フローレンス・ナイチンゲールのシンポジウムの通訳をする予定だ。そのための準備の1つとして読む。実はこの通訳をとても楽しみにしている。
 
 ナイチンゲールの『看護覚え書』(Notes on Nursing)は看護を学ぶ者は必ず最初に学ぶものだ。「看護とは」と説明される最後の「患者の生命力の消耗を最小にするように整えること」の部分は、私の頭の中に、今でもすぐに取り出せるように記憶されている。

 私が通訳者になって、驚いたのは、医師がナイチンゲールに関心をもっていることだった。ある小児科の大学教授は、邦訳されている著作をほとんど読んだと言っていた。医師が持つ「看取り」への関心と、ナイチンゲールの医療へ大きな見方への興味のようだった。

 看護を1つの専門職に引き上げただけでなく、ナイチンゲールにはいろいろな側面がある。国際的な看護の文献や会議で現在、よく言われるのは、「イノベーター」、そして「ファイター」。19世紀半ば、英国陸軍の野戦病院の兵士の死亡率を、換気や清潔など基本的な生活状況の改善で激減させた。それまで全く使われていなかった数字を使って告発し、英国政府に改善させたのだ。死亡者を母集団で割った簡単な統計だったが、今日、看護研究で積極的に使われる高度な統計解析も、実は最初に使ったのがナイチンゲールだった。統計を根拠にした記述をエビデンスにして政府に掛け合い、病院環境の改善に予算を配分させた。当時の軍を始めとした政府は男性社会。貴族出身であったのでそれなりの働きかけのルートは持っていたが、それでもすごい実行力である。
 強烈なロビイストという人もいる。
 
 国際的な看護の文献や会議では、いかに研究成果を看護のための政策変更に使っていくのか、議論されることが多い。また、そのような研究テーマが取り上げられる。先日のICNのダイアナ・メイソンがいっていた「研究、それだけでは十分ではなく政策変更に使われなければ」ということだ。そんなことは誰もしていない19世紀半ばにやってのけたのがナイチンゲールだ。そのために、メディアをどう使おうかと考えた人でもあった。

 この本の作者は、看護学者ではない。社会学者だ。世界に散らばるナイチンゲールの資料をほとんど収集して分析している。だから、とても関心がある。帰りの飛行機の中で読みきることはできないだろうけど、持って行くことにする。
 今度のブログの更新は、21日夜帰ってきて以降になる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする