オトコはつらいよ!? ~CNS 坂コーの独り言~

急性・重症患者看護専門看護師である坂コーの手探りなブログです。

このブログについて

はじめまして。 都内某大学病院ICUで働く専門看護師の坂コーです♪ 心にうつりゆく医療や看護に関する事をそこはかとなく書いていくブログです。 2019年4月からこちらにお引越し↓↓↓↓↓↓

PICS(Post-intensive Care Syndrome)について考える

2017-12-24 00:01:40 | 理論
今月は PICS(Post-intensive Care Syndrome)について考えると言うテーマで、ICUの勉強会を担当させていただきました。
PICSはピックスと発音し、日本語では”集中治療後症候群”なんて訳されたりもします。
せっかくなので少しご紹介します。

医学の進歩とともに、ICUで亡くなる人は少なくなってきました。
ARDSや人工呼吸器による生存率は1990年では40%程度だったらしいです。
それが、2010年には80%に倍増している…、これはすごいことですね。

そうすると、今までは死亡率をいかに減らすかが課題だったけど、ICUを生存する人が増えたことで、その後の課題がより明確になってきました。
病気は何もICUにいるときだけ患者に影響を与えるわけではなく、ICUに入る前から始まり、退室後も、退院後も長期的に影響を与えます。


では、ICUを生存した後の課題…。つまり、ICU退室後に起こる長期的な合併症に対してどのように立ち向かっていくか?

そこで、この領域の専門家たちが集まって会議が開かれました。
それが2010年のアメリカ集中治療医学会の ステークスホルダーカンファレンスです。

この会議で、PICSという言葉が生まれました。
PICSは、
重症疾患後の患者に退院後も持続する、身体機能、認知機能、メンタルヘルスにおける新規または悪化した障害
を指す言葉です。
PICSという言葉をつくることで、その概念の認識を促し、スクリーニングし、疫学、病態生理、治療、予後について明らかにしていくことを期待しています。


従来は、ICUではICUのケアを行うことが多かったかもしれません。


しかし、長期的なアウトカムに焦点を当てた役割の拡大が必要です。


このモデルは 2003年の論文に出ていたものですが、10年以上前からいわれているということがわかります。
少しずつ変わりつつありますが、まだやれることはたくさんあると感じる今日この頃です。

微力ながら、できることを周りを巻き込みながら行っていきたいなぁ...。
だって、患者と家族のゴールは生存ではなく、可能な限り最高の生活に戻ることだから。

ご興味のある方はぜひ、 スライドを見ていただけると嬉しいです。

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困難は分割せよ!コミュニケーションプロセスの視点で考えてみよう♪

2017-12-17 18:42:00 | 理論
以前コミュニケーションについて少し紹介しました。
ICUでは人工呼吸器を使用している患者さんと、うまくコミュニケーションがとれないことがあります。

ICUの看護師が ONE PIECEの見聞色の覇気が使えたら、患者さんの声なき声を聴き、介入につなげることができるはずです。



でも、そんな特殊能力は現実にはないわけです。
ないんですけど、挿管中の患者さんとうまくコミュニケーションをとれる人と、苦手な人がいるのはなぜでしょう?

センスと言ってしまえばそれまでなので、あえてここでは少し頭でっかちに考えてみます。

「困難は分割せよ!」と昔の偉い人が言っています。
私も、何か行動ができなくなった時は、パッキングと分解をイメージします。

「脳はあらゆる作業をパッキングしたがる」らしいです。
先送りせずにすぐやる人に変わる方法 (中経の文庫 さ 17-1)
つまり、細かく小さなことを、脳は一つのまとまった概念として取り扱おうとします。
その方が抽象的に物事を考える時にうまくいきます。

しかし、脳にパッキングされた仕事は、いざそれを実行しようとするときにとても難しく感じるそうです。これが「すぐできない」原因になる…、わかる気がします。
そこで、パッキングされた仕事は、小さく分解していく。
あえて抽象化した概念を、分解して具体化していくイメージです。
このイメージを意識するようになってから、仕事の仕方が大きく変わったと感じます。

だいぶ話が逸れましたが、困難は分割せよ!
難しいコミュニケーションも、コミュニケーションプロセスを分解して考えてみると解決の糸口が見つかります。

コミュニケーションプロセスモデルを、私なりに解釈して図式化するとこのような感じになります。


メッセージの送り手である患者さんは、考えや感情を共通のシンボルである言語・非言語メッセージに変換(記号化)し、何らかの媒体を通して(チャネル)メッセージを伝えます。
私たちは、受け取った記号を解読し、メッセージの意味を解釈(記号解読)します。解釈するためにはメッセージの内容(コンテンツ)だけでなく、これまでの文脈や背景(コンテクスト)が重要になります。
そして、これらの要素以外にそれぞれのプロセスにおいてコミュニケーションに影響を与える要素(ノイズ)が存在します。
お互いがメッセージの送り手にも受け手にもなり、相互作用関係が形成されます。

少しわかりにくいので、患者Aと医療者Bのコミュニケーションを例に考えてみます。

挿管中のAは喉の渇きを感じ、言葉になる前の形のない感情を工夫して伝えるようとします。
挿管チューブにより言葉が出せないため、身振りと口パクという非言語的メッセージに変換します(記号化)
Aの身振りや口パクをBは視覚を媒介にして(チャネル)メッセージとして受け取ります。
メッセージを受けたBは、挿管されている状況や口腔内の乾燥、これまでの経験など(コンテクスト)を考え合わせ、送られてきたメッセージ(コンテンツ)から「口渇でつらい」という意図を読み取ります(記号解読)
せん妄や過鎮静は記号化に影響を与えますし(ノイズ)、言葉が出せないことや、筋力の低下はチャネルに影響を与えます(ノイズ)。医療者側の先入観や時間がない状況は記号解読に影響を与えます(ノイズ)

このように考えると、コミュニケーションを改善する視点としては、
①患者が考えや感情を記号化できるか
②患者が記号化したメッセージを発信できるか
③医療者が受信した記号を解釈できるか
 がありそうですね。

同じ困難な状況でも、見え方が少し変わってきませんか?
見え方が変わると、行動が変わります。

少しでも、ヒントになったら幸いです。

今回の内容は、呼吸器ケア10月号に一部執筆させていただきました。

ご興味があればそちらも読んでみてください。

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危機理論

2016-07-10 06:42:50 | 理論
先月、北関東救急看護研究会 の自治医大で行われた山勢先生の危機理論のセミナー に出てきました。

まず、危機には二つの側面があるようです。
険で困難な状況
が熟し大きく飛躍するとき
つまり、危機は重要な転換期であり、脅威にもなりえるが、成長を促進させる可能性もある…。

救急・重症ケアに今すぐ生かせる みんなの危機理論: 事例で学ぶ エビデンスに基づいた患者・家族ケア (エマージェンシー・ケア2013年新春増刊)P11)

確かに、危機を乗り越えて成功のきっかけにしている人は多い気がする。
昔に読んだ「完訳 7つの習慣 人格主義の回復」のスティーブ・R・コヴィーさんはスポーツ万能で将来の夢はテニスプレイヤーだったそうな。
でも、13歳の時に大腿骨頭すべり症で松葉杖生活を3年間続けている時に学問に興味が移り、16歳で飛び級でユタ大学に入学し20歳で卒業、現在の素晴らしい成功を収めている。

山勢先生は、危機理論はそもそも“成長モデル”であると言ってました。

危機理論を最初に出してる人はエリクソンだそうです。
エリクソン??
って、あの有名な発達課題のエリク・エリクソン??

そーなんです、そのエリクソンです。

危機を好機に転換すること…。
なるほど、そう思うと危機に対する見え方が変わってくる気がする。

では、危機状態ってどんな感じなの?
日本に危機理論を伝えたキャプランの教え子である山本和朗先生がそのモデルを示しています。

救急・重症ケアに今すぐ生かせる みんなの危機理論: 事例で学ぶ エビデンスに基づいた患者・家族ケア (エマージェンシー・ケア2013年新春増刊)
P18)
対処方法のレパートリーというのは、今で言う所のコーピングです。

つまり、コーピングがうまくいかず万策尽きた時に危機状態に陥るとしています。
そしてここが成長できるか、脅威になるかの分かれ目となります。

私たちは、ここで危機に対して介入していかなければなりません。
だって、看護師だもの。

でも、自信ないなぁ…。
そう感じますよね、かなり難しい。

しかーし、勇気を持って一歩踏み出せる人になりたい!!!
そこで、危機介入には5原則があるので、これをまず意識しようと思います。


そして、基本的アプローチはこの6つです。


大切なのは本人が危機を自覚することです。
それなくしては危機介入は始まりません。
介入の焦点は、対象者の自我であり、コーピング能力を向上させることにあります。
穴からこちらが勝手に引き出すのではなく、本人が這い上がるために手を差し伸べアドバイスすることなんですね。

まだ、理解が十分であるとは言えませんが、
危機は成長を促進させる好機にもなりえる!!!
これだけは胸に刻みました。
セミナーに参加した甲斐があったなぁ。
このセミナーは、学会で知り合った専門看護師のナースマンに誘ってもらったのがきっかけでした。
本当に感謝感謝です。

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ニード理論(マズロー)

2014-06-18 23:51:12 | 理論
今日は、先日学校で発表したニード理論について簡単にまとめてみたいと思います。

まず、ニードとは何ぞやという話ですが、ニードは日本語でいうと欲求のことです。
日常的に使う欲求は「あーバックが欲しい。」とか「あー、彼女欲しい。」というような“何かをほしがり求めること”という意味で使っていますが、心理学でいうニードは“人間を行動にかりたてる内的な動機のこと”をいいます。
つまり、ニード理論とは簡単にいうと“人間の行動をニード(つまり内的欲求)によって説明しようとする理論”のことです。
ニードに焦点を当てた基礎理論は、ヘンリー・マレーやアブラハム・マズローによって提唱された心理的アプローチです。
このニード理論を看護に当てはめて考えたのがヘンダーソンたちです。
この表は各理論家がどのようにニード理論を展開したかの要点がまとまっていて、とても分かりやすい表です。

「よくわかる中範囲理論」という本の301ページに書いてあります。ぜひ見てみてください。


マズローは1954年に人間性の心理学という本でニード論を発表しました。

マズローは、人間は生まれながらに、より成長しよう、力を発揮しようとする自己実現の動機を持っているものであるとして研究しました。
そこで「自己実現者」を調査するにあたり、300人の健康な大学生から面接調査で被験者を選ぼうとしました。ですが、満足できる人は1人しかいなかったようです。
研究にはリンカーンやアインシュタインなど、歴史上の人物もサンプリングに加えました。
そして研究を通して、人間の欲求には、5段階の階層があって、底辺から始まって、1段階目の欲求が満たされると、1段階上の欲求を志すというものです。
この理論の特徴は、ニードを具体的、網羅的に羅列するのではなく、さまざまな表現形態の根底にある普遍的要因で分類して5つのニードとして列挙している点。
さらに、それらニードは強さ・現れる順が階層になって配列されているという、ニードの関係性にまで言及している点です。
毎日やっと食べていける程度の生活であれば、食べ物をどうやって手に入れるかが関心の中心になって、自己実現することはむずかしそうです。
生理的ニードは人間にとって最も強いニードで、生命を維持していくために必要なものです。
飢えや渇きを癒すこと、性や睡眠の欲求です。これらの欲求が満たされないと他の欲求は存在しなくなるか、背後に押しやられてしまうわけです。

生理的ニードがある程度満たされると、次は安全の欲求です。自己や災害や犯罪などの危害を受けず、安全に生きていくことへの欲求です。
次は愛情と所属の欲求です。愛し愛されたい、所属感を得たいという欲求です。
これが満たされてない人は、思い切って独自の個性を表現したり、本心から出た意見を主張することが難しくなるといわれています。それは、自己主張することが人間関係を断絶させてしまうかもしれないと恐れてしまうからです。この欲求が十分に満たされている人は、自由に個性を表出し、主体的に生きることが可能になります。
尊重のニードは自分を他の人より高い位置におこうとする願望です。
尊敬されたい、人より優れたい、支配したい、地位を得たい、自由になりたいなどなど多様です。
これが満たされないと劣等感や無力感に苦しんだり、地位や名誉に執着しやすくなります。
満たされると充実感と自信を持って、他人にも寛容になれて自分の行動を信じることができるようになると言います。
これらのニードがある程度満たされてくると自己実現の欲求がでてきます。
自己実現とは、人間がその可能性、潜在能力を開発し、自己の持つ能力や人間性を最高に実現しようとすることです。人は欠乏動機を満たすためのみに生きるのではなく、それがある程度満たされることで真の成長動機である自己実現のニードが現れるとしました。
これらは完全に満たされないと次の階層にいけないのではなく、大体生理的欲求では85%、安全欲求では70%、愛の欲求では50%、自尊心の欲求では40%くらい充足されると次の階層に移行できます。
また、1段、1段あがっていくだけじゃなく、時にジャンプすることもあるし、下位の優先欲求が脅かされると急に逆戻りすることももちろんあります。

患者さんは病気でいろんな欲求を満たすことが難しい状況にあるので、自己を高め、尊厳的に生きることを支えることは重要なケアといえます。


今回はマズローのニードで、どちらかというと心理学の理論でしたが、次回は看護のヘンダーソンのニード理論について考えたいと思います♪

大学を卒業してからすっかりご無沙汰だった、理論的なことについて最近勉強しています。
当時は理論なんてよくわからなかったけど、臨床での事例を通して学ぶことで、とても有用性を感じる今日この頃です。

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解釈学的現象学という研究手法

2014-05-18 15:24:29 | 理論
看護の質的研究方法で現象学的アプローチというものがあります。
これのプレゼンをすることになったので、色々勉強してみるととても奥が深い。
今日はそもそも現象学って何だろうということの整理をしてみたいと思います。

まず、現象学というのは18世紀にドイツのフッサールという哲学者が始めた哲学です。哲学の歴史をひもとくことが現象学の理解への近道です。
哲学はギリシャでうまれました。
世界説明の原理を求めるところに起源があります。
ギリシャでは、太陽神ジュピターを主神とする神話があって、当時は神話が世界説明の方法でした。
ギリシャにはポリスと呼ばれる都市国家がたくさんあって、神話の形も少しづつ違っていたので、様々な国で宗教や神話が混在していて世界像は統一したものではなかった時代です。
神話による世界説明は多様性であるのに対して、どこでも誰にでも通用し、共有できる普遍的な説明、これを目指したのが哲学です。
最初の哲学者といわれるタレスは「万物の根源は水である」といいました。
現代の私たちにとっては、いやいや違うよタレスさん!と何がすごいのかさっぱりな感じがします。でも、これは今から2500年も前の話です。
当時は万物の根源は神であり、太陽も月も、海も空も大地も、すべて神が創ったと考えるのが普通の時代です。それを否定して、あえて物質的な「水」であると言ったところに、大きな意義があるり、さすがギリシャ7賢人と言われたタレスさんです。

これ以来、哲学は世界の原理は何かということが問題の中心となっていきました。
世界の根源は何か、というところから始まった哲学は、神の存在をどう証明できるか、人間とはいかなる存在か、世界をどう認識できるか、精神と物質の関係はどうなっているのかと発展してきました。
近代哲学の父といわれるデカルトの産まれた時代はミケランジェロやダビンチの生きた時代です。
コペルニクスが天動説に対して地動説を唱えた時代です。
デカルトは世界を旅することで、ある集団の内部で信じられていることが、別の集団ではまた違ったように信じられていることを発見しました。
ボートをこぐ時のオールは水中では曲がって見えます。
私たちの感覚は頼りないものです。
現実世界のすべてが夢であるかもしれない。
デカルトは方法的懐疑ということですべてのものを疑ってかかりました。
でも、疑い続けている私が存在していることは疑えない。これを有名な「我思う,故に我あり(コギトエルゴスム)」という言葉で表現しました。
考える自己(主観)と対象である物質(客観)を分離して考える二元論を導きました。

前置きが長くなりましたが、ようやくここから現象学の話です。
現象学は冒頭で述べたとおりフッサールが始めた哲学です。

現象学は主観-客観の一致はあるのか、という認識問題の謎を解き明かし、ハイデガー、メルロポンティーへと発展していきました。
くどいようですが、認識問題の謎を解明しようとするのが現象学です。
懐疑主義に対して現代科学の実証主義は、主観-客観図式を前提しているのではこれに対抗できません。
そうすると、学問自体が非常に相対的となって、認識の普遍性の根拠が出せなくなるという危機的状態になったわけです。
では現象学でどのように主観-客観問題を解決しようとしたのかというと、簡単にいうと主観-客観図式を内在-超越図式に変換して認識問題の謎を解決しました。フッサールはいろいろ言ってますが、一番の肝の現象学的還元について簡単に説明します。
私たちは目の前に広がっている世界を、確かにそこに実在しているものだと思い込んでいます。主観的な世界の外部に客観的な世界があるのだと素朴に信じています。
この主観と客観が一致するのかという主観-客観図式のままでは、懐疑主義に対抗できませんでした。
絶対的な客観を証明することはできないわけです。
ここで意識の外部に客観的世界があるという確信、一種の先入観や思い込みを一時的に保留します。
この、一時的保留、判断停止、カッコ入れのことをエポケーといいます。
エポケーした上で、この確信がなぜ成り立っているのかを問い直します。意識の外部世界を否定するのではなくて、外部世界があるという確信が成立する条件を問うわけです。
これが内在-超越図式です。エポケーした上で残る純粋意識から、この確信がなぜ成り立っているのか、その条件を取りだすことを超越的還元といいます。
そしてこの直観された本質はさらに普遍的なものへと練り上げることが可能で、この作業を形相的還元または本質直観と言います。

これは竹田 青嗣(たけだ せいじ)先生のスライドを一部改変したものです。
ちなみに、(エポケーは一時的に保留するだけで、べつに客観的世界の実在性を否定するようなものではなくて、例えるなら部屋の明かりのスイッチを切るようなものだとフッサールは言っています。それで部屋が消えるわけでもなく、超越的還元の作業が終われば、またスイッチを入れて日常生活に戻るだけです)。

現象学は面白いですけど奥が深そうです。
これを使って研究する気には到底なれません。たぶん超難しくてハードル高そうですね。

最近は、仕事に大学院に子育てにと日々充実です。
ジムにも通いはじめて体重が5kgも減りました。
この調子でがんばりたいなぁ...。
現象学の説明は竹田先生のものがとても分かりやすかったです。

解釈学的現象学のベナーさんのものは読み物としては入ってきましたが、具体的研究方法はあまり分かりませんでした。私の読み込みが甘いのかも...。

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