加藤健というキャッチャーは不思議な存在だ。
この日、内海とバッテリーを組んだのは16年目の加藤健。
新潟県の新発田農業高からプロの世界に入った加藤健は1998年のドラフト3位。
ジャイアンツのその年のドラフト1位は上原、2位は二岡というそうそうたる顔ぶれ。
同年のドラフトは松坂大輔に沸いた年である。
高校から入団した選手らは、いわゆる松坂世代と呼ばれる選手たち。
加藤健もそのひとりだ。
プロに入ってからの加藤健といえば、
そのほとんどが3番手以降の控え捕手として、その立場に甘んじている。
加藤健がプロ入りした99年は、まだ村田真一が正捕手として君臨していた時代だ。
そしてその2年後に、阿部慎之助が即戦力ルーキーとして鳴り物で入団してくる。
その後、阿部が球界を代表するキャッチャーに成長し、
オリンピック、WBCと、日本代表に選ばれる機会が増えたことで、
加藤健が一時、2番手の座をつかみかけた時期もあった。
しかしトレードによる鶴岡一成(現・阪神タイガース)の加入や、
その数年前にやはりトレードで移籍していた實松の存在などもあって、
なかなか一軍定着には至らなかった。
(實松も98年のドラフトで高校からドラ1で日ハムに入団した松坂世代のひとり)
そして16年目を迎えた今季も、ジャイアンツには阿部の次と期待される小林誠司が入団、
一軍に定着している。
そんな苦境に身を置きながらも、加藤健の存在感を示すひとつの例がある。
加藤健が入団した99年以降、阿部入団の2001年を経て、2010年に鬼屋敷正人(ドラ2)、
河野元貴(育成2位)が入団するまでの約10年の間で、
ジャイアンツに入団した捕手は延べ7人(加藤、阿部、鬼屋敷、河野を除く)いる。
だが、99年の加藤健以降、鬼屋敷らが入団する前年、2009年までの11年の間に入団した捕手は、
すべて引退か移籍などによる退団を強いられている。
現在までジャイアンツに在籍しているのは、加藤健と阿部慎之助の二人だけである。
そんな多くのライバルたちと競い合い、
一定の立場から弾かれることなく、
16年目を迎えた今シーズンも、
大事な時期にスタメンマスクを任されている。
それは、原監督が表現した 「チームでもっとも献身的な選手」 という言葉が示すとおり、
ここまでの経験と信頼が、チーム内でもしっかり評価されているという証拠だろう。
ファームでは攻守にわたり、ある程度の結果は残している。
だが、一軍での成績については、出場試合数においても、
打撃の面でも、ほとんど目立った数字は残していない。
捕手としての技能も、特にどこかが秀でているというタイプでもない。
それでも16年間、チームに必要とされて、現在もその役割をまっとうしている。
加藤健の実績は、控え捕手として、16年間チームを見守り続けている経験そのものだろう。
チームでは、18年目の鈴木尚広、17年目の高橋由伸に次ぐ在籍年数である。
年齢からしても、まだまだいける。
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