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富沢赤黄男の一句鑑賞(8)高橋透水

2020年02月09日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
 石の上に 秋の鬼ゐて火を焚けり
 
 
 発表されたのは戦後の句集『蛇の笛(「三元社・昭和二十七年)にある句だが、作られたのは昭和十六年で、初出はその年の『公論』九月号である。この奇異な句は、どんな状況でどんな心境で作られたのだろうか。作句時の前年である昭和十五年ころから、赤黄男の動きを見てみよう。
 日中戦争で中支から南支いた赤黄男は昭和十五年、戦場でマラリアに罹り帰国している。この間中尉に昇進するも召集解除された。昭和十六年再度召集を受け善通寺の部隊へ入隊した。そして翌年北千島の守備に着いたが、昭和十九年に召集解除された。この間、十六年に代表句〈蝶墜ちて大音響の結氷期〉をふくむ処女句集『天の狼』を刊行している。
 さて、昭和十五年に病気になり帰国したときに赤黄男が目にしたのは、治安維持法違反の名目による俳人の検挙だった。なかでも、「京大俳句」を中心に検挙者は多数でた。そんな国情の厳しいなか昭和十六年に急いで句集『天の狼』の出版にこぎつけたものの、心は決して安らかでなかったことだろう。
 この頃から一字空き(一字空白)の句が目に付くようになる。同時代に、〈大地いましづかに揺れよ 油蝉〉〈虹を切り 山脈を切る 秋の鞭〉〈蒼空に けらけら嗤うたり 柘榴〉などがある。
 これらの一字空きは単なる切れでない。時間の経過や空間をとることで短兵急な思考の停止を求めているのだ。その分読み手は自由でしかも思考の広い鑑賞ができる。
 では「秋の鬼」とはなんの象徴か。また、「火を焚く」のはなんのために行うのか。おそらく「秋の鬼」は、お盆のころの鬼と考えてもおかしくない。「火を焚く」は、行事としては「迎え火」「門火」「流灯」「火祭」などがあるが、それらを念頭にした赤黄男独自の世界だろう。また鬼は赤黄男自身とすると火を焚くのは戦場でいのちを落した戦友の鎮魂のためとも考えられる。いや自分自身へ火を焚くごとく、赤黄男は戦場へ向かった。
   俳誌『鷗座』2019年10月号より転載

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