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西東三鬼の一句鑑賞(五)  高橋透水

2015年12月06日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
昇降機しづかに雷の夜を昇る


  昭和十二年の作で、新興俳句弾圧の際、特高警察による三鬼検挙の原因となった句である。専門の俳人から俳句について講義を受けたという、取締まりに当たった高田警部補らの解釈は、奇妙きてれつで、
   「雷の夜すなわち国情不安な時、昇降機すなわち共産主義思想が高揚する」というもので、つまり新興俳句は暗喩オンリー、暗号で「同士」間の闘争意識を高めていたものだというのである」(「俳愚伝」より)
  という具合で呆れ返ったという。実のところ三鬼は「新大阪ホテルで雷雨の夜作つた。気象の異変と機械の静粛との関係を詠ひたかつただけだ。(『三鬼百句』)と述べている。
 この頃の三鬼は新興俳句の影響で、実験的なこともあってか無季の句が多い。掲句は「雷」が季節感をもたせているが、意識してのことではないようだ。当時の新興俳句では、主に「季を守る」歴史派としての山口誓子と「無季容認から超季へ」を展開する日野草城の二派があったが、誓子の影響を受けたものの、三鬼は後者に属するとみてよい。
 当時の心境を三鬼は次のように述べている。
   「私は十二年から二年間、無季俳句だけを発表した。二年間と限つたのは、無季俳句実作による短詩性の生理は、二年もすれば会得出来ると考えたのと、人と遅れて出発した私の俳句は、実験に時間を限らねばならなかつたからである」
 ここでいう、「短詩性の生理」とは一体どういうことだろう。「生理」とは無季俳句の性質・内容、また手段・方法ということだろうか。いずれにしても三鬼にとって短詩形である俳句はしょせん生理的な表現手段なのだ。
 しかし三鬼の、いわゆる戦火相望俳句と呼ばれる〈兵隊がゆくまつ黒い汽車に乗り〉や〈戦友ヲ葬リピストルヲ天ニ撃ツ〉などは、短詩形の生理どころか無味乾燥な偽作ものの感は拭いきれない。銃後の国民として意識的に戦争を俳句化した作品に異色性はあるとしても、散文的なパターン化した句になった。
 

  俳誌『鴎座』2015年12月号より転載
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