透水の 『俳句ワールド』

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山頭火の一句鑑賞(十二)    高橋透水

2015年07月12日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
もりもりもりあがる雲へ歩む  山頭火

 
 迫りくる死を意識しても高揚してくるものが絶えず山頭火にはあったのだろう。「雲」は山頭火を天国へ迎えにきた雲ともとれるが、まだまだ達成しきれない理想の境地へ向かう山頭火の力強い精神力ともとれる。だが如何せん、昭和十五年十月のその思いは実現せず、辞世の句となった。
 死の前日、一草庵での句会が開かれた。山頭火は蒲団を敷いて休んでいたが、みんなはいつもの悪酔いだと思い込んで隣室で句会を催し、夜十時ころには散会した。
 句会に参加していた高橋一洵は帰宅して床に就いたが、やっぱり山頭火のことが気がかりだった。起き上がり真夜中二時ころ一草庵に到着したときは山頭火の容体急変していて、身体は硬直していた。朝方医者が来たときはすでに事切れていた。
 山頭火の生涯は決して幸福とはいえなかったかもしれない。その人生にはあまりにも負の面が多過ぎた。幾度も自殺を図り苦悩しながら、それでも懸命に生き、数多くの自由律俳句を残した。その一句一句に思いが凝縮され、発散されている。生活はさて置き、詩を愛し友を愛しそしてなにより酒を愛し、己が人生を全うした。
 多くの芸術は負から産まれるといってよい。ただ、その負を背負った芸術家がいかに美学を追求し、そしてどんな本質的な美を生産したかだ。つまり芸術家の真価が問われるのは何をしたかはもちろん何を表現し生産したかによる。いずれにせよ、山頭火は望み通りの「ころり往生」を果たしたといえるだろう。
 絶筆と言うべき三句は、〈ぶすりと音たたて虫は焼け死んだ〉〈焼かれて死ぬる虫のにほひのかんばしく〉〈打つよりをはる虫のいのちのもろい風〉である。
 山頭火は「解脱への道」を試みたが真の解脱は見られなれなかった。解脱より「滅びの美学」は意識していたようだ。人間山頭火は静かに息をひきとった。理想とした「ころり往生」といってよかった。享年五十八歳。
  

俳誌『鷗座』2015年7月号より転載
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