「冬の旅」チラシの裏面用に作成した文章です。
「冬の旅」はF・シューベルトが死の前年1827年に作曲した歌曲集だ。
詩はドイツ人W.ミュラーによる。同じ詩人に作曲したものでは「水車小屋の美しい娘」がある。
作品は二部に分かれているが、一度に作曲されたものではなく、シューベルトが一部を作曲した後に二部が発表され、間もなく作曲された。ミュラーは第二部を発表した時に第一部と第二部を合わせ、詩の順番を入れ替えたがシューベルトは必ずしもそれには沿わなかった。
それは各曲の調性の問題があったことと、物語の進行にシューベルトが思う所があったのではないかと私は思う。例えばシューベルトの歌曲集ではDer Lindenbaum菩提樹、Wasserflutあふるる涙、Auf dem Flusse流れの上で、と続き、それぞれホ長調、ホ短調、ホ短調である。
しかしミュラーはDer Lindenbaum菩提樹の後に Die Post郵便馬車を移している。シューベルトはこの曲は第二部の最初、13番目にもってきている。そしてシューベルトはこの曲を変ホ長調で作曲、つまり明るい曲にしている。もしホ長調のDer Lindenbaum菩提樹の次に持って来ていたら違和感があったのではないか。
それにそれまで恋人のことを諦めようとしていたのに郵便馬車のベルの音でまたその心を取り戻す、というのは二部の最初にもってくるのにふさわしい順番だと思えないだろうか。 シューベルトは詩の持っている心情や情景を非常に巧みに音で表現している。
例えば全曲を通して歩行のリズムが使われていることは有名なことだが、詩の解釈を、時には作詩者以上に主人公の心理を描き出している、と私は思う。そしてこの歌曲集の中にも随所に見られる。
私が生まれて初めてリサイタルを行うに当たりなぜこの、シューベルトの最高峰の曲をなぜ選んだか。それはこの歌曲集の音の中に、梅毒にかかり死ぬことを意識せざるを得ないシューベルトが自分自身を重ね合わせ、そして、だからこそ「死にたくない」と言う気持ちを爆発させている、と私は感じたからだ。
例えばIrrlicht鬼火の最後にGrab墓、という言葉が出てくるがシューベルトは非常に印象深くこの言葉に音をつけている。
他にもDas Wirtshaus宿屋。この「宿」というのも実は「墓地」のことなのだが、「部屋が一杯で自分は安らぐことが出来ない」と立ち去る、という内容であるのに、シューベルトは安らぎに満ちた非常に美しい曲を描いている。私はそこにシューベルトの悲痛な叫びを感じた。
以上のような類いの事を私は一人の指揮者として、そして一人の音楽家としてシューベルトの音楽を一曲一曲解きほぐし、私の考える「冬の旅」を表現してみたいと思っている。