漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

自粛警察

2020年08月14日 | せけんばなし
連日、新聞やテレビで、
「新規感染者数、きのうの東京は・・・」とやってますが、

アレ見てて思うのは、

いったい何人が検査を受けての結果なのか、
治った人は何人で、何人が死んだのかだよな、と、

そんなことを思い、
厚労省のホームページを見たら、こう出てました。

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2月18日~8月11日までのPCR検査の実施件数は、1,405,649件。

感染者は51,147例、死亡者は1,063名。

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百四十万人ほど検査して、

陽性が五万人強、

死者が千人あまり、と云うのは、

かなり良い数字と素人目には見える。

このあたりの数字について、
いつぞやアメリカ人の学者さんが言ってました。

「一帯にアメリカ人と云うのは、国家の規制を嫌う。

 西部開拓時代から、
 独立自尊で生活を築いてきたと云う自負心があるから。

 それ対し、
 日本人と云うのは連帯感を重んじ、

 周囲と歩調を合わせながら歩くような処がある。

 そう云う国民性の違いが、
 対コロナの結果にも表れている」


この方は日本人の親戚も居て、
何度も日本へ来ているそうですから話に説得力があります。

我が国の国民性を云うに、
「日本人は農耕民族だから」と、よく云われますが、

私はそれは違う、
正しくは「稲作民族だ」と云うべきだ、と思っています。

例えば、
アメリカのような広大な農地を保持する農耕なら、

我が農場の作物、
綿花なり大豆なりを守ればいいのであって、

農民同士がことさらに連帯する必要はない。

処が、日本の稲作と云うのは、
水一つにしても周囲との協調が大切で、

我が田にばかり水を引くと云う分けにはいかない。

種もみや労働力にしても、
助け合い融通し合うことで成立するような処がある。

そう云う暮らしを、
二千年以上も続けてきた結果、

中国のような国家の命令でなく、
単なる要請、つまり「お願い」でも従順に従うような処がある。

処がこれが悪く出ると、

「県外ナンバーの車に石を投げる」ような

「自粛警察」現象となってあらわれる。

コロナ騒ぎを見ていると、
日本人の好さも見えるが、いやらしい処も見えますな。


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【自粛警察】じしゅくけいさつ

新型インフルエンザ等対策特別措置法第32条に基づく
緊急事態宣言に伴う行政による外出や営業などの自粛要請に応じない個人や商店などに対して、

偏った正義感や嫉妬心、不安感などから

私的に取り締まりや攻撃を行う
一般市民やその行為・風潮を指す俗語・インターネットスラングである。





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