漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

ゴメン、ゴメン

2013年11月03日 | 政治・経済・こぼれ話

外国人が日本人を見ていて、
不思議に思うことの一つに、
ムダとも思えるほどに過剰な謝罪があるんだそうです。

そう云われれば、
確かに日本人はワリとどうでもいいようなことでも謝罪する。

「きのうウチの子がお宅へうかがったのだそうですね、知らなくてすいません」。

別に子供が迷惑をかけたわけでもないのに謝ります。

また言われた方も、
「いえいえ、こちらこそウチの子がオニイチャンに遊んでもらってすいません」。

最近も、偉い人たちがあちこちで謝ってますね、

生活保護の金を何十億も横領した役人のために市長が、
暴力団のためにローンを組んだ銀行のトップが、
食材を偽装したホテルの社長が、

皆、記者会見して新聞記者やカメラに向かい頭を下げてます。

あれ、アメリカなんかだとあんなに簡単には謝らないんだそうですね。
あちらではヘタに謝ると、
裁判を起こされて巨額の賠償金を取られるんだとか。

だから、なるべく突っ張る、
外国元首の携帯を盗聴したとか言う話も、アメリカの大統領は謝らない。

あれなんか、もし日本だったら、
マスコミが「アヤマレッ、アヤマレッ」の大合唱で、大騒ぎでしょうね。

最近読んだ、
松本健一氏の「海岸線の歴史」と云う本にこんな一節があります。

  ~~~~~~~~~~~~~~

米は、山から流れる河川の水によって、
千年に及ぶ連作が可能であるのに、
麦やトウモロコシは、
地中の水を吸い上げて地表に塩分を残すので、
オーストラリアや中国では三年で転作をしなければならない。
  (中略
西洋の牧畜では、まず土地の私有権が確定されなければならない。
その上で自由な競争が行われる。
そこで生まれる西洋の理念が「民主」である。

  ~~~~~~~~~~~~~~


氏はこの著で、
西洋の「自立した上での民主」に対し、

日本では、
先祖代々の長きにわたり「水と土を共同利用するため」
まず自然との共生、
それから、「隣人および隣村との共生」が理念となる、としている。

つまり、お互いに率直な意見を戦わす西洋人に対し、
日本人は、隣人との穏やかな関係を優先させると云う分けです。

そう考えると、
「日本人が、何かと云うとスグ謝る」のは、
何千年も同じ集落で暮らすために「身に付けた知恵」なんでしょうなぁ。

近ごろは「市民」と云う言葉を簡単に使いますが、
この言葉には、西洋輸入の「権利と責任を負う自立した個人」と云う意味合いが強い。

してみると、
日本人に似合うのは「市民」より、「住民」なんでしょうなぁ。








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