漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

○竜の沼

2012年07月16日 | ものがたり

 ○竜の沼
   
鎌倉に幕府の置かれているころ駿河に松本源八郎とて名主あり、

源八郎、八つになる一人娘をいつくしみ、
富貴に暮らし居たるが、その妻ふと患いつき早やその身空しくなりぬ。

源八郎、悲しみに絶えねど、
日数をおて、すすめる人ありて後添えを迎える。

この後妻、うわべは淑やかなれど、心の内には先妻の娘を憎むこと限りなし。

ある日、この継母(ままはは)、
村より外れた竜の沼へ娘を連れ行き、
「この娘を沼のヌシに差し上げたてまつる」と祈って帰る。

それより後も同じことを繰り返せば供の下人どももその心の内を知る。

その日も娘を竜の沼へ連れ来て祈りければ、
空にわかにかき曇り、風雨はげしくなり、雷鳴とどろけば、

さすがにおそろしく親子共々逃げ帰る。

あまりの怖さに泣き止まぬ娘を見て父も驚き様々になぐさめるに、
見かねた下人の一人、
先日来の継母の祈りよう、詳しく語れば、

源八郎も継母のこころざしを憎み、
打ち据えんと思いける処へ、

その長さ六丈ほどにも及びけん大蛇、  
口より赤き舌チロチロと出しつつ首をもたげ娘へと向かう。 

これを見た源八郎、娘の前に立ち両手を広げ、

「待て大蛇、これは我が実子なり、
 たとい継母がどう云うとも、身共が許さぬ限りこの娘は渡さじ」と云う。

大蛇、尚も娘に寄り来れば源八郎、
「代わりにあの女をそちにまかすぞ」と言えば大蛇向きを変え、

大口を開きて継母にかかり一呑みに呑む。

その隙に源八郎は娘を抱えて逃げ去りぬ。

大蛇腹のおさまった処で、
再び雷鳴をとどろかせ、風雨を呼んでそのまま沼へと姿を消す。

この女、まま子を憎み、かえってその身に報いしとなり。



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 ※(六丈→約18m)


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