漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

はんかい・1

2009年03月03日 | Weblog
どれほど昔のことか知らぬ。

伯耆の国 大山の奥の院には、恐ろしき神の住みて、 (伯耆→ほうき→今の鳥取県)
夜はもとより、
昼も申の時過ぎては、 (申の時→さるのとき→午後四時)
寺僧であろうと、お山を下り、
修行をなす僧も、堂にこもりて出でず、経を唱えて夜を明かすとうわさする。

そのふもとの里にて、
若き のらくろ者ども、夜ごと集まり、
酒飲みながら博打うち、勝負を争いて遊ぶ溜まり場の宿あり。

今日は朝から雨降り、田畑や山仕事にも出られずとて、
昼どきより集まり来て、
愚にもつかぬヒマ話しておもしろがる中に、
何かと云うと己が腕力を誇り、人の話に口出しし水を差す大蔵と云う男あり。

集まった者ども、みな大蔵を憎みて、

「ぬしは、やたらと強がるが、
 それ程までに云うなら、夜中お山に上り、しるしになる物置いて帰って来るがよかろう。

 それが出来ねば、力は有りても臆病者なり」とて、仲間の中にて辱(はずかし)めんとする。

「それごときは易きことよ、
 今宵にも上りて、証拠の品置いて戻らん」と云いて、

充分に酒飲み、物喰い散らして立ち上り、
外は小雨なれば、蓑(みの)着て、笠かぶり、そのまま怯む様子もなく出てゆきたり。

仲間が中に、年かさにて思慮深き者は、

「無益な意地を張るなり、
 あの男、必ず山神に引き裂かれ谷底へなりと捨てられん」、と、

まゆをひそめて云えども、後を追いて留めようとする気配は見せず。

この大蔵と云うは、足も速ければ、
まだ日の高きうちにお堂のあたりに着きて、辺りをうかがい歩くほどに、
日もやや傾きければ、
物すさまじき風吹きたち、杉檜(すぎ、ひのき)の木立ザワザワと成り騒ぐ。




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