午前11時から整理券を配るというので、10時45分ぐらいに日比谷公会堂の前にいければいいや、と思って出かけた。こんなに並んでるのというくらい並んでいた。受け取った整理券は、899番だった。
12時半から若い番号順に入場が始まった。だいぶ待たされたが運良く1階の右側の前の方の席を確保できた。
5月3日62年目の憲法記念日、朝から燦燦と輝く太陽、ちょっと動くと汗ばむような陽気だった。
日比谷公会堂で9回目の憲法集会が開かれ4200名が参集した。中の椅子席は2074人分しかない。外に用意された液晶大画面で、講演の様子を見ている人たちも合わせての人数になる。
主催者挨拶の後、落合恵子さんの話から始まった。
1時間や2時間ぐらいの講演ならばそれなりの準備をしてこなしたこともあるが、与えられた時間20分という短い中でどれだけの思いが込められて、お話ができるか緊張していると言っていた。
1945年生まれの彼女は64歳になる、何がつらいかって、先達を数多く見送ってきたことが辛いと言っていた。この人と共に、この人の後からと思って歩いて来たら、いつの間にか自分が先頭に立っていたこと、あるベトナム帰還兵の米兵の話し、自分の母親がまだ意識がはっきりしていた湾岸戦争の頃、『髪の毛が焼ける臭い知ってる?』と聞かれたことがあったという。あの砲弾の下には、女子どもの命が奪われていると。
外国の詩を最後に紹介してくれた。
従順であること、従順であることが当たり前だといわれてきて、最愛の夫や息子を戦争取られ、失った母親のような生き方はしたくないというような詩だった。
自分が同じ境遇になりそうだったら、そうなる前に厭だといえる自分でありたいとも言っていた。
女であることで差別され、女であることでもてはやされ、女であることでいいことも厭なことも経験してきたけれど、おかしいと思うこと、そのことに対しておかしいといえる自分でありたいし、仲間を増やして行きたいと語っていました。
ノーベル賞物理学者の益川さんの話も面白かった。
なぜ憲法を変えたいのか。最近のアンケート方式の世論調査はよく吟味しないとおかしな見方が出てきてしまう。
9条を変えたいという人は50%以下なのに、憲法を変えるべきだという人たちは50%を越えているとか、あたかも改憲派のほうが優勢みたいな記事が新聞に載ったりする。なぜ今憲法を変えなければいけないのかという根本のところが、あいまいなまま、改憲論議をすることはおかしい。
戦争をしたいのかと思ってしまう。
60年安保のとき、59年まではそんなに関心は高くなかった。だから直前に安保反対の機運が盛り上がっても、遅かった。だから、9条改正の動きがまだはっきりしていない今から、運動を盛り上げていかなければいけないという岐路に来ている。
憲法改正の発議があっても、向こう側は大やけどすると私は思っているとも語っていました。
なぜ今憲法を改正しなければいけないのか、しかも9条を。
自衛隊という戦力が、攻撃事態に備えたり、海賊対策だと称して護衛艦をソマリア沖に出している。このことをおかしいと思えなくしているのではないか。憲法改正に反対できないような策を、必ず隠し玉で持っているような気がしますとも言っていました。私の原点は、やはり60年安保だと言っていました。
戦争への道を作るために9条を葬り去ろうとしていることが許せないので、手をつなぎ、共に闘いましょうと言っていました。
途中アイヌ民族の民族舞踊が入り、社民党党首の福島瑞穂さん、共産党委員長の志位和夫さんのはなしがあった。
生かそう憲法輝け9条2009年5・3
憲法集会アピール
日本国憲法の施行まる62年を迎えた本日、5月3日に私たちは、それぞれの思想・信条・社会的立場などの違いを超え、「憲法の改悪に反対」という共通の目標を掲げて日比谷公会堂に集まりました。
私たちは、9条はもとより、深刻な雇用と生活の破壊に対レ25条など日本国憲法の先駆的な平和主義、民主主義、人権尊重の諸原則の価値を再確認し、この憲法をいっそう社会の中に生かしていくことの大切さを確認しました。
平和憲法を敵視し、「任期中に改憲をする」と公言していた安倍晋三内閣が倒れて以来、9条の明文改憲をめざす動きは下火になりましたが、一方で、憲法の解釈を無制限に拡大し、「戦争のでできる国」づくりを進めようとする動きは、むしろ強まっていることに注意を払わなくてはなりません。
昨年末に強行されたアフガン戦争協力のためのインド洋派兵給油新法の延長や、今通常国会での自衛隊法82条の恣意的な解釈による海上自衛隊のソマリア沖派兵と、「海賊」対策に名を借りた派兵新法制定の強行の動きは、究極の解釈改憲である「海外派兵恒久法」にあと一歩まで迫ったものです。北朝鮮の口ケット発射を機にMD配備体制などを急速に強化し、国際紛争への武力による対処と集団的自衛権行使へのキャンペーンも強まっております。また「グアム協定]の強行など米軍再編による日米軍事同盟と自衛隊の強化の動きもとどまることを知りません。これらは沖縄をはじめとする現地にさらなる犠牲を強い、9条を骨抜きにし、破壊してレまおうとする大変危険な動きです。いまこそ「武力で平和はつくれない」の声を大きくあげるときです。
また、自民党憲法審議会などが「憲法審査会始動」への動きを繰り返すなか、「国民投票法]施行の2010年を前に政府は、改憲手続き法のキャンベーン・パンフレットを発行し、今年度予算に約47億円を役人して「国民投票」のシステム作りを準備するなど、明文改憲に備える動きも進めております。
私たちはこの数年来、全国各地で展開された、戦争政策に反対し、9条を擁護する運動の高まりによって、世論の多数が9条改憲に反対していることに確信を持ち、憲法改悪に反対し、憲法の理念を生かす運動をいっそう強めていきます。私たちは本日の集会を契機に、今年で9回目になる「5・3憲法集会実行委員会」の共同行動を大切にし、さらに広げていきたいと思います。「海賊」派兵新法反対、自衛隊海外派兵恒久法反対、憲法審査会の始動反対、雇用と生活を守れ、憲法改悪反対の広範な共同行動を作り出し、9条を生かしてアジアと世界の平和を実現するために、ともに奮闘しましょう。
2009年5月3日
2009年5・3憲法集会参加者一同
主催:2009年5・3憲法集会実行委員会
憲法改悪阻止各界連絡会議、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、女性の憲法年連絡会、平和憲法21世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会
集会アピールは拍手を以って採択された。
このあと、閉会の挨拶があり、日比谷から銀座パレードへと移っていった。
パレードが銀座に差し掛かると、右翼の妨害が激しくなり、機動隊によって足止めは食っていたが、街宣車からの大音響、又街宣車が近寄れない場所では、ハンドスピーカーを持って待ち構えて、大音量で9条粉砕、反対をがなりたてていた。数寄屋橋交差点では、西銀座の首都高に街宣車を止めて、スピーカーを大音量で流していた。警備車両はいたが、停車禁止の場所から移動を促しているようには見えなかった。
12時半から若い番号順に入場が始まった。だいぶ待たされたが運良く1階の右側の前の方の席を確保できた。
5月3日62年目の憲法記念日、朝から燦燦と輝く太陽、ちょっと動くと汗ばむような陽気だった。
日比谷公会堂で9回目の憲法集会が開かれ4200名が参集した。中の椅子席は2074人分しかない。外に用意された液晶大画面で、講演の様子を見ている人たちも合わせての人数になる。
主催者挨拶の後、落合恵子さんの話から始まった。
1時間や2時間ぐらいの講演ならばそれなりの準備をしてこなしたこともあるが、与えられた時間20分という短い中でどれだけの思いが込められて、お話ができるか緊張していると言っていた。
1945年生まれの彼女は64歳になる、何がつらいかって、先達を数多く見送ってきたことが辛いと言っていた。この人と共に、この人の後からと思って歩いて来たら、いつの間にか自分が先頭に立っていたこと、あるベトナム帰還兵の米兵の話し、自分の母親がまだ意識がはっきりしていた湾岸戦争の頃、『髪の毛が焼ける臭い知ってる?』と聞かれたことがあったという。あの砲弾の下には、女子どもの命が奪われていると。
外国の詩を最後に紹介してくれた。
従順であること、従順であることが当たり前だといわれてきて、最愛の夫や息子を戦争取られ、失った母親のような生き方はしたくないというような詩だった。
自分が同じ境遇になりそうだったら、そうなる前に厭だといえる自分でありたいとも言っていた。
女であることで差別され、女であることでもてはやされ、女であることでいいことも厭なことも経験してきたけれど、おかしいと思うこと、そのことに対しておかしいといえる自分でありたいし、仲間を増やして行きたいと語っていました。
ノーベル賞物理学者の益川さんの話も面白かった。
なぜ憲法を変えたいのか。最近のアンケート方式の世論調査はよく吟味しないとおかしな見方が出てきてしまう。
9条を変えたいという人は50%以下なのに、憲法を変えるべきだという人たちは50%を越えているとか、あたかも改憲派のほうが優勢みたいな記事が新聞に載ったりする。なぜ今憲法を変えなければいけないのかという根本のところが、あいまいなまま、改憲論議をすることはおかしい。
戦争をしたいのかと思ってしまう。
60年安保のとき、59年まではそんなに関心は高くなかった。だから直前に安保反対の機運が盛り上がっても、遅かった。だから、9条改正の動きがまだはっきりしていない今から、運動を盛り上げていかなければいけないという岐路に来ている。
憲法改正の発議があっても、向こう側は大やけどすると私は思っているとも語っていました。
なぜ今憲法を改正しなければいけないのか、しかも9条を。
自衛隊という戦力が、攻撃事態に備えたり、海賊対策だと称して護衛艦をソマリア沖に出している。このことをおかしいと思えなくしているのではないか。憲法改正に反対できないような策を、必ず隠し玉で持っているような気がしますとも言っていました。私の原点は、やはり60年安保だと言っていました。
戦争への道を作るために9条を葬り去ろうとしていることが許せないので、手をつなぎ、共に闘いましょうと言っていました。
途中アイヌ民族の民族舞踊が入り、社民党党首の福島瑞穂さん、共産党委員長の志位和夫さんのはなしがあった。
生かそう憲法輝け9条2009年5・3
憲法集会アピール
日本国憲法の施行まる62年を迎えた本日、5月3日に私たちは、それぞれの思想・信条・社会的立場などの違いを超え、「憲法の改悪に反対」という共通の目標を掲げて日比谷公会堂に集まりました。
私たちは、9条はもとより、深刻な雇用と生活の破壊に対レ25条など日本国憲法の先駆的な平和主義、民主主義、人権尊重の諸原則の価値を再確認し、この憲法をいっそう社会の中に生かしていくことの大切さを確認しました。
平和憲法を敵視し、「任期中に改憲をする」と公言していた安倍晋三内閣が倒れて以来、9条の明文改憲をめざす動きは下火になりましたが、一方で、憲法の解釈を無制限に拡大し、「戦争のでできる国」づくりを進めようとする動きは、むしろ強まっていることに注意を払わなくてはなりません。
昨年末に強行されたアフガン戦争協力のためのインド洋派兵給油新法の延長や、今通常国会での自衛隊法82条の恣意的な解釈による海上自衛隊のソマリア沖派兵と、「海賊」対策に名を借りた派兵新法制定の強行の動きは、究極の解釈改憲である「海外派兵恒久法」にあと一歩まで迫ったものです。北朝鮮の口ケット発射を機にMD配備体制などを急速に強化し、国際紛争への武力による対処と集団的自衛権行使へのキャンペーンも強まっております。また「グアム協定]の強行など米軍再編による日米軍事同盟と自衛隊の強化の動きもとどまることを知りません。これらは沖縄をはじめとする現地にさらなる犠牲を強い、9条を骨抜きにし、破壊してレまおうとする大変危険な動きです。いまこそ「武力で平和はつくれない」の声を大きくあげるときです。
また、自民党憲法審議会などが「憲法審査会始動」への動きを繰り返すなか、「国民投票法]施行の2010年を前に政府は、改憲手続き法のキャンベーン・パンフレットを発行し、今年度予算に約47億円を役人して「国民投票」のシステム作りを準備するなど、明文改憲に備える動きも進めております。
私たちはこの数年来、全国各地で展開された、戦争政策に反対し、9条を擁護する運動の高まりによって、世論の多数が9条改憲に反対していることに確信を持ち、憲法改悪に反対し、憲法の理念を生かす運動をいっそう強めていきます。私たちは本日の集会を契機に、今年で9回目になる「5・3憲法集会実行委員会」の共同行動を大切にし、さらに広げていきたいと思います。「海賊」派兵新法反対、自衛隊海外派兵恒久法反対、憲法審査会の始動反対、雇用と生活を守れ、憲法改悪反対の広範な共同行動を作り出し、9条を生かしてアジアと世界の平和を実現するために、ともに奮闘しましょう。
2009年5月3日
2009年5・3憲法集会参加者一同
主催:2009年5・3憲法集会実行委員会
憲法改悪阻止各界連絡会議、「憲法」を愛する女性ネット、憲法を生かす会、市民憲法調査会、女性の憲法年連絡会、平和憲法21世紀の会、平和を実現するキリスト者ネット、許すな!憲法改悪・市民連絡会
集会アピールは拍手を以って採択された。
このあと、閉会の挨拶があり、日比谷から銀座パレードへと移っていった。
パレードが銀座に差し掛かると、右翼の妨害が激しくなり、機動隊によって足止めは食っていたが、街宣車からの大音響、又街宣車が近寄れない場所では、ハンドスピーカーを持って待ち構えて、大音量で9条粉砕、反対をがなりたてていた。数寄屋橋交差点では、西銀座の首都高に街宣車を止めて、スピーカーを大音量で流していた。警備車両はいたが、停車禁止の場所から移動を促しているようには見えなかった。