むすんで ひらいて

すべてが帰着するのは、ホッとするところ
ありのままを見て、気分よくいるために

これは 奇跡だよ

2022年06月26日 | 日記
佳奈さんは、いつも行っているカフェの店員さんだった。
彼女は、普段豪快でまったりしてるけど、お店にいる時は柔らかい笑顔と歌うような声でもてなしてくれる、お日さまのような存在だった。

彼女が半年前に転職した後も、わたしたちはLINEで連絡を取り合っていて、先週ランチとお茶をしながら近況を話すことになった。
これまでも何度かそうだったけど、お腹が満たされて食後のコーヒーの頃になると、どちらかから、結局はそれにつられてふたりとも、これまで抱えていた想いが解けていって涙ぐんでしまうのだった。
レストランでも、カフェでも。

40代後半になった彼女は、一年半前から、やっぱりカフェ時代に常連のお客さんだった25才年上の彼と、先のない、ゆえに純粋な、おつき合いをしている。

馴れ初めは、彼女がテニスを始めたがっていた時に、長年レッスンを続けている徹さんがコートに誘ったことだった。
二人ともかつての結婚相手と上手くいかなくて、何十年も一人の、時々は子供さんと過ごす生活に馴染んでいた。

数か月後、恋愛の気配を感じてわたしが聞いた時には、まだ、
「そんなんじゃないよー」
と、ケラケラ笑っていた彼女だったけど、ある時、急に彼と連絡がつかなくなって、ひどく取り乱していた。

年齢と独り暮らしのこともあって、何かあったんじゃないかと思った彼女の、
「新聞とってない?」
と、わたしに聞いた目は真剣で、それはもう家族を案じる緊迫感だった。

死亡欄を気にしていたのだ。
結局は、忘れっぽい徹さんが携帯の電源を2日間切りっぱなしにしていて、そのことに気づいていなかった、という落ちだった。
でもそれを機に、彼女は自分の恋愛感情を公開した。

この前、彼が、
「この出会いは奇跡だ。こんなに長く女性と向き合ったことはなかったから」
と言ったそうだ。
学生の頃、7年おつき合いをしたことのある彼女にしてみれば、1年半はまだ短いものだから、少しおどろいた。
徹さんには40代の息子さんもいて、若い頃は一般的な家庭生活を送っていたのに、それはカタチばかりで、奥さんと話すことはほとんどなくなっていったという。

世の中にそういうご夫婦はたくさんあるにしても、71才になって、ありのままを見せて、ただ、今を共にしていられる異性と巡り会えたことは、わたしにも人生捨てたもんじゃないなと思わせてくれる。
だから、彼にとって、
「生きててよかったな、って思えるんじゃないかな。最後にそんな人と出会えるなんて。徹さん、幸せよね」
と言ったら、佳奈さんは、
「そうかな」
と、マックのテラスでたちまち目を潤ませた。

奇跡と言った徹さんだけど、彼女の話を聞いていると、彼はそんなに思われてることを普段なんでもないことにしている風だ。
真っ只中にいる時、わたしたちはそのことの貴重さに気づくとあんまり苦しくなってしまうから、少し焦点をぼかしているのかもしれない。
だから、他人にはわかったり、それが続かなくなった時の本人が初めて実感する、なんてことが多いのかも。

間接的に、やさしい翻訳者を通して、今置かれてる状況をおしえてくれる誰かがいたら、もっとわたしたちは、爽やかな喜びの内にいられるのだけど。






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