昨日の夜、NHKラジオの第一放送(ラジオ深夜便)で作家阿刀田高氏と同氏の夫人である慶子女史が、「人生私流」という番組に出演していた。
(多分1時間ものだったと思う)
その番組の中で主に話題となっていたのは「朗読」である。夫人が朗読家であり、一緒に出演してしていた関係上、朗読の話題が中心になったのだと思う。
朗読家にとって読みやすい作品とはどんな作品か、阿刀田の作品は読みやすか、といった、朗読する立場のほうからの話題が多かった。
それと並んで、作家として朗読家に望むことはどんなことか、詳しく話されているので、記憶を辿りながら記述しておこう。朗読を愛する人間にとって参考になることが多いから…。
1)朗読する人に合う作品はある。(つまり、朗読する人の個性に合わない作品もある、ということかもしれない…まご二人の感想)。たとえば女性には女性向きの、男性には男性向きの作品がある。
2)朗読は読み手も聞くほうも、40分~50分が適当で、それ以上になると緊張感が続かない。
3)流のある作品が朗読には合う。前に戻りながら読み進むような作品は不適当である。
4)作家として読み手(特に朗読する人)に望むことは、私たち作家は「行間」を創っているので、そこをしっかり読んで欲しい。行間の力を表現して欲しい。
作家・阿刀田は以上の4つを挙げていた。
その後、慶子夫人が阿刀田高作「菊の香り」を朗読した。15分ぐらいの作品であった。
作家から直にアドバイスを受けていたのだろう、「すばらしい」朗読であった。
朗読は作者の「思い」を忠実に表現するだけでなく、朗読する人の「技術と個性と味」が付け加わった時に、本当に輝くものになるのだろう。そんな感想を抱いた。
タイトルは「魂で読む・朗読リサイタル・鼓くらべ」であった。
午後2時に開演された。開演時には既に200席余りの席はほぼ満席になり、急遽、補助椅子が補充された。
第1ステージはピアノとのコラボレーション、第2部は小鼓とのコラボレーションで、山本周五郎の「鼓くらべ」である。
今回の舞台は飾りっけの全くない舞台であって、それだからこそ白川先生のお姿や表情が鮮やかに読み取れ、以前の舞台より朗読に集中しやすかった。そして引き込まれた。

白川裕子先生の第2回目のリサイタルである。
昨日、桐生市市民文化会館小ホールで午後6時半から開始された。
300席のホールはほぼ満席の状態であった。
過日、新宿のプーク人形劇場での第1回目のリサイタルと演目(プログラム)は同じであった。
文化会館のホールは舞台も客席も広々としていて音響効果もよく、ゆったりした気分で朗読を堪能できた。そのかわり、舞台にいる朗読家の息遣いが聞こえないとか顔の細かい表情が読み取れないといったもどかしさはあった。人形劇場のほうは狭くて窮屈ではあったが、舞台の演者をもっと身近に感じることができた。
第1回目より、全ての出演者はレベルを上げていた。
跳ねた後、ほとんどの来場者は満足げな顔をして帰っていった。
これって、身内びいきかな?
この本は五木寛之と塩野七生の対談集である。
その本に「文章を読む」こと、つまり朗読に関係することが書かれている部分が載っていた。(382頁)一部だけを写しておこう。
五木寛之 「(文法の)一般法則よりも、文感に従っていくべきだとぼくは思いますね。たとえば『蓮如』の文章なんてものは、常套句が氾濫して手垢のついた表現が多くて非文学的だと言われる。ところが、『蓮如』の文章は声を出して読むと不意に活字が立ち上がってくるようなすごさがあるんです」
塩野七生 「なるほど」
五木 「しかも、それをひとりでなく何十人もの人が一斉に読む。そうすると魅力が倍増する独特の構造」
塩野 「わかります。それはそのとおりだわ。福田恒存さんが私に教えてくれたことで、文章とは意味を伝えるだけでなく肉体生理も伝えるものだと、つまり声を伝えるものであると」
朗読を趣味としている人間にとって、心しなければならないことである。
今日、6月20日の日経新聞・朝刊の文化欄(最終ページ)に「プーク人形劇場」のことが載っていた。書いた人はその劇場の支配人・三上つとむ氏である。
当劇場は1971年11月に誕生しているから、既に歴史は35年になるのだそうだ。
劇場がある場所は東京のJR新宿駅南口から徒歩で5分程度の繁華街の中にある。
川尻泰司氏が率いている人形劇団プークの常打ち小屋として、日本で初めて生まれた人形劇専門の劇場なのだそうだ。
そして、戦後に生まれた劇団専属の劇場としても、俳優座に次いで、2番目に古いのだそうだ。
そんな由緒ある劇場で、私達の師匠である白川裕子先生が初の「朗読」リサイタルを開くのである。日程は当劇場にアクセスし、公演スケジュールをご覧いただきたい。
「朗読」の難しさがだんだん分かってきたような気がする。
来る7月8日(日)、新宿にある「プーク人形劇場」で、さくら貝を主催している白川裕子先生が初のリサイタルを催すことになった。私達生徒も大変楽しみにしている。
先生は朗読の専門家を育てるということより、朗読に興味を持つ人を増やすこと、そして朗読の面白さを多くの人に知ってもらことに邁進し、精力的に普及活動をされている方である。
今回はピアノや小鼓と競演するようであるが、先生は単なる朗読だけでなく、いろいろはジャンルとのコラボレーション試みることによって、朗読の面白さをさらに深めようとしている。そのような先生の近くにいるだけで何だか興奮してしまう。
「来ていただいた人に最高に喜んでいただきたいのよ!」という先生のお言葉を聞いたような気がする。
何をするのか詳細は分からないが、ホームページに入ってみよう。
真の文学に接するなんて、普段はできないことだ。リサイタルには予定を空け、行くことにしよう。

昨日、白川裕子先生とそのプロジェクトメンバー3人,・合計4名で、7月8日(日)に催す「白川裕子・朗読リサイタル」の打合せにJR新宿駅南口から徒歩で5分程度にあるプーク人形劇場に行ってきた。
今回は、普段目にすることのできない舞台裏や奈落をジックリ見ることができた。
舞台としてはそれほど大き方ではないが、装置は一通り揃っていた。ただし歴史のある劇場であるためか、ほとんど人手を必要とする装置であった。全てが機械化されている劇場が多い中にあって、人間が力を入れないと動かない装置は、機械というより「大きな動物」といった印象を持った。だからなおさらこの年寄りの舞台(装置)に親しみを持ってしまった。
この劇場は首都圏の真っ只中にあるが、舞台と客席は地下2階にあって、騒音は全く気にしないで済みそうだ。朗読は室内楽やパントマイムと同様に、騒音を極端に嫌う。そういう意味でここは最大の邪魔者である嫌な音が入り込む余地はないだろう。
劇場のオーナー社長や装置の管理者も極めて好意的・協力的で、安心できそうだ。
今度のリサイタル・舞台の基本態勢はこれで一通り整ったようである。
朗読教室に行き始めて、そろそろ1年が過ぎる。
文学作品に深く触れることができる朗読というものの、難しさや奥深さ、そして面白さがだんだん分かりかけてきた。
これは自分自身が文章を書くときの参考にもなっている。
2月のさくら貝「東京昼教室」は2月27日(火)午後2時から4時までである。
場所はJR秋葉原駅近くにある千代田区「和泉橋区民館」である。
もし朗読に興味があったら、ちょっと教室に来て、みるとよいだろう。
先生も「大いに歓迎です」と仰っているので…。
昨日は「朗読」の定例練習日であった。
前回から新しく、森鴎外の『高瀬舟』に取り組み始めた。
これで練習は導入部としての『外郎売』、朗読は『高瀬舟」と向田邦子の『ごはん』の三編を練習することになった。
いつもの通り、練習は充実しているし、そして楽しい。練習の合間に話される白川先生の「文」に対する思いを込めたお話も、これまた興味津々である。
練習終了後、今回はメンバーの打合せ会があった。
そこで1つ、また新たな発見をした。
それはメンバーの方々は何らかの形で「ボランティア活動」をやっているか、あるいはやろうとしている人たちである、ということである。
その活動が認められて、テレビに出演した人さえいる。
強い刺激を受けてしまう。
朗読の会「さくら貝」に入会して、文章を理解する力が少しついたように思える。
これって錯覚であろうか。
今日、二次会の進行スケジュールの詳細を決めた。
参加者は50名ぐらいになるということである。
会を盛り上げるために少々アトラクションを入れようと思う。
ともかくイベントの企画に参加し皆で何かを作り上げるってとてもステキなことだと思う。会が終わったときに、皆がニコニコしている姿をイメージしながら、これからも御みこしを担いで行こうと思う。

風邪をひいてしまい、医者から処方された抗生物質が飲み手である患者にとって楽になったという内容を見た見知らぬか方から、コメントをいただいた。お礼の言葉をお返ししようとしたがコメント編では返せなかった。ここでお返ししよう。
「コメントありがとうございます。これからはあなたのことも意識しながら書きます」
今日はちょっと幸せを感じた。たぶん同年輩の男性ではないかと想像しております。
さて昨日は朗読教室の練習日であった。近づく発表会に向け練習も熱を帯びて来た。
私たちグループは齋藤隆介作「寒い母」である。読む部分の担当が決まったのでこれからは予習・練習にも熱が入ろうというものだ。
ところで2次会は、若い女性と2人で司会をするよう師匠から既に仰せつかっている。その若い女性とも自己紹介し会い、いよいよダッシュである。
おっと、大切なことを書き忘れていた。いつ、どこでやるかだ。
実施日 9月9日 午後1時開演(開場は12時半)~午後3時終演
会場 東武ホテル・レバント東京 芙蓉の間
(JR総武線・東京メトロ半蔵門線 錦糸町駅 北口より徒歩3分)
見学(入場)料 1,000円
もちろん、だれでも入れる。いや入って欲しい。
下の朗読の会のホームページを見て、ご興味があったら、のぞいて見たらいかがでしょう。
今日、所属している朗読の教室に出席した。これで運よく、続けて3回連続して出席できたことになる。
9月9日の発表会に向かって、先生の講義も迫力が増してきたように感じた。
今日は自分では全く気が付かなかった癖を指摘された。これはステキな収穫であった。
また朗読の「間」の取り方をご指南いただいた。
でも、難しい。
今までういろうといえば名古屋名産のういろうで、しかもお菓子のことだと思い込んでいた。
しかし本家は小田原の外郎(ういろう)家で、本当のういろうとは薬のことであった。
外郎家は中国で約1000年、日本で600年続く由緒ある家柄で、豊臣秀吉が小田原北条家を滅ぼした後、その家臣であったにもかかわらず特別な秘薬の製造法を知っているために外郎家だけは特例でお家断絶をしなくてすんだ。つまり許されたのである。
その後、外郎家は薬を一般に売り出し、医薬の方に専心することになったのだそうである。
今でも小田原市本町に外郎家は存続しており、その薬である「ういろう」を売っている。
さくら貝の先生から1粒だけいただき、口に入れたが、ちょっと仁丹のような味がした。
享保年間、歌舞伎役者・二代目市川団十郎は持病の咳と痰のため台詞が言えなかったが、その薬であるういろうで病気が全快した。彼は感謝の気持ちで舞台でPRしようと団十郎創作による「外郎売」が誕生したのだそうだ。
お菓子の方のういろうは本家が明治に入ってから売り出した、ということである。
しょっちゅう咳ばらいしている者にとっては(かく言う私もそうだが)、この薬を一度試してみる価値ありそうだが、いかがであろうか。

さくら貝 朗読教室 である。
インターネットでさんざん探したあと、最終的に3つに絞り込み、2箇所は見学させていただき、1箇所は別の角度から詳細調査し、最後に「さくら貝朗読教室」に決めた。
ここに決めたのは教室が都心にあるという場所的な問題もあるが、会の開放性と活動性に惹かれたからだ。いや主宰する先生の積極性というかエネルギーというか、それが私の心を1番ひき付けたというのが真の理由である。
夜間のコースはマジックの教室と重なってしまうので、昼間のコースに入ることにした。
仕事の合間を縫って出席することになるので、けっこうきついことになりそうだが、入った以上は一生懸命、励んで行きたいと思う。
これでパントマイムの方は時間的にしばらく休まなければなるまい。
